絵が語れば言葉はいらない。大阪から世界に向けて発信する絵本作家。
クリエイティブサロン Vol.54 谷口智則氏

様々なジャンルのクリエイターをゲストに招き、その人となりや活動内容をお聞きしながら、ゲストと参加者のコミュニケーションを図る「クリエイティブサロン」。第54回のゲストスピーカーは、絵本作家の谷口智則氏。大阪を拠点に活動しながらも、日本をはじめ、世界各国の出版社から作品が出版されている谷口氏。地元・四條畷市のギャラリーショップには、国内外から多くの来客があるという。現在は絵本だけでなく、広告やパッケージ、商業施設のディスプレイなども手がける谷口氏は、「若いころは迷いもあり、描くのを辞めてしまおうかと思ったこともありました。けれど辞めてしまうと自分に何が残るのだろう。そんな想いで続けてきました」と語る。現在の華々しい活躍の裏には、たゆまぬ努力、迷いと葛藤の日々がある。そんな中から生まれたイラストは、愛らしさだけではない、独特の雰囲気を持つ。参加者は、そんな谷口氏の世界をじっくりと味わいながら話に聴き入った。

谷口智則氏

絵が言葉を紡ぎ出す

サロンのはじめに谷口氏は、いくつかの作品を紹介。中でも『サルくんとお月さま』は、絵本作家として初めて世に出た作品だ。絵本といっても文字はない。ページをめくるごとにキャラクターの表情や動き、空間や色彩が、文章を紡ぎ出してくれる。言葉がなくても、絵が語りかけてくれるのだ。
「絵本は、絵がきちんと描かれていれば文字で語る必要はないと思っています。『サルくんとお月さま』は言葉をできるだけそぎ落としていくと、最終的に全て必要がなくなってしまいました。そうすることで、この絵本の世界観がより鮮やかに、いきいきとうかびあがってきたのです。子どもたちは、大人よりも絵を見る力があります。子どもに与える本については、いろいろな考え方や形がありますが、文字のない絵本も、その一つの形だと思うのです」。
『せかいいちながいゾウさんのおはな』、『鉄人形ピノキオ』など、数冊の作品を朗読された谷口氏。どの絵本も言葉は入っているものの、ストーリーは単純明快、文字は最小限。だからこそ絵の中のキャラクターたちが生きてくる。言葉を語らずとも、その性格や心情、生活背景までもが絵の中に映し出される。谷口氏の描く世界は、まるで音楽のように、言葉を越えて人々の心を揺り動かす。

絵本『サルくんとお月さま』表紙
絵本『サルくんとお月さま』2004年

「絵本」という表現方法との出会い

子どもの頃から絵を描くのが大好きだったという谷口氏が、絵本と出会ったのは、高校を卒業してから美大に入学するまで、2年間の浪人生活の中だったという。
「そのころから絵画の道に進もうとは思っていましたが、自分にはどんな表現が合っているのかが分からず、いろいろな展覧会を見に行きました。自分は絵を学びたい。けれど一枚の絵で自分を表現できるのだろうか、自分の想いを伝えられるのだろうかとの迷いがありました。そんな時に絵本と出会ったんです。私がやりたいのはこれだ!とピンときました。絵本なら、子どもからお年寄りまで世界中の人々に、自分の表現を伝えることができる。そう直感したんです」。

金沢美術工芸大学に入学し、日本画を専攻。「自分の表現は絵本」という気持ちは堅く、授業での課題制作の合間に、こつこつと絵本の制作を続けた。
「絵本が描きたいのになぜ日本画を学んだのか、と聞かれることがありますが、それは日本人として伝統的な絵画の技術を、きちんと身につけたいと考えたからです。現代の画材や道具を使いながら日本画の技法を生かし、かつストーリー性のある絵を描くことが目標でした。世界の人々に誇れる絵本を作るためには、オリジナリティがあり、言葉がなくても物語を伝えられる絵でなくてはならないと思っていました。そう考えると、当時から心は世界に向いていたように思います。金沢という土地柄か、構図などは長谷川等伯などの表現にも影響されました。日本画は洋画とちがい、描いていないところ、つまり空白の部分で語るというようなところがあります。海外で作品が認められ出版できたのは、私の絵の中の日本画的な要素が評価されたことも大きかったと思います」

