介護リハビリ分野におけるICT技術活用の可能性
I-LABO - クリエイターのためのイノベーション創出研究会 Vol.7

クリエイターがさまざまな領域で活躍する専門家と交流を深め、創造力や表現力、課題解決力を生かしてイノベーション創出の可能性を探る「クリエイターのためのイノベーション創出研究会 I-LABO」。第7回目を迎えた今回のスピーカーは、埼玉県上尾市を拠点に、介護リハビリテーション業務のアウトソーシングなどを行っている合同会社アグリハート代表・木村佳晶氏。現在木村氏は、長年の理学療法士としての経験を生かし、ロボット技術を介護リハビリ業界に生かす方法について模索しているという。業界の課題や利用者の現状、そして木村氏がめざす社会のあり方まで、参加者との意見交換を交えながらじっくりと伺った。

木村氏による話題提供と参加者とのディスカッション

「リハビリテーション」とは何か

木村氏:
みなさん、こんにちは。私は大学卒業後、看護助手を経て理学療法士の道を進み、医療機関や訪問介護リハビリステーションなどで、主に高齢者向けのリハビリに従事してきました。また、2011年の東日本大震災の際には復興支援活動として、岩手県陸前高田市に日本初となる民間の単独型訪問リハビリステーションを設立し、被災者の健康維持、自立生活支援に携わりました。今日は介護リハビリ分野で活用されるICT技術について、現状と可能性を知っていただき、意見を交わしながらイノベーションのヒントを得ていただければと思っています。まずはみなさん、「リハビリテーション」って何でしょう?

A氏(コピーライター):
ケガや病気の後、社会復帰をするための活動でしょうか?

木村氏:
はい、その通りです。リハビリテーションという言葉は、直訳すると「再適合」。何らかの理由で身体の一部が不自由になった場合に、元の状態、または元に近い状態に戻れるように働きかけることです。私たち理学療法士は「立つ」「座る」「移動する」など、生活の中のさまざまな「動作」の訓練を担うリハビリテーションの専門職者です。例えばベッドに寝ている人がトイレに行く場合、寝返りをしてベッドから起き上がり、立ち上がり、歩いてトイレまで行くという「動作」を訓練するのが理学療法士です。行った先のトイレでズボンを下ろす、用を足して手を洗うなどの「作業」については、作業療法士という専門職者が訓練します。さらに、家の中の段差をなくす、手すりをつける、つえや手押し車をうまく利用できるようにするなど、生活環境を整え、楽に生活ができるようにすることもリハビリテーションに含まれます。そう考えると、リハビリテーションという言葉の意味は広く、また、医師や看護師、薬剤師、ソーシャルワーカー、そしてご家族など、さまざまな専門職者や周りの人たちと連携することが大切だということがお分かりですね。
私がこの職業に就いた当時は「リハビリテーション」という言葉は今ほど普及しておらず、理学療法士や作業療法士という職業もあまり知られていませんでした。ところが現在では、全国に約15万人の理学療法士が存在し、さらに毎年約1万人の新たな人材が生まれています。問題なのは、その約8割が病院に勤務しているという現状です。

介護リハビリ業界の現状と課題とは

木村氏:
では、その現状の何が問題なのでしょうか?現在、厚労省は、同一の傷病での入院日数を、基本的に180日以内と定めています。入院の長期化を防ぐための措置ですが、これによってやむなく退院させられ、リハビリを受けることができない人が、全国におよそ260万人いると推定されています。「リハビリ難民」とよばれる方々です。そんな方々とご家族を支えるため、今、病院以外の場所、例えば在宅医療現場や介護現場で活躍できる理学療法士が求められています。しかし、理学療法士は比較的若い世代が多く、経験が浅いため、病院以外の現場で仕事をすることが難しいのです。介護施設や訪問ステーションなどで活躍できる理学療法士を育てるための教育プログラムの構築が必要なのですが、追いついていないというのが現状です。
この先の日本では、要介護者がますます増え、介護従事者が足りなくなることは明らかです。社会保障費はどんどん膨らみ、介護報酬も下げられるのは目に見えています。
介護中のミスや、要介護者への虐待などの事故・事件なども問題になっています。介護従事者のメンタルケアや管理体制の整備が喫緊の課題となっているのですが、それもまた追いついていないのが現状です。

B氏(システム開発):
そこでICT技術が注目されているのですね。

木村氏:
はい、そうです。アジアの国々から外国人労働者を受け入れて人手不足を解消しようという動きもありますが、同時に政府はICT技術の導入にも力を入れています。
今日はみなさんに、この『モフトレ』というプログラムを体験していただきましょう。これはIoTとウェアラブル端末を使った、高齢者のための機能訓練プログラムです。こちらのセンサー付きバンドを腕または脚に装着し、ipadなどにアプリをダウンロードすれば、誰でも使うことができます。大きな機材を設置する必要もないので、介護施設などでも導入が進んでいます。


介護予防プログラム「モフトレ」

木村氏:
使ってみてどうでしたか?

