農もクリエイティブも、土壌を耕すことから始まる
クリエイティブビジネスフォーラム「クリエイティブは旅に出よ。」Vol.3

社会や産業のあり方に地殻変動が起きている今、私たちクリエイターも越境し、「クリエイティブのOS」を鍛え直す対話を始めよう。そんなコンセプトから始まった公開ブレスト企画「クリエイティブは旅に出よ。」、第3回目のテーマは、単なる食糧生産の手段にとどまらず、コミュニティの絆をはぐくみ、地域特有の生活文化を紡ぐよりどころだった「農」。農的生活からあまりにも遠く離れてしまった私たちが、今知るべきこととは。「伝統野菜は現代の民藝にもなれる」と語る、地域農業の実践者を迎えた白熱トークをレポートする。

ゲスト
三浦雅之氏

三浦雅之氏
株式会社「粟」・NPO法人清澄の村・はじまりの奈良フォーラム

1998年より奈良市近郊の中山間地である清澄の里で、奈良の在来作物の調査研究、栽培保存に取り組んでいるほか、株式会社・NPO法人・営農協議会を連携協働させた6次化によるソーシャルビジネス「Project粟」を展開している。

スピーカー
江副直樹氏

江副直樹氏
ブンボ株式会社

米穀店店員、工場作業員、釣り雑誌編集者、コピーライターを経て、商品開発や広報計画を柱とするプロデュース会社を設立。農業、商業、工業、観光、地域活性など、多分野においてコンセプト重視の事業戦略提案を行う。

三木健氏

三木健氏
三木健デザイン事務所

話すようにデザインを進める「話すデザイン」と、モノとコトの根源を探る「聞くデザイン」で物語性のあるデザインを展開。今、話題のデザイン教育プロジェクト「APPLE」をまとめた書籍が、英中日韓の4か国語で上梓されている。

服部滋樹氏

服部滋樹氏
graf : decorative mode no.3

美大で彫刻を学んだ後、インテリアショップ、デザイン会社勤務を経て、1998年にgraf設立。クリエイティブディレクターとして数々の空間デザインやブランディングを手がけているほか、近年は地域活性などの社会活動も多い。

農は「縦軸=世代間」と「横軸=コミュニティ」をつなぐツール

江副直樹氏
江副
「クリエイティブは旅に出よ。」この企画を言い出した時から、農業というテーマは必ずやりたいと考えていました。今回のゲストの三浦さんは服部さんが推薦されたんですね。まずは三浦さんがどんなお仕事をされているのか、改めてご紹介いただきたいと思います。

三浦雅之氏
三浦
奈良で「プロジェクト粟」をやってる三浦です。僕は、クリエイティブと農業って、もっとこれからいろんな恋愛ができると思っています。皆さんご存じですか? 芸術の「藝」の字源って「農業」なんです。スライドのように、金文と甲骨文の「藝」を見ると、どちらも女性が樹を植えようとしています。英語の「カルチャー」と「アグリカルチャー」は同じ語源から派生していますし、何となく近いんだろうなと思ってたんですが、実はほぼ同義だったと。

僕はもともと福祉の研究職をしていたんですが、23年ほど前に脱サラして今こんなことをやっています。今の医療福祉には年間国家予算の1/3が使われているのに、国民の主観的な幸福度は先進国でも下位ですし、現場では多くの職員が疲弊している。もっと多くの人が、要介護状態にならずに過ごせるような、予防医療・予防福祉的アプローチができないかと考えている時に出会ったのが、ネイティブアメリカンの生き方でした。

多くのお年寄りが生涯現役で働いている彼らの社会を見て、ある気づきのきっかけになったのが、彼らの主食であるトウモロコシのタネです。彼らのコミュニティはトウモロコシを中心に成り立っていて、そこでは食文化がおばあちゃんからお母さんへ、お母さんから娘へ、と継承されています。つまりトウモロコシという作物が「縦軸=世代間」と「横軸=コミュニティ」をつなぐツールになっているんです。これはすごいなと目からウロコが落ちる思いで日本に帰ってきました。彼らにとってのトウモロコシに当たるのは、僕らにとっては米ですが、実は日本は副菜の文化も豊かで、その副菜を支えてきた伝統野菜に着目したというわけです。伝統野菜が残っているところには、いろんなコミュニティの機能だけじゃなくて、伝統工芸や伝統芸能、さらには生物多様性も残っていますが、同時にそれらがどんどん失われてモノカルチャー化していく時代でもあるので、それらを改めて拾い集めて、自分たちの理想の医療福祉を作っていこうというのが、この事業を始めた動機になっています。


