クリエイティブの力が高齢者の生きる力を引き出す
クリエイティブサロン Vol.162 玉城梨恵氏

瀬戸内の小さな島で生まれ育った少女が、「この島に学校をつくりたい」という夢を叶えるため、海外へ、大阪へ、東京へ。今回のクリエイティブサロンのスピーカー・玉城梨恵氏は現在、ウェブサイト「介護レク広場」の運営、雑誌『介護レク広場.book』の編集を通して、日本社会が抱える「高齢者福祉」という大きな課題に立ち向かっている。「島に学校をという夢は、今も抱き続けている」と語る玉城氏。今回はクリエイター代表として、広島県尾道市因島出身の村上美香氏が聞き手となり、話が展開された。

玉城梨恵氏

世の中に役立つことを事業にしたい

玉城氏が生まれ育った愛媛県今治市馬島は、島の全周4㎞の小さな島。幼少時代は30人ほどいたという人口は、現在6人。祖父母と両親、4人のきょうだいという大家族で育った玉城氏の夏の楽しみは、いとこたちが大勢で島にやって来ることだったという。「こんなふうに子どもがたくさんいる島だったらいいな」という気持ちから、「この島に学校をつくりたい」という願いへ。その想いは今でも変わらないという。

「子どものころから祖父母と一緒に暮らしていたというのもあり、お年寄りは身近な存在でした。18歳で島を出て、留学経験後、大阪の大学に進学。大学卒業後は東京のコンサルティング会社に就職し、その後、結婚・出産をきっかけに、社会貢献事業に興味を持ち始めました。『介護レク広場』を運営するグラフィックデザイン会社の社長と出逢ったのはその頃です」

「生まれ育った島を何とかしたい」という想いは、「世の中に役立つことを事業にしたい」という想いへとつながり、潔く会社を退職。「介護レク広場」の独立法人化に携わった。

「『介護レク広場』は、高齢者用の脳トレ素材や塗り絵などがダウンロードできるサイトです。私が入社した当時、既に1ヶ月に50万件近くのアクセスがありました。当時の社長の祖母が施設に入り、幼稚な塗り絵や工作をさせられているのを目の当たりにし、この現状を何とかしたいと思って始めたサイトです。数ヶ月で急成長したサイトをデザイン部門から独立させ、法人にするお手伝いをさせていただきました」

「介護レク広場」ウェブサイトスクリーンショット
「介護レク広場」ウェブサイト

レクリエーションの語源は「Re(再び)Create(創る)」

その後、BCC株式会社に買収された後も、「介護レク広場」は会員数を順調に増やし、成長を続けた。ところがそこで、ある問題に直面する。サイト内には3000点以上もの素材があるにもかかわらず、「素材をもっと増やして」という会員からの要望が後を絶たないのである。一方で、介護施設を訪問調査し、現場の介護スタッフと話を重ねてきた玉城氏は、「レクリエーションの本質」をきちんと現場に伝える必要性を感じていたという。

「当時『なぜ高齢者にレクが必要なのか』という本質的なことが、介護現場で働く人たちに理解されていませんでした。レクは“空き時間に高齢者を暇にさせないためのお遊戯”という位置づけだったのです。本来『レクリエーション』とは、Re(再び)Create(創る)という意味で、弱った状態の人が、再び元気を取り戻すための活動です。たとえ身体が不自由でも、認知症があっても、高齢者にとっては、生活の中で生きがいや楽しみを見いだす活動。その核心の部分が介護スタッフの方々に浸透していない。そのことを伊藤(BCC株式会社代表)に相談すると、『資格制度をつくろう』と言われたんです」

経済産業省から委託を受けたBCC株式会社スマイル・プラスカンパニーは、玉城氏と伊藤氏を中心に介護レクの現状を調査。そして大学教授など多くの専門家の協力・監修の下、2014年、「レクリエーション介護士」という資格を誕生させた。その後「生涯学習のユーキャン」に登録されると、たちまち人気ランキングに並ぶ資格となる。現在では全国で約27,000人の資格取得者がいるという。

