国家エネルギー戦略に、デザイン思考をインストールするには
クリエイティブビジネスフォーラム「クリエイティブは旅に出よ。」Vol.2

社会や産業のあり方に地殻変動が起きている今、私たちクリエイターも越境し、「クリエイティブのOS」を鍛え直す対話を始めよう。そんなコンセプトから始まった公開ブレスト企画「クリエイティブは旅に出よ。」、第2回目のテーマは「エネルギー」。私たちの暮らしを支える生命線であると同時に、地域や国のあり方、ひいては外交や安全保障といった国家戦略をも左右するその存在に、クリエイターはどう切り込むことができるのか。経産省のキャリア官僚が、一個人としてクリエイターと向き合った異色トークセッションをレポートする。

ゲスト
中村稔氏

中村稔氏
原子力発電環境整備機構 専務理事

昭和61年に通商産業省(現・経済産業省)に入省して以来、国内産業振興はもとより、外務省出向や石油・原子力などエネルギー政策に関わる仕事を通じて、グローバル⇔ローカルを横断しながらキャリアを積む。近著に『何が「地方」を起こすのか』(国書刊行会)、『情報は誰のものか』(海文堂)など。

スピーカー
江副直樹氏

江副直樹氏
ブンボ株式会社

米穀店店員、工場作業員、釣り雑誌編集者、コピーライターを経て、商品開発や広報計画を柱とするプロデュース会社を設立。農業、商業、工業、観光、地域活性など、多分野においてコンセプト重視の事業戦略提案を行う。

三木健氏

三木健氏
三木健デザイン事務所

話すようにデザインを進める「話すデザイン」と、モノとコトの根源を探る「聞くデザイン」で物語性のあるデザインを展開。今、話題のデザイン教育プロジェクト「APPLE」をまとめた書籍が、英中日の3ヶ国語で上梓されている。

服部滋樹氏

服部滋樹氏
graf : decorative mode no.3

美大で彫刻を学んだ後、インテリアショップ、デザイン会社勤務を経て、1998年にgraf設立。クリエイティブディレクターとして数々の空間デザインやブランディングを手がけているほか、近年は地域活性などの社会活動も多い。

領域を横断する視野で、エネルギーを考える。

江副直樹氏
江副
「クリエイティブは旅に出よ。」その心は、僕らクリエイティブに関わる人間が、違う領域に積極的に旅に出て力を磨いていこうということです。今夜も非常に面白いゲストに来ていただいてまして、「エネルギー」というテーマを中心にしながらも、脱線を恐れずに話をしていけたらと思っています。

服部滋樹氏
服部
毎回、クリエイティブと一見縁遠いようなテーマをテーブルに置いて、僕らがそれをいかに切り刻むかというよりは、こっちが切り刻まれる思いでやってるんですが、今日はとくに緊張しますよね(笑)。

三木健氏
三木
エネルギーとなるとどうしても原子力の問題を外して考えられないからね。エネルギー問題って、地域の暮らしも国際関係も含めて領域を横断的にとらえながら考えなくてはならないので……。

江副直樹氏
江副
中村さんは今は原子力発電環境整備機構におられますけども、過去にもいろんなお仕事をされてますよね。

中村稔氏
中村
私は昭和61年に通産省、今の経産省に入りまして今20個目のポストなんです。20回転職をして、今は原子力発電環境整備機構に専務理事として出向して2年になります。十数年前には旧科学技術庁の原子力安全課にいましたので、原子力に関わるのは2回目です。その前後はITの推進をやったり、近畿経済産業局で地域振興をやったり、外務省に出向したり、いろいろやってきました。今日は原子力の話を期待されてるかもしれませんが、あまりその話はしないかもしれません。というのは今日は私、実は出張ではなく休暇を取って来てるんです。今日の趣旨からすると「原子力の専務理事」ではなく、一個人として自由にお話しするのがいいだろうと。ですからこれからお話しすることは、原子力発電環境整備機構ならびに経済産業省とは一切関係ございません(笑)。