三浦さんたちが拠点とする清澄の里。

三浦雅之氏
三浦
僕たちが拠点にしている清澄の里は、奈良市の市街地近郊中山間地にある、人口1100人の村です。ここでは大きな農業はできないということで考えたスキームがこちら(図参照)です。「プロジェクト粟」には2つのミッションがあって、ひとつは「奈良の在来作物を生き延びさせる」こと、もうひとつは「清澄の里を豊かに育てていく」ことです。自分たちがそのモデルケースを作って、いろんなところに種火のように広げていくイメージに、一番ぴったりだったのが粟という植物。一粒万倍という言葉が旧暦の中にありますが、あれは粟のことだったんです。それに漢字が伝わる以前の大和ことばで、「あ」はすべての始まりという意味があり、「わ」は聖徳太子の「和を以て貴しとなす」ですね。それで粟を我々のシンボルにしました。


「プロジェクト粟」の全体像。「こんな変わった形で6次化をやっているのは日本の中でも僕たちだけじゃないかと思います」と三浦さん。

いま、マイクロコミュニティと「小さな農業」が持つ可能性

三浦雅之氏
三浦
2014年には『家族野菜を未来につなぐ』という本を出しましたが、当時はちょうど国連が定める「国際家族農業年」でした。大規模農業だけじゃなくて、小さな家族農業がこれからの食糧問題の解決に大きな役割を果たすという考えが背景にあって、当時はあまり大きな成果は上がらなかったんですが、今再び国連は2019年から2028年までを「家族農業の10年」と定めています。

調査を始めてわかったんですが、日本の農業が工業化していくターニングポイントって、農業基本法が制定された昭和36年以降なんですね。農作業を効率化し生産性を上げようという政策ですが、その影響で伝統野菜は逆に切り捨てられていきます。伝統野菜のノウハウは、昭和36年までに伝統野菜のタネ採りを経験している人からじゃないと学べませんが、そういった方たちは今では75歳以上です。健康寿命を考えると、その方々から引き継ぐ時間はあと5年ぐらいしかない、という時期に来ています。

今、伝統野菜を育てている農家さんに、ここまで作り続けてきた理由を聞くと、みなさん「おいしくて作りやすいから」とおっしゃいます。おいしいというのは、顔の見える関係で、身近な人々の嗜好に合ったものを作っているということですし、作りやすいというのは気候風土に適しているということですね。

三木健氏
三木
僕も漢字からものを考えることが多いので、三浦さんのコンセプチュアルな考え方にすごく共感しました。何より素晴らしいのは、6次化の構造をうまく作り上げているところ。23年前の時点で、3つの領域を連携させた構造がすでに見えてたんですか?

三浦雅之氏
三浦
はい。当時、今よく言われているような「関係人口」や「活動人口」という言葉はまだなかったですが、実は「村」の語源を調べると「む」は、大和ことばで「群れる」とか「物事がつながる」「集まる」という状況をあらわしていて、「ら」はそれが変化するという意味があるらしいんです。物事が結びついて集まっていながら、固定していない、というのがまさに村だと考えれば、コミュニティって閉鎖していくものではないと。だから当時から関係人口的な発想を持っていました。


好きな言葉は「啐啄同時(そったくどうじ)」だという三浦さん。ひなが内側から卵をつつくタイミングと親鳥が外から殻を割ろうとするタイミングが一致して、機が熟すことのたとえで、農の「旬」にも通じるからだとか。

