メビック発のコラボレーション事例の紹介

新たなサプライチェーンを構築しパスポートセンターを木質化
公共の空間を大阪府内産の木材でリニューアル

大阪府パスポートセンター
撮影:髙橋菜生氏

メビックの企業訪問でつながりチームでプロポーザルに挑戦

混雑状況によっては、長時間待つこともあるパスポートの申請手続き。特に大阪府パスポートセンターは自然光の入りづらい地下にあり、黒川紀章による丸みを帯びた意匠や無機質さを特徴とする反面、うるおいのなさが感じられた面も。そんな同施設が2023年、大阪府内産木材を使って木質化されたことで、あたかも光と風があふれる庭で過ごしているような心地よい空間へとリニューアル。プロポーザルにて最優秀提案事業者に選定されたのは、メビックを通してつながり、結成された共同企業体「WAKKA」だった。

プロジェクトのまとめ役となったのは、丸紅木材株式会社の吉水恭司さん。2020年にメビックが同社への企業訪問を開催したところ、20~30名のクリエイターが参加し、そのなかに今回設計デザインを担当した建築家の池田久司さんがいたという。同世代という気安さもあり、吉水さんが所用で茨木市を訪れた際に、池田さんの事務所を訪ねるなどして親交を深めた。

製材所
池田さんとバンバさんは、木材の産地・千早赤阪村を視察。切り出された原木が製材される様子。

池田さんが学生時代の友人で同じく建築家のバンバタカユキさんにも声をかけ、まずは2021年に三者で「大阪府内産木材利用促進モデル整備等業務」プロポーザルの第一回目、「大阪府咲洲庁舎フェスパ」「大阪府立中央図書館カフェ・展示スペース」の事業者募集に挑戦する。しかし、このときは残念ながら最優秀提案事業者には選ばれなかった。

そして翌2022年、「大阪府パスポートセンター」のプロポーザルに再挑戦。今回はサプライチェーンの構築を強化しようと、吉水さんが株式会社千早銘木の南本智子さんに声をかけ協業することに。同社は大阪府で唯一の村である千早赤阪村で、山元として林業を営み大阪府産の良質な木材を供給している。再チャレンジでは「WAKKA」というチーム名を考案し、ロゴも作成して、共同企業体としてスムーズな連携ができることをアピールした。WAKKAという名称は木の年輪から発想し、チームの輪で価値を生み出すことや、森林から木材が生まれ、加工されて消費者にわたり、それがまたリサイクルされる循環の輪というイメージも重ね合わせたという。

ベンチ
合板ではなく杉材を圧密加工しているため、木目の出方もそれぞれ個性的なベンチ。利用者は待ち時間に木の感触を感じられる。(撮影:髙橋菜生氏)

名建築への敬意を表しつつ現代の技術を随所に取り入れて

今回クリアすべき課題のひとつは、黒川紀章がデザインした元の意匠を損なうことなく、調和させながら木質化するということだった。また、利用形態の変化に応じて、椅子の移動が容易で、動線の変更がスムーズにできることも条件のひとつ。さらに、地元で良質な木材が産出されていることは大阪府民にもあまり知られておらず、認知度を高め、親しんでもらいたいという目的も。

そこでWAKKAは、都会でも癒しを感じられる「木の庭」をイメージした空間づくりを提案。申請カウンターの幕板部分には、大阪府内産の檜、杉、欅など多彩な木材を貼ることで、「木の博覧会」のような趣向に。また、12角形の記載台は個性的な形状を生かしながら木質化し、手元を照らす照明器具も木の輪にLEDを仕込んだものに変更した。

ハスの葉をイメージした大中小のベンチの素材には移動させやすく、リーズナブルな杉を使用。合板と違って原木を圧密加工しているため、木目がそれぞれ異なり、一つひとつが個性的な表情に。デザインには昭和の名建築家にリスペクトを示しつつ、現代ならでの技術を取り入れていったという。

「針葉樹である杉は他の木材と比較すると脆く傷がつきやすいため、何トンもの圧力と熱を加える事で強度と耐久性を高めています。岐阜の業者さんによる特殊な技術で、運搬や加工