クライアントと気持ちよく仕事をする極意
クリエイティブサロンVol.263 吉川朝吉氏

IT業界一筋に30年余り、大手企業を中心とした業務系システム開発を手がけてきた合同会社朝吉システムズの吉川朝吉さん。数多くの修羅場を乗り越え、“曲者”といわれるクライアントにも対応してきた。その約30年間の仕事人生や、経験から見えてきたクライアントとの付き合い方について語っていただいた。

吉川朝吉氏

持ち前の「思考体力」で乗り切った新人時代

「なんとなく、かっこいいから」と、夢を抱いて飛び込んだIT業界。コンピュータ専門学校を卒業後、就職したシステム開発会社では厳しい現実が待ち受けていた。出向先の日立製作所では、ほぼ放置状態で任された部分のプログラムを膨大な資料をもとに組んでいくスタイル。「上司や先輩は非常に忙しく、分からないことを聞くと『質問をメモに書いて机の上に置いておきなさい。翌朝に回答を書いておくから』と言われていました」と振り返る。

入社2年目で郵政省(現・日本郵政)のATM開発チームに配属されたときのこと。隣の部署の協力会社(以下、B社)が開発した民間金融機関のATMの機能を郵政省でも実装することになり主担当に任命された。

「B社が開発したシステムの内容は、私の上司や先輩に聞いても分かりません。B社に聞いても縄張り意識があるのか、自分たちにメリットがないことは教えてくれないのです。仕方なく一人で資料と格闘しながら進めていきましたが、どうしても分からないところが出てきたのです。意を決してB社のチームリーダーに聞きにいきましたが案の定、教えてもらえず『忙しい、帰れ』と冷たくあしらわれる始末です」

そこで吉川さんは、システム完成後の検査でミスが見つかると、リーダーは責任を追及されることに目を付けたのだ。

「B社が開発中のプログラムをこっそり調べてミスを見つけ、リーダーに伝えると感謝されました。すかさず『代わりというわけではありませんが、分からない点を教えてほしい』と頼み込んだのです」

このような仕事がしづらい状況の中でも、自ら考えて工夫し器用に立ち回っているように見えるが、吉川さん自身は自分の性格を「不器用で頭の回転もよくない」と自己分析する。

「こんな私が新人時代から今まで何とか仕事を続けてこられたのは、“思考体力”があったからです。どんなに優秀な人でも夕方になると頭の回転が鈍りますが、私は頭の回転が鈍い分、長く考え続けることができます。それが私の強みだと思います」

当日のスライド資料
吉川さんは、「特上うなぎの会」をつくり、半年に1回は高級な鰻を食べている。

我慢を続けた仕事人生。リーマンショックで意識を改革。

吉川さんは新人時代を過ごしたシステム開発会社を退職後、数社を経験し、有限会社を設立。半年後までの受注が決まっているほど仕事は順調だったが、リーマンショックですべての仕事がキャンセル。仕事がなく預貯金を取り崩す日々が続き、将来への不安がもとで不眠症になり顔面麻痺を発症したという。

「そんなドン底生活の中で、近所の野良猫を見ていると、今日の食事を食べられるか分からないにも関わらず、のんびりと昼寝をしているのです。翻って自分の人生を振り返ると、クライアントに理不尽なことを言われても、今日のご飯のためと我慢して対応してきたことに気がつきました」としみじみと語る。

理不尽なことを言うクライアントとは、どんな人だったのだろうか。例えば、こんな“曲者”がいたと紹介しはじめた。

  • クライアントのSEの間違いをやんわり指摘したところ、「仕事を干すぞ」と脅された
  • 打ち合わせで実装不要と社長に確認済の機能がないことにクレームをつけ、これではお金は払えないという社長の奥様
  • ある会社の営業部長から納品後に大幅な値引きを強硬に要求され、交渉して赤字ぎりぎりの金額で折り合いをつけた。実は、その営業部長、値引きした金額の半分を俺によこせと社長に要求していた

そんなクライアントに対して、なぜ我慢してきたのかを自問自答すると、「新人時代から、お客様は神様。それが世の中のルールで、対応して当たり前と思っていたんです。しかし人生、一寸先は闇。どうなるか分からない。もう我慢することはやめようと決意しました」と振り返る。

その後、有限会社を休業して個人事業として再スタートする傍ら、通販のシステム開発会社の役員としてECサイト開発や人事採用を担当。約3年間で新卒生500人、中途採用300人を面接し、人を見極める目を磨いてきた。