江副直樹氏
江副
骨格は作れても、なかなか最初から輪郭までは明確にできないのが普通だけど、三浦さんは最初から輪郭がはっきりしていたような感じですね。

三浦雅之氏
三浦
清澄の里は、奈良の中心街まで車で15分で行けちゃう市街地近郊中山間地域で、風致地区(註1)になっているので、あまり大規模な開発はされません。地域の中でできることを考えると、大規模化はまず無理なので、僕たちは多品目少量~中量生産を選びました。1年で大和伝統野菜を中心に120種類の野菜を作っていて、どれも少量から中量です。最近は大和野菜もだんだんブランドになってきているので、いろんな方からご要望はあるんですけど、この20年間、外売りはすべてお断りしていますし、自分たちのお店も畑から15分で野菜を運べるところと決めています。お店で出すメニューから必要な生産量を計算して、すべて計画栽培。村の方からもきっちり全量買い取ります。

※註1:1919年に制定された都市計画法において、自然美を守る目的で建設物や樹木の伐採などに一定の制限を設けている地区のこと

服部滋樹氏
服部
資本主義の中では、生産者は生産量を増やし、マーケットを読みながら市場を開発しなきゃいけない、っていうのがあたりまえだったけど、そこで逆に生産量を限定し、届ける相手を決めるというのがスタートだったんだろうな。

同じ食を共有しているコミュニティは世代間の断絶が起きにくい

江副直樹氏
江副
さっきのトウモロコシの話に出てきた「コミュニティの縦軸」についてもう少し聞かせてもらえませんか。

三浦雅之氏
三浦
村に入ってわかったのは、実は価値観が単一ではない、ということです。だいたい65歳~80代の世代は、伝統は守らなければいけないという価値観を持っていますが、50代~60歳ぐらいの世代はかなりの確率で離婚が多いんです。伝統を守るだけじゃなく新しい世の中に応じたやり方もあるという価値観ですね。価値観が違う世代を比べてわかるのは「同じものを食べていない」ということです。おじいちゃんおばあちゃんは自分たちが育てた野菜の煮物を食べるけど、お母さんお父さん世代は働き盛りで、町で買ってきたものをチャチャッと料理して食べる。その子どもはファーストフード食べてる、っていう状況がけっこうあるんです。世代間で価値観が共有できないのは、食べものを共有していないことに如実にあらわれるなと。昭和30年代の日本や、僕が出会ったネイティブアメリカンの人々は、三世代がだいたい同じものを食べてましたし、同じテーブルを囲んで世代間の心のつながりがちゃんとあったんだと思います。

江副直樹氏
江副
世代間の断絶が起きにくいと。それって全国たぶん相似形ですよね。三浦さんは、そういう考えのもとで伝統野菜を広めながら、かつての食生活を復活させようとお考えなんですか?


在来種の「シバヤギ」を飼育しているという三浦さんに対し、「僕も昔ヤギを飼っていたことがあるんですよ」と思いがけない発言が飛び出した江副さん。

三浦雅之氏
三浦
復活が強要になってはいけないと思いますし、僕がいつも思うのは、エッセンスみたいなものが広がったらいいなと。伝統野菜を必ず作らなきゃいけないわけじゃなくて、家族野菜のエッセンスみたいなもの……。食の安心安全が叫ばれてる中で、あまりにも人々が、食べ物が生まれる場や、その営みを知ることからも遠く離れてしまっているので、それをちゃんと結びつけたいんです。

多様性という度量を失わないために

江副直樹氏
江副
最近、種子法によってタネが危機的な状況にあるかような情報が目につきますが、その辺って伝統野菜を守る立場からするとどうなんですか。

三浦雅之氏
三浦
わりと誤解されていますが、現状、種子法によってタネ採りができなくなるということはありません。たしかに、種子法・種苗法の改正が、種子のグローバルビジネスと結びついて規制が進む懸念はありますので、今、各地域でシードバンクの動きが活発になっています。シードバンクってタネの貯蔵庫なんですが、これは世界中にあって、ビル&メリンダ・ゲイツ財団もお金を出して南極の地下に世界中のタネを集めています。日本では国のシードバンクがつくばにありますし、あとは各都道府県にジーンバンクと呼ばれる保存機関があります。あともうひとつは、民間レベルで生きた生活文化として保存する活動、その3つはどれも大事だと思います。遺伝資源の多様性が大事ですよというたとえでよく引き合いに出されるのが、19世紀アイルランドのじゃがいも飢饉ですね。当時アイルランドでは、アンデスから持ち込まれたじゃがいもが普及していたものの、単一品種になってたせいで疫病で大不作になり、大量の餓死者を出したという……。

