時間の許すかぎり、クライアントと会う時間を大切にしています。
谷 勝博氏:(有)バランスカンパニー

谷氏

北堀江のビルの一室にデザイン事務所バランスカンパニーと、隣り合わせでデザイン・写真・雑貨スタイリング・カラーコーディネートのスクール「ワークショップ・タイミング」がある。両代表の谷氏は高校を卒業するあたりまでデザイナーという仕事自体知らなかったという。ただ、友だちのバンドのミニコンサートのために、手書きのチケットや案内看板をつくったりすることが楽しかったそう。
「カメラスタジオのマネージャーをしていた姉にそのことを話すと、それはグラフィックデザインの仕事だから、知り合いのデザイン事務所の社長さんに話をしてあげるわ、と言ってくれて。そこでバイトをさせてもらってから、デザインの楽しさを知りました」。

入社後、友だちづくりに専門学校へ?

バイトをはじめて3ヶ月後、正社員となり、主に百貨店やスーパーマーケットなど、流通関係のチラシをつくることに携わった。
「社長にすごくかわいがってもらったんです。『お前、友だちづくりに専門学校へ行ってこい、費用は会社で出してあげるから』、なんて言ってくださって。本当にラッキーでした」。

今後、業界の友だちが宝になるから、というのが社長の思いだった。会社を6時に退社して、専門学校に通ってデザインの勉強を学んだ。充実した毎日。「残念ながら仕事が忙しくなりすぎて学校には最後まで行けなくなりましたが、あのときにデザインの勉強をがむしゃらにしておいて良かったですね」。

そこで3年半働き、ほかのジャンルのデザインの仕事にも挑戦したくなった。
「たいした恩返しもできませんでしたが、社長に事情を説明して退職しました。その頃、姉は心斎橋の写真スタジオのマネージャーにかわっていたんですが、またデザイン事務所を紹介してもらって(笑)」。

谷氏

新天地は、ほぼ100%ファッションに携わる仕事だった。ファッション業界ではデザイナーブームが到来し、関西のアパレル業界も豪華なカタログをつくっていた時代だった。
「もともと服が好きだったので、ファッションの販促物のつくり方やディレクション方法を教わって、楽しい日々でした。それまでの仕事はひとりでのデザイン作業が多かったのですが、ファッションの仕事はカメラマンだったりスタイリストだったりヘアメイクだったり、チームで創り上げていく仕事だったんですよ。すべてが新鮮でしたね」。

飲み屋でデザインの師匠に出会う。

仕事終わりはいつも心斎橋の鰻谷で遊んでいたという谷氏。当時はデザイナーの大先輩たちが夜な夜な飲み歩いているという光景があった。
「誰かの紹介で飲み屋の席でアートディレクターの板倉さんとご一緒しました。『じゃあまた事務所に遊びにおいで』と言われて。僕は真に受けてすぐに『板倉さん、来ました!』と遊びに行ったんです(笑)。板倉さんとお話して印象に残っているのは、『楽しいと思うけど、ファッションはイメージの世界だから、善し悪しがはっきりしていない。もっとコンセプトの部分を勉強しないとダメ』と言われたんです。板倉さんは当時、CIやVIなど本質を見極めてデザインを考えることを大事にされていたので、ココで一から勉強したいと思い、厚かましく、『僕を会社に入れてください』とお願いして。そしたら『いいよ』となりまして(笑)。だから僕はちゃんと就職活動をしたことがないんですよ。姉→姉→飲み屋ですからね(笑)」。

そして、さまざまな有名企業のCIやVIに携わることになる。ただ外部に向けてマークをつくるだけではなく、内部の社員の方たちの意識を変えることが目的でもあると教わりながら仕事をした。
「板倉さんのところでの仕事は、カメラマンの方とか、僕にとってはもう憧れの大御所の方々なんです。ものすごく緊張しましたね。大先輩の方に、僕があれこれ指示なんて出来ないじゃないですか。ドキドキハラハラの経験でしたね」。

谷氏

板倉さんにはアートとコマーシャルの違いも教えられた。
「『クライアントのお金と時間を使ってやっているんだから、自分がいくら良いと思っても、それだけでは仕事としてはダメ。谷くん、一生懸命に考えているようだけど、自分で悩んでいるだけで、相手のことを考えているか?』と言われたことをよく覚えています」。

バランスと、タイミングという言葉の意味が大好き。

そして独立。知り合いによろしくお願いしますと声をかけてまわっていた頃、当時の雑誌SAVVY編集長から誌面のデザインレイアウトを手伝ってほしいと依頼された。編集デザインの経験があまりなかったので、10ページの特集をデザインする難しさを知った。
「週の半分ぐらいは自宅に帰れなくて桜川の事務所に寝泊まりしていましたね。体力的にも金銭的にも一番きつかった時期です。そのうちに、ひとりで仕事をする限界を感じて、アシスタントをお願いするようになりました。ひとりだと1から10まで責任を持ってやれるので楽しいのですが、どうしても範囲が狭くなってしまい、余裕が無くなるのが不安でしたね」。

バランスカンパニーの仕事は、通販やユニフォーム関係のカタログ制作や、コスメや飲食関係のリーフレットなど。多種多様なデザインをするのが、事務所の特徴。事務所の規模を大きくする気はさらさらない。スタッフ任せにするよりも自分自身がいつも現場にいたいという想いがあり、撮影のディレクションやデザインはいつまでも自分でしていたい。だから少人数のままでいい。
「昔からバランスとタイミングという言葉の意味が大好きで、大切だと思っています。それで最近始めたスクールの名前を『ワークショップ・タイミング』にしました。今、デザイン専門学校の講師もさせてもらっていて、デザイナーを目指す若い人達に接していると、自分自身の刺激にもなり楽しいのですっかりはまってしまいまして。それでスクールを始めたんです」。


ワークショップ・タイミング

おしゃべりすることが心底楽しいということは、インタビューの間も充分伝わってくる。最後に谷氏が大切にしている仕事の仕方をお聞きした。
「時間の許すかぎりクライアントと直接会う時間を持つようにしています。電話やメールでは感じられない“人の感覚”を大切にしたいからです。来週、東京に打合せに行くんですけど、打合せはだいたい2時間ぐらいのものです。でもその2時間のために新幹線に乗って東京に行くのが、僕は大切だと思っています。電話で済ませようと思えばできるんですけど。『顔見たいから行きます』っていう時間が大切だと思うんですよ」。

公開日:2010年10月26日(火)
取材・文:狩野哲也事務所 狩野 哲也氏
取材班:有限会社ガラモンド 帆前 好恵氏