江副直樹氏
江副
さっき中村さんのパスポート、公用旅券も外交旅券も見せてもらいましたけど、ものすごい数のスタンプで埋まってましたね。


石油公団勤務時代の中村さん。天然ガス交渉でエジプトを訪れた時の写真。

中村稔氏
中村
これまでに仕事とプライベートでのべ150ヶ国は行っています。さっき外務省に出向していたと言いましたが、私はベルリンの壁が崩壊した後のポーランドに大使館勤務で3年住んでいたんです。実は外交官とはスパイでございまして(笑)、私もあまり詳しくは言えませんけどもスパイ活動をしておりました。それから石油公団にいたこともありまして、私はエネルギーでいうと原子力よりむしろ石油が長いんです。石油公団では産油国との交渉をしたり、資源エネルギー庁では石油流通課長としてガソリンスタンド問題などに取り組んだりしてきたんです。3.11の時は東北に油を回すために毎日徹夜でいろんなことをやってました。堺屋太一氏が『油断!』という小説を書いてますが、あの時はまさに「油を断たれる」ことの切実さを感じましたね。

三木健氏
三木
外交官とはスパイであるという話は興味深いですね。シーボルト(長崎・出島のオランダ商館付の医師兼自然科学調査官)も、オランダ政府の命で日本の動植物や鉱物、民俗資料などを収集して、いわば日本の生態系や風俗をスパイしていたようなものでしょう。そんなスパイ的外交官の役目からエネルギー問題がどのように見えているのか、垣間見えたらうれしいです。

中村稔氏
中村
鋭いご質問で、エネルギーというのは安全保障とリンクしているわけですね。20世紀の戦争はほとんどエネルギーがらみで、太平洋戦争も日本がアメリカに石油を止められたことから始まっています。ちなみに戦時中、日本はインドネシアで1億2000万バレルぐらいの油田の経営権を取って採掘していたのですが、日本に来たのはそのうちたった2000万バレル。ほかは全部輸送途中で海に沈められたんです。それで日本がどうしたかというと、皆さん松根油ってご存知ですか? 松の根っこを掘り起こして搾ったわずかな油を、戦闘機の燃料にして戦おうとしたんですが、それじゃ勝てないですよね。

エネルギーミックスの重要性と、新たなテクノロジーへの期待。

江副直樹氏
江副
エネルギーは僕たちの生活に深く関わってるわけですけど、そもそもエネルギー問題の事実をよくわかっていない僕たちに、まず概論的なレクチャーからお願いできますか?

中村稔氏
中村
まずこちら、日本の一次エネルギー供給源の推移をまとめた図を見てください。水力、石炭、石油、天然ガスなどがありますが、オイルショック前まで日本のエネルギーの石油依存率は8割を超えていて、砂上の楼閣じゃなくて「油上の楼閣」だったんです。でもオイルショックで日本経済がめちゃくちゃになったのにかんがみて起こったのが、天然ガスシフトであり原子力発電です。その後、福島の事故があって全部の原子力発電が止まってからは、太陽光や風力も多少ありますけど、ほとんど天然ガス含め化石燃料に頼っているのが現状です。


現在、日本の低成長に加え、省エネ・節電が進む中ではあるが、依然として毎年約20兆円が化石燃料の購入に使われている。

中村稔氏
中村
あと、電力って蓄えがきかないことに加え、需要と供給が常に一致していないとだめなわけです。まず水力や原子力はベースロード電源といいまして、水力で急に発電量を増やすことはできませんし、原子力もあまり出力を上げたり下げたりすると制御が困難になって事故が起きかねないので、定格出力です。一方、天然ガスや石油を使った火力の場合は、燃やすとタービンが回りますので、日中のピークタイムはここが頼りになります。その需要のピークカットのために揚水発電というのがありまして、皆さんが寝静まった時間に、たとえば原子力発電の余った電力でダムの水をポンプで上にあげておくわけです。そして昼のピークには、火力に加えて、その水をどんと落として発電することで対応します。そのほか太陽光や風力は、気候によって左右されるのでまだ非常に不安定な発電といえます。