高齢者のニーズ多様化の時代に向けて

介護レクの意義を玉城氏は次のように語る。

「元気だった高齢者が、ほんのちょっとのきっかけで介護が必要になるケースも多くあります。そうなると突然『自分など周りに迷惑ばかりかけて役立たずだ』という気持ちになり、生きる意欲を失い、身体も心も動かなくなってしまいます。介護レクを適切に導入すると、固まった高齢者の心を動かすことができる。レクで元気を取り戻す方も多くいらっしゃるんです」

さらに資格の創設は、現場のスタッフの働きやすさにも大きく貢献していると語る。

「現場のスタッフのみなさんの中には、子育てが一段落して、40代で専業主婦やパートタイマーから再就職したという方々が多くいます。高齢者のお世話は好きだけれど、人前でしゃべるなんて苦手。レクをするのが嫌で辞める人もいるほどです。そんな方々が介護レクを系統的に学ぶことで、レクに対する負担感が和らぎ、結果的に離職率も下げることができるのではないかと思っています」

介護施設は、そのほとんどが社会福祉法人。国の法律の下、運営費の90%を介護保険に頼って運営されている。リハビリテーションや機能訓練は保険制度で認められるものの、基本的にレクリエーション活動は「お遊び」と位置づけられ、保険制度で認められていないのが現状だ。だからこそ、介護レクは、同業他法人と差別化できる事業にもなりうるという。

「今、施設を利用している80〜90代の世代の方たちは、戦後、我慢を重ねて今の日本を築き上げてこられた方たちです。しかしこの先は豊かな時代に生まれ育った世代の高齢者が増え、介護が必要になっても毎日を楽しみたい、豊かに生きたいと思う人が増えるでしょう。今の施設のあり方では、そのニーズに対応しきれないのです」

今やコンビニよりも多いと言われている高齢者施設。入所待ちの時代から、集客競争・従業員獲得競争が激化する時代へと突入する。だからこそ、それぞれの施設が収益源となるような事業を考え、それを利用者の「価値」として売り出していかなければ生き残れない。その一つが介護レクだと玉城氏は語る。

イベント風景

クリエイティブは介護施設でどのように役立つか

『介護レク広場.book』の編集にあたって、たくさんの施設を訪問したという玉城氏。その中である共通点を見いだしたという。

「訪問する中で、雰囲気がとても明るく居心地のいい施設に出会うことがあるんです。明らかに他施設と違う。何が違うのか分からなかったのですが、訪問を重ねるうちに『クリエイティブな発想を持ってアイデアで勝負している』ことが共通点だと分かりました」

介護スタッフは高齢者ケアのプロ。一方で、デザイナーやコピーライターなどのクリエイターは、アイデアを生み出すプロ。二者の力を合わせることで、より効果的に高齢者の可能性を引き出すことに成功しているという。
ではクリエイターは、具体的にどのように介護現場で活躍しているのだろうか。玉城氏が紹介した数件の施設の具体事例の中から、2件をここに紹介する。

○社会福祉法人あかね(兵庫県)
兵庫県内に特養やデイサービスを持つ社会福祉法人あかねには、法人内に「経営戦略室」があり、そこでは、グラフィックデザイナーやムービークリエイターなどを含む「クリエイティブチーム」がスタッフとして勤務している。さらに「食事・入浴・排泄と同等にレクリエーションも大切」という施設の考え方によって、レクリエーション専任スタッフも常駐。クリエイティブチームとのコラボレーションで企画される月一度のイベントはいつも大盛況で、親族や友人を誘って入居する利用者もいるほど。専門のスタッフを雇用することによる費用対効果までが計算された事例だという。