三木健氏
三木
僕がりんごを通してデザインを見つめ直そうと考えていた時、ナショナルジオグラフィックを見ていたら、アメリカでりんごの品種が激減していると書かれてました。農家が売れるりんごばかり作ってきた結果起きたことですが、今は品種をまた復活させようという運動が起きているという話で……。三浦さんのところはどうなんですか。


独自に開発したデザイン教育プログラム「APPLE」の授業が、中国でも現地の教授によって行われ始めた、と話す三木さん。「自分が蒔いた種が、遠くの地に根づいて育っていくようでうれしいですね」。

三浦雅之氏
三浦
先ほど年間120種類育てていると言いましたがそのうち53種類が奈良の伝統野菜です。われわれが調査する前に県が発掘していたのが9種類、もうないと言われていたけれど、今も毎年新しいのが見つかっています。清澄の里は中山間地で、同じ村の中に標高100mの地域も500mの地域もありますし、乾いたところもあれば水気の多いところもあり、砂地もあるという土地なので、「適地適作」っていう言葉のとおり、土地の個性に合わせていろんな野菜が作れる場所ではあります。その「適地適作」の知恵を村の方はみんな知ってるので、教えてもらいつつ、失敗もいろいろしながら20年やり続けていますね。

江副直樹氏
江副
地勢がそもそも多様性があるので、そこで育つ野菜も多様性があると。

農業の工業化が社会にもたらしたもの

三木健氏
三木
昭和36年に農業基本法が施行されて、農業が工業化されたというのは具体的にどのようなことですか?

三浦雅之氏
三浦
それまでお米だったら鍬や牛を使って耕したりしてたのが、耕運機やトラクターが出てきて、一気に機械化が進みました。刈った稲をはざかけして天日干しするんじゃなく、コンバインで一気に刈り取って乾燥機に入れるというふうに効率化されたんです。同時に農村の労働力は都市に流れて、高度経済成長を支えたんですね。農業に関していえば、工業化の最も大きな問題は、品種の多様性がなくなりモノカルチャー化していくことと、労働力が流出してコミュニティが崩壊していくことです。それまで農村とは共同体で、そこから神社ができ、さまざまな風習ができ、というふうに生きる基本だったわけですが。

三木健氏
三木
五穀豊穣の祈りとかお祭りとか、まさに農業から生まれていますよね。

三浦雅之氏
三浦
そういうものが時代とともにどんどんなくなってると思います。僕はコミュニティの遷移って、「ち」という言葉で表せると思うんです。最初はコミュニティって「血」、つまり血縁で成り立っていたのが、農耕が始まることで「地」、地縁になりますね。それが次に高度経済成長で「知」に代わり、やがてバブル崩壊を経て価値観の「値」に代わると。「地」から「知」へ変わるタイミングでは、農村から企業社会へと受け継がれてきた年功序列と終身雇用というエッセンスが消えていきました。そして今の「値」の時代を象徴するのが、SNSとモータリゼーションだと思います。言わば、血や地に縛られず、企業のような組織にも縛られず、初めて人が個としてコミュニティを作れる時代が到来したと思っています。

江副直樹氏
江副
農家さんというより、社会学者のレクチャーを聴いているみたいですね。

服部滋樹氏
服部
わりと未来志向の部分もあれば土着的な思考もあって、すごくハイブリッドだなと思います。それを23年前からやってるから、今があるんだなと。今話してる内容って、農業だけでなくて資本主義経済そのものの話ですよね。資本構造がそもそも時代に合わなくなってることに気づかなきゃいけないんだけど……。昭和36年以降の話をすると、農村から都市に移住する人がどんどん増えて全国民の8割が今や都市で生活しているということは、お金を持たないと生きていけない構造が生まれてしまったわけですよね。今ヒーヒー言ってるのはその8割の人で、もしかしたら残りの2割の人の方が豊かに暮らしてるのかもしれない。でもそれに気づいていながら抜け出せないのが、資本主義の麻薬のようなところだと思うんです。これを変える力ってなんだろうって考えるヒントが、今日の話にはあるような……。

