プロダクトデザイナーからデザイン経営の伴走者へ
クリエイティブサロン Vol.270 岩田浩司氏

生活用品から家具や雑貨まで幅広いジャンルのプロダクトデザイン、さらには商品のブランディングや販売に至るまでのツール制作など、クライアントの要望に合わせた方法でデザイン課題を解決するadoria company(アドリアカンパニー)。代表の岩田浩司氏はインハウスデザイナーを経て、2004年にプロダクトデザイン事務所 / アドリアカンパニーを設立して現在に至る。今回のサロンでは、これまでの足跡に加えて今後の展開、趣味の農業がもたらした価値観の変化などについて語った。

岩田浩司氏

イームズ夫妻に憧れて「好きなことを仕事にしたい」

「子どもの頃に憧れたのはイームズ夫妻です」と語る岩田氏。特に夫妻が1977年に発表した映像作品『POWERS OF TEN』は特に印象に残っているそう。

「この作品は、ピクニックを楽しむカップルを映していたカメラが上空へあがっていき、宇宙の果てまで上昇します。そして再び下降して地球へ戻り、今度は人間の細胞の中まで入っていく。映像を観たのは子どもの頃でしたが、今も映像を観た時に受けた衝撃を記憶しています。この映像が今の道に進む出発点になったと言えます」

さらにイームズ夫妻に憧れる岩田氏は、新卒時からデザインに関わる仕事に就くことで、少しでも早くイームズ夫妻のように「好きなことを仕事にしたい」と考えた。

会社や自分が成長するにつれ、独立心も増していく日々

新卒時は美容器具メーカーに就職し、プロダクトデザイナーとしてのキャリアをスタート。美容器具のプロダクトデザインに加え、客先の美容室やエステサロンのインテリアデザインを担当し、デザイン技術や素材の知識などを学んだ。

そして「会社の色に染まってしまわないうちに前に進みたい」と、大学の先生に紹介してもらった建築設計事務所に転職。ワンルームマンションや小規模な店舗付き住宅、店舗などのデザインを担当した。建築業界未経験で入社したものの、この会社での経験が、のちの二級建築士の資格取得につながった。

続いて、競馬場やコンサートホール、空港などの椅子や家具などをデザインする公共施設家具メーカーに転職。この会社では、樹脂成形や鈑金、木加工、ガラスやウレタンなどを使ったエンジニアリングデザインを学ぶとともに、営業の仕事も経験した。

「当時、営業の仕事はあまり気が進みませんでした。しかし、この時の経験が独立後の営業活動や人前で話す時に役立っています。そう考えると、会社員として働いていた時のすべての経験が独立してから役に立っていますね」

そして最後の転職となる4社目は、コントラクト(営業用)家具メーカーへ。当時はまだ洗練されたデザインの家具は少なかったが、「ミラノサローネに出展できるようなデザインの家具をめざす」という会社トップの想いを具現化すべく、家具の設計デザインに取り組んだ。発表する家具は徐々に洗練されてヒット家具も誕生。また、1年に1度のカタログ制作にも関わり、カメラマンやデザイナー、印刷会社との折衝も経験するなど、ものづくりの幅広い領域を経験した。

「会社の成長をリアルに実感し、充実した仕事環境でした。ただ、会社が成長するにつれて自分の中の独立心も大きくなっていきました。最終的には会社に正直に申し出て、独立を許可していただきました」

ピゥ・モッソ ソファー
“より速く”をイメージコンセプトにしたスタイリッシュなソファ「Piu mosso」。曲線要素や部品要素をできる限り排除し、コンテンポラリーなデザインに仕上げた。

「信頼」がクライアントを増やすカギになる

独立にあたり、これまでの工業製品、グラフィック、インテリア、建築、それぞれのデザイン経験をつなぎ合わせる「ライフスタイル・ワークスタイルデザイン」というコンセプトを立てた。そして2004年に家具のデザイン事務所としてアドリアカンパニーを設立。最初は自社のリビング家具ブランド「adoria(アドリア)」で、幅を1cm刻みでオーダーできるソファのインターネット通販を開始した。

