メビック発のコラボレーション事例の紹介
ブランドイメージを連鎖的に広げていった1本のキャッチコピー
キックボクシングジムのブランディング

「作り込み」と「ありのまま」のバランスで女性顧客にアプローチ
大阪・心斎橋のキックボクシングジム「9+ nine plus lab.」。プロの格闘家の指導のもと、短時間で本格的かつ効果的なエクササイズを行えるとあって、2022年4月のオープン当初から多くの利用者を集めている。
同ジムの代表であり、プロ格闘家や起業家としての顔も持つ樫山賢一さんから、Web制作を得意とする白波瀬博文さんに相談が持ちかけられたのは、2021年10月のこと。白波瀬さんは樫山さんとは以前に一緒に仕事をしたことがあり、旧知の仲だった。白波瀬さんは樫山さんからの話を聞いてすぐに、「Webサイトだけでなく、店舗内装や動画、写真、コンテンツ、看板など、トータルでのブランディングが必要だと感じました」と言う。そこで、白波瀬さんがディレクターとなり、メビックで知り合ったライターの和谷尚美さん、建築家の南啓史さん、フォトグラファーの竹内進さん、映像制作の内之倉彰さんからなるチームを結成。白波瀬さんは、ブランディングを行うためのコンセプト設計や、それを表現するためのWebサイトのコンテンツ設計にも取り組んだ。
フィットネスやエクササイズという市場において、大きなターゲットゾーンとなるのは女性だ。一方で、格闘技には「怖い」というイメージがあり、女性からは敬遠されがちでもある。そこで樫山さんは、「メイン顧客は女性にしたい。そのために、ヨガやピラティススタジオのような、明るく清潔で、女性が親しみやすいジムにしたい」という要望をディレクターの白波瀬さんに伝えた。この思いに内装で応えたのが南さんだ。「ジムの内装デザインは、モノトーンを基調にすることで強さを打ち出すことが多いです。それに対してnine plus lab.では、優しさや明るさを演出できる配色にしました。受付カウンターに木を用いることでオープンカフェのような雰囲気にしたことも、nine plus lab.ならではの点です」

集客、特に若い女性への情報発信にあたっては、SNSは欠かすことができない。ビジュアルで伝える明るさや美しさは重要だが、樫山さんは、「過剰な作り込みは、実際に足を運んでもらったときの『思っていたものとは違う』という失望につながる」とも考えていた。「作り込み」と「ありのまま」の絶妙のバランスを探ったのが、フォトグラファーの竹内進さんと映像制作の内之倉彰さんだ。
「竹内さんの写真は、とてもきれいです。そのうえ、ジムで実際に見る景色と同じなんです。初めてジムに来られる方は、ネットで見ていた通りの景色が目の前に広がることで、期待感やわくわく感がさらに高まります」(樫山さん)
内之倉さんは、ジムをPRする動画のオープニングやエンディングなどを担当。メインコンテンツであるスタッフが撮影した動画の前後をプロの映像で演出することで、リアリティあるジムの様子を紹介しつつ、質の高さを伝えるという絶妙のバランスを実現させている。

ジムの名称を途中で変更
きっかけは提案したキャッチコピー
樫山さんは当初、ジムの名称を「スクエアラボ」にしようと考えていた。それがクリエイター陣とのやりとりのなかで、現在の「nine plus lab.」に変わった。きっかけは、ライターの和谷さんが提案した「9分間で、理想のボディ」というキャッチコピーだ。和谷さんは当時を振り返る。「樫山さんと打ち合わせをした時に初めて、キックボクシングの1ラウンドが3分であることを知りました。また、たった3ラウンドのトレーニングで効果が期待できることにすごく驚いたんです。ターゲットは私と同じ女性。同じように感じる方が多いはずなので、端的にその凄さが伝わるよう『9分間で、理想のボディ』というキャッチコピーを提案しました」
和谷さんの提案を大いに気に入った樫山さんは、前述のとおりジムの名称を「9分」にちなんだ現在のものに変更。白波瀬さんも「まさか店名を変えるなんて」と驚いたと言うが、デザイナーとしてのインスピレーションも得た。ロゴマークを新名称に合わせて変更するにあたって、「9分」から着想した九角形を採用したのだ。さらに、ジムのメインビジュアルや名刺、フライヤー、看板、店内サインなど、新たな名称を核にしてトータルなデザインを展開した。

チームメンバーが各自の役割を的確に果たしながら、全員で前へ進む
ジムの準備を進めていた2022年1~3月は、新型コロナウイルス感染症の第6波の時期と重なる。建築資材の入手が困難になって工事が難航したことや世間のマインドが停滞基調にあったことから、樫山さんはオープンを当初予定の3月から4月に後ろ倒しすることを判断。苦渋の判断ではあったが、オープン後は第6波明けのマインドの回復と歩調を合わせることができ、結果的に上々のスタートを切ることができた。白波瀬さんのもとに樫山さんから相談が寄せられてわずか半年足らず。密度の濃い日々を、「非常にスムーズだった」と振り返るのは和谷さんだ。「プロデューサーである樫山さんの思いがはっきりしていて、それを伝える言葉も明確でした。チームで情報をしっかり共有することの大切さを、改めて実感しました」
「コラボならではの仕事ができた」と振り返るのは南さんだ。「私の提案に対して、チームメンバーがそれぞれの専門性の視点から意見を出してくれました。おかげで、プランをどんどんブラッシュアップしていくことができました」

チームメンバー内でも、今回のコラボを通して気づきや学びがあった。白波瀬さんは和谷さんと幾度となくともに仕事をしてきたが、「キャッチコピー1つとっても、情緒に訴求したバージョンや機能を訴求したバージョンなど、意図をもって複数案を提案していました。仕事の進め方として、改めて勉強になりました」と言う。
樫山さんは日頃、プロモーションなどを自分自身で行うことも多かったという。しかし、「ひときわ大切なプロジェクト」と位置づけていた今回のジム立ち上げでは、クリエイターとチームで取り組むことを決めた。「大事なプロジェクトだからこそ、自分一人ではなく、プロの力を借りてより良いものにしたいと思いました。期待していたとおり、デザインの力がより良いジムを実現させてくれました」
樫山さんは、格闘技をもっと多くの人に楽しんでもらいたいという願いを抱いている。そのための1つの足がかりとなるのが、nine plus lab.だ。心斎橋の店舗を1号店として、さらに店舗を増やしていくことが今後の目標だ。その過程では、コンセプトをマイナーチェンジし、ターゲットへの伝え方もチューニングしていく必要があるだろうと樫山さんは考えている。その役割を担うのはもちろん、白波瀬さんをはじめとしたクリエイター陣だ。樫山さんとクリエイターのコラボは、これからも続いていく。

AKIRAUCHINOKURA
モーショングラフィックスデザイナー
内之倉彰氏
公開:2023年6月12日(月)
取材・文:松本守永氏(ウィルベリーズ)
*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。