江副直樹氏
江副
たぶんその揺り戻しが必要になっているのはみんな何となく気づいてて、それが言葉になる前に体が悲鳴を上げてるケースはいっぱいあるでしょうね。

服部滋樹氏
服部
そうなるとコミュニティの質も3つぐらいに分かれると思ってます。ひとつはお金を払って手に入れる資本主義型。2番目は、お金を介さない価値とかモノの物々交換型、たとえば髪を切ってあげるから代わりに大根をもらう、というような関係です。3番目は、気持ちで手に入れる、つまり「たくさん採れたからお裾分けするね」とドアに野菜袋がかかってるようなコミュニティ。でも今はお金を払って食べている人たちの量があまりにも多すぎるんですよね。


「人口減少問題に対抗するひとつの手段である“お互いの顔が見えるマイクロコミュニティ”の育成を、すでに23年前からやろうとしていたのが三浦くんのすごいところ」と話す服部さん。

イノベーションが持続するための「土壌づくり」

三木健氏
三木
ちょっとリアルな話もお聞きしたいんだけど……。三浦さんはすごく成功しておられるだけに、横やりを入れられたり圧力がかかったりということはありませんか?

三浦雅之氏
三浦
実は奈良でも、移住者や新規就農者が、地域に溶け込めずに挫折してしまうケースは多いです。でも僕たちの場合、家内が奈良の東吉野村の出身で、奈良の難しさを全部わかってたので、事前にどういうふうにやっていこうかという作戦をかなり考えたんです。移住や新規就農の方って、まず最初に地域で力のある役所の方に挨拶に行って、そのつながりから地域に入っていこうとするけど、そのやり方はたいてい失敗しますね。僕らは、まず地域のおじいちゃんおばあちゃん、子どもや奥さん方と仲良くなることを徹底して、それがじわじわ来たなという段階で、役所の方とも関係を作っていきました。オセロでいうと端っこから固めていくと、次第に真ん中もどんどん駒がひっくり返り始めるような感じです。NPOの役員には、役所での力関係とかに関係なく、大きな見地でものを見れる人に入ってもらいたかったので、僕らがラスト村長と呼んでる85歳の方にお願いしています。村人からもすごく尊敬されている人なんですが、彼は「イノベーションは中からは起こせないから、お前らはその仕事に専念してくれ。中の調整は俺らがきっちりやるから」と言ってくれて。20年前にその人に見染めてもらったのが、今こういうふうになれてる大きな理由です。

江副直樹氏
江副
三浦さんは政治も巧みなんだね。

三木健氏
三木
企業も、我々のようなクリエイターと連携して、社会に向けてコミュニケーションをとっていくことに注力しがちですが、内部に向けて自分たちのビジョンや進む方向性を丁寧に伝えていく作業もとても重要なんです。それって企業理念を耕すような仕事だし、その土壌が企業文化を作り出す。「カルチャー」の語源がラテン語の「colere」や英語の「cultivate」、つまり「耕す」であることに妙なつながりを感じます。

江副直樹氏
江副
植わってる作物に目が行きがちだけど、実は土壌の方にカギがあるということですね。

三木健氏
三木
事業の承継問題はどう考えてますか?

三浦雅之氏
三浦
農業やってると、旬とかタイミングとか自分の「分」ってものをすごく考えるんです。作物は花を咲かせたら種をつけて、自分は枯れて土壌に帰っていく。僕も人生のステージの中で今やるべきことをやっていますが、掲げている2つのミッションが解決できたら、自分たちで事業を終わらせてもいいかなと思ってます。あとは農業しながらふつうに食べていけますし。

三木健氏
三木
僕はこの歳になってつくづく思うけど、後継者をきちっと育てておくことも、耕作という意味では大事なことでね。三浦さんの理念を継承して続いていく運動体を残そうとは考えないですか?