○みのりグループホーム平野(大阪府)
大阪市平野区にあるグループホーム平野は、認知症の高齢者が暮らすグループホーム。「レクなどの非日常的な活動をすると利用者がパニックになる」と理解を得られないホームも多い中、このホームでは3年前から書家、絵本作家、劇団員など9名のアーティストやクリエイターを採用し、介護レクに取り組んでいる。その結果、この3年間で利用者の状態が目に見えて穏やかになり、ホーム内の雰囲気も落ち着いてきたという。
「介護レクの考え方のベースは、高齢者一人ひとりのニーズに合わせた余生の過ごし方を提案するということ。それができるのは唯一人間だけで、AIにもロボットにもできません。今後、もっと介護レクの価値を広めていきたいと思っています」と玉城氏。

実は最近、馬島で暮らしていた祖母が他界したと語る玉城氏。「私は祖母に何ができたのか」という葛藤と、「仕事を通して、一人でも多くの高齢者とその家族を幸せにしたい」という願い。その交錯する二つの想いを、丸ごと包み込んでくれるのは、幼少期から思春期に過ごした、あの島での記憶だ。いつか島の学校に、子どもたちの声が響き渡る日が来ることを願いたいと思う。

『介護レク広場.book』最新号表紙
『介護レク広場.book』ウェブサイト

聞き手・村上美香さんコメント

しまなみ海道の「馬島」出身の面白い女性に出会ったから引き合わせたい、と、ある日、メビック扇町の堂野氏から声をかけられました。「え、馬島?」。瀬戸内海の「因島」出身である私でさえ知らなかった人口6人の小さな島で、玉城さんは生まれ育ったようです。トークは、昨年の広島・愛媛を襲った豪雨被災話にはじまり、幼い頃の「島あるある」(私よりずっと野性的に育ってる(笑))を挟みながら、「介護レク」の先駆者として業界を切り開いている彼女のバイタリティの根っこを探っていきます。最終的な夢は、「島に学校をつくること」。そこはきっと、子どもたちはもちろん、様々な状況にある人たちが集い、玉城さんがそうであったように、ごく自然に「生きる力」を学んでいけるような場所。たぶん、現在の彼女が日夜従事している「介護レク」は、介護が必要になった方々に、もう一度、自分らしく「生きる力」を見つけてもらうためのスイッチなんだろうなあ。それにしても海賊の血か、しまなみ女は強い。そして愛が深い。といいつつ、すっかり関西弁になってしまっているお互いを笑い飛ばしながら、島トークは夜遅くまで続きました。

イベント風景

公開日:2019月07月25日(木)
取材・文:岩村彩氏(株式会社ランデザイン

玉城梨恵氏(たましろ りえ)

BCC株式会社スマイル・プラスカンパニー

当時人口30名(現在7名)の愛媛県今治市馬島で生まれ育つ。小学校の時からの夢「島を買って学校を創る」ことを叶えるため、高校でオーストラリアに留学、関西大学を卒業後、東京のコンサルティング会社に就職。結婚、出産を機に「社会貢献度の高い事業を企業で成功させたい」とスマイル・プラス株式会社(現 / BCC株式会社スマイル・プラスカンパニー)の創業に携わる。2014年、レクリエーション介護士資格の開発を担当、資格取得者が2万5千人を突破。2016年、『介護レク広場.book』編集長に就任。

玉城梨恵氏

イベント概要
介護・高齢者福祉業界にクリエイティブの力を
クリエイティブサロン Vol.162 玉城梨恵氏

BCC株式会社スマイル・プラスカンパニーでは「“人を支える人”を支える」をコンセプトに、ウェブサイト「介護レク広場」、レクリエーション介護士という資格の運営、雑誌『介護レク広場.book』の発行をしています。事業の取り組みを通じ、介護・高齢者福祉の現場で起きている業界の「変化」とこれからをご紹介します。

開催日:2019年7月2日(火)19:30〜21:00
会場:メビック扇町