メビック発のコラボレーション事例の紹介
日本の伝統工芸品をクリエイティブの力で世界に発信
ドバイ展示会への出展
和紙の魅力を海外へ。ドバイの展示会に出展。
日本の伝統工芸品は現在1000種以上あると言われているが、ライフスタイルの変化や大量生産品の普及、輸入品の増加、後継者不足などの理由から国内市場は縮小し続けており、多くの産業が海外で新たな販路を開拓しはじめている。
伝統工芸品の1つである和紙を扱う「小野商店」の3代目・河手宏之さんもその一人だ。「企業ブランディングを和紙で彩る」をコンセプトに、独自の和紙や紙製品の企画・デザイン、用途開発や顧客開発を手がけ、国内需要が下降線をたどる中、フランスのインテリア見本市「メゾン・エ・オブジェ2018」に出展するなど、海外展開を視野に入れながら活動している。そんな河手さんのもとにドバイで開催される「OHAKO JAPAN Dubai 2019」の話が舞い込んだのは2019年の始めのこと。最初はドバイと聞いてもピンとこず、出展を決めかねているうちに時が経ち、最終的に参加の意思を伝えたのは展示会のわずか3ヶ月前だった。そこで河手さんは、展示会に向けてパートナーを探すためメビックを訪問。「河手さんは日頃からメビックのイベントに積極的に参加され、すでに関係性のあるクリエイターがいるはずなので、時間の制約がある今回は旧知の方に頼むのがベストではないか」とアドバイスを受け、以前より付き合いのある株式会社ランデザインの代表でありアートディレクターの浪本浩一さんに声をかけた。
決して結果は求めない。経験することに意味がある。
河手さんはまず浪本さんに商業施設用の大型タペストリーの什器制作を依頼。しかし、その時点では展示会の内容が不明瞭だったため、二人は本当にタペストリーでいいのか決めかねていた。主催者に詳細を尋ねるも、どうも要領を得ない。そこで、二人はアブダビで9年間文化交流事業に携わっていたグローカルアシストの田中ひろみさんに相談した。「まず会場がアートハブギャラリーと聞いて“これは大変だ!”と思いました。ドバイでは予定通りに物事が進まないことは当たり前なのですが、アートハブギャラリーはその最たるものなんです。これはお二人にしっかり伝えなければと思いました」(田中さん)。ミーティングでは、客層や嗜好性、市場やビジネスマナーなど、インターネットではわからない現地の生の情報を田中さんが二人にレクチャーし、詳細を詰めていった。もともと来場者を商社などの法人で想定していたが、田中さんのアドバイスによりBtoC向けの内容に変更。ゴールドやビビッドなカラーを中心とした、日常に取り入れやすいインテリアやアート作品を展示販売することにした。
出発前、田中さんが河手さんに伝えたのは「結果を出そうと思わなくていい」ということ。「今回はタネを撒きにいくことが目的なので、一度でたくさんの収穫ができると期待しないほうがいいですよ。ドバイの展示会に参加したという経験をするだけでも意味があるので、実績として残るように写真をたくさん撮ればそれでOKです」(田中さん)。田中さんからアドバイスをもらったものの、浪本さんがデザインしたブースの設営、ディスプレイ、来場者の対応に加えて、撮影までも一人でこなすことに不安を感じた河手さんは、考えた末に浪本さんに同行を打診。展示会のわずか10日前だったが浪本さんは快諾した。「タペストリーの什器を作ってくださいと言われてそのまま作るだけでなく、せっかく出展するなら何かしらの収穫を得られるようにと話していくうちに、商品企画や産地を紹介する動画制作など、やるべきことが自然と増えていきました」(浪本さん)
何が起こるかわからない。試されるクリエイターのアドリブ力
ドバイ行きを決めた浪本さんは、田中さんから聞いた現地の状況から起こり得るあらゆる問題を想定し、準備に取り掛かった。什器や外装ケースの制作は中野木型製作所の鈴木美奈子さんに依頼。最初の段階ではタペストリーを収納するケースのみをお願いしていたが、現地で組み立てられる什器一式が追加され、最終的には以前に浪本さん、鈴木さんと建築家の増谷年彦さんでコラボ制作した照明にまで話が及んでいった。「“あの和紙の照明をドバイデビューさせませんか”と打診していただいたので、それはもうぜひ!とお返事したんですけど、よくよくお話を伺うと展示会まであと2日しかなくて(笑)」と鈴木さんは笑う。大慌てで制作し、出発の前日に納品したものの、現地で使う電球のサイズが合わず、出発当日に空港に向かう道中で手渡してなんとか間に合わせることができた。
ドバイに到着してすぐに二人は「思い通りに行くことの方が少ない」という田中さんの言葉の意味を痛感する。まず渡された住所に到着すると、そこは聞いていたアートハブギャラリーではなかった。さらにその会場はエントランスにセキュリティーのあるビルの2階。集客には厳しい環境だったが、二人が落胆することはなかった。「出発前に田中さんから、ドバイでは予定通りに物事が進まないと聞いていましたからね。何があってもうろたえない心構えができていました」と河手さん。浪本さんも「クリエイターに必要なのはアドリブ力」と、会場につくとすぐに撮影とディスプレイがしやすいスペースを確保。まったく何もないところから来場者の目を引く魅力的なブースを作っただけでなく、残っていた和紙やフレームを使って、新たに作品を作るなど柔軟に対応した。
展示会が始まった後も決して順調ではなく、トラブルも多々あったが、田中さんのいう通り、経験するだけで意義があったと河手さんは振り返る。「今後はどこの展示会でも大丈夫という自信を持つことができたので、それは大きな収穫です。すべては浪本さんや鈴木さんのおかげです。みなさんのサポートがなければ絶対に無理でした」。なかでもブースの設計、設営だけではなく依頼にない部分まできめ細やかにサポートをしてくれた浪本さんに感謝している、と話す。「展示会出展を意味のあるものにすることがゴールですから、私がやらせてもらったことは依頼内容にすべて入っていると考えています」と浪本さん。伝統工芸の未来を担う和紙商人と結果に妥協しないクリエイターのコラボは、遠く離れた中東の人々に日本のものづくりを伝え、今後、和紙の魅力を世界へと発信して行く第一歩となった。
公開:2020年2月10日(月)
取材・文:和谷尚美氏(N.Plus)
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