クリエイティブが医療の推進力になる
I-LABO - クリエイターのためのイノベーション創出研究会 Vol.11

昨年からメビック扇町で開催されている、「I-LABO−クリエイターのためのイノベーション創出研究会」。これはクリエイターがもつ創造力や表現力、課題解決力などを活かし、専門領域の知識を修得してクリエイティブニーズを探ろうというもの。同時に専門家との交流を深め、産業、経済、社会のさまざまな分野でのイノベーション創出をめざす。今回は大阪大学大学院医学研究科運動器バイオマテリアル学教授の菅本一臣氏が登壇。「関節の三次元的な動きが見たい」という想いから研究を進め、世界でオンリーワンの技術を確立した菅本氏が整形外科の治療を根底から変えた逸話や、医療分野がクリエイターに求めることをその経験から語った。またこれまでの常識をくつがえす話に質疑応答も白熱した。

菅本氏からの話題提供

生きた人間の骨の動きは、誰ひとり見たことがない?!

私の仕事は大阪大学医学部付属病院での整形外科医、テレビ出演や全国各地での講演、ベンチャー企業での活動と三分割されています。最後のベンチャーはチームラボの猪子寿之氏と立ち上げた「teamLabBody」というメディカル系の会社です。まず整形外科では臨床医を30年やっていて、今でも外来で診察したり手術してます。怪我やスポーツ、老化などで痛めた関節を回復させ関節を痛みなくスムーズに動くようにするのが整形外科医の仕事で、私はおもに関節の治療をおこなってきました。

ところで今から驚くことをお教えします。みなさんは整形外科の医師は関節のことはすべてわかっていて、腰や膝が痛いけど、医者に見てもらえればきちんと診断がつくだろうと思われますよね。その固定概念は、今日から一切忘れて欲しいのです。なぜなら「生きた人間の骨格の動き」は歴史上、誰ひとり見たことがないからです。骨や関節は皮膚の下に隠れているからどう動いているのかわかりません。レントゲン写真は静止画像、CTを撮ると骨の立体モデルはできますが、動いていない。具体的に「骨がどう動くのか」を一度も見たことないのに、それを治療しなければならない。つまり整形外科の医師は苦しい立場にあるのです。

どの病院にもある装置で、世界初3D画像解析に着手。

ですから皮膚の下の骨と関節がどう動いているか、私は疑問を持っていて。「関節の三次元的な動きが見たい」という衝動に駆られたわけですね。そこで生きている人間の骨や関節がどう動いているかを、世界ではじめて解析できるようにしたんです。阪大だから超高性能な機械をどこかの会社と組んでつくったのかと思われるけど、そうじゃない。普通の病院にあるCTやMRIといった機械を使いました。そこがミソです。動きを研究したい部位をCTやMRIで撮影し、その画像を独自に開発した解析ソフトにかけて骨の輪郭を抽出するようにしました。

具体的には手首が動いているときの骨の状態を知るためだったら、手首をいくつかのポジションで撮影することで、立体的に見せることができますよね。次にコンピュータのソフトを使って、一種のパラパラマンガをつくります。そしてパラパラマンガの間を補完することで、動画にするのです。次に手首には小さな骨があるのですが、前後方向に動かしたとき、この骨がどの方向に回転して動くのか計算したくなりました。そうすると前後方向に動かしているときは、ある軸周りに骨が動くことがわかりました。さらに左右方向の場合も、同じようにコンピュータに計算させてみる。前後と左右で90度動きが違うので、骨動きも90度ズレるだろうと予測していたんです。しかし結果は1mm、1度もズレずに回転軸は一緒だった。この結果を見て、私は椅子から転げ落ちるぐらいびっくりして(笑)。世界中の整形外科医が同じ経験をしたはずです。さらに首の骨も調べてみた。すると「首の骨は回転しても側屈しても、頸椎の動きは1mm、1度もズレずに一緒」という結果に。またもや衝撃です。

医学教科書にない、関節の動き方を発見。

「生きている人間の関節の動き」は、教科書で学んだものとまったく違っていました。教科書が何からつくられていたかというと献体からです。生きている人間で解析すると「実は全部が違う」ということが分かった。これによって、阪大の整形外科の治療を根底から変えたんです。手術の計画の仕方、手術方法、その評価、そしてなぜその病気が起きたかまでを明らかにすることができました。阪大ではオンリーワンの治療ができるようになって、世界中の難治例の患者さんをすでに約500人以上治療してきた実績があります。