「ソファのネット販売に取り組むうちに企業からの相談も舞い込むようになり、プロダクトデザインを含めたBtoBの仕事が増えていきました。そこでソファの販売で蓄積したお客様の要望やトレンドが役立ちました」

だが、メインの家具職人が加齢による引退を決めたため、約10年でオーダーソファの販売は幕を下ろすことに。しかし、タイミング良く堺の地場産業でもある敷物職人と出会い、商材をソファからカーペットやラグに変更し、現在もインターネット販売サイトは継続中だ。

自らの経験から、クライアント企業を増やすカギは「信頼」にある、と岩田氏。

「経験の積み重ねが信頼を生みます。そして信頼があれば、経験に基づいた助言も説得力を増します。これは当然のことですが、信頼を積み重ねるには時間が掛かります」

adoriaオンラインショップ。ラグ・カーペットを柄・形状・サイズオーダーができる。

後輩に自らの経験や知識を伝えていきたい

現在のクライアントの多くは小規模事業者や中小企業のため、売れる商品を作るには商品そのものだけではなく周辺の販促ツールやプロモーションを含め、トータルに関わる必要が出てくる。その結果、岩田氏自身のビジネスも「デザインする」ことから「クライアントのデザイン経営の課題を解決する」ことに進化していった。

「私自身がデザイナーと統一監修するデザインディレクターを兼務し、事業全体のバランス調整を行う『デザインのかかりつけ医』の役割を担うことで、中小企業にも『デザイン経営』を提供できています」

今後は、自分の知識や経験を誰かに伝えることで、企業や地域、国のデザインレベル底上げに貢献したいと考えている。

「デザイン部門の経営相談員として活動したり、大学で教鞭を執ることなどを通じて、より多くの人に自分が持つ知識や経験、DNAを伝えたい。それが今後の目標です」

収穫した小玉スイカと岩田氏
週末農業では小玉スイカにもチャレンジ。

この想いに至る大きなきっかけが、10年ほど前から始めた週末農業だ。

「肥料袋のパッケージデザインを担当したのがきっかけです。最初は、仕事の延長線上でしたが、始めたらすっかりハマってしまって(笑)」

土や自然と向き合う中で価値観も大きく変化したという。

「環境が変化しても継続的に野菜を収穫する手法を確立するのはとても難しいんです。デザインも同じで、継続性が大事。環境が変化しても継続できる手法の確立こそが、デザイン力の底上げにつながります。また、農業は手間をかけた分だけ美味しいものが手に入りますが、そこもデザイン経営の仕事と同じだと思っています」

イベント風景

イベント概要

プロダクトデザインとデザイン経営
クリエイティブサロン Vol.270 岩田浩司氏

20年目を迎えた“プロダクトデザイン事務所 / アドリアカンパニー”。

それまでプロダクト、インテリア、グラフィックと経験を積んで独立した岩田浩司が、デザイン事務所を「続けるヒケツ」と「失敗から学んだエピソード」をやんわり初トークいたします。

デザインワークとしてはプロダクトデザインはもちろんのこと、依頼主の会社や団体の、ユーザー視点からのメリットを第一優先として、商品単体ではなく、全体の統一感を武器にブランディングまで手掛けることがあります。これらの経緯や、自分の感じた役割についてもお伝えいたします。

また、10年前から始めた週末農業は、結果仕事にも良い影響があり、人生観さえ変わったことはぜひお伝えしたい内容の一つです。

開催日:

岩田浩司氏(いわた ひろし)

adoria company(アドリアカンパニー)
プロダクトデザイナー / ブランドディレクター

インハウスにて工業デザイン、空間デザイン、建築デザイン、カタログディレクションの経験を経て、2004年にプロダクトデザイン事務所/アドリアカンパニーを設立。生活用品や家具、雑貨などの広いジャンルのデザイン、それら商品のブランディング、販売に至るまでのデザインツールなど、ご依頼者に合わせた方法でデザイン課題を解決している。丙午の大阪生まれ。家庭菜園で野菜を栽培することがライフワーク。

https://www.adoria.biz/

岩田浩司氏

公開:
取材・文:中直照氏(株式会社ショートカプチーノ

*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。