チームで取り組む地方創生。「日本をデザイン」する独自の理論とは?
クリエイティブサロン Vol.262 近藤清人氏

全国で中小企業の経営支援や地方創生に取り組んでいる株式会社SASI。代表取締役の近藤清人氏は、インテリアデザインを皮切りに、ソーシャルデザインへとフィールドを拡げていった。その過程では、チームづくりに関するさまざまな試行錯誤があった。今回のクリエイティブサロンでは、現代の子どもたちが大人になったとき、「日本で暮らし続けたいと思えるような日本を作り出したい。そのためにはチームの力が必要」と語る近藤氏が、これまでの足取りとチームへの思いを語った。

近藤清人氏

経営者が経営をデザインすることを支援。
ブランディングにとどまらない「デザイン経営」

冒頭から、「『SASIがやっていることはデザインじゃない』『SASIは経営コンサルの会社だ』と言われていることは自覚しています」と言って会場を驚かせた近藤氏。ではいったい、SASIとは何をしている会社なのか。その説明として近藤氏は、島根県で取り組んだスーパーの再生を紹介した。

対象となったのは、地場資本で1店舗のみ展開するスーパー。近隣には全国チェーンのスーパーも店を構えており、経営は悪化の一途をたどっていた。「なんとかしてほしい」と声がかかった近藤氏は、経営陣へのヒアリングや市場調査を実施。精肉コーナーや野菜コーナー、鮮魚コーナーを独立した店とみなし、スーパーではなく「商店街」と位置づけた。同様に、従来は各コーナーの「担当者」だったスタッフは「店長」とした。そのうえで、各「店舗」は惣菜に注力。利便性はスーパーには劣るかもしれないが、おいしさや店員とのコミュニケーションという強みを打ち出すことにしたのだ。

「ここまでは理屈なんです。ここから先、現場のスタッフを巻き込んでプロジェクトを前進させるために、デザインの力が発揮されます」

近藤氏はまず、「店長」たちから自分の店をどうしたいかというアイデアを募った。店長という名称は各スタッフのモチベーションや仕事への愛着を高め、店名やメニュー、店舗レイアウトのイメージなど、次々にアイデアが寄せられた。それらをSASIが、ロゴマークや店舗内装などの“デザイン”として具現化。アイデアが形になった店長はさらにモチベーションが高まり、プロジェクトは力強く前進していく。

「よく、『売れるデザインを考えて』と要望されます。でもこれは正しくありません。現場のスタッフが『売りたくなるようなデザイン』を考えるのです。そして、売りたくなるようなデザインは単に見た目ではなく、そこに至った過程にこそ『売りたい』と思える理由があるのです。島根の事例で言うと、担当者を『店長』とし、店長が自分のアイデアで店を作っていった過程があるから、売りたいと思えるのです。そういったマインドの変化を、私たちはお手伝いしています。ロゴマークを考えてブランディングをすることをもって『デザイン経営』と呼ぶのとは、まったく異なる取り組みをしています」

「田舎が嫌い」から始まった歩みは、地方を元気にする仕事へ

日本各地、特に衰退に悩む地方を舞台に活躍する近藤氏は、兵庫県丹波市出身。後に地元・丹波市でも活動を行うことになるが、少年時代は「田舎が嫌い。早く出たかった」と言う。大学進学にともなって地元を離れ、卒業後は営業職として就職。その頃からインテリアに興味を持つようになり、会社を退職。大手インテリア・雑貨店でのアルバイトを経て、インテリアデザインを手掛ける会社に就職。画家でありデザイナーである経営者のもと、本格的にデザインを学んだ。その後、結婚を機に独立し、インテリアや家具のデザインを手掛けるようになった。

「その次に携わったのが、地域のブランドを全国へ発信する営業企画の仕事です。当時はちょうど、著名なデザイナーが地方のブランディングに携わりだした時代でした。でも、成功するのはほんの一握り。うまくいかないケースの方が圧倒的に多かったんです」

 東京のスターデザイナーが地方で成果をあげられない現実を目にして、近藤氏は、「地方は本当にこれでいいのか?」と疑問に思うようになった。そして、「自分なりに地方をデザインしてみよう」と考えた。後にアイデンティティとなる「自分のまちは自分でデザインする」が始まったのだ。

「地元である丹波市で、アートイベントやマルシェ、ワークショップ、ライブなどを開催しました。たくさんの人が来てくれて、盛り上がりも上々。ソーシャルデザインとしても高い評価を受けました」

ただ、この事業に携わっている間、近藤氏は無収入だった。対外的な高評価のほかには、「疲労感が残っただけ」だったと言う。ちょうどこの頃、SASIを設立。ソーシャルデザインを核にした事業をスタートさせる。そしてたどり着いたのが、「地元の企業を応援することで、地元を元気にしよう」という現在につながる事業だ。地元の名産品である黒豆をPRするプロジェクトでは、兵庫県の知事賞を受賞した。

チームメンバーは「仕事を手伝ってくれる人」?
試行錯誤を経て、「群れ」型のチームへ

近藤氏はこの頃、スタッフを採用してチームづくりにも取り掛かっていた。しかし、まったくもって人材が定着しなかった。5人が一斉に退職するという思いもしない事態も経験した。近藤氏自身は「働きやすい環境を提供している」と考えていただけに、納得いかなかった。