三浦雅之氏
三浦
それは普通以上に考えてると思いますが、我々の場合はこれ以上大きくしないでおこうと思ってますから。加工品に関しては200町歩あるのを生かしてこれからもっとやっていこうと思っていますが。引き継ぐなら、やっぱり情熱と能力を持ってる人じゃないとダメですし、会社の掲げてる2つのミッションが、時代に必要なのかどうかはちゃんと精査しないといけないと思ってます。

江副直樹氏
江副
これだけ情報も広がってる時代だから、一度も会ったことのない遠くの誰かが共感して、彼なり彼女なりのやり方で、三浦さんの志を受け継いでいくということもありえますよね。

「7つの風」を吹かせる伝統野菜は、現代の民藝にもなれる

三浦雅之氏
三浦
三木さんに突っ込んでいただいて、自分たちの取り組みを中途半端にしか伝えられていない気がしてきたので、もうちょっとお話ししていいですか。20年前、奈良では伝統野菜を研究する人が誰もいなかったので、僕と家内でリサーチを始めて、気づいたら第一人者になってしまっていて、今では県の調査資料も我々が作っています。そうすると野菜のことだけで終わってしまいそうな気もしますけど、前に服部さんと民藝研究家の鞍田崇さんとお話した時に、「野菜は民藝になれるんじゃないか」と言われてハッとしたんです。民藝って、日本文化を生活工芸から見直そうという運動だったのが、いつのまにか金持ちの贅沢品探しのようになってしまった部分がありますよね。でも野菜なら贅沢品じゃないし、食べたり朽ちてしまえば形は残らないけども、民藝のエッセンスは伝えられるんじゃないかって。そこで僕が考えたコンセプトが、「F1種の改良された野菜と違って、伝統野菜は7つの風を吹かせる力がある」ということです。

「風土」「風味」「風景」「風習」「風物」「風俗」「風情」

三浦雅之氏
三浦
7つの風とはこういうことです。まず先ほどから話に出ている土壌、すべてのものを生み出す源が「風土」です。次にその風土から生まれる作物の「風味」。3つめは、農作物を作る人間の行為が生み出す景色、つまり「風景」です。4つめは、四季はもちろん二十四節気や七十二候という暦の中で、日本人が培ってきた叡智、つまり「風習」。5つめは「風物」、竹細工や陶芸や鍛冶といった職人仕事から生み出される生活工芸です。6つめは風に俗を足して「風俗」。これは何もエッチなサービスのことではなくて生活様式です。戦後、日本を訪れた海外の文化人類学者たちは、日本人とは遊ぶこと・学ぶこと・働くことが混然一体となった中で暮らしている民族だと評しましたけども、まさにそういったものが風俗ですね。そして最後に、それら6つの風の中で育まれる人々の価値観や心持、「風情」です。

三木健氏
三木
なるほどね。7つの風って、まさに茶の湯で言う「利休七則」ですね。

三浦雅之氏
三浦
伝統野菜の調査でいろんなところに行き、いろんな方にお会いすると、農作物は、そこの気候風土だけじゃなく生活文化や人々の性格にまで密接に関わっているとわかってきました。野菜ってものを単純に食の分野に閉じ込めるのではなく、それをもっと解放していけば、眠れる文化資源がいっぱい見つかるんじゃないかということで、我々が次の展開としてやっているのが、奈良発祥のものごとを発掘する「はじまりの奈良フォーラム」です。奈良発祥のものごとって、我々がリサーチしただけでも30ぐらいあります。これすごいと思うんです。僕の師である岡本彰夫先生(元春日大社権宮司・奈良県立大学客員教授)は、「あたりまえのものほど、根こそぎ消える」っておっしゃってます。みんなが価値をわかってる文化遺産とかは国も守るしみんな大切にする。でも生活文化はあたりまえであるがゆえにみんなが価値に気づいてなくて消えると。だから最近の僕は、奈良の土壌になりたいと思っています。

三浦雅之氏
三浦
「はじまりの奈良フォーラム」は、研究者やデザイナー、行政マン、農家、飲食関係者、メディア関係者など70人ぐらいのコミュニティで毎月集まって勉強会や懇親会をしています。どこからもお金をもらわずに、信頼できる人を集めて、自前で奈良の地方創生の土壌を作ろうという営みです。会議は非公開ですが、リサーチの結果は雑誌『ディスカバー・ジャパン』の「はじまりの奈良」というシリーズで紹介させてもらっていて、いつか奈良県の地域資源アーカイブとしてまとめようと思っています。今日のテーマとも重なりますが、実は奈良には研究者・メディア・農家・飲食関係者・クリエイターなどをつなぐネットワークがなかったので、こういうこともどんどんやっていきたいなと。これが先ほどの三木さんの「あなたの次の展望は?」って問いに対する具体的な答えです。