サロン風景

全ての案件は絵本作家として制作

大学卒業後すぐに、『サルくんとお月さま』が絵本コンテストで特別賞を受賞。念願のデビュー作として出版されたものの、その後はしばらく鳴かず飛ばずの日々が続く。このままでいいのかと悩みながらも制作を続けていたある日、フランスから届いた一本のメール。それをきっかけに転機が訪れた。それまで描きためていた作品が高く評価され、Le petit lezard社より出版デビュー。その後の活躍は知られるとおりだ。
「絵本以外の、例えば広告や商業施設のディスプレイなどの案件でも、イラストレーターやデザイナーではなく、私は“絵本作家”として受注しています。制作物が何であれ、そこにストーリーを埋め込むようにしているのです。見ている人が気づかなくてもいいんです。私の中で物語を設定することで、キャラクターたちがいきいきと物語の世界を繰り広げ、制作物にオリジナリティが生まれる。すべての案件に対して、絵本作家として私ができることだと考えています」。
例えば熊本県にある百貨店のキッズフロアの内装。注文を受けてから、その案件のために絵本を一冊描き下ろし、その絵本の世界をフロアに表現したという。
「屋上の遊び場につながるエレベーターの入り口には雲。雲に乗って屋上に上がると、虹の小径が屋上広場につながっている。授乳室は牧場に。屋内広場は森。壁には絵本のキャラクターをたくさん描きました」。
子どもたちは想像力をかきたてられ、大人たちは童心に戻ってわくわくする。なによりも制作者が楽しんで作っている。一つひとつの作品から、谷口氏の制作への純粋な喜びが伝わってくる。だからこそ誰もが、その世界に引き込まれるのだ。

フランスでのサイン会の様子
フランスでのサイン会(2013年)

目標は「過去の作品を越える」こと

話はギャラリーショップで販売しているオリジナルグッズ、地元・四條畷市の観光大使としての公共施設への制作物、文芸誌の装丁・挿絵と、作例を挙げながら次々と展開される。絵本作家はディレクション、デザイン、編集など制作に関わるあらゆることをこなさなければならないと語る谷口氏。アイデアは降ってわいてくる天性のようなものかと思いきや、持ち歩くノートに思いついたことをこつこつと書き留めながら、常に次への準備をしておく、だからこそ次への展望が見えてくるのだという。
現在の目標は、デビュー作『サルくんとお月さま』を越えるような、言葉に頼らない、絵だけで人々の心に深く届くような作品をもう一度描くことだという谷口氏。それは、過去の自分を越えることだと静かに語る。運は努力について来る。絵をとことん極めた絵本作家ならではの言葉に、会場のギャラリーは深くうなずいた。

「gallery & cafe zoologique」入り口
谷口氏が四條畷市に開いた「gallery & cafe zoologique

イベント概要

絵本作家の仕事
クリエイティブサロン Vol.54 谷口智則氏

現在、絵本作家として活動する中で僕の絵は絵本の世界だけにとどまらず、企業広告や、CM、商品パッケージ、商業施設でのイベントなど様々な分野に広がっています。
それらにはすべて絵本というものが基盤になっています。僕は絵を描く時にそれがたとえ、1枚の絵であってもそこから物語が浮かんでくる様なものを心がけています。そこが絵本作家とイラストレーターとの違いだと思います。ただ、イラストを描くだけでなく、そのイラストの背景や物語までしっかりと設定した上で絵を描く。それは企業広告やパッケージなどにとっても、とても大切なことだと思います。「絵本作家では食べていけない」とよく言われますが、本当にそうでしょうか?しっかりと心に届く絵を描けたら、絵本はもちろん、他の分野でも活躍できると思っています。それは日本だけにとどまらず世界でも。本サロンでは、自身の絵本や絵本以外の活動を紹介しながら、日本の絵本の出版界の現状と、海外の絵本の出版界の違いなどについてもお話できればと思っています。

開催日:2014年8月28日(木)

谷口智則氏(たにぐち とものり)

1978年大阪生まれ。金沢美術工芸大学日本画専攻卒業。
在学中より独学で絵本作りを始め、2004年、絵本「サルくんとお月さま」で絵本作家としてデビュー。その後、フランスの出版社Le Petit Lezard社より絵本「CACHE CACHE」をはじめ、日本だけでなくフランスやイタリアなどでも数々の絵本を出版。以降絵本の世界にとどまらず、CM、雑誌、企業広告、商品パッケージ、店舗デザインなどあらゆる分野で活動中。読んだ人が絵本の世界に入り込め、登場人物の想いや言葉が浮かんでくる様な絵本作りを心がけ、たとえ言葉が通じなくても、子供から大人まで世界中の人々に想いと感動が伝わる絵本作りを目指している。第一回Be絵本大賞、優秀賞をはじめ、受賞も多数。大阪の四條畷市の観光大使も務め、自身のギャラリーカフェzoologiqueも運営している。

谷口智則氏

公開:
取材・文:岩村彩氏(株式会社ランデザイン

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