ものづくり中小企業の脱・下請けをめざして。
クリエイティブサロン Vol.149 奥田三枝子氏
毎回、さまざまなジャンルのクリエイターをゲストスピーカーにお迎えし、その人となりや活動内容をお聞きし、ゲストと参加者、また参加者同士のコミュニケーションを深める「クリエイティブサロン」。今夜のゲストは、東大阪にある「MOBIO(ものづくりビジネスセンター大阪)」のマネージャーであり、堺市にある「S-Cube(株式会社さかい新事業創造センター)」のインキュベーションマネージャーの奥田三枝子氏。医学と工業との連携が全国的に活発になりつつある今、奥田氏が立ち上げた「MOBIO健康・医療研究会」は、どのような活動をしてきたのか。その内容を成果や直面する課題、そしてクリエイターに対する期待と共にお話しいただいた。
東大阪でものづくり企業を、堺で起業家を支援。
奥田氏は2001年に大阪産業創造館でインキュベーションを担当して以来、途中2年のインターバル期間を除く16年間、ずっとビジネス支援機関でコーディネーターを務めてきた。インキュベーションとは卵をかえす“孵化”という意味を持つ言葉で、経済用語としては事業創出や創業支援のサービスや活動を指す言葉として使われている。
「この仕事を始めた当時はインキュベーションや創業についてあまりわからない状態でしたが、わからないなりにも仕事をし続けているとおもしろみが感じられるようになりました」と奥田氏は語る。
大阪産業創造館での2年の契約終了後、ネットショップ運営の手伝いや大学発ベンチャー企業の仕事などに携わり、その後2005年から再び起業支援の職に就くことに。場所は豊中インキュベーションセンター。今度は創業支援サービスをゼロからスタートさせることになった。
「ここでは6年間お世話になりました。豊中は住宅都市だったのでこの施設における起業は地域密着型のスモールビジネスが多く、それに関してなら起業家が何をしようとしているのかが理解できました。でも、中にはどう支援したらいいのかわからない企業もありました。そのような企業は2社あったのですが、いずれも製造業の会社でした。だから、もう少し違う施設での経験が必要だと感じたので“卒業”させていただいたのですが、次にお世話になるものづくり支援施設でいきなりマネージャーを任されるとは思いもよりませんでした」
「現在、奥田氏がマネージャーを務めるMOBIOは、大阪府と公益財団法人と民間企業で運営する、府内ものづくり中小企業支援のための拠点だ。200の企業を紹介する国内最大級の常設展示場と10室のインキュベーションを有し、製造業者の相談に乗ったり、企業と企業のマッチングを行ったり、経営革新や知財管理などのセミナーを開催したりしている。
奥田氏は、このMOBIOでの仕事を受け持ちながら、2年前からは堺市にあるS-Cubeで創業や第二創業の支援も担当している。
「S-Cubeはデスクやオフィス、ラボなどが全56室・8ブースある府内最大のインキュベーション施設です。入居後の支援はもちろんですが、ビジネスプランの作成やセミナーなど、入居前の支援も行っています。私としては起業家支援にまた戻りたいという思いがあったので、いまは両方を担当させていただいています。ただ、この2つの施設は場所も離れている上、業務では頭の切り替えをしなければいけないので、めっちゃ大変です(笑)」
得意分野が違う。だから視点も違う。
MOBIOは、独立行政法人中小企業基盤整備機構が管理・運営しているクリエイション・コア東大阪の中にある。そのクリエイション・コア東大阪の10周年イベントで医工連携をテーマにした記念講演が行われることになり、打合せに参加した奥田氏はそこで知り合った講師の“医療機器産業に日本の中小企業が参入できるようサポートしたい”という思いに共感。MOBIOで“医療・健康分野においてものづくり中小企業のための脱・下請け支援をしたい”と思い、「MOBIO健康・医療研究会」の立ち上げに乗り出した。会の発足までに2年以上の歳月を要したが、2016年6月にめでたく会はキックオフ。
この会はMOBIOの常設展示場に出展している企業へのサービスの一環として設立された。参加企業は現在約20社。医療機器や医療業界に精通した専門家をはじめ、臨床工学技師や手術専門の看護師、パラスポーツ協会関係者、介護事業者などのゲストスピーカーを招いて話をしてもらい、さまざまな知識や情報を精力的に吸収している。また、病院に出向いて、手術室や手術器具を洗浄・消毒する部屋に特別に入らせてもらい、見学したりもしている。
