原点回帰して見えてきた自分と組織の進むべき道。
クリエイティブサロン Vol.160 浅野由裕氏

今回で160回目を迎えるクリエイティブサロン、今年度、最初の登壇となるのは株式会社ファイコムの代表である浅野由裕氏。メビック扇町のみならず、幅広いネットワークを持つ浅野氏の知られざる経歴や会社をスタートさせたエピソード、そして20年目を迎えた自社で築き上げた「組織の話」を展開。働きやすい社内環境を整え、自身が「おもしろい」と感じることを追求して駆けまわる日々が語られた。そのトークは終始ポジティブさに満ちていた。

浅野由裕氏

営業マン時代に知ったメディアの面白さ。
青天の霹靂で、会社を立ち上げるまで。

仕事の範疇も広く、見る人によっては編集者だったり、あるいはイベント主催者だったり。そんな浅野由裕氏の本業は、ウェブを中心に広告を制作する株式会社ファイコムの代表だ。今回のトークはお気に入りの桜エビ~ずの曲をBGMにテンションを上げながらスタート。大学は社会学科出身、放送部に所属し、マスコミ志望だったという浅野氏。卒業後は旅行代理店へ就職。飛び込み営業、チラシ配り、切符のデリバリーと昔ながらの営業の仕事をひと通り経験。「とてもきつかったですが、おかげで度胸もつきました」
こちらで2年勤めた後、大学の先輩がいる広告代理店へ転職。ここでAppleのMacintoshに出会う。1990年~1997年まで『MACLIFE』をはじめ、当時出版ラッシュだったMacの月刊誌広告を手がけることに。そのなかに関西を中心に発行する『Mac Press』というタブロイド判もあった。これはのちの浅野氏のメディアづくりに大きく影響を与える存在となる。「当時は原稿も版下の時代なので、制作やデザインの会社に直接取りにいくのも仕事。それぞれユニークな仕事をしている人がいっぱいいて、すごく刺激的でした」。雑誌の広告制作だけでなく展示会やイベントも開催。Macにフォントを供給しはじめた頃のモリサワの広告で賞を受賞したりもした。
そんな順風満帆な浅野氏に甘い誘いが忍び寄る。好条件と当時としては画期的な3Dソフトを扱う内容に惹かれ、ソフトウエア・ネットベンチャーへ転職。しかし入社1年目に、その日はやってきた。「忘れもしない7月30日。イベントを大成功させた翌日、会社が潰れたんです」。半年悩んだ結果、浅野氏は決断する。1998年12月25日、子会社を買収して株式会社ファイコムを立ち上げたのだ。

「自分は何者か?」
原点回帰して見えた「メディアをつくりたい」という想い。

17坪のオフィスを天神橋に構えたものの、設立して1年ほどはクライアントも少なかった。この頃のちに大阪産業創造館に入る山野千枝氏と出会う。彼女たちとともにネットベンチャーの交流会を運営していくうちに、新たな知り合いが増えていく。「この活動で志の高い多くの方と語りったり、自分をプレゼンするのに必死でした」。軌道に乗りはじめたのは、設立から3年経った2001年。そのひとつが山野氏と手がけた大阪産業創造館の情報誌『Bplatz press』だ。創刊メンバー全員が編集経験のないまま、行政サービスをいかに一般誌のように見せるかにトライした。行政が中小企業を個別に紹介する試みは全国初で、他の自治体からも「ノウハウを教えてほしい」との依頼も。「経営的にブレイクスルーしたのは江崎グリコさんの仕事をするようになってから」。ガラケー時代のiモード用企業コンテンツの制作から、江崎グリコの「ポッキー友の会」をはじめとするサイトは、現在もスマホに移行して継続中。
また2006年からは、メビック扇町でコーディネーターとしても活動。クリエイター仲間が増えてイベントの誘いも多くなる。話だけ聞くと楽しそうだが、当時は7年連続で赤字、会社にとっては暗黒時代。「もがいていた頃です。だからいろんな人といろんなことをやりました」。同時にクリエイターとの活動で、周囲の専門性の高い人たちと比べてしまい、「自分は何者か?」「自分らしさってなんだ?」という疑念も沸き上がる。そんな鬱々とした日々で、今自分に必要なのは原点回帰ではないかと考えた。「そもそもマスコミ志望だったなと。まずはビデオカメラとFinal Cut Proを買って企業の社長にインタビューし、それを撮影・編集したビデオを制作して、YouTubeにアップする。それがとにかくおもしろかったんです」
そして今も大切に持っているバイブルを思い出した。18歳の時に出会った別冊宝島の『メディアのつくり方』。何度も読み返してボロボロになった一冊だ。「原稿の書き方・校正、編集者の心構えやインタビューのやり方、印刷方法が載っていて、大学時代はこれを参考に放送部の台本をつくっていました」。久しぶりに手にとって読んでみたら「これがやりたかったこと」だと、自分の原点が甦る感じがした。「『MacPress』では広告担当でしたけど、自分も本当は編集がやりたかったんだと気がつきました」

デザインマルシェ
メビックで知り合った青空の清水柾行氏とともに運営を手掛けた「デザインマルシェ」では、クリエイターによるものづくりの実践から販売までがおこなわれた(2015年11月 大阪南港ATC)

