学年一の優等生がギャル、そしてプロダクトデザイナーになったお話
クリエイティブサロン Vol.266 西川歩氏

266回目を迎えるクリエイティブサロンに登壇してくれたのは、「幼少期は優等生、中高生からはギャルとして生きてきた」というプロダクトデザイナーの西川歩氏。さまざまな出会いの末にプロダクトデザイナーという仕事にたどり着いた西川氏の少々風変わりな経歴から、現在に至るまでの迷い、そして優等生マインドとギャルマインドが絶妙に融合することで乗り越えてきた困難などを振り返り語っていただいた。

西川歩氏

「いい子でなければ価値がない」
プレッシャーを感じていた幼少時代。

幼い頃は両親が共働きで兄と祖母が親代わりだったという西川さん。幼稚園の頃から工作や絵を描くことが大好きで、誕生日やクリスマスにはおもちゃではなく、ハサミやセロハンテープを欲しがった。

小学校に上がると、学習塾、水泳、体操、習字、ピアノと習い事三昧の日々で、成績はオール5の優等生。周りの評価は「真面目」であったことからいつしか「いい子でいなければ価値がない」と考えるようになり、勉強もスポーツも精一杯努力し、周りの期待にこたえていた。プレッシャーゆえに朝、腹痛に襲われることも少なくなかったという。

中学校ではソフトテニス部に入部し、勉強と部活の両立に励んだが、中学校生活が残り1年となった3年生の頃、西川さんに大きな転機が訪れる。

進学校とは知らずに入学。
おちこぼれレッテルを貼られ、奮起。

3年生の時のクラスには校内でも目立つ生徒が集まっていた。彼女たちと親しくなるにつれてメイクやファッションに夢中になった西川さん。気がつけば、ユニクロのスウェットにキティちゃんのサンダルを履いてプリクラを撮る毎日。

優等生の変わり様に教師からも心配されたが意に介さず、「毎日が楽しくて仕方なかった」と話す。受験シーズンに入ってもそれは変わらず、“早く終わって遊びたい”という気持ちから、入試が早い私立校を受けることに。さらに志望校は4つの学校名を書いた紙に鉛筆を立て、倒れた場所に書かれていた学校に決めた。

適当に決めた高校に合格した西川さんは入学早々、担任の発言に驚くことになる。「このクラスは最低でも関関同立をめざしてほしい」。そこが進学校であることどころか「関関同立」の意味すら知らなかった西川さんは、入試前のテストで最低点を叩き出し、人生で初めての「落ちこぼれレッテル」を貼られ教室に立たされた。しかし、元優等生のプライドを原動力に、勉強に没頭した結果、すぐにクラスの成績トップ群にランクイン。模試では偏差値70を超え、一目置かれる存在になった。

中学3年生の頃のプリクラ帳
中学3年生のころは、メイクやファッションに夢中になり、プリクラ帳づくりにはまっていた。

ギャルが7割の単位制高校へ編入。
自らかけた呪縛からの解放。

成績は上がったものの西川さんの中には疑問があった。「関関同立に行って自分は何がしたいんだろう……」。数学や化学には興味が持てたため理系の道も考えたが、所属していたコースでは女子が選択できるのは文系のみ。進路に迷っていた西川さんは、母親が言った「絵を描くのが好きだから美大はどう?」という一言で美大をめざすことにした。

成績優秀者である西川さんの決心に学校側は反対したものの、交渉の末、7限からの授業は欠席を許可され画塾に通い、受験に備えた。しかし、ギャル魂はまだまだ健在。夏休みには髪をツートンカラーにするなど地元でも目立つ存在だった。

2年に進学すると次第に、進学校での勉強が無意味に思えてきた西川さんは転校を決意。ここでも成績優秀者だったことから反対に合い、なかなか話は進まなかったが4ヶ月の話し合いの末に単位制の学校に編入が決まった。編入先は7割がギャル。ヘアスタイルもメイクも自由な校風の中、西川さんの外見はどんどん派手になっていく。メイクが濃くなるほどに肯定感が高まり、この頃には優等生でなければならないという呪縛から解放され正真正銘のギャルになっていた。

念願のデザイン業界へ就職するも困難の連続。
乗り越えられたのはギャル×優等生のマインド。

無事、高校を卒業した西川さんは京都精華大学に進学し、立体・平面どちらも学べるプロダクトデザイン学科を専攻。先にできるだけ多くの単位を取得しようと一限の授業を履修しまくった結果、朝5時に起きて通勤ラッシュの中通学、就寝は0時という生活に。体力の限界で、電車内で倒れることもあった。次第に遅刻が増え、授業をサボるようになり、2年生にあがる頃、休学を決めた。休学中は朝から晩までバイトの日々。退学して就職を視野に入れて就職先を探していたところ、クリエイティブやデザインの業種ばかり見ている自分に気がついた西川さんは、「私がやりたいことはこれなんだ」と確信し、復学することに。