「原子力発電は、ベースロードの発電とピークカットの揚水発電に使えるという意味で、二重の効果がある」と中村さん。

中村稔氏
中村
それからもうひとつ、日本の石油の9割が中東から来てますけども、皆さんご存じのとおり、今、南シナ海のサンゴ礁を中国が埋め立てて軍事基地を作っている。これが「中国の赤い舌」です。アメリカ海軍でさえ緊張しながら運航しているところを、日本のタンカーが毎日通っているわけで、つまり我々の首には中国の手がかかっているんです。

江副直樹氏
江副
考えたくないけど事実なんですね。

中村稔氏
中村
ですから、さっきのオイルショックみたいなことが起こらないようにさまざまな外交努力もしていますし、エネルギー源に関してもたくさんの選択肢を我々は持っておくべきなんです。

江副直樹氏
江副
日本政府としてはどういう戦略を考えているんですか。

中村稔氏
中村
今日は休暇を取得して来ているので経産省としての発言はいたしませんが(笑)、基本的に当面はエネルギーミックスということですね。再生エネルギーも大事ですが、一方で原子力も化石燃料も水力もいる。先ほどご説明したように原子力で全部やるというのは現実的ではないし、またこれからの日本でダムを増やして水力をがんがん推進していくのも考えにくい。それから自然エネルギーもまだ不安定なので、これをどうバックアップしていくかを総合的に考えるということですね。ただ、これからは自然エネルギーのジャンルでも、小水力発電やバイオマス発電などの新しい方法が増えてくると思います。バイオマスはたとえば間伐材ですね。日本は国土の7割が森林なのに、全く活用されてないのが私は残念でしかたがない。

服部滋樹氏
服部
小さな集落単位だと、コミュニティの資源でけっこう賄えるんですよね。岡山の西粟倉は、税収が約1億4000万円なのに対して、小水力発電の売電で7000万円ぐらい稼いでるって聞きます。

江副直樹氏
江副
そういう話を聞くと、決して手詰まりになってるわけじゃないと。ただ突破するには知恵が必要で、クリエイティブをテクノロジーにまで広げて新しい発電の仕組みができたら、すごく創造的だなと思います。聞いた話でうろ覚えですが、直流から交流に変電する際にものすごくロスが起こってるけれども、あれを半導体でやればほぼロスがなくなるから、既存の水力発電だけで賄えるんだよと。簡単に実用化できない事情もあると思いますけど……。

中村稔氏
中村
テクノロジーの話でいうと、水素にも可能性があります。もしくはEVが増えてくると、EVを蓄電池にして太陽光発電の電気を蓄えることもできます。先ほど自然エネルギーはまだ不安定だと言いましたけど、ITを使って広い範囲でエネルギー管理ができるようになったら、こっちは曇ってるけどあっちは晴れてるとか、こっちは風がないけどあっちは吹いてるとか、そういう差を平準化することもできるんじゃないかと思います。

服部滋樹氏
服部
10年ぐらい前、ミラノサローネであったレクサスのデザインアワードに応募しようぜって言ってスタッフと考えたのが、太陽が出てる国から地球を貫通して、太陽が沈んでる国までエネルギーを供給する仕組みを作れないかってことで……。「昼の地域と夜の地域が補い合う」っていうアイデアを提案したんですけど、落ちました(笑)。

