クリエイターは、同じ戦いを繰り返している
クリエイティブサロン Vol. 271 礒村輝美氏
コピーライターとして広告の世界に飛び込み、制作プロダクション勤務、フリーランス、大手広告代理店への出向、会社設立を経て再びフリーランスと、さまざまなキャリアを積み重ねてきた礒村輝美氏。100を超える企業の広告・販売促進に関わるなかで、「カンヌ国際プレス&ポスターフェスティバル」や「ニューヨークフェスティバル」「朝日広告賞」など、数々のコンペにて多くの受賞経験を持つ。そんな礒村氏が自身の仕事を振り返りながら、クリエイターとしての戦いと、そのなかで得たモノづくりのマインドについて語ってくれた。
ことのなりゆきで、コピーライターとして広告の世界へ
礒村氏が最初に就職したのは大阪の某企業。OLとして今とは全く違う分野の仕事に就いており、『宣伝会議』のコピーライター養成講座も友人と一緒になりゆきで受講してみたという、消極的な理由からだった。「コピーライターになりたいと思ったことはなかった」という礒村氏だが、会社での人間関係トラブルから転職を考え、『宣伝会議』から紹介されたのがグラフィック制作プロダクション・株式会社ZOOMでのコピーライターの仕事だったという。
「軽い気持ちで会社を訪れてみれば、当時人気のオーディオブランド『テクニクス』の、ブルドックのイラストを使ったポスターや、“ハートの詩が聴こえるか”のキャッチフレーズで話題になった薬師丸ひろ子のCMポスターがばーんと貼ってあって、びっくりしたのを覚えていますね」と礒村氏。とりあえず思いつくまま話をしていたら「いつから来れますか?」とその場で採用に。なりゆきのままクリエイターの道へ突き進んでいったという。
その後、ZOOMに17年間在籍し、主なクライアントとして松下電器産業(現:パナソニック)を担当。その経験を買われ、退職してフリーランスになった後、広告代理店・電通の東京ルームへ出向という形で松下電器を受け持ちながら、さまざまな企業広告や雑誌の仕事を手掛けていった。
友人と共同で株式会社空を立ち上げ会社経営を行っていたときには、OCC(大阪コピーライターズクラブ)の幹事やOCC賞審査委員、神戸芸術工科大学グラフィック科非常勤講師を兼任。2019年に会社を閉めた後も、フリーランスとして精力的に活動している。
どの職種も、どのメディアの仕事も、同じジレンマの中に生きている
長年走り続けてきた礒村氏は、数々の経験を通して思うことがある。それが、今回のトークのテーマでもある「クリエイターは、同じ戦いを繰り返している」ということだ。
「クリエイターは、いつも“自分らしさ”や“自分の個性”“自分の発想”など、ほかにはない能力が求められます。でも、現実はどうでしょう? 自分のつくったデザインやコピー、構成などが相手に気に入られなければ、これで売れますか?とか言われるんです。それは、もう、言葉通りの意味での殺し文句です」
ターゲット層の設定や訴求の方向性など売るためのロジックや戦術を組み立て、その目的を達成するための工夫やアイデアはあっても、それが売りに直結するとは約束できない。クライアントから「もっと価格を大きく、見えやすくしてほしい」と言われても、表現上のこだわりがあっても反論できるだけの論理を持っていないことがほとんどだ。「そこで、自分の表現や個性にこだわればこだわるほど、“うるさい人”というレッテルを貼られ、最悪の場合は仕事を失ってしまうことになる。私たちクリエイターは、どの職種も、どのメディアの仕事も、同じジレンマの中に生きています」と礒村氏は考える。
「最近ではマーケティングに主体を置いて、これに沿って制作してくださいと言われるケースが増えてきましたが、そうなるとクリエイティブをするうえでの“幅”がなくなってしまいます。そのなかで、商業広告だからと諦めるのか、それでも戦い続けるのか……」
先日、久しぶりに合った仲間と仕事をすることになったとき、「言われることをきちんと表現するのが自分の役目」というスタンスを目の当たりにし、「ああ、この人はどこかで諦めたんだな」と思ったという。
「つくりあげたものが納得のいかないまま不本意な形に変えられていくのは、本当に心がボロボロになります。それでも、クリエイティブは面白く、戦っていく価値がある。正解をはかる秤はないからこそ、積み重ねていくしかないと思っています」
まずはしっかりと仕事をする。賞はその結果としての“ご褒美”のようなもの
「ここからは実際の仕事とともに、話をしていきます」と、これまでのさまざまな“戦い”を、いくつかのカテゴリーで紹介していく礒村氏。
まず大型キャンペーン広告では、当時担当だった松下電気の趣味のためのカメラの広告で、“自分のために欲しくなる”というコピーを書いた礒村氏に対し、クライアントからは「“欲しくなる”だけでいい。ヘッドラインは7文字で収めて」と指摘されたという。