「医療現場の困りごとの解決策について会員の皆さんで意見出しをすることがありますが、金属加工や樹脂加工など皆さんがそれぞれ得意分野をお持ちなので、視点が全然違うんです。だから、思いもよらない意見が出てきますよ」
出張商談会が奏功し、2件成約。
同会は健康・医療について学んだり考えたりするだけではない。実際に展示会に共同出展したり、医療機器メーカーに出向いて出張商談会を開いたりもしている。
「出張商談会では、医療機器メーカーで会議室を借りて長机を並べて1社1テーブルのスペースで自社の製品や技術をPRしています。メーカーの開発担当者や資材調達担当者にとっても普段見ることができないものを見ることができるし、展示会に出かける手間も省けるので喜ばれているのではないでしょうか。おかげさまで成果も出ています。出張商談会では2つの案件が成約しました。展示会への出展がきっかけで会員同士が共同開発を進めている案件もあります。ただ、いずれにしても事業になるまでの道のりは長いですね。試作の話はときどきあるのですが、量産にならないと事業としては成り立たない企業が多いのも事実です。また、月一回の勉強会に出席している会員の間で温度差があることも課題のひとつですね。議論している製品で直接儲けられなくても、その製品開発に携わったという実績が自社にとってプラスであればいいという人もいれば、早く形にして早く成果を出したいという人もいる、といった具合です」
クリエイターとの関わりを求めて。
ものづくり企業を支援する立場の奥田氏はこの会の活動にクリエイターが参加することで活動が大きく進展するのでは、と期待している。
「以前にイラストレーターの方にご協力いただき、製品の中にある部品や体の中で使用される製品など、表現しづらい技術をイラストで表現したこともあります。。医療現場の問題解決に役立つ製品づくりを考える上で課題の本質を拾い上げたり、訴求ポイントを絞り込んだり、その表現を考えたりすることはクリエイターの方々の得意とするところなので、今後はそういうことにも関わっていただきたいですね」
近年、MOBIOはメビック扇町と共同でクリエイターによるプレゼンテーションや交流会を開催し、ものづくり企業とクリエイターとの接点づくりを積極的に行っている。この夏も《ものづくりに、いま必要な「つくる + 伝える」企画展》を催し、出会いの場を提供した。
「ものづくりを一緒にしていく上で、ノウハウやクリエイションを提供してもその部分がすぐにお金にならないこともあると思いますが、“この経験は自分の次の何かのプラスになる”という気持ちで関わってもらうと、ものづくり企業の人と人間関係ができるので、クリエイターの方にとっても次につながる展開になると思います」
このレポートをお読みいただいた方の中でまだMOBIOを訪ねたことのない方は、一度足を運び、200の展示ブースを見て回ったり、ものづくりに勤しむ人やその人たちをサポートするコーディネーターと意見交換をしたりしてみてはいかがだろう。クリエイターの方には特にお勧めしたい。自身の日頃のクリエイションとは違う世界での創意工夫の結晶から、多くの刺激と気づきが得られるはずだ。
イベント概要
ものづくり企業の健康・医療研究会
クリエイティブサロン Vol.149 奥田三枝子氏
医工連携といわれて久しくなりますが、加工を中心とした小規模なものづくり企業がチャレンジするには、何から取り組めば良いか分からない、セミナーや勉強会に参加するけれど難しすぎるなど、想いはあるものの二の足を踏んでいるところが多くありました。研究会を立ち上げて丸2年。今なお試行錯誤は続いていますが、立ち上げまでの経緯と、現状、そしてこれからの可能性についてお話ししたいと思います。
開催日:2018年8月21日(火)
奥田三枝子氏(おくだ みえこ)
2001年に創業支援という仕事に出会い、何かを生み出そうとするパワー溢れる人たちに魅せられ、所属は変わりつつも今に至ります。
現在は、国際会議や学会、全国のコンベンションホールの運営などを手がける会社に所属し、大阪府のものづくり中小企業支援拠点、ものづくりビジネスセンター大阪(MOBIO)と、堺市のさかい新事業創造センター(S-Cube)で、起業家やものづくり中小企業の皆様にお会いする毎日です。
公開:
取材・文:中島公次氏(有限会社中島事務所)
*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。