中村稔氏
中村
それは非常に鋭いご指摘で、実際に今おっしゃったようなことの研究が進んでるんですよ。人工衛星で太陽光発電して、それをマイクロウェーブで地上に下ろしてくるという……。地球は回ってますから、常に太陽のエネルギーをもらって、地球の表にも裏にも分配するってことが将来できるかもしれません。さっき私が「当面はエネルギーミックスで」と言ったのは、未来はもっといろんな技術が出てくるという希望を持っているわけです。あと忘れちゃいけないのがメタンハイドレード。天然ガスが凍ったもので、これが使えれば日本のエネルギーの100年分に相当すると言われています。取り出す技術の実用化さえできれば、日本がエネルギー大国になる可能性だってある。技術開発というのは世界を変えていく力があるんですね。


エネルギーなどの安全保障と地域振興、その2つの軸がライフワークだと語る中村さん。

クリエイターへの期待その①「わかりにくいことをわかりやすく」

江副直樹氏
江副
このイベントの趣旨として、エネルギー問題にとってクリエイティブが必要とされているのかという点があるんですが、中村さんがクリエイターに期待される部分って……。

中村稔氏
中村
エネルギーはたいへん身近な問題であると同時に、非常にむずかしく複雑です。ですから私がクリエイティブに期待することのひとつは、わかりにくいことをわかりやすく説明する力ですね。私たちは仕事でデジタルハリウッドさんと連携してまして、地層処分ってなんだ、高レベル放射性廃棄物ってなんだ、というのをデジハリの人が非常にわかりやすい3分ぐらいの動画にまとめてくれたんです。私が説明したら1時間もかかることが、こんなにもわかりやすく伝えられるのかって反省したりして、やっぱりクリエイティブの力ってすごいなと。もうひとつ、アドフェスっていう広告宣伝のフェスティバルでは、大学の広告研究会に「どうやったら地層処分の意味や重要性をわかってもらえるか」というお題を提供してコンクールをしたんですが、大人では考えつかないような自由な発想で考えてくれて、非常に面白いと思いました。

江副直樹氏
江副
僕らのやっていることは、感覚野に訴える方法論だと思っています。言葉だと何ページにもなる情報を、右脳的・直感的に本質を捉えられるように可視化して伝える、という。

服部滋樹氏
服部
そもそも情報を整理する技術がないと可視化はできないはずで、それはビジュアルだけの話ではないですね。ものごとが絡み合った部分をどういうふうにときほぐすかということでもあるし。

三木健氏
三木
かつて田中角栄の列島改造論の時代に、デザイナーの杉浦康平氏が、社会の変化を「時間軸変形地図」で可視化したことがあります。当時、新幹線が敷かれ、東京から大阪まで3時間半で行けるようになった反面、東京から周辺県に行こうとすると、空間的距離は近くても交通手段がまだ未発達で時間的距離は遠いままでした。その時間的距離を地図で表すと、極端に歪んだ日本地図になったんです。僕はこれを見てインフォグラフィックスというものの力に大感動したんですね。軸を変えると見える世界が変わる、ということを考えると、さっきのデジハリの話なんかは、広告的手法を使ってわかりやすさの設計をし、理解を深めていくということだと思いますけども、それは基本的にクライアントを応援するスタンスで作られるコミュニケーションですよね。原子力を含むエネルギー問題を単純に賛成・反対と二分化できるものでもないと思いますが、違う視点から組み立てると、また違うメッセージが生まれるんじゃないかと。


自分たちの視点でものがたりを作るだけでなく、違う視点からも考える複眼的思考が、クリエイターには必要、と語る三木さん。

服部滋樹氏
服部
まさにそういう部分にクリエイターが関わってこなかったことが問題ですね。

三木健氏
三木
デザインシンキングが重要だと言われますけども、そのためにはまず自分たちの中に批評精神を持たなくてはいけなくて、先ほどの日本列島の見え方が変わるようなことですよね。原子力においても、ふたつの地図を見せながら議論していくようなことが必要だと思うんです。

