すべてを自分で創り、その先に見えてきたこと
クリエイティブサロン Vol.82 森口耕次氏

82回目となるクリエイティブサロンは、大阪・茨木市の自宅兼事務所でデザイナーとして活動する森口耕次氏。デザイナーと紹介したが、その守備範囲は取材、コピー、写真撮影、イラスト、コーディングと多岐にわたり、ほぼすべてのジャンルを一人でこなすマルチプレーヤーだ。その森口氏に「すべてを独りでクリエイトすることは可能か」というテーマで語っていただいた。独りで作業することの楽しさ、苦労、そして、その先に見えてきたこととは――。

森口耕次氏

すべてのスキルは独学で習得

「僕はデザイン教育を受けておらず、師匠と呼べる人もいないので、すべて独学で覚えるしかありませんでした」と話す森口氏。まずは、経歴とスキルの磨き方の説明から始まった。「大学卒業後に勤めた福祉授産施設で障がい者にチラシの制作を教えていましたが、『教えるよりも創る方になりたい』と、パソコンとアプリケーションソフトを購入して猛勉強。転職先の求人広告の会社では、取材からコピー、イラスト制作を手がけ、独りで完結するクリエイティブの基礎を実践で学びました。その後、知人のすすめもあって建築業界で働きましたが自分には合わないと悟り、好きなデザインの世界に戻ることを決意し、仕事をしながら夜を徹してポートフォリオづくりに没頭したんです」

その後、入社したデザイン事務所では「気になるものは何事にも模写せよ」との先輩の指導を素直に実行。Webは本を見て独学で覚えた。写真に関してはフィルムの一眼レフカメラを手に入れ撮影に没頭。ポータルサイトをつくって編集作業や原稿執筆に熱中して筆力を高める。どれも最初は趣味で始めたものだが、プロレベルまでスキルを高めたのだ。
また、時代も森口氏に味方した。氏がデザイナーになったころに版下作業が終わりを告げる。「それまでは一本の罫線を引くために相当な修練が必要でしたが、アプリの操作方法を覚えれば、誰でも基本的な作業ができるようになりました。基礎的な教育も訓練も受けていない僕が短期間に技術を覚えられたのはデジタル化のお蔭かもしれませんね」

デザイン事務所2社で勤務し、さまざまなことを学ぶが、クライアントに真正面から向き合えない組織のありように、次第に違和感を感じようになったという。そして「本当にクライアントのためになるデザインがしたい」と2010年に独立を果たす。
「僕の基本的な制作スタイルは、お客様の考えをよく聴き、話し合うことから始めます。その内容のもとにコンセプトを立ててコピーを作成し、デザインに落とし込みます。そこに写真が必要なら自分で撮影し、イラストも必要ならば自分で描きます」

手がけたパンフ中面
尼崎の接骨院のパンフレット。口コミで来院されることが多いので、気軽に手渡せ読めるサイズの小さなパンフレットを企画。デザイン、写真撮影、コピーも担当した。

自分発信のメディアやコミュニティをつくる

デザイナーは「受注仕事」。では、自分で自分に発注することは可能か。森口氏は、その課題の答えを見つけようと自分発信のメディアをつくることにした。Webマガジン「いかしごと」は、その人のすべてを活かして働いている人の“はたらき”(仕事から作用まで)を伝えるメディア。インタビュー依頼から取材、ライティング、撮影、デザイン、コーディングをすべて自己完結。ただ、インタビューは森口氏一人ではなく一緒に聴いてもらいたい仲間が同席し、多角的視点から話しを広げたという。
また、地元の大阪・茨木市の特産物やグルメ、文化、歴史など多様な視点で紹介するフリーペーパー「いばらぎさん」の企画・編集・デザインにも参加している。

次に森口氏は「人と人が新たに出会える仕組み」がつくれないか、と思うようになった。
「2011年に長男が誕生して、妻が食生活にこだわり始め、手づくりでパンをつくるようになったんです。やがて私も手伝い、パンを捏ねながら、ふと思いついたのが『編集ピザ』です」
手づくりのピザ生地と、トマトソース、チーズ、そして開催場所によっては焼くためのオーブンを森口氏が用意。参加者が思い思いに具材を持ち寄り、パーティーを開催すれば知らない人同士が自然と仲良くなれると考えたという。参加費不要、持ち寄るのは10円のお菓子でもOK。野菜や肉・魚・果物・お惣菜・お菓子・酒のつまみなどなど、さまざまな具材が集まり、変わり種ピザが焼きあがった。意外な組み合わせも、食べてみるとおいしかった。一度、東京からの参加者が持ってきたキャビアを具材にして焼いたところ、独特の旨みが消えてしまい「焼かない方がよかった」と笑ったこともあったそうだ。

