メビック発のコラボレーション事例の紹介
コンセプトなくして、デザインは生まれない「人が宿に求めるもの」を追求した、ホテルの再生
ホテル日生や
温泉郷にあるビジネスホテルのリニューアル計画が、始動。
いたるところで湯けむりが立ちのぼる、別府鉄輪温泉。その中心にありながら、穴場間のある「ホテル 日生や」。ロゴマークの“”とは「湯・眠・食」のこと。地元名物の地獄蒸し釜で自炊を楽しみ、温泉であたたまって、そのままぐっすり眠る、心と身体を癒す旅に理想的な環境がここにはある。
昨年11月にリニューアルしたこのホテルのデザイン・ディレクションを手がけたのが、ボールドの鈴木信輔氏だ。ホテルを所有する、ニッセイエンタープライズ有限会社の東上武弘氏と鈴木氏との出会いは、2013年春。本社の名刺やウェブサイトをつくりたいと、メビック扇町のクリエイター募集プレゼンに参加した東上氏。「自分自身クリエイターと組んで仕事をした経験がなかったので、本社の案件を手がける前に、一棟だけ所有するこのホテルで試したかった」。東上氏の祖父がなんとなしに購入したという「ビジネスホテル 日生」は、20年前のリニューアル以降は町もホテルも程々に活気はあったものの、近年は悪戦苦闘していた。鈴木氏に依頼したのは、作品が好きだったのと感性が近いように思えたから。
鈴木氏のデザインは引き算の考え方。要素を研ぎ澄ました作品は、シンプルでどこかユーモアがある。プロジェクトを進めるにあたって、鈴木氏が声をかけたのは坊雅和氏。ふたりは、同世代のグラフィックデザイナーがデザインを実験し、表現する「D+」というグループで一緒にやっていた間柄。「『D+』では、坊さんが監督として全体を仕切り、ぼくたちはプレイヤーとしてクリエイティブに専念できた。非常にスムーズに進んだので、今回は坊さんにディレクターをお願いしました」
街やホテルの持つポテンシャルを引きだすために、あえて「素泊まり」のシンプルさを選択
打ち合わせで最初に出てきたのが、“プチ贅沢(ちょいリッチ)”というキーワード。「長期滞在する固定ファンがいることを知り、気軽な別荘感覚のようにホテルを活用する過ごし方からヒントを得ました」。そう語る坊氏のプランニングは背伸びせず、できるところから改善していくのが基本。それに沿って、この宿に人が求めるものは何かを追求した結果、生まれたコンセプトが「湯・眠・食」だった。さらに“ビジネスホテル 日生”のネーミングも変更。「地元では“日生さん”と親しまれているので、そこに旅や憩いなど、いろんな空気感を感じられるように“や”をつけました」と鈴木氏。
2人はロケハンで赴いた現地で、日本一の源泉数と湯量を誇るこの街が持つポテンシャルに驚いた。日中は街に点在するエンタメ性の高い外湯を巡って、夜はゆっくり内湯に浸かり、そのまま極上の寝心地を堪能する。食事の提供もやめ、ホテルの地獄蒸しで自炊を楽しんだり、別府まで出て美味しいものに舌鼓を打つのも、旅の酔狂。
競合する宿は食事に力を入れ、数多くのプランを用意する中、こちらは“素泊まり4000円~”のみで勝負を賭けた。結果、楽天やじゃらんのサイトを通じて多くの新規客を獲得し、評価も上々。今回のリニューアルでは、施設は必要最低限の改修にとどめ、限られた予算を寝具や、風呂桶などごく当たり前にあるべきものに費やしシンプルで清潔感のあるホテルをめざしソフト面にまずは注力。削ぎ落とした先に現れる本質を見いだし、デザインによって際立たせることで、イメージを大きく一新した。東上氏はデザインの力を痛感したという。「それとコンセプトの必要性も実感しました。これからは一緒に、本社もいろいろ変えていこうと考えています」。ホテルのプロジェクトは現在も進行中だ。「次のフェーズでは、認知を広げるための取り組みをしていきたいと思います」と坊氏は語った。
有限会社TriplePRIME
坊雅和氏
公開:2015年6月8日(月)
取材・文:町田佳子氏
*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。