中村稔氏
中村
何にでも「光と陰」はありますね。私がいた独立行政法人情報処理推進機構っていう組織は、「Better life with IT」というキャッチコピーを使ってますが、これ私が匿名で応募したら採用されちゃったんです。このwithってところに、私の万感の思いが込められてまして、だって「水か空気かITか」というほどに、私たちの暮らしはほとんどITに関係しているんです。でもITには光と陰があるんですね。光というのは便利さであり、陰というのはサイバーセキュリティや個人情報漏洩などのリスクです。「そんなの怖いからITなしで暮らそう」というわけにはいかない以上、陰をできるだけ小さく、光をできるだけ大きくして、ITと共に(with)よりよい暮らしを、というわけなんです。

安全保障と地域振興。2つの軸を支える「インテリジェンス」とは。

三木健氏
三木
中村さん、冒頭で20回転職したとおっしゃってましたが、ここはもう一度戻ってでもやってみたいなというところはありますか?

中村稔氏
中村
ほとんど全部です。

三木健氏
三木
なるほど、やっぱり領域横断することに意義を感じていると……。

中村稔氏
中村
おっしゃるとおりで、私は「安全保障と地域振興」という2つの軸で仕事をしてきたつもりなんです。その2つは一見関係ないように見えますが、世界の動きってものすごく地方にインパクトを与えるんですね。為替や石油の値段から始まって、さっきの中国の話のような軍事情勢も含めて世界でいろんなことが起こっていますが、これらは地方経済にもダイレクトに効いてきます。ですから、地方もこうした動きに乗り遅れないように常に世界に目を配っておくこと、それを私は「インテリジェンス」と言っています。冒頭にスパイの話をしましたけども、それは何も映画の「007」みたいなものではなくて、要は「情報」ですね。エネルギーとか中東とかやってると、誰がどこに投資してるだとか、どこで戦争が起こりそうだとか、新聞やテレビで言ってることとは全く違う情報が入ってくるし、それが地方振興にも生きてくるんです。

江副直樹氏
江副
インテリジェンスという言葉を中村さんなりに訳すとどうなりますか。

中村稔氏
中村
「情報と諜報」ですね。情報って取ってくるだけじゃなくて「作れる」んですよね。私がポーランド大使館でやってたことは、まだつまびらかにはできませんが(笑)。

江副直樹氏
江副
噂を作る、というのは、僕らも実際にやってることですね。ブームを演出するとかね。

日本の武器となるコンテンツを、どう世界に発信するか。

中村稔氏
中村
私が日本でやった諜報活動のひとつは「日本アニメランド構想」で、日本のアニメをバーチャルとリアルで体験させる場を作ろうというものです。ディズニーはアメリカのコンテンツで、世界中にディズニーランドがありお金を集めています。ミッキーマウスって90年前に出てきたキャラクターなんですが、ミッキーマウスは古いからいやだっていう人はいません。それはやっぱりリアルとバーチャルの融合を作って、おじいちゃんおばあちゃんから孫まで、好きだと思う気持ちを何世代にもわたって拡大再生産する仕組みを作っちゃったんですね。日本にも手塚作品はじめポケモン、ドラえもんなどコンテンツはいっぱいある。でも日本は鬼なのに金棒がない、じゃあ作ろうじゃないかというわけで、去年の7月に淡路島に「ニジゲンノモリ」がオープンして、70万人来ていただいてます。まだコンテンツが十分揃っているとはいえませんが……。


中村さんの「日本アニメランド構想」から生まれた純日本産アニメパーク「ニジゲンノモリ」には、淡路島の自然を楽しめるグランピングもある。

三木健氏
三木
どんなコンテンツを?