当日のスライド資料
吉川さんの人生グラフ。仕事の楽しさや、お金は浮き沈みがあるが、満足度は常に100点だという。

クライアントを好きになる、対峙しない、謝らない。

30年以上にわたる仕事を通じて、クライアントと気持ちよく仕事を進める極意が見えてきたという吉川さん。一つ目の極意は、クライアントを好きになることだという。

「まずはオリエンテーションで、仕事はもちろん仕事以外のことまで一生懸命聴きまくります。そして聴いたことを図解や表にして見える化すると、クライアントの考え方や仕事の目的・内容が一目で分かるだけでなく、理解しきれなかったことを確認し、認識のずれを見つけることができます。クライアントも、こんなに丁寧に話を聴いて、見える化までしてくれたと喜び信頼を寄せてくれます。このように時間をかけても魅力を見つけられない、好きになれないと人とは仕事をしないと決めています」

二つめの極意は、クライアントと対峙せず向き合うこと。

「以前は契約終了後に値引きを要望された場合、値引きは難しいと対峙していましたが、まずは安くしてほしいと言われる理由を聴きます。大抵は『ただただ安くしたい』『相場より高い』といった漠然とした理由なので、項目ごとに記載した詳細な見積りを見ながら、『どの機能を削るか、点検していきましょう』と一緒に確認していきます。しかし、ほとんどは残さないと不便になってしまうので、結果的に見積り通りの金額に落ち着きます。また、値引きを要求されるのは事前の説明が足りないこともあります。見積り段階や追加・変更時に詳細な見積りを提出し説明することが大切ですね」

三つ目の極意は、すぐに謝らないこと。

「納品したシステムに不具合があったときは、すぐ謝ってしまいがちですが、私は謝りません。でも、目の前のお客様は怒っているので、まずは『大変ご迷惑をおかけしております』と言って会釈します。こちらは謝っている意識はありませんが、お客様は謝られている気分になってくれます。また、どんなに怒っている人でも1時間ぐらい話をすると、さすがに疲れてくるので頃合いを見計い『時を戻すことはできません。これから、どうしていきましょうか』と、“魔法の言葉”をかけると冷静になって対処法を一緒に考えてくれます。これがクレームに対して、心が折れない処方箋です」

「関西クリエイターズコミュ」ウェブサイトキャプチャ
吉川さんは、Facebookでクリエーターズコミュや、関西DXコミュニティなどを運営。

このようにシステム開発の仕事で多くの人と出会い、人事採用活動で若い人と接し世界を広げてきた吉川さん。特に若い人には両親や兄弟、会社の同僚、趣味や考え方が同じ友だちだけではなく、世代や価値観のちがう人と会って話をして、視野を広げてほしいと訴える。

そういう吉川さん自身も、これまで自分とは関係ないと思い込んでいた分野の人と関わり、仕事の幅を広げている。その一つがデザイナーとのコラボだ。「WordPressのカスタマイズなど、デザイナーさんが不得意なシステム構築を私がフォローしています。デザイナーさんは発想や行動が面白く、仕事をしていて楽しいですね」。仕事のパートナー選びも『好きになる』を基準に選んでいるようで、この日のサロンにも多くのデザイナーが集まっていた。今後のメビックを通したデザイナーとのコラボに期待したいところだ。

イベント風景

イベント概要

不器用で取り柄がない人でも仕事を楽しむことができるよ!というお話
クリエイティブサロン Vol.263 吉川朝吉氏

勤めていた会社が倒産した時に、自分の人生の舵取りを自分でできるように、自分の力で稼げるようになりたいと考えました。理念がないままに受け身で仕事をしていくなかで、度を越した値引きを強要されたり、難癖を付けられたり、脅されたりと散々な目に遭いました。半年先まで詰まっていた案件の予定が全て中止や延期になった時に、どうせ一生働き続けるのだから我慢し続けるような働き方はしたくないと思い、ヤケクソで我慢することを止めました。今回は、20年にわたって「お客様のご要望を満たす」と「我慢しない」という相反するものを両立させるために行ってきた試行錯誤についてお話しします。仕事を楽しむためのキッカケにしてもらえたら嬉しいです。

開催日:

吉川朝吉氏(よしかわ あさきち)

合同会社朝吉システムズ 代表社員

1969年、大阪泉州で4人兄弟の末っ子として生まれ育ちました。英語と数学が苦手で欠点以外とったことがないような落ちこぼれでしたが、「カッコイイ、儲かりそう」という浅はかな考えでIT業界に飛び込みました。2004年に有限会社を設立したものの振るわず2011年休業、個人事業主として再出発し業務系システム開発の傍らWordPressテーマ制作やプラグイン開発に取り組みました。2019年に通販システム開発会社からオファーを受けてEC制作 / ウェブ制作 / システム開発の受託開発事業責任者として参画、2023年4月に辞職し、個人事業を法人成りし合同会社を設立。今後は仕事を楽しめる環境作りをしていきたいと考えています。

https://www.asa-systems.com/

吉川朝吉氏

公開:
取材・文:大橋一心氏(一心事務所)

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