C氏(広告代理店):
楽しいですね。これなら気軽に運動が続けられそうだと思いました。

木村氏:
ありがとうございます。このように、療法士が運動プログラムをオンラインで発信し、それを見ながら利用者さんが運動を行うことで、誰もが自宅や施設で自由にリハビリに参加できます。活動結果は自動記録され、フィードバックされるので、モチベーションも持続します。さらに、地域に関係なくサービスを受けられるため、地域間格差の是正にもつながります。医学の分野では、オンライン診療が普及しつつあります。同様に介護リハビリ業界でも、オンラインを使ったシステムの実用化に向けても開発が進んでいるのです。
ところでみなさんは、「介護ロボット」を見たことがありますか?

D氏(介護情報誌編集):
見たことはありますが、ほとんど使われていないと聞いています。

木村氏:
その通りです。これまで開発された介護ロボットは、あまり売れていないし、現場でもほとんど使われてきませんでした。政府は導入の誘導をするのですが、ロボットを導入した多くの介護施設で、結局使われずに隅で埃をかぶっています。メーカーは開発に莫大な時間を費やし、政府も巨額の補助金を投入しています。それにもかかわらず、現場では「使い方が分からない」「費用対効果が分からない」「人が介護した方が早い」さらに「事故対応や個人情報流出が不安」などの声が未だに根強く、普及が進まないのです。

E氏(建築):
開発者と使う側のニーズが合っていないからでしょうね。

B氏(システム開発):
ニーズに合っていないから売れない。売れないからから安くならない。だからさらに売れない、という悪循環になっているのではないでしょうか。

木村氏:
そうなんです。介護市場は今後さらに増大することが確実で、企業にとっても魅力のあるマーケットです。しかし実際の介護現場の仕事はとても煩雑で、利用者さんの事情も一人ひとり異なります。そこを理解して開発しないと、ニーズに合った商品はできません。現場ニーズをもっと掘り下げて、「本当に解決したい問題は何か」という本質を見抜いた商品を作らなければ、使われるものは生まれないのです。さらにロボットが活躍できる環境整備も重要です。モノ(ロボット)ができたからといって現場に放り込んでも活用されません。環境・人・モノの3つを整えてこそ、役に立つのです。
現在、全国47都道府県に「介護ロボットのニーズ・シーズ推進連絡協議会」が設置され、現場のニーズと技術シーズをマッチングさせようという試みが始まっています。介護ロボット活用促進のために、厚労省と経産省が両輪で動きはじめているのです。

A氏(コピーライター):
一方で「ロボットは高齢者介護になじまないのではないか」という現場の声があると聞きますが、どうなんでしょうか。

木村氏:
はい。それについて最近の調査データがいくつかあります。例えばベッドから起き上がる際や移動の際などに使われる移動介助ロボットについては、「ロボットでも問題ない」また「ロボットだと頑丈だから逆に安心」という利用者さんも多くいるという声が、たくさんの現場から届いています。
また、夜間の施設内の見守りについては「見守り支援ロボット」が有効であることも示されています。このロボットは、徘徊や転倒の可能性のある利用者さんを、夜間にセンサーによって見守り、危険な行動をした時に職員に知らせて未然に事故を防ぐというものです。導入実験では、実際に職員の夜間訪室回数が減り、利用者さんの安心にもつながったということがデータで証明されました 。また、コミュニケーションロボットは、高齢者を情緒的に安定させ、介護予防・認知症予防に効果があるとも言われています。
これらのように、ロボットが介護従事者の負担を軽減したり、利用者さんを安心させたりすることが実際に分かってきているのです。


ほとんどの参加者が「モフトレ」を体験

次世代の医療・介護・リハビリ現場とは

F氏(グラフィックデザイン):
以前、介護やリハビリに従事する人たちは、ケアをする度に書類に記入する必要があり、そのために多くの時間を費やすと聞きました。そこにAIやIoTが利用できないのでしょうか?ロボットに音声で認識させる、バーコード方式などに簡略化するなどの方法で入力し、そのデータをサーバーに落とし込めるような仕組みを作ればどうかと思うのですが。