三木健氏
三木
なるほど、よくわかりました。「7つの風」っていうコンセプトを言語化することで、ブランドの「心づくり」が完璧にできていますね。それをビジュアライズしていく「顔づくり」のデザインが弱いのはちょっと気になるけど、それ以上に明快な理念が伝わってくるし、何よりいいのは心づくり顔づくりが、「体づくり」つまり地域の土壌づくりの実践っていうふるまいにまでつながってるところ。三浦さんなら、農業というジャンルを超えて、ほかのビジネスのコンサルもできると思う。

江副直樹氏
江副
クリエイターも狭い領域で考えてちゃだめで、このあたりの建付けまでしっかり意識しないと、意義のあるプロジェクトの実現はむずかしいですね。

農に学び、ものごとの土壌と根を考えることから始めよう

三浦雅之氏
三浦
「はじまりの奈良」のその先は、今よくいわれる関係人口・活動人口を増やすような奈良独自のコミュニティを、土を大事にするコンセプトで育てていけたらと思ってるんです。先ほどから土壌の話が出ていますけど、農業では土づくりがうまくいったら半分は成功だと言われています。形に現れる前の黎明期に力を入れるのが農家なんです。

江副直樹氏
江副
僕はコンセプトを非常に重要視していますが、プロジェクトをよく樹にたとえるんですね。みんなは目立つ花や実を見て取りに行くけど、それは枝があってそれを支える幹があるおかげだし、その幹を支えてるのは土の中の根っこですよね。コンセプトとはその根っこのようなもので、外からは見えないけれどその大事さを理解して整理できれば、あとは勝手に育っていくと。

三浦雅之氏
三浦
農業とクリエイティブってすごく似てますよね。服部さんも天理市ですごく素敵なプロジェクトをされてますが、たぶん服部さんがあれを受けたのは市長さんの思いとか市の体制とか、そこの土壌を見てると思うんです。クリエイターの方は、そこに可能性を感じなければ関わらないと思いますし。

三木健氏
三木
いや、クリエイターも人それぞれですよ。僕の場合は瞬時に可能性を見極める自信がないのでとことん付き合い、そのプロジェクトにおける潜在性を引き出すようにします。そこは土壌を作る者の大きな役割だと思ってて。今までの経験則で土の良し悪しを決めることはやめようと最近思ってます。だめかなと思ってもジャリジャリと土を触ってるうちに、違う発見があるかもしれないし、あったらいいなという夢を自分の活力にしたいというのが僕の今の生き方。そのかわり納得がいかないと、クライアントにだって叱ることがあります。

服部滋樹氏
服部
デザインの懐というべきかデザイナーの懐というべきか、その懐が大きければ、相手と付き合うほどに見えてくるものがあるし、それに対して与えたいことが生まれる、というふうに変わってくるから、まずは受け入れるところからデザインを始める、というホスピタリティを三木さんなんかは考えてると思うんです。

三木健氏
三木
すごい重要だよね。相手のことを考えて伝えるという意味では、叱ることも時にホスピタリティになる。

江副直樹氏
江副
あっという間に時間が来てしまったんですが、何かご質問などがあれば。

A氏
ネイティブアメリカンのトウモロコシ文化を参考にされたとおっしゃってましたが、地域における世代間の食文化継承はどんな進展はありましたか?