中村稔氏
中村
主なコンテンツは、手塚治虫の「火の鳥」、クレヨンしんちゃん、園の外にキティちゃん。まだまだ皆さん、あれも入れてほしいこれも入れてほしいというのがいっぱいあるはずですよね。東京ディズニーランドが80ヘクタールなのに対して、こちらは120ヘクタールあって、まだ8ヘクタールしか使ってません。三ノ宮から高速バスで35分で行けるんですが、私はここで猫バスを走らせたい。太った車掌がトトロで、女の子が飛び乗ってきたらメイちゃんだった、とかいうふうに。

三木健氏
三木
でもね、トトロにはトトロの、キティちゃんにはキティちゃんの、それぞれの哲学がそこにあるわけです。ウォルト・ディズニーの作品には、彼の信念が込められてて、それが脈々と生き続けているから成功事例になってるんです。ですから、日本のコンテンツを幅広くまとめたら世界から人がやってくると、そう簡単には思えない。持続可能な価値は、理念を明確にした経営から生まれると思うのですが。

中村稔氏
中村
アニメの専門家にも全く同じことを言われました。ごった煮になっていて何がなんだかわからないものができるぞと。でもまだ120ヘクタールのうち8しか使ってないし、コンテンツも3つしかない。これをこれからどう使っていくか、どういうコンセプトで何を世界に売っていくかというのは、クリエイターの皆さんの腕の見せ所です。私はアニメランドを作りたいんじゃなくて、ここにプラットフォームを作りたいんです。アニメ好きの人がここに来るなら、日本のおいしいものを食べてもらいたいし、技術も見てもらいたい。3Dホログラムとかプロジェクションマッピングとか、あるいはリアルな動くロボットとか。いろんなサブカルチャーや食、技術のショーケースだと考えているんです。

三木健氏
三木
うーん……。いたずらに未来ばかりを追いかけて日本の最先端技術を、どうだ!と見せつけるより、もっと根底にある日本の美意識や自然観といった文化を伝えることが大事じゃないでしょうか。それは「観光」をどうとらえるのか、っていう部分とつながってくると思います。

江副直樹氏
江副
とはいえ、中村さんのようなエリートが、こういうアイデアを出した志はすごいと思います。ただ残念ながら、構想の初期段階からクリエイターが入るべきだったと僕は思うんです。

三木健氏
三木
もうひとつ大事なことは、「着眼大局」で領域を横断して見てきた中村さんに対して、「着手小局」でひとつのところにずっと居座って、中村さんの思想、理念を意地でも守ってプラットフォームを運営していくぞ、という誰かの強い魂がないと、なかなか成功しないと思うんです。中村さんのような人が、本当の意味でクリエイターと組んで、企画の段階から一緒に作っていくことが、デザインを社会化していくために必要なんです。地域の特性に合った本当に才能ある人たちを、国の活動に組み込んでいくということが大事じゃないかなあ。

江副直樹氏
江副
中村さんにその見識がなかったわけじゃなくて、クリエイターの平均的なレベルがそこまで至ってなくて、結局自分で動いた方が話が前に進む、と思われた可能性もあるんじゃないですか。

中村稔氏
中村
決してそういうことではなくて、私はクリエイティブやデザインシンキングは大事だと前々から思っています。ただ、アニメランドはそんなに簡単にはできないだろうと思っていたら、意外にもいろんな方のお力添えがあって事業化が先にできちゃったんで、私もびっくりしてるぐらいなんです。でも1年で70万人という数字は、パリの「ジャパンエキスポ」にアニメ好きが数日間で40万人ぐらい集まることを考えたら、まだまだですね。

三木健氏
三木
全部を混ぜちゃって、ボリュームあるビッグイベントにするだけが答えなのかどうか。

中村稔氏
中村
もちろん、単に楽しいだけではなくて、そこにストーリーがあるから人は動くんじゃないか、というのが私の仮説です。

クリエイターへの期待その②「気づきを引き出し戦略を生み出す力」

服部滋樹氏
服部
中村さんの言われるように総合力で日本を訴えるにしても、三木さんの言われるようにひとつのコンテンツを深堀りするにしても、クールジャパン以降、日本はコンテンツの利活用が本当に下手で……。

