新しいステージの入り口には、いつも大きな出会いが待っていた。
クリエイティブサロン vol.84 高山理氏

2002年にフリーランスのデザイナー高山理氏が立ち上げたTTDESIGN。10年余りの時を経て組織は法人となり、高山氏は経営者となった。デザイナーとしての飛躍、そしてクリエイターから経営者へのシフトという、同じ世界に身を置く人ならば誰もが期待と不安を抱くターニングポイントを、高山氏はどのように歩んできたのだろうか?

高山理氏

クリエイターとの出会い――業界からのフェードアウトをめざしたはずが、モチベーションの源に

フリーランスで活動するクリエイターの多くは、「自分の力で勝負していきたい」「会社にいてはチャレンジできない、自分の好きな分野に進みたい」など、何かしらの前向きな思いを胸に抱いて独立という道を選んでいるはずだ。ところが高山氏の場合、事情は少し異なる。
「勤めていた会社をやめる段階で、もう、デザインの仕事を辞めようかと思っていたんです。ところが、『独立したら仕事を出すよ』と言ってくれるお客さんがいて……。じゃあ、あと3年ぐらいならこの仕事をしてもいいかな、という気持ちで独立しました」
顧客を確保した状態での独立とあって、滑り出しは順調だった。しかし、次第に忙しさや仕事だけに追われる毎日に嫌気が差してくる。そうなると、再び「やっぱりこの仕事、辞めようかな」という思いが頭をもたげてきた。実際、当時インキュベーション機能を備えていたメビック扇町に事務所を移転させたのも、「家賃を節約して、業界からフェードアウトするためのプロセスだった」と打ち明ける。ところが、この引っ越しが高山氏の人生を大きく変えた。
「メビック扇町に入居してしばらくして、『成果報告会』があったんです。これは、入居している事業者がそれぞれ、自身の活動内容や今後のビジョンなどをプレゼンする場です。ここで目が覚めました」
高山氏に衝撃を与えたのは、高い志と豊かな行動力で道を切り開いていっている何人ものクリエイターたち。海外へ飛び出し、世界的なブランドのデザイナーと渡り合う様子などを見聞きした。「事務所の壁を1枚隔てた隣に、こんなすごい人たちがいたのか」と認識を新たにした高山氏は、クリエイターが集まるメビック扇町という場を最大限に活かし始める。入居者との交流を深め、また、メビック扇町で開催されるイベントなどを通じてブレーンや顧客のネットワークを広げていった。気がつけば、パーティションで仕切られた一画に過ぎなかったメビック扇町内の事務所は、別のフロアの独立した部屋へと拡大していた。

屋号「TTDesin」の由来は「TrueTypeDesin」

経営者たちとの出会い――クリエイターが存分に力を発揮できる組織を作りたい!