「今となって思えば、結局はコミュニケーションが不足していたんです。私は『任せている』と考えていたのですが、スタッフにとっては『放ったらかされている』だったんですよね。クライアントには『自分に向き合いましょう。そうしないとアイデンティティは抽出できません』と言っていたのに、私自身がスタッフと向き合えていなかったんです。そのことに当時の私は気づいていませんでした」

 転機となったのは、「カフェスタッフ兼デザイナー」という、針の穴を通すような求人で採用した人材との出会いだ。それまでの苦い経験もあって、近藤氏は採用したスタッフと向き合うことを心がけた。すると、異なる視点や意見がぶつかり合うことで新たな価値が生まれる、「セッション」ができるようになったのだ。それまでの、「仕事を手伝ってくれる人に対して指示や伝達をする」というコミュニケーションとはまったく違ったものだった。この経験をきっかけに、「地方創生をめざす群れの隊」という現在のSASIの姿が生まれていった。

「SASIは、目標を共有し、その目標を『本気で実現したい』と思っている人が集まる場です。そこには、クライアントと身内、社員と業務委託者とアルバイトなどといった分け隔てはありません。関わる人はみんなパートナーです。そして、全員がCOOです。情報伝達のコミュニケーションではなく、分かち合い共有するためのコミュニケーションを行います」

この考えを浸透させるために行っているのが、お互いをファーストネームで呼ぶことだ。近藤氏もスタッフから「きよとさん」と呼ばれている。

「役職で呼んだり呼ばれたりすると、やっぱり、その役職としての顔で接してしまうんですよね。でもファーストネームだとそんなことにはなりません。この仕組みはすごくいいですよ」

スタッフとのミーティング

複雑化した現代社会は1人では対応不可能。
確かな個人が集まった「太巻き」を。

社会の複雑化は加速するいっぽうで、「もはや1人では手に負いきれない」と近藤氏は考えている。だからこそ、さまざまな視点や知見を持ち寄るチームが必要だと言う。

「1人ひとりのチームメンバーが、それぞれの職種やポジションで確かな専門性や強みを備える。そんなメンバーが集ることで、1人では発揮できなかった力を発揮する。そういうチームが大切になります。これを僕は、『太巻き理論』と呼んでいます。だめなのは『細太巻き』です。細太巻きとは、デザインもできる、マーケティングもできる、コンサルティングもできるなど、1人でさまざまな役割をこなそうとする状態です。この状態では1つずつの具材は細くて頼りないですし、全体としての太さも、本物の太巻きには及びませんよね」

近藤氏は、自身の仕事は「納品ではなく結果が大切」と言う。結果とは、支援した企業が売上を拡大するなどして活性化することだ。その先に、地域の雇用の創出や実現したい働き方、実現したい社会の姿があると考えている。そして、結果を出すにはチームの力が必要だと力を込める。

「私は、子どもたちがいつまでも『日本で暮らしたい』と思える日本を作りたいです。社会を、そして日本をデザインします。そのためにはチームが必要です。SASIのチームづくりは、まだまだ発展途上です。これからも変化しながら、より良いチームを作っていきます」

イベント風景

イベント概要

誰もやったことのない地方創生へのチャレンジと、失敗だらけのSASIの経営
クリエイティブサロン Vol.262 近藤清人氏

個人創業から12年。行政と共にデザイン経営を牽引し、金融機関と共にデザインを活用しながら中小企業支援を行う一方、これまで「全く順風満帆に行かなかった11年間」を振り返り、苦節だらけの会社経営からこれからのクリエイティブ業の未来を考える。経営がわかっているつもりになり、組織内部で失敗を続ける一方で、売上と対外的評価が高まり続けるジレンマとの格闘物語。10人中9人が一気に退職するという組織崩壊という経営的挫折、売上急増に伴う資金ショートでの倒産目前経験、マネジメント・仕組み不足による組織内外の不和と戦いながらも、「必ずビジョンを達成する」という思いを持ち、アイデンティティに基づきながら奮闘する有り様を隠すことなくお話しします。

開催日:

近藤清人氏(こんどう きよと)

株式会社SASI 代表取締役

1979年兵庫県丹波市生まれ。西日本を中心に100社を超える中小企業支援に携わる。アイデンティティから生まれる事業創出をサポートし、中小企業の価値を引き出す「アイデンティティ型デザイン経営」を実践し続けている。2018年5月に『強い地元企業をつくる 事業承継で生まれ変わった10の実践』(学芸出版社)を上梓。12月には事業構想大学院大学出版『人間会議』に寄稿。2020年神戸大学出版会『働き方とイノベーション』に「『デザイン経営』で地元企業からの地域活性化」を寄稿。また各地の経済産業局や財務局、メガバンクや地銀、保証協会などと連携し、地域の中小企業の再生計画やビジネスモデル再構築に尽力する。

https://sasi-d.com/

近藤清人氏

公開:
取材・文:松本守永氏(ウィルベリーズ

*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。