私たちの手法はCTやMRIを使って、画像情報を解析しただけのシンプルなものです。そこで患者さんが通う病院でCTやMRI画像を撮って阪大に送ったら、解析して即日返却するというサービスをはじめました。しかもタダで。解析を無料で受けられると評判になり、インターネットの時代ですから、地球の裏側からもバンバン送られてくることになりまして。さらに講演のオファーも入るようになり、私が世界中を伝道師のようにまわって技術をコラボレーションさせています。これはすべて医学への貢献ですね。しばらくして気づいたのですが、数千例と蓄積された関節の動きのデータが、ビッグデータになっていたんですね。そうなると欲が出てきました。「これは医学以外にも貢献できるんじゃないか」と。

世の中のすべてを変える「teamLabBody」

最初に考えついたのは教育。それから健康スポーツ業界です。教育では先ほどの動画を使った教科書をつくりたいと考えましたが、10年以上前のことなので早すぎた。今では多く見られるデジタル教科書も国内すべての出版社に断られました。そこでベンチャー企業「teamLabBody」を設立し、ものづくりに参画します。健康医療品メーカーとは、今までにないコンセプトの膝サポーターをつくり、家電メーカーの乗馬型トレーニングマシンの開発に協力しました。最近は寝具メーカーと就寝時に理想的な背骨になる弾力性のマットも開発と、私たちが培ってきた解析技術とビッグデータで、さまざまな分野のものづくりに貢献できたわけです。

2013年にはこの解析手法をベースに、「teamLabBody -3D Motion Human Anatomy-」というスマホ・タブレット用アプリを開発します。世界初、生きた人間の骨格の動き・人体の形態を忠実に再現した3D人体解剖アプリです。骨格の動き・形態を好きな角度・倍率で閲覧でき、医学界では広く使われています。これは世界中の年間最優秀アプリを決める「Unity Award」で2013年度の「Best VizSim Project」賞を受賞しました。その後もキッズプラザ大阪に体験型展示コーナー「キッズラボBODY」が誕生したり、最近開設した「ドコモ5Gオープンラボ OSAKA」ではアプリを VR化した「TEAMLAB BODY VR」も展示しています。

わかりやくすく瞬時に伝える、クリエイターの力

私は毎年、秋葉原で「オタクは医療を救う」というタイトルで講演しています。私はオタクがつくったものをすごく尊敬しているんです。具体的にはグラフィックス技術とゲームエンジンですね。こうした技術が医療シミュレーションなどに使われることで私たちは恩恵を受けており、医療を大きく進歩させているのです。

またこれは医学の世界では常識ですが、五感のなかで視覚から入る情報は全体の約8割といわれています。この眼から入る情報は2種類あり、ひとつは文章、もうひとつは画像です。どちらがいいか、それは一概に言えません。たとえば動物の形を文章で書けといわれたら、プロでも難しい。逆に画像だけで伝えられるかというとそうでもない。画像だけ見ても、機能や構造は理解できませんから。この「文章と画像」は相補的であり両方が必要です。特に画像は見ることで興味を持たせ、文章を読む動機づけになります。それと画像で見たら一生忘れないんですね。つまりここがクリエイターの腕の見せどころ。医療において非常に大切な役割を担うのです。

ちなみにアプリの開発時には、クリエイターの力を借りて骨格に筋肉をつけてみたんです。これによって手の裏側にも筋肉や節があって、なぜグーパーできるかがひと目でわかります。グラフィックの力、クリエイターの威力というものをまざまざと見せつけられた瞬間でした。

クリエイターが異業種とつき合うためには

私たち医療界がクリエイターに望むこと。ひとつは内容の十分な理解です。理解ができたうえで、もうひとつ大切な「表現する」ということ。このふたつが肝になります。クリエイターと医療従事者の場合は、住む世界が違いますし、使ってる言語も違います。だからみなさんが医療従事者の会話を聞いてもわからないことが多いし、逆にクリエイターの専門用語は私たちには理解できないことも多々あります。私も20年近くそれに苦しみ、ベンチャーの社内をこんな感じにしました。まず「席を並べる」。クリエイターにコンピュータプログラマー、医者にアーティストがずらっと横並びしている不思議なレイアウトです。この「Side To Side」が非常に重要。隣の人が何をやっているか仕事中ずっと肌で感じることができますから。もうひとつは「同じ釜の飯を食う」。一緒に仕事をする相手がどんなキャラなのか知るのも大事です。