2006年にはTTDESIGNを法人化し、その後、メビック扇町から“卒業”した高山氏。次なる転機は、2012年にやってきた。50代のベテランデザイナーが経営する会社と合併を行い、高山氏が新組織の経営を担うことになったのだ。
「クリエイティブが得意だった私たちに対して、相手方はDTPなどのオペレーション系のデザインが得意だった。お互いの強みを持ち寄り、成長をめざしていける合併でした」
このとき、知人の社長の勧めもあり、高山氏は中小企業家同友会のメンバーになる。多くの経営者が集まり、また、経営者を支援する仕組みや情報が集積する中小企業家同友会。ここでの先輩経営者たちとの出会いが、高山氏を経営者として新たなステージに導いた。
「例えば経営指針の策定がありますね。合併した相手方の社員は、僕よりも年上の人がたくさんいる。もちろん、キャリアも長い。そういった人たちに納得して仕事に取り組んでもらうためには、きちんとしたビジョンを示す必要がありました。『何年後にはこういう会社になっていたい。そのためにはこんな仕事をしていく。だからあなたにはこんな役割を担ってもらいたい』という説明ができて初めて、みんなが1つの方向を向いて仕事ができると学びました」
ネット上のスケジュール管理機能を使った業務管理や進捗管理も、同友会で得た情報を自社に落とし込んだものだ。TTDESIGNでは、「誰が、いつ、何の仕事に、どれぐらいの時間をかけるか」が細かく管理されている。それはまるで、製造業で行われている生産管理のガントチャートのようだ。
また、スキルに応じて担当できる業務が細く設定されており、それによって給与が変動する「給与テーブル」も導入している。さらに、就業規則もあれば、日次や月次のミーティングもしっかりと設けられている。いずれも、クリエイティブ業界ではおざなりにされがちな取り組みだ。
「合併からしばらくして、若手とベテランが一緒に仕事をする姿を見て思ったんです。『もしかしたら、クリエイターとして定年退職できる会社を作れるかもしれない』って。フリーランスの人も含めて、多くのクリエイターは『歳を取ったとき、この仕事は続けられるだろうか?』という不安を抱えているはずです。僕もそうでした。だとすれば、60歳や65歳までクリエイターとして働き続けられる組織は、すごく価値があるはず。しかも、会社が社員のことをきちんと理解し、『好き』や『得意』を活かして一人ひとりが能力を存分に発揮できるような環境があったとしたら、社員も会社も幸せになれるはずです。そんな組織を作るために、“経営者”という視点からいろいろな情報を仕入れ、仕組みを導入していっています」

社内の様子
TTDESIGNのオフィス

個性的で、とかく組織や管理とは相容れないことが多いと考えられがちなクリエイター。両方の立場を身をもって体験している高山氏に対して、参加者からは「どうやったらクリエイターのモチベーションを高められますか?」という質問が寄せられた。その問いに対する答えの1つは、対話をすることだ。何気ない会話や時間を設けての個人面談など、高山氏は社員と言葉を交わす機会を大切にしている。
そしてもう1つの答えが、「刺激」だ。
「新しい仕事、新しい顧客、あるいは新しい事業。何らかの『新しいもの』には、刺激がともないます。それが、クリエイターのやる気を引き出してくれるんです。私は、会社は道具だと思っています。社員にとっても、顧客にとっても道具です。夢や希望をかなえるための道具として使ってくれたらいい。そして、道具は手入れをすればするほどいい仕事をしてくれる。愛着もわいてくる。手入れというのは、仕組みの整備や新たなことへのチャレンジです。刺激を常に与えられる状態にしておくことが、会社にとっては大切な手入れなんです」
クリエイターであり、経営者であるからこそ言える言葉。あるいは、出会いがもたらす刺激の大切さを肌で感じてきた高山氏だからこそ言える言葉。そんな言葉で、この日のサロンは幕を閉じた。

会場風景

イベント概要

TTDESIGNの軌跡。そしてこれから――
クリエイティブサロン Vol.84 高山理氏

2002年創業、現在スタッフ総勢23名。2015年大阪・東京に拠点を置くまでに成長したTTDESIGN。なぜ、この時代にここまで成長することができたのか?
メビック扇町入所後、クリエイターから経営者へと転換するきっかけとなった、悪戦苦闘の日々を初めて赤裸々に語る。「独立する」ということとは何か? そして「クリエイターが生きる」とは?
今、明かされるTTDESIGNの軌跡。そしてこれから――
このサロンはクリエイターが生き抜く、一つの道標になるかも知れない。

開催日:2015年08月10日(月)

高山理氏(たかやま おさむ)

有限会社TTDESIGN 代表取締役

1971年堺市生まれ。デザイン制作会社 有限会社TTDESIGN 代表取締役。制作会社を渡り歩き2002年に独立。当時インキュベーション施設機能があったメビック扇町に2005年に入所後、2006年に法人化。現在10期目に差し掛かり連続増収増益となる。また今年3月には東京に関連会社を設立し、代表を兼務する。関西デジタルコンテンツ事業協同組合理事。
有限会社TTDESIGN

https://ttdesign.localinfo.jp/

高山理氏

公開:
取材・文:松本守永氏(ウィルベリーズ

*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。