中村稔氏
中村
日本って「仕組み」を作ってこなかったんですよ。ところがひとつ大成功した例がJリーグですね。あれはプラットフォームを作ってますよ。昔、サッカー中継をテレビで見ようと思ったら正月の天皇杯しかなかったんです。当時の日本って、アジアでもサッカー後進国だったんですよ。でもJリーグという仕組みを作ったからサポーター、スポンサーがついて、そこにジーコだとかストイコビッチだとかスターも来るし、選手は高い年俸をもらう。将来Jリーガーになりたいって子どもたちが増えて裾野が広がって、日本サッカーのレベルは上がったしワールドカップにも出られるようになったんです。やっぱりそういった仕組みを作らないと、日本は技術もいいしコンテンツもいいのに、下手するとそこで止まってしまう。

服部滋樹氏
服部
なんでもったいないことになったかというのを想像すると、戦略はまあみんな考えるけど、いろんな戦術を試しながら挑戦できる環境がここ50年ぐらいなかったんじゃないかって気がしてて。戦術って、駄目だったら次の方法、こっちの道、っていうふうにできるはずなのに、挑戦や失敗をさせてくれない世の中になってるのが今の日本の問題じゃないかって。


バブル崩壊後の1998年にgrafを立ち上げ20年運営してきた経験を振り返りながら、今の日本社会の閉塞感を危惧する服部さん。

中村稔氏
中村
私の仮説では、戦略もなかったんじゃないかと思っています。例えば企業がCMを作る時に、何をやるか、どうやるかって考えるのは面白いから、どのタレントを使うかとかどんなCMにするかとかは考えるけど、何のためにそのCMやるのって聞かれたら、「?」となってしまう。企業イメージの向上のためなのか、何かを売るためなのか、目的がまずあって、じゃあこんなCMを作ろう、そのためにこんなタレントを使おうってなるはずなんですが。

江副直樹氏
江副
コンセプトってそこに立脚しないといけないんですよね。

中村稔氏
中村
今日申し上げたかった、クリエイティブに期待することの2つめのポイントは、何が相手の目的なのかっていうのを引き出す力、ソリューションを引き出す力です。つまり顧客だって、デザイン発注する際に答えが見えてるわけではない。こんなものをお願いしますと言われて、なぜそうなのか、何がしたいのか、を対話の中で引き出して、顧客自身も気づいてなかったことを気づかせてあげることが大事だと思うんです。

三木健氏
三木
そこでビジュアル(視覚)とダイアローグ(対話)が重なった「ビジュアローグ」という概念につながっていくんです。それがないと、プラットフォームを作ってもなかなか本質に行きつかないですね。

服部滋樹氏
服部
西洋医学的、対処療法的なデザインはこれまでもありましたけど、今、僕らは東洋医学的処方をいかにできるかというのを考えています。僕がいつもスタッフに言うのは「クライアントのオーダーは疑ってかかれ」ということ。相手が自分のイメージを言葉で表せていない可能性もあるし、膝が動かないって言われても、原因を探っていくと膝じゃなくて腰が悪いからこうなんですよ、って話かもしれない。21世紀型のクリエイターたちはそういうスタイルにかなりシフトしてきてると思います。たとえば作り方を整えなければ生まれるものが変わらないのであれば、まずそこの整備から考えますし。

中村稔氏
中村
デザインシンキングの真髄がそこにありますね。最近アメリカでは、医学部の学生も法学部の学生もみんなデザインスクールに行き始めていますね。別にデッサンをするとかじゃなくて、デザインの考えを学び、客の気づいてないことをデザインしてあげるためです。

国の中枢を動かす人とクリエイターが、本気でタッグを組む時代へ

江副直樹氏
江副
今、いろんなプロジェクトの初期段階から関われるクリエイターが育ちつつあるし、クリエイティブに対しての社会の意識は変わりつつあると思うので、これから僕ら本気でタッグを組んでいけたらっていう期待があるんですよね。