医療現場から「画像や映像をつくって欲しい」といった需要はとても高く、増え続けています。人間の体は細胞でできてますが、その数は約60兆個。ものすごい数ですね。その約60兆個の細胞が入り混じりながら、骨をつくったり皮膚をつくったり活動してるのですが、あまりに役者が多すぎて活動も複雑すぎる。私の専門にリウマチがありますが、骨にかかわる細胞だけでも役者が多すぎて、文章で書かれたら一瞬で眠ってしまうほどややこしい。しかしイラストやグラフィックを入れると、情報が整理され理解しやすくなります。ですからクリエイターの方々には、医療業界にぜひ参入していただければと思っています。

菅本氏との質疑応答

A氏(システムデザイン):
チームラボと組まれた経緯や、良かった点を教えて下さい。

菅本氏:
私がベンチャー設立を考えていたときに、共通の友人がチームラボ代表の猪子さんとマッチングさせてくれたんです。彼が私の考えに共鳴して「チームラボの名前をつけて一緒にメディカルで貢献させて欲しい」と言ってくれて。当初はチームラボのグラフィックアートの技術は一切入っていません。私もITやアート的な要素の必要性がわかってきたので、アプリにしてApp Storeで販売するときにはチームラボに手伝ってもらい、今も画像のつくり込みなどをお願いしています。

B氏(WEBシステム開発):
「teamLabBody」のこれからの展開を教えて下さい。

菅本氏:
私たちがつくったソフトは、15~20年前までは世界オンリーワンの技術でした。だけどパラパラマンガをつくってるだけだから、プログラマーが3ヶ月もあればつくれる。数年後には真似する人が出てくるだろう、と思いながらスタートをしました。私はつねづね「半歩先のことをやる」と決めていて。同じようなプログラムができるようになったとき、半歩リードするためにソフトを利用して先に世界中からビッグデータを集めたんですね。数千例のビッグデータですから今から追いつくのは大変です。今は得たビッグデータを利用して、ものづくりプロジェクトを始動しています。昔あった人間工学みたいなものです。私たちは「関節や骨の動きを考慮したものづくり」で椅子、机、車、人間の体に関係するものすべてを変えようと考えています。

B氏:
骨の動きがわかったことで、将来的にはどうなると思われますか?

菅本氏:
たとえば骨がぐちゃぐちゃに折れたという難しい手術も、この技術で対応できるようになりました。骨をひとつずつモザイクのピースのように正常な形に戻すのではなく、最短コースで同じ動きができるようにするなど、さまざまなアイデアがでてくるんです。その技術を考えも含めて発信して、世界のスタンダードになるのが今の目標です。

B氏:
音波と医療や健康とはつながる気がするのですが、そういった研究は進んでいますか?

菅本氏:
音楽を聞くと気分がいいから、きっと体にも良い作用があるのは間違いないんですけど、どういう良いことがあるのかが、それを科学的なレベルで実証できればビッグビジネスにつながる可能性はあります。

C氏(広告):
医療器具メーカーとの仕事で、医療関係者から求められる「正確に表現する」ことと「美しく表現する」ことの両立が難しかった経験があります。印象に残したり動機づけにするという点で、ビジュアルにはアート性が求められると思います。ただそうなると医療関係者からは不正確だという指摘があり、お互い未消化で終わってしまいました。その点はどうお考えですか。

菅本氏:
アートと機能の説明は完全に一致させることができます。互いに相手の特性を理解してないから残念な結果になったのでは。まず医師がアートに関して造詣が深くないということ。アートを使った方がリアルよりも説明がわかりやすいことを理解していない。逆にクリエイターも医師が伝えたいことを心底理解できていない。分からない同士で発進したから、そういう結果になったと思います。

C氏:
もうひとつお聞きしたいのが「人間の体は最適な形状なのか」ということ。もっと違う形のほうが効果的に動けたり、故障しにくかったりするのではないか。極論を言えば人工的に違う形に変えたほうが、人間の体はもっとスムーズに動くのではないでしょうか?

菅本氏:
私は無神論者ですけど、人間はきっと神様がつくったと思うんです。人間がいちばん理にかなった構造、動きをしています。知れば知るほど、人間を超える構造体はないと思えます。それは生物が誕生してから、約40数億年の間に環境や生活に適応した進化を遂げたからです。二足歩行をするときも、理にかなった背骨の形へと変わっていますし。

D氏(プロダクトデザイナー):
本日の話で驚いたのが「昔、人間工学というものがあった」という言葉です。私たちプロダクトデザインの世界では「人間工学=基本的なもの」という考えですが、もう古いのでしょうか?

