メビック発のコラボレーション事例の紹介
美術館×まち×クリエイターで実現した、歩いて楽しいミュージアムタウン。
和泉市パブリック・クリエイション「ART GUSH」
ミッションは、「美術館のあるまち」のブランド化
大阪府南西部に位置する和泉市の玄関口・和泉中央駅。ここから南へ約2km、和泉市久保惣記念美術館へと続く道のりには、さまざまなタッチで描かれた壁画が点在し、まちの人々を楽しませている。このプロジェクトを手掛けたのは、デザイン制作会社「188」のコピーライター村上美香さんと、まちづくりや公共デザインに携わる「ならそら」の山本あつしさん。
ことの起こりは、和泉市在住のイラストレーター小宮さえこさんが、188のオフィスを訪ねてきた2018年8月にさかのぼる。「美術館のあるまち」の魅力を高め、ブランド化を図ろうとする「和泉・久保惣ミュージアムタウン構想」の企画公募が始まったタイミングだった。小宮さんはもともと、188に所属する絵師・東學さんの大ファン。東作品を和泉市に設置したいという熱意に加え、村上さんがメビック扇町でクリエイターたちと続けている展覧会活動「わたしのマチオモイ帖」にも惹かれ、「188で企画公募に参加してくれませんか」と直談判に乗り込んだのだ。
しかし、小宮さんからの相談に、村上さんははたと考え込んだ。和泉市にさほどゆかりのない作家の作品をただ展示するだけで、市民のためになるだろうか?公募の趣旨を読むと、「ミュージアムタウン構想」の背景には、「定住促進」や「交流人口の拡大」という課題もあることがわかる。「これは、商業デザインを中心にやってきた188だけでは太刀打ちできない」。そう考えた村上さんは、公共デザインの実績が豊富な山本さんに声をかけた。山本さんとは、「わたしのマチオモイ帖」の制作委員として一緒に活動してきた仲だが、仕事で組むのは初めて。新しいコラボレーションが生まれようとしていた。
現代クリエイターが、古典作品とコラボする面白さ
和泉市久保惣記念美術館は、明治期より綿業で発展を遂げた地元企業「久保惣株式会社」からの寄贈により創立。約11,000点の収蔵品には、北斎や国芳、ピカソにゴッホといった名作も数多い。しかし、和泉市に何度も足を運び、市民の声に耳を傾けた山本さんは言う。「実際には、ここにすごい作品があることを地元の人は案外知らないんです。ならば、よそから何かを持ってくるのではなく、すでにここにあるものの価値をもう一度ちゃんと伝えるべきではないかと」。やがて、骨子となるイメージがふつふつと湧き出てきた。「この美術館にある、古今東西の名作たちが、映画“ナイトミュージアム”のように、夜中になると勝手に動き出して、自分たちの魅力をみんなに伝えようと美術館からあふれ出していく……というイメージです」
そこから企画は一気に加速。美術館の所蔵作品を、30組の現代クリエイターたちが「リライト(再描画)」するというアイデアに膨らんだ。山本さんが歩いた、駅から美術館までの道のりは、町への無関心さを象徴するように、落書きやゴミの多さが目についた。そんな現状を変えるためにも、クリエイターたちの力を借りて、何でもない風景を、自慢したくなる風景に変えていこう。プロジェクト名は、「美術品があふれだす」という意味を持つ「ART GUSH(アート・ガッシュ)」。そのプレゼンテーションは、行政や市民、美術館、クリエイターなど大勢を巻き込むもので、それぞれの心を躍らせるものとなった。
「市からの公募要件は“ミュージアムタウンエリア内の3か所以上にパブリックアートを設置する”というもので、まさか30もの作品が並ぶなんて想像もしていませんでした」。そう話すのは、和泉市の北野亮介さんだ。
30人の参加クリエイターの人選は、村上さんと188のアートディレクター北窓優太さんが主に担当。選ぶ基準は、力量と誇りを持って関西で活躍している人。マチオモイ帖以前にも、クリエイティブの自主企画イベントを長年続けてきた188だけあって、村上さんたちのオファーに多くのクリエイターが共鳴し、2つ返事でOKを出した。さらに、山本さんの紹介で大阪芸術大学の学生や障がいをもつクリエイターが加わり、小宮さんのアート教室「PICARO」に通う子どもたちも参加することになった。
人選が固まれば、次はリライトする作品の選定。美術館の図録を広げながら、アートディレクター北窓さんとクリエイターが膝を突き合わせて話し合った。「現代のクリエイターが古典と出会うわけですよね。作品を巡っていろんな感想や解釈が飛び交い、自分ならどう描くか、という構想が広がっていく様子は、本当に刺激的でした」と村上さんは振り返る。
多くの人の「自分ごと」になった、パブリッククリエイション
こうしてクリエイターは制作期間に突入。彼らに求められるのは、オリジナル作品への敬意を忘れず、その魅力を適切に市民に伝えること。そのためにも、作品のラフスケッチを北窓さんがチェックし、細かなやりとりを経て本制作に入るという段階を踏んだ。
一方で山本さんは、30もの作品を設置する許可を取り付けるべく、市の担当者と一緒に奔走。前例のない試みゆえ、戸惑う行政と議論になったこともあったが、「そんな時も、山本さんは市民ファーストを貫いて、大切なところは譲らなかった」と村上さん。この人と組んでよかった、と思えた瞬間だった。小宮さんもまた、チームと地元をつなぐ潤滑油になった。場所の下見をしたクリエイターから、壁面の汚れやごみが気になるという声が上がった際には、地元市民や市職員、クリエイターを巻き込んで一緒に掃除した。
そしていよいよ迎えた2019年3月の作品公開当日。お披露目イベント「アートウォーク」には、和泉市内外から予想を上回る人たちが訪れ、クリエイターたちと共に、トンネルや橋の袂、公園や大学キャンパスなどに出現した30のパブリッククリエイションを楽しんだ。小宮さんはその光景を見て、自分の地元が大好きなクリエイター作品で彩られた喜びに、胸が熱くなったという。
作品が公開されてしばらくたった今も、小宮さんは、地元有志と共にミュージアムタウン内を清掃する「おそうじガッシュ」を毎月続けている。和泉市の北野さんは言う。「道沿いにアートが点在していることで、歩いて楽しんでもらえるエリアになりました。美術館もぐっと身近になった印象です」。多くの人の「自分ごと」になったパブリッククリエイションは、これからもまちの物語を明日へと豊かにつないでいくだろう。
公開:2020年1月31日(金)
取材・文:松本幸(クイール)
*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。