木村氏:
その通りです。私たちはケアをするたびに、まず自分のメモに書いて、それをカルテに書き写して……など何度も転記しなければならず、勤務時間の4割近くを書類記入に費やしていると言われるほどです。実は医療・介護分野の事務作業のために開発された音声入力システムは、既にいくつか存在します。マイクに向かって話すと自動入力されるというもので、比較的安価で導入しやすいのですが、残念ながら現場ではあまり使われていません。なぜ普及しないかと言うと、パソコン操作をするのが苦手、新しいものを使うのが煩わしいなど、職員のみなさんが負担に感じるというのが一番の理由です。特に介護現場では職員が高齢の場合も多く、新しいものを操作することに抵抗がある場合も多いのです。ただ、近未来的にはさらに人手不足が進み、現場にも新しい技術を導入せざるを得ないという状況になると思います。

F氏(グラフィックデザイン):
続けて質問します。私には持病があり、定期的に通院しているのですが、別の医療機関に行くたびに同じ説明をしなければならないことを煩わしく感じています。ICT技術を使えば病気や体質に関する情報を、医療機関の間で共有することが可能だと思うのですが、どうでしょうか。

木村氏:
はい。医療情報の一元化については、この先、必要になることは明らかですね。実は現在、厚労省を中心にPeOPLe(仮称・Person centered Open PLatform for well-being)と呼ばれる「次世代型保険医療システム」が構築されつつあります。これはAIやIoTなどのICT技術を活用した次世代の医療・健康情報のインフラで、政府は2020年度をめどに整備し、段階的に運用しようと計画しています。一人ひとりの性別・年齢などの基本情報、既往歴や服薬歴、処置・検査情報、健診情報、リハビリテーションや介護を含むライフログなど、これまでバラバラだった情報を一元化し、これを医師や療法士などの専門職者や本人が、IDを使って参照・利用できるようにするという計画です。これにより、生涯にわたって健康状態に合った保健医療サービスが受けられるようになります。現在、保健医療データの利活用のためのプラットフォームができつつあることを、みなさんも知っておいてください。


出典:保健医療分野におけるICT活用推進懇談会提言書

Well-beingが実現する社会をめざして

木村氏:
みなさんは“Well-being”(ウェル・ビーイング)という言葉を聞いたことがありますか?「幸福」という日本語に訳されることが多いこの言葉は、その人が社会的・肉体的・精神的に「満たされた状態である」ということを意味します。病気や障がいを「治す」というアプローチではなく、「ありのままの姿を受け入れ、その人の状態に合う形で生活環境をデザインしていく」という概念で、そこには、ロボットやIoT機器などのモノ・道具を使った解決なども含まれます。
私は理学療法士として、多くの現場でたくさんの患者さん・利用者さんに関わる中で、介護やリハビリテーションの「その先」の生き方、社会のあり方について考えるようになりました。そして理想とする社会像を持つようになりました。それは以下のような言葉に集約されます。(1)「高齢者がいつまでも尊敬され、生きがいと楽しみがある社会」 (2)「ハンディキャップがあってもやりがいのある仕事に就くことができ、収入が得られる社会」 (3)「どの地域に住んでいても平等に社会保障サービスが受けられる社会」です。
障がいや病気の有無にかかわらず社会に平等に受け入れられ、活躍し、収入を得られる社会であり、過疎地で暮らしていても都市部と同じように社会保障サービスの選択肢がある社会、そして歳を重ねてもいきいきと毎日を過ごせる社会です。そこにロボット技術やICT技術が大いに役立つのではないかと考えているのです。今日は、このWell-beingという考え方を、みなさんにお伝えしたいという気持ちで、ここに来ました。リハビリテーションの「その先」に待っているのは、まさにこのWell-beingという概念、その実現のために、クリエイターのみなさんのお力が大いに役立つと思うのです。

エピローグ

今や私たちの暮らしの隅々に浸透しているICT技術。同時に、世界でも類い希なペースで進んでいると言われる日本社会の超高齢化。著しく進化を続けるICT技術と社会構造の変化は、この先どのように交わり、私たちの暮らしを変えていくのだろうか。木村氏の言う「リハビリテーションのその先」に待つべきWell-beingが実現する社会は、さらに次世代へ、そしてこれから生まれる命へとバトンタッチされていかなければならない。私たちクリエイターは、そこにどんな貢献ができるのか。参加者は、木村氏の語る現状と課題の中から、多くのヒントを見出したはずだ。

公開日:2018月10月16日(火)
取材・文:岩村彩氏(株式会社ランデザイン

木村佳晶氏(きむら よしあき)

坂本俊雄氏

合同会社アグリハート代表社員
株式会社Moffリハプロデューサー
一般社団法人ICTリハビリテーション研究会理事

理学療法士、医療機関や在宅介護、介護保険領域など高齢者向けのリハビリテーションに従事。2016年にリハビリテーション業務のアウトソース受託や介護リハビリロボット開発支援のため、合同会社アグリハートを設立。埼玉県産業振興公社先端産業課ロボットコーディネーター受託経験がある。厚生労働省や経済産業省の介護ロボット普及関連の委員等にも従事。