「大型キャンペーンのミッションは、数千万の人を誘惑すること。ひと目でわかりやすいこと、記憶に残ることが大事。私たちはどんなミッションであろうが、とりあえず良いコピーを書きたいし良いデザインをしたいので、7文字では書けないという思いもあります。でも、ミッションを考えると、たしかに“欲しくなる”のほうが一瞬で読めるし覚えられるなと思いましたね」
セールやお歳暮・お中元など毎年同じ時期・同じ内容の中規模キャンペーン広告では、2020年クリスマスの広告について、コロナ禍でソーシャルディスタンスが叫ばれていた世の中に対し、「ベリーギューッとクリスマス ※心の中は、密です。」のコピーを展開し、心の結びつきを提言した。
そのほか、社会問題系の広告、企業広告、ブランディング、編集・イベントなど、各カテゴリーの実績と制作の思いや裏話について、笑いを交え楽しく紹介してくれた。
「そうしたいろいろな仕事の中で、賞もたくさんいただきました」と礒村氏。
なかでも一瞬で目を惹く「朝日新聞は、ぞうきんだ。」は、第57 回朝日広告賞 審査委員長賞作品で、高い評価とともに少し議論にもなった問題作。20代で第6回カンヌ国際プレス&ポスターフェスティバル銀賞を獲得した、松下電器の世界最小電池の開発を訴求する広告では、未来に実現する見込みの補聴器に問い合わせが殺到するほどの話題になった。
賞は、礒村氏にとって「ご褒美」だという。なかには、賞だけを狙って大きな会社に引き抜かれることを期待するクリエイターもいるが、「それは違うんじゃないか」と礒村氏は考える。
「まずはしっかりと仕事をして、賞はその副産物。ただ、活動の励みになるし、もらったら嬉しいもの。基本、広告制作はクライアント企業のために行うものであり、クライアントに喜んでもらうことが重要ですが、それがクリエイティブとしての評価とリンクするのが一番良いですよね。難しいことですが」
より良いクリエイティブに必要なもの、それは、相手の真意を引き出すチカラ
終盤、会場は参加者との質疑応答のやりとりに移っていき、ざっくばらんに対話が行われていくなか、クリエイターが戦うことになる大きな原因はコミュニケーション不足にあるという話になっていく。
「実はきちんとしたクライアントほど、クリエイターが懸命に作ったものに“気に入らない”“好きじゃない”と悪い印象を言えない。だから売れる売れないの理屈を持ってくる。その理屈を鵜呑みにしてしまうと核心から遠のくばかりで、いつまでも決まらずどんどん酷い方向に向かってしまう。議論もかみあわず、クリエイターもクライアントもお互いにストレスを溜め、表現もよくないものになり数字も上がらない結果になってしまう」と礒村氏。
「だからこそ、相手の真意を聞き出せるスキルがあれば、やりたいコピーやデザインを明確にするヒントになるし、無駄な作業もなくなるはずです」
最後に、「ご自身のなかで一番良いコピーは?」という会場からの質問に、個展のために作った「人生は、きれいに枯れる、 旅。」を挙げ、闘病中の友人から「人生の新しい考え方を見つけられた」と喜びのメールが届いたことを紹介した礒村氏。
「その言葉によって、新しい気づきや価値観が得られるもの。結局、どの仕事も追求することは同じで、企業や商品の良いところをわかりやすく伝え、それによって受け取り側が新たな発見をしてもらうこと。広告として私たちクリエイターができることはそういうことで、だからこそ、心に残るコピーやビジュアルをまだまだつくり続けていきたいですね」
イベント概要
どの職種も、みんな同じクリエイティブの病!
クリエイティブサロン Vol.271 礒村輝美氏
コピーライター、デザイナー、クリエイティブディレクター、Webデザイナーなどなど様々な専門職の方々がいらっしゃいますが、長いキャリアの中で感じているのは、結局は同じことをしているのではないかということです。よく似た悩み、よく似た衝突、よく似た壁……。病が同じなら、処方箋もきっと近いはずです。私自身、プロダクションのコピーライター→フリー→代理店→クリエイティブディレクター→女性社長→プロデューサー→ブランディングなど様々な立場を経てきました。そこでの経験などを交えてお話ができればと思います。
開催日:
礒村輝美氏(いそむら てるみ)
礒村輝美事務所
コピーライター / クリエイティブディレクター
・グラフィック制作プロダクション株式会社ZOOMにコピーライターとして入社
・退社後、フリーコピーライター
・株式会社電通関西支社東京ルームに出向
・フリーのコピーライター&クリエイティブディレクター
・制作プロダクション株式会社空を創設
・株式会社空を閉業後フリー、現在に至る
公開:
取材・文:山下満子氏
*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。