復学してからは必修以外の1限の授業は受講せず、通学に使う路線を変えるなどできるだけ負担のかからない通学スタイルを確立することで無理なく大学生活を送ることができた。また、目標が明確になったことで勉強にも積極的に取り組むようになり、「成績優秀者」として3年生の前期の授業料が免除となった。4年になると就活はせず、卒業制作に没頭。原付でアルバイトに通っていた経験から、髪を結んでいても快適にかぶることができる「ポニーテール対応ヘルメットを制作」した。

卒業制作の「ポニーテール対応ヘルメット」。撮影にもこだわった。

就活をまったくしていなかった西川さんだが、精華大学で教鞭をとっていた株式会社デプロ・インターナショナル・アソシエイツの代表であり工業デザイナーの高尾茂行氏からの誘いで同社に入社。苦労なく就職が決まったものの、周りは男性ばかり、さらに多忙な職場だったことからコミュニケーションがうまくいかず、現場経験のない1年目の頃は要領をつかめず終電にさえ乗れない日もあった。極度の疲労から突発性難聴を患ったが「スキルを身につけないと社内でコミュニケーションをとることができない」と、残業をした日は先輩のデータを分析し、独自で勉強を続けた。

「努力家で負けず嫌いな優等生マインドと、どうにでもなる、他人の評価は気にしない、というギャルマインドがうまく融合して乗り越えられたんだと思います」と西川さんは自己分析する。

20代で独立を決意。
様々な出会いを通じてフリーランスで活躍。

イラストレータでのスケッチや3Dスキルを身につけた西川さんは、1人で任せてもらえる仕事が少しずつ増えていき、社内でのコミュニケーションも円滑にとれるようになっていった。新卒から5年間、日用品から家電、ヘルスケアなどさまざまな仕事を手掛け、28歳で独立を決意する。

「ここで30代を過ごすという未来が見えなくて、かといってメーカーに勤める姿も想像できない。でもデザインがやりたいという気持ちははっきりしていたので、フリーランスとしてやっていくことに決めました」

独立にあたり、まずはデザイン事務所時代から付き合いのあったプロダクトデザイナーの江口海里氏に挨拶に行き、フリーランスとしての働き方などを相談。江口氏の紹介でメビックの存在を知り、イタリア研修ツアーの講演会に出向き、ツアーにも参加した。

また、さらに江口氏の紹介で株式会社ワイエスデザインの代表でありデザインディレクターの野口聡氏に出会い、さまざまな共同プロジェクトを手がけることに。今では「ビジネス夫婦」と互いに呼び合うほどの信頼関係を築いている。

作例
左:ヘアブラシ・ペット用ブラシ(クライアント:エス・ハート・エス株式会社)
右:スロットマシンのコンセプトビジュアル(クライアント:オムロンアミューズメント株式会社)
2点共、株式会社ワイエスデザインと共同提案

デザイン事務所時代も女性向けの製品や調理家電などを担当することが多かったが、独立後は特に美容関連やヘルスケア製品のデザインを依頼されることが多いという西川さん。

もともと興味はあったが、自身の加齢とともにヘアや肌、体に関するこれまで感じことのなかった悩みが増えたことで、興味関心がさらに高まり、他にも映画やアニメ、ゲーム、メイク、ファッションに関する知見など、どんな経験も役に立つと実感しているという。

「中学での環境によって進路が変わり、その影響で精華に入学して、そこで高尾さんに知り合って、その流れで江口さん、野口さんと繋がり今に至ります。紆余曲折あったようで振り返ると一本の道になっていて、次はどんな出会いあるんだろうってワクワクします。これからも出会いを大切にしながら、探究心を失わず進んでいけたらと思います」

イベント風景

イベント概要

ギャルがプロダクトデザイナーになったお話
クリエイティブサロン Vol.266 西川 歩氏

幼少期は優等生、中高生からはギャルとして生きてきました。優等生としてのプライドや頑張り、ギャルとしての自由な生き方、その両面が今の私の一部を形作っています。また、周囲の人々に恵まれ、現在の私が存在していることを実感しています。行き当たりばったりな人生でしたが、様々なきっかけや出会いを経てプロダクトデザインの道を進むことになりました。現在のお仕事について紹介しながら、少し変わった経歴や、まだまだ女性が少数派のプロダクトの世界で苦労したエピソードなども交えてお話しできればと思います。

開催日:

西川 歩氏(にしかわ あゆみ)

aym design
プロダクトデザイナー

大阪府大阪市生まれ、兵庫県宝塚市育ち。京都精華大学プロダクトデザインコース卒業後、株式会社デプロ・インターナショナル・アソシエイツでプロダクトデザイナーとして活動。家電製品、家庭用マットやスポーツ用品、GUIなど幅広いデザイン業務を経験する。2018年フリーランスとして独立。
京都精華大学プロダクトデザイン学科非常勤講師。

https://aym-design.jp/

西川 歩氏

公開:
取材・文:和谷尚美氏(N.Plus

*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。