菅本氏:
世界中の多くのメーカーは、今現在も「昔の人間工学」に基づいたものづくりをやっています。しかし私から見ればそれは、時間とお金の無駄ですね。

D氏:
私はロボットの設計にも関わっていて。先生の考えでいくとロボットの動きに関しても概念が変わってくるような気がします。

菅本氏:
ロボット工学の概念もデザインも変わります。私にロボットアームをつくらせたら、今あるものとは全然違うものになりますよ。

D氏:
私はものづくりに3CD/CADを使うのですが、最近はトポロジー解析やジェネレーティブデザインという考えが出てきて。窓枠やオートバイのフレームは金属を使って溶接すればその形になるけれど、それをもっとコンピュータに計算させて適材適所をつきつめると、どんどん動物の骨格に似てくるんです。先ほど人間を超える構造体はないと言われていましたが、そういうところでも医療系とデザインが一緒にできることはあると思えました。

菅本氏:
やっぱり機能と形というのはリンクしてるんじゃないでしょうか。人間の体も細胞レベルで見たら結構カッコいいと思っていて。やっぱり機能を完全にそぎ落として、究極までいってるから。無駄なものはないです。

E氏(CG映像 / ARVRMRアプリ制作):
現状でVRが医療に貢献しているという事例はありますか?

菅本氏:
アプリはプロトタイプでVRをつくってはいます。VRを使うと立体感が出てすごくいいこともあるし、長く見続けられない側面もあってどう活用するのがいいか、ゲーム業界が先陣切って活用法を検討しています。それを横目で見ながら、長所は医療業界に導入していこうと虎視眈々と狙っています(笑)。

E氏:
まだわからない関節の動きというのはあるのですか?

菅本氏:
顎はまだよく分かっていないですね。歯医者さんの診察で赤い紙を噛まされるでしょう。あれで噛み合わせを判定するのですが、顎というのはグニグニと三次元的に動きますよね。あの判定法は静止状態を見ているだけ。ですから本当の動きを評価するためには、私たちの技術が必要になってくるんです。

F氏(プロデューサー):
多くのメーカーは「昔の人間工学」を今も使っているわけですよね。それは先生が発信されているものと比べると何が足りないのですか?

菅本氏:
もう全然足りないです。たとえば腕を上げたときには肩甲骨も大きく動きます。最先端の研究所でもビデオ撮影したり、皮膚にマーカーを貼って、人間工学と称してこの動きを解析しているんですね。しかしこの皮膚の下を骨はものすごく大きく動くんです。海の上は一見波が荒くなくても、下は激流が流れてるということはよくありますが、それと同じで。皮膚の下を骨は激しく動いているのに、表面からは全然動いてないという評価になってしまう。人間工学は間違った情報をいっぱい集めてるんじゃないかと思います。

G氏:
ものづくりのプロジェクを進めるにあたって、不足しているものは何だとお考えですか?

菅本氏:
メーカーの理解です。私たちの提唱があまりにも革新的、突拍子もなさすぎて。今までの常識を覆すものばかりだからピンとこない。彼らも骨の動きに関してはまったくの素人です。ですからそこで理解を得られれば今後、ありとあらゆるジャンルで革命がおこりますよ。

エピローグ

そもそもはこれまで誰も知ることのなかった骨の動きのメカニズムを解析し、それをわかりやすく表現するためにグラフィックやCG、VRを利用してきた菅本氏。その経験からクリエイティブがいかに医療に貢献できるかを肌で感じてきただけに、その話は非常に説得力を持って響いた。そして「関節や骨の動きを考慮したものづくり」で、これまでの開発現場を根本から変えるという発想は、クリエイターにとってもおおいに刺激となったはずだ。

イベント風景

公開日:2019月01月31日(木)
取材・文:町田佳子氏

菅本一臣氏(すがもと かずおみ)

大阪大学大学院医学系研究科 運動器バイオマテリアル寄附講座教授

整形外科医師である一方、ベンチャー企業「チームラボボディ社」を設立。同社では、体の構造、関節の動きなどの情報を、クリエイターとともにアプリや様々な手法で世界中の人々に提供している。その功績で2013年のUnity awardを日本人として初めて受賞。製品は日本科学未来館やキッズプラザ大阪に常設展示されており子供たちへのメッセージとなっている。また医療への貢献(患者の理解を深めるツール、手術の事前シミュレーションなど)も計り知れない。

菅本一臣氏