「いかしごと」や「いばらきさん」で感じたことは、メディアは独りでもつくれるということ。「編集ピザ」も加えて良かった点は、予想もしなかった人とつながれること。改善したいことは儲けがなく、作業が大変なこと。しかし、儲からない、大変だからといって辞めるのでは、もったいない。楽しくない。これからも続けていきたいと森口氏は意欲を語った。

フリーペーパーいばらきさんの表紙
『いばらきさん』

自分の仕事で誰かを応援したい

独立して5年余り、このような働き方を続け、「独りでクリエイティブを完結することは可能」という答えが出た。その作業は、とても楽しい。ただ、独りの能力には限界があり、時間的な制約もある。その点は、どのように考えているのだろうか。
「昔は『デザイナーは役者のようなもの』と考えていました。中年男性向け商品の広告をつくった後に、10代の女性向けのデザインができるのが本物のプロだと……。しかし、得意な人に任せた方が作品のレベルが上がる場合もありますし、独りで完結するのは他のクリエイターとのつながりが薄く、喜びを分かち合えません。忙しい時だけの助っ人や不得意分野を補足するだけの外注ではなく、その人の魅力を伸ばし応援するために自分の仕事に関わっていただく、という考え方のほうが、腑に落ちるんです」
ちょうど、そのころ『本で人をつなぐ まちライブラリーのつくりかた』という本の装丁と組版の仕事を受ける。表紙は写真でという要望だったものの、内容的に写真では表現しづらかったためイラスト案も併せて考案。以前からツイッターに投稿していた作品を見て、いつかは一緒に仕事をしたいと考えていた坂本伊久子さんにイラスト制作を依頼した。
このように応援したいクリエイターと一緒に仕事をして喜びを分かち合い、作品のクオリティが上がれば、お互いの価値も向上する。また、クライアントにも喜んでいただける。好循環が生まれることを改めて認識したわけだ。

装丁を手掛けた書籍の表紙
『本で人をつなぐ まちライブラリーのつくりかた』『マイクロ・ライブラリー 人と町をつなぐ小さな図書館』(共に学芸出版社)の表紙デザイン

最後の質問コーナーでは、「森口さんは独りで何でもこなすので、発注者側からすると安く便利に使える人になってしまいかねません。今後は分業するウエイトを増やしたり、作品の質を上げたりして単価アップを図っていく必要がありますね」という意見が出され、森口氏も大きく頷いた。また、「森口さんのように素敵な生き方をしている人に、もっと稼いでほしい。後進のデザイナーに憧れられる存在になってほしいんです」と意見も投げかけられた。
「僕は自分の手の届く範囲で納得した仕事をしたいので、今は人を雇ったり会社の規模を大きくしようとは思いません。また、個人事業主は仕事も趣味、趣味も仕事のようになってきますが、それを苦と思わず、仕事と趣味の掛け算ができるクリエイターが増えればいいなと思います」

会場風景

イベント概要

すべてを独りでクリエイトすることは可能か。
クリエイティブサロン Vol.82 森口耕次氏

グラフィックデザイン、イラスト、ウェブデザイン、コーディング、写真撮影、コピーライティングに記事やインタビューの執筆、メディアの編集、はては料理イベントの企画・運営・調理まで、すべて(阿から吽まで)をクリエイトしたいと考えて、AUN CREATIVE FIRMという屋号で活動してきました。4年余りの活動を振り返りながら、近年よく耳にする「小商い」や「セルフプロジェクト」にも通じる(かもしれない)、これからの時代に沿った(ように見えるかもしれない)「多分野を横断する制作姿勢」と、その先に見えてきたものを語ります。

開催日:2015年07月23日(木)

森口耕次氏(もりぐち こうじ)

AUN CREATIVE FIRM代表
アートディレクター / デザイナー

法学部を卒業後、様々な職業を経験後、2010年AUN CREATIVE FIRMを設立。アートディレクター / デザイナーとして、紙媒体からWebまで様々なメディアのデザインを手がける。「はたらきかた」を考え合うWebマガジン「いかしごと」主宰。「編集ピザ」主宰。

2018年にご逝去されました。謹んでご冥福をお祈りいたします。

森口耕次氏

公開:
取材・文:大橋一心氏(一心事務所)

*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。