水のように光のように。次世代に贈る言葉を紡ぎ続けて。
クリエイティブサロン Vol.261 岩村彩氏

幼い頃からの「好き」を仕事にし、編集ライター、童話作家、まちライブラリーのライブラリアン(司書)として活躍する岩村彩さん。小学2年生にして「作家になりたい」と綴ったひとりの少女が、子育てをしながらライターの世界に足を踏み入れ、童話作家デビューの夢を果たすまでの道のり。そして新しいライフワークに取り組む目下のこと。やわらかさの中にも芯の強さを感じさせる口調で語られたストーリーには、言葉の紡ぎ手として、ひとりの母として、社会にコミットしていこうとする姿勢があった。

岩村彩氏

幼い日に芽生えた「作家になりたい」という夢

比叡山の山あいの豊かな自然の中、生きもの好きで本好き、そして空想好きな少女として育った岩村さん。初めて自分で童話を書いたのは5歳ごろ。小学校になると先生や友だちに自作の物語をプレゼントするようになった。

「最近、小学校2年生の時に書いた日記帳を見つけてびっくりしたんですけど……」と前置きして、岩村さんが読み上げたのはこんな文面だ。

「わたしが大きくなったら、作家になりたい。それも子どもの本だ。わたしはもしこまって(しにたい)と思っている人が、わたしがかいた本を読んで、(やっぱりがんばって生きていこう)と思ったら、わたしがその人のいのちをすくったわけになる。わたしはそういうことがしたい。お金もうけよりもそれの方がいい」

岩村さんにとって、文を綴ることは自己表現の手段であると同時に、世の中へのコミットメントでもあるのだろう。やがて中学生になり、施行されたばかりの男女雇用機会均等法に触れた岩村さんは、憧れの作家・灰谷健次郎さんのように、教員として働きながら作家活動を続けることを目標に、大学の教育学部に進む。

さらに「自作の童話に絵もつけられるようになりたい」という思いと「英語が話せるようになりたい」という思いで一念発起。大学卒業後に英国の国立大学芸術学部へ編入学した。すべては絵本と童話のためと、徹底している。

「気がつけば、ライター」。駆け出し時代から自分の芯を見つけるまで

しかし留学を通して悟ったのは「私はプロの絵描きにはなれない」という現実。物語を書く夢は変わらず胸に秘めつつも、岩村さんは英語力を活かしオックスフォード大学出版局の東京支社に就職。英語教育教材部に所属し、広報物の編集を手がけた中で得た最大の学びは「日本語の書き方」だった。

「当時の上司に、編集者としてものを書くとはどういうことか、一から教えていただきました。今もずっと大切にしているのは、“無色透明な水のような文章を書け”という言葉です。どんな時でもスッと入ってきて、気づいたら最後まで読み終わっていた、というのがいい文章なんだと教わりました」

やがて結婚・出産を経て母になった岩村さんに転機が訪れる。夫とデザイン事務所を創業することになり、2005年に家族で大阪に引っ越したのだ。大阪産業創造館の創業準備オフィスを経て、当時、インキュベーション施設だったメビック扇町に入所。これが縁で、岩村さんはメビック取材チームの一員に加わり、ライターとしてのキャリア第一歩を踏み出すことになる。「インタビュー」という未経験の仕事を現場で学びながら、少しずつ実績を積んでいった30代だった。

「でも7〜8年経って40歳を過ぎる頃から、“なんでも書きます”ではなく、一人のライターとして、次世代にどんな社会を残したいのかを意識して、仕事に向き合いたいと思うようになりました」

啓林館から出版された小学校算数科教科書では、数学的思考をキャリアに活かして活躍する人々のインタビュー記事を執筆。「なぜ算数を勉強しないといけないの?」という子どもたちの問いに、いくつかの道しるべを示そうとした。

そう語る岩村さんにとっての理想は「どんな人の生き方も尊重される社会」。つまり憲法第13条に定められる幸福追求権が実現する社会だ。岩村さんがスライドを交えて紹介してくれた制作事例からは、「教育」「まちづくり」「多様性理解」などのテーマが浮かび上がる。どのテーマを手がけていても、「人の心に深く届く記事」をめざす岩村さんの文章は、先述の上司の教えのとおり、みずみずしく澄んだ印象がある。

いつまでも子どもの内側に灯り続ける幸せな記憶を、絵本とともに

後半のトークテーマは、妻・母としての氏名「なみもとあや」で取り組む童話作家の活動について。岩村さんはエプロン姿になり、自作の童話『てんとうむしくん と かたつむりくん』の朗読を始めた。この作品は2021年に福音館書店の月刊誌「こどものとも年中向き」として出版されたもの。違いを認め合い、共存する喜びをメッセージに込めた作品だ。

朗読をする岩村さん
初めて一冊の本として世に出た自著『てんとうむしくん と かたつむりくん』(福音館書店「こどものとも年中向き」2021年6月号)の朗読をする岩村さん

「私、福音館書店が大好きで、この出版社から自分の作品を出すのが長年の夢だったんです」と岩村さん。幼い日に愛読した数々の絵本の出版元であることに加え、「子どもに平和を語り継ぐ」「子どもに本物の芸術を見せる」という哲学に共鳴していたのがその理由。そんな福音館書店と最初につながりができたのは2007年のこと。同社の月刊誌「母の友」の人気コーナー「読んであげるお話のページ」に、岩村さんの応募作『あくびだま』が掲載されたのだ。それからの10年間でこのコーナーに採用された童話は6篇。童話ではなく、祖母の戦争体験を取材した手記が載ったこともある。これは岩村さんが自ら企画し、編集部に持ち込んで形になったものだ。