三浦雅之氏
三浦
奈良県は平成17年から大和野菜のブランドの振興を県ぐるみでやっていますが、うちの活動ともリンクして、以前なら奈良県民ですら京野菜は知ってても大和野菜は知らないという状況だったのが、ずいぶん認知が広がりました。それから生産農家さんの輪も広がっています。うちの村は、市街地近郊中山間地ということで、みなさん出稼ぎに行かずとも市街地に通えるし、週末農業ができるんです。そういう方々が多いので、当初うちの取り組みがスタートした時は生産者4人だったのが今では20人、定年退職したら加わりたいという方もいて、先ほど申し上げた200町歩の農地がキャパとしてあるので、これから加工食品の事業を大きくしていけると思ってます。

B氏
三浦さんが地域と関わる中で、一番励みになったことをもう少しお聞きできれば。

三浦雅之氏
三浦
拠点を清澄の里に定めたのは、ひとことで言ったらご縁ですね。知り合いの土地が空いていて、1600坪借りて3年かけて開墾するところからスタートしたんです。家内は村特有のしがらみのこともよく知っていたから「後になって土地を返せと言われる可能性もある」と危惧してて。でもお互いのビジョンは明確で、市街地近郊中山間地域こそが先進地域になるという確信はあったんです。場所としては条件に適っているけど、土地を手放さなければならなくなるリスクも不確定要素としてある、という状況でした。借りた土地に、2人の貯金をほとんど注ぎ込むわけですから、2人で真剣に話をしましたが、その時に僕、変なスイッチが入ってしまって、普段はそんなキャラじゃないんですが「ここしかない、離婚してでも絶対ここでやる」と宣言したんですね。そしたら彼女も「そこまで言うならやろう」と。僕たちは、人が土地を選んでるように思いがちだけど、実は土地も人を選んでて、恋愛のようなものかなと思ってるんです。タネも同じで、探してる人はいっぱいいるんだけど、「三浦さんみたいに見つけられない」ってよく言われます。だからタネも人を探して選んでるんじゃないかと思いますね。

江副直樹氏
江副
当初は、農業にもクリエイティブの手法が入っていくべきだから、そこを掘り起こすような議論をしていくつもりだったんですけど、今日僕が感じたことは、農業のこと、まだまだわかってなかったな、ということです。僕も仕事で農家と付き合うことがあるんですけど、もっと深いところまで知らないと助けるなんてえらそうに言えないと気づきました。

服部滋樹氏
服部
僕らクリエイターがやるべきことは、広い視野で、隣の人は何を考えているか、違うジャンルの人が何を見てるかを知ることだと思います。だから農業の中にもデザインのヒントがたくさんあるし、今日は三浦君があまりにも見事に話してくれたので、未来の生き方の発見にもつながったんじゃないかと。

江副直樹氏
江副
今日のお話をしっかり血や肉に変えていきたいですね。それが本当のクリエイティブの土壌になると思うので。今日は本当にありがとうございました。

公開日:2019月04月01日(月)
取材・文:松本幸氏(クイール

イベント概要

デザインは農業を知っているか?
クリエイティブビジネスフォーラム「クリエイティブは旅に出よ。」Vol.3

これからの若いクリエイターが競争力を持って活発に活動していくためには、自分自身の殻を破って、積極的に異業種・異分野との関わりを持ち、互いに知の共有や技術の融合等を通して、新しいビジネスや事業を生み出していく姿勢や能力が必要となります。
メビック扇町では、クリエイティブの世界で発信力を持つ3人のスピーカーと、異分野・異業種で活動するゲストとのトークセッションを通して、クリエイター自らが異業種・異分野と関わる際に必要な意識や行動様式等についてヒントを得るとともに、異業種・異分野の人々とのリアルなコミュニケーションを深める場になればと考えています。

第3回目のテーマは「農業」と「クリエイティブ」。
人の生活の基本となる衣食住。その中で、農業は、人の食生活を豊かにする重要な産業のひとつです。にもかかわらず、食糧自給率、農業後継者、農薬や食品添加物などなど、日本の農業を取り巻く課題は山積みです。そんな中、奈良市近郊の中山間地「清澄の里」をメインフィールドに奈良県内の在来作物の調査研究、栽培保存に取り組み、大和伝統野菜を中心に年間約120種類の野菜とハーブを栽培する傍ら、大和伝統野菜を食材とした農家レストラン清澄の里「粟」や奈良市との官民協働プロジェクト「coto coto」を運営する三浦雅之氏をお迎えして、人の暮らしを豊かにする「農業」のデザインをテーマに幅広いセッションを進めたいと思います。

開催日:2019年2月19日(火)19:00〜21:30
会場:メビック扇町