自前で制作&コントロールして
次への期待も膨らませる「オウンドメディア」。

そこから「もっとメディアをつくりたい」と思うようになった浅野氏。2010年の創刊から10号まで手がけたメビック扇町の『SUPER:』や、大阪府のものづくり支援機関MOBIOの『MOOV,press』など次々とメディアづくりに取り組むように。ちなみに浅野氏がいうメディアとは「オウンドメディア」のこと。「新聞・雑誌・テレビ・ラジオ・ネットなどに広告をだすのがペイドメディア。アーンドメディアはSNS。自前で制作して、自分でコントロールできるのがオウンドメディアです。この3つのバランスをうまくとると、企業活動が非常に伝わりやすくなります」。なかでもオウンドメディアがもっとも重要だと語る。「せっかく広告やSNSで集客しても、自社サイトがしょぼかったり更新されてなかったり、言いたいこと言えてないとダメ。『SUPER:』はクリエイターが、『MOOV,press』はものづくり企業が連続して掲載されており、次への期待も膨らむ。このように定期的に、自分の見せたいものを出していくことが本当に大切」。同時にこのオウンドメディアづくりこそ、自分の真骨頂とも。取材して人とつながって、一緒にものづくりやイベントをする。そう、イベントも浅野氏にとってはオウンドメディアなのだ。
MOBIOがものづくり企業の最終製品を認定する、大阪製ブランドにも6年ほどかかわっている浅野氏。製品の発掘から申請のサポート、認定後のパンフレット作成、イベントへの共同出展の手伝い、製品の企画づくりから参加することも。一緒に汗を流す相手は当然、信頼される。満員御礼の本日のサロンにはクリエイターだけでなく、ものづくり企業の関係者も多く集まった。現在MOBIOの仕事を多く手がける浅野氏の活動が根づいてきた証拠だ。

『MOOV, press Vol.025』

興味のあるものは何でもやる。
見たことのない景色をみるために。

浅野氏率いるファイコムは今年20周年を迎えた。「ロゴやキャッチフレーズ、名刺を変えたんですけど、自分の肩書きも新しく、コミュニケーションプロデューサーにしました」。現在のメンバーは10名。「江崎グリコのポッキー友の会やグリコクラブ、JR西日本のおでかけネット、近畿日本鉄道など、これらの道筋のできた仕事は社員にまかせて、ぼくはとにかく新しい人と新しい仕事をする。“わちゃわちゃしてるうちに仕事になる”とか自分の得意技でつながることがすごく楽しいので。このやり方に決めてから、会社がすごくいい感じでいけてますね」
ユニークなのはクリエイティブ系の会社ではめずらしい朝礼の実施。15分の朝礼ではガントチャートで工程を見ながら、それぞれ昨日やったこと、今日のゴール、悩みごとや聞きたいことを言い合う。朝礼をはじめて、残業がほぼなくなったとか。ところで企業は複数の顧客情報を扱うため、情報の取り扱いに関しては最新の注意をはらう必要がある。そのためファイコムではPマーク(プライバシーマーク)を取得して12年間やってきた。それを今、ISMS(情報セキュリティマネジメントシステム)に切り替えている最中だという。「これは組織としてひとつ上の段階をめざすべくはじめたもの。Pマークは個人情報保護法に基づきますが、ISMSは法律が関係ないのでセキュリティ範囲も自分たちで決められる。大変ですが、これを取得することで社員の自主性が高まり、納得できるルールづくりもできます」
さらに「会社がもっと面白く頼られる存在」になるために、最近チャレンジしたこととして給与改定をあげた。「年功序列と業績を両方兼ね備えたものを社労士と一緒につくりました。それとフクギョウもOKです。デザイナーがTシャツ屋をやっていたり、クリエイター活動につながる自分磨きの副業なら、絶対やってもらった方がおもしろいですから」。始業時間も午前9時から9時半にずらした。終業は18時のままなので、就業時間は30分短縮。どこでも働けるしくみづくりとして子育てと介護の制度も整え、今後は退職金の積立にも着手したいという。またメビックで知り合って以来、親しくしている印刷会社・山添さんの紹介で、就業時間内に外国人講師による英会話講座もおこなう予定だ。
「こういうことが自分で決められる。よその会社のやり方なんか気にしなくていい」。次々と社内改革を進めながら感じたのは、「なんて自由なんだ」ということ。だからこれからも「ポジティブな言葉で話し、ポジティブな行動をとりながら、もっと調子に乗ってもいいのかなと思っています」。決して止まらず、自分が進むべき道を邁進する浅野氏、その先には「まだ見たことのない景色」がきっと待っている。

イベント風景

公開日:2019月07月16日(火)
取材・文:町田佳子氏

浅野由裕氏(あさの よしひろ)

株式会社ファイコム 代表

1963年大阪生まれ。2年間の過酷な旅行代理店営業の後、広告代理店でMacの専門雑誌5誌とMacworld EXPOなどのイベントに多く関わった。DTP、インターネット黎明期のパソコンに様々な業務が移行するなか、インターネットに興味を持ち、諸事情により転職先の子会社を1998年に買い取り、株式会社ファイコムに社名を改め今に至る。
主な仕事に、関西のポータルサイト「関西どっとコム」、江崎グリコのケータイファンサイト「ポッキー友の会」、編集の実績として大阪産業創造館の「b-platz press」を創刊、メビック扇町の「SUPER:」、大阪府ものづくり支援誌「MOOV,press」などがある。他にもデザインマルシェ、大阪製ブランドなど、年間70件以上取材に出る「常に現場主義」。

浅野由裕氏

イベント概要
今夜はクリエイティブじゃないです! 組織の継続とファイコムの明日
クリエイティブサロン Vol.160 浅野由裕氏

ひょんなことから会社を始め、気がつけば20年。決して順風満帆ではない経緯と、幸運がいい感じで重なって、私たちの今がある気がします。かっこいいデザインの話はできません。その代わり、若い方には将来の参考に、同年代の方には共感していただける、そんな「組織の話」を参加者としたいです。まだ見たことのない景色が見てみたい。そう思ってこの先、決して止まらず、仲のいい人達と、これからもご一緒したいと願っています。

開催日:2019年6月20日(木)19:30〜21:00
会場:メビック扇町