メビック発のコラボレーション事例の紹介

ミニマムなデザインをまとい、バネがお香立てに生まれ変わる
お香立てに生まれ変わった「バネ」

バネのお香立て
写真:西村優子

BtoCへの飛躍を目指す町工場

らせんを描きながら、真っ直ぐに佇む金属。そこから、ゆらゆらと静かに煙が漂い出てくる。と同時に、鼻腔を優しくくすぐる芳香が。そう、無骨なこの物体は、お香立てなのだ。そして、重厚な金属物の正体はというと、バネ。しかも、金型に組み込まれているという、根っからの工業製品だ。
このお香立てを開発したのは、東大阪に拠点を構える中辻金型工業。企業間取引を中心にして40年あまりの歴史を刻んできた同社は、自社開発製品によるBtoCビジネスへのチャレンジを目指していた。そのための方策として総括部長の戸屋加代さんが足を運んだのが、メビック扇町が開催するクリエイティブクラスターミーティング。2013年11月のことだった。

モノづくりに夢を抱くデザイナー

このミーティングに参加していたのが、コングデザインオフィスの代表を務める河野知二さん。インテリアや建築を得意分野とするデザイナーだ。オーダーメードで一点もののデザインを主たる活躍の舞台としている河野さんにとって、量産品を生み出す金型は「遠くて、夢の世界」(河野さん)。だからこそ、ミーティングで「ぜひ、工場に来てモノづくりの現場をご覧ください」と呼びかける戸屋さんの言葉に飛びついた。数日後、さっそく河野さんは中辻金型工業を訪問したのだ。
「メタリック感いっぱいのでっかい鉄の塊や不思議な模様にも思えるプレス加工後の鉄板など、好奇心をくすぐるモノにあふれていました。整理整頓が行き届いていて、無骨ななかにも美しさが漂っていることも印象的でした」(河野さん)
「加工後の、言ってみれば“くず鉄”にやたらと興味を示されるんです。『そんな視点で私たちの仕事を見るのか。おもしろいな』と感じたことが第一印象ですね。あまりに気に入って、いくつかのくず鉄を持って帰られましたよ」(戸屋さん)
この、ちょっと奇妙な出会いが、後にスタイリッシュなお香立てを生むことになる。

多数のバネ
工場内にストックされている多数のバネ。ここに河野さんが関心を寄せたことからプロジェクトが始まった。

たゆたう煙を眺めて楽しむ
そのための形状とカラーを追求

河野さんが持ち帰ったくず鉄のなかに、金型内部に組み込むバネがあった。「コイル形状の美しさに心惹かれた」という河野さんは、何気なくデスク周りにバネを置く。そのうち、「これで何かできないか?」と考えるように。そこで思いついたのが、お香立てだ。
「事務所にちょっといい香りでも、という軽い気持ちでした。ところが実際に火をつけてみると、バネの間から煙が出てくるんです。これまでのお香立てとはまったく違う光景に、大興奮しました」
河野さんはこの体験をすぐに戸屋さんに報告。以前からお香に興味を持っていた戸屋さんも、「こんなの見たことない! これはいけるかもしれない!」と感じ、すぐさま商品化に向けた検討を開始する。
河野さんは詳細なデザインを行うにあたって、バネの太さや隙間の広さをミリ単位で検証していった。それは、より美しい煙のゆらぎを実現するため。また、煙を「見て楽しむ」という体験をより良いものにするためには、バネの色も重要な要素となる。さまざまな色を検討した末に、煙とのコントラストが明確なグレーとブラックが選ばれた。
「このほかに、すべての部品を分解できるようにすることで掃除のしやすさを高めました。お香を差し込んで固定する部品にはバネを使い、『バネinバネ』というちょっとした遊び心も加えました」

「作れてしまう」製造業の強みにあえてブレーキをかける

商品の企画を詰めていく過程で、アイデアは次々に生まれてくる。河野氏のアイデアやデザイン力に中辻金型工業の技術力が融合して……となりそうなところだが、ここで戸屋さんは意外な経験をした。
「新たな部品作りが必要な企画になって、『じゃあ、うちで作ります』となると、河野さんが『やめておきましょう』と言うんです」
技術力が評価を受けてきた会社とあって、中辻金型工業は「たいていのモノは自社で作れてしまう」(戸屋さん)。しかしここに落とし穴がある。
新商品の開発は夢がある。夢がある楽しい仕事だからこそ、ついつい、手をかけすぎる。気がつけば投資がかさみ、撤退など許されない状況に追い込まれる。こうなると仕事は楽しくなくなり、そこから生まれてくる商品はもはや楽しさや夢とはかけ離れたものになる。これが河野さんの考えだ。だから河野さんは、できるだけ「こねくり回さない」デザインを心がけた。新たに作るものは最小限にし、可能な限り「今、あるものを使う」という考えで取り組んだ。
「この話にはハッとさせられました。まさに、町工場が陥る失敗です」(戸屋さん)
かくして、“ミニマムなデザイン”ともいえる、バネが本来持つあるがままの姿を活かしたお香立てが誕生した。

違った目で日常を見つめてみる
新たな可能性が浮かび上がってくる

2014年2月、お香立ては「煙(EN)」という名称で一旦、完成した。その後、商品全体の企画をブラッシュアップ。名称を「TERA(テラ)」と改め、2016年春には再デビューを果たす。お香とセットになった商品も新たに開発した。
戸屋さんは今回の商品開発を通して、自社の仕事を見る目が少し変わったと言う。
「デザイナーさんはどう思うだろう、一般の方はどう思うだろう、という目で自分たちの仕事を見るようになりました。当たり前だと思っていたことも、見方を変えればビジネスチャンスにつながりますからね」
河野さんはと言えば、その後も中辻金型工業に限らず、モノづくりの現場を訪れている。その理由は、「アイデアが文字通り転がっているから」だ。
2人は今、お香立てに続く「バネシリーズ」構想を温めている。とはいえ、バネにこだわるつもりはない。あくまでも、今あるものに、ほんの少しの工夫を加えるだけで新たな価値を生み出す。それが2人のスタンスだ。次に生まれてくるものが何になるかは、当の河野さんと戸屋さんもわからないのかもしれない。しかし、「何ができるか?」というワクワク感を誰よりも楽しんでいるのが、2人であることは間違いないだろう。

河野知二氏、戸屋加代氏
左から 河野知二氏(有限会社CONG DESIGN OFFICE(コングデザインオフィス))、
戸屋加代氏(中辻金型工業株式会社)

有限会社CONG DESIGN OFFICE(コングデザインオフィス)

河野知二氏

http://cong-design.com/

中辻金型工業株式会社

総括部長
戸屋加代氏

http://www.nkk-24.co.jp/

公開:2016年05月23日(月)
取材・文:松本守永氏(ウィルベリーズ
取材班:鷺本晴香氏(株式会社Meta-Design-Development

*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。