その後、絵本出版の登竜門である「こどものとも」編集部ともつながった岩村さん。ついに『てんとうむしくん と かたつむりくん』でチャンスを掴む。そしてこのお話は、劇団風の子という歴史ある劇団によってお芝居になるというサプライズまでもたらした。

二男一女の子育て中も毎晩の読み聞かせは欠かさなかったという岩村さん。物語を楽しむこと。空想の世界に遊ぶこと。それがなぜ子どもの育ちに大切なのか。岩村さんの答えはこうだ。

「子どもは、現実とファンタジーを自由に行き来しながら、不思議で混沌とした世界を本気で楽しんでいますよね。そういう想像力とクリエイティビティに満ちた空想の世界を、家族や先生や大好きな人と共有するのって、子どもにとって何にも代えがたい幸せな時間。そのあたたかい記憶は、いつまでもその人の芯となって、大人になって辛いことやしんどいことがある時も、その人を内側から照らし続けてくれると思うんです」

読み、語らい、手を動かす。急がずゆっくり考える場所を、地域に

最後に岩村さんは現在取り組んでいる新しいライフワークについても語ってくれた。それが2022年10月に、枚方市樟葉に夫婦で立ち上げたまちライブラリー(私設図書室)「とかとか」のこと。築50年の建物の1階部分をリノベーションした空間には、岩村さんの蔵書絵本が並び、誰もが思い思いに過ごせる場所になっている。絵本の読み語りの会や、さまざまな講師を招いてのワークショップ企画などのイベントは、大人も子どもも入り混じってにぎわいを見せる。

「イベントの目的のひとつは地域のつながりをつくること。もうひとつは思考を広げたり手を動かすきっかけを提供することです。今の世の中って、ビジネスにおいても教育や子育てにおいても、とにかくすぐに結果を出したがる傾向があると思いませんか? でも、数値化できないとか、簡単に要約できないところにこそ人間味ってあるんじゃないかと思っていて……。“とかとか”はそういうことを問いかける場所なんです」

「とかとか」で開かれる「音楽と絵本のライブ」では、近所のピアノの先生が岩村さんの朗読に合わせて伴奏をしてくれる。演奏されているのは“ハンマーダルシマー”というピアノの原型のような楽器。

ライターであり、童話作家。そして地域で愛される「“とかとか”のあやさん」としての顔も増えた今、岩村さんは次なる夢を追いかけ始めている。それが絵本専門士という資格取得に向けたチャレンジ。約20倍の競争率という狭き門をくぐり抜け、養成講座に通う切符を手に入れた岩村さん、これからもっと絵本に関する見識を深めたいと意気込む。

空想好きな少女がそのまま大人になったような雰囲気を漂わせる岩村さんだが、「好き」をひたむきに追いかけてきたその芯は強い。社会に対するまなざしも真摯だ。

「誰もが個人として尊重される社会から、今どんどん遠ざかっている気がするんですよね。自分とは違う考えの人を排除する風潮、ここ数年顕著になってきていると思いませんか? そんな社会の流れには私なりにあらがっていきたいし、私はこう思いますとちゃんと言っていかなきゃいけない。すぐに答えを出さなくてもいいから、じっくり考えて自分の意見を持つことが大事だって、子どもたちにもいつも言っています」

岩村さんのあらゆる仕事の根っこにある、「次世代のために何ができるか」という思い。そこからこぼれ落ちる、きらめく水のような言葉が、会場に居合わせた一人ひとりの心に沁みわたっていくのが見えるようだった。

イベント風景

イベント概要

気がつけば、ライター。~しごとと、子育てと、絵本と~
クリエイティブサロン Vol.261 岩村 彩氏

子どものころから「文を書くこと」が好きでした。日記も感想文も、レポートもなんでも。草花や生きものをながめながら空想して、おはなしを書くことも好きでした。大人になり、あれこれ迷いながら生きてきたけれど、気がつけばあのころと同じ、「文を書くこと」がしごとになっていました。
サロンでは、人として、女性として、母として、悩み、とまどい、時にころんで生きてきたこれまでの歩みをたどりながら、編集ライターとして大切にしていること、子育てのはなし、こつこつ続けてきた童話創作のはなし、2022年10月にオープンしたまちライブラリー「とかとか」のはなしなどをお伝えできればと思っています。さいごは絵本の読み聞かせもありますよ。

開催日:

岩村 彩氏(いわむら あや)

株式会社ランデザイン
編集ライター / 童話作家

京都市生まれ。信州大学教育学部教育心理学科卒業。英国ノッティンガムトレント大学芸術学部に留学後、オックスフォード大学出版局日本支社に勤務。2005年よりランデザイン所属。特に教育・福祉分野へのライティングを得意としており、文部科学省認可教科書『未来へひろがる数学』(中学1・2・3年)『わくわく算数6年生』(ともに啓林館)への執筆のほか、大阪市男女共同参画センターの定期刊行物『CREO』、障がい者福祉、高齢者介護など、多様性理解の分野で多くの記事を執筆。2007年より童話作家・なみもとあやとしても活動中。2022年10月、事務所内にまちライブラリー「とかとか」を開設。2男1女の母。

出版歴:
『あくびだま』(福音館書店「母の友」 2007年8月号)
『うちゅう公園』(「母の友」 2009年11月号)
『会いにいかなくちゃ』(「母の友」 2017年11月号)
『てんとうむしくん と かたつむりくん』(福音館書店 こどものとも年中向き2021年6月号)など。

https://www.langdesign.jp/

岩村彩氏

公開:
取材・文:松本幸氏(クイール

*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。