最近経産省が発表した「デザイン経営宣言」を読み、その質の高さに驚くと同時に、社会の意識の変化を感じたという江副さん。

服部滋樹氏
服部
エネルギーもデザイン思考で考えたいですよね。化石燃料が枯渇すると考えると、エネルギーの自活をするしかないけれど、そのためにはどういうふうな個人、集団でいるべきなのか。21世紀を境目として、単位の考え方が、大きい社会から小さい社会へ、自分の身に寄って来てる気がするんです。だからエネルギーは、いちデザイナーもリアリティをもって関われる対象になると思うんですね。

三木健氏
三木
この先、中村さんは個人として何をどうしたいとお考えですか。

中村稔氏
中村
個人として、ですか。私は行政に身を置いて33年になるんですけども、ひとことでいうと政治にたずわさっていきたいと思ってます。政治と言っても政治家になりたいんじゃなくて、行政に対する政治ですね。やはり民主主義の国ですから最後は政治が決めると思ってますし、行政マンやってるからこそ行政の限界を感じるんですね。

三木健氏
三木
実は、中村さんの著書を読まれた江副さんのレジュメに、僕が返信した感想がこんな内容でした。
「中村さんの仕事は、暮らしと密接に関わっていて、グローカルな視点をもってあらゆる領域を横断的に捉え活動されているのだと感じました。社会や、社会に生きるひとりひとりの人にとってそもそも何が重要なのか。社会がどのような状態であることが良いのか。様々な意志からどれを選び集団の意志とするか。どのような方法でそれを選ぶか。といったまさに「政治」そのものなんだと感じました」

江副直樹氏
江副
先ほど、過去20回職場を変わった中で、どこに戻りたいかと聞かれて「全部」とおっしゃった。全部をずっと引っ張ってきてるんだ、というのが非常に印象に残っています。僕が面白いと思う人って、みんな肩書じゃなくて個人が前に出てるんですけど、中村さんもやっぱりそうですね。あっという間に時間が来てしまいましたが、最後にご質問などある方は……。

質問者
原子力に関して、マスコミの論調を鵜呑みにしているのが今の日本だと思うんですが、そこで広く本当の原子力の魅力っていうのを伝えるために、どうしたらいいとお考えですか。

中村稔氏
中村
今、原発と言わずに原子力という言い方をされたことが非常に重要だと思っていまして、まさに原子力は発電だけじゃなくて、工学や医療などさまざまな科学技術に応用されてるわけで、原子力に関する技術や人材が日本から欠落してしまうのは、大きな損失だと私は思います。もちろん原発事故の問題にも我々は対峙し続けなきゃならないんですが、同時に正しく恐れつつ原子力の平和利用をしていくことが大事だと思っています。大阪の熊取という町には京都大学複合原子力科学研究所があって、BNCTっていうがん治療の研究をしています。これは、ホウ素に特殊な薬剤を加えてがん細胞に食べさせておいて、外から弱い中性子線をそのホウ素に当てて起こした核反応でがん細胞だけを殺す技術です。放射線療法が健康な細胞にも影響を与えてしまうのと違って、BNCTはがん細胞だけを攻撃するんです。これは世界を救う技術だと、地元の方々もおっしゃっていた。ですから、科学技術とは正しく恐れつつ、厳しくもあたたかい目で見守ることが大事じゃないかと思います。

江副直樹氏
江副
短い時間ではありましたが、ずいぶん見識が広められて、次のことを考える準備ができた気がします。僕らがクリエイティブの可能性を信じるのであれば、国の施策にも切り込んでいくべきだと思いますから、そういう意味でも距離を縮めていただいてありがたかったなと。こんなに熱くて愉快なエリートにお目にかかれて光栄でした。今日はどうもありがとうございました。

公開日:2018月11月22日(木)
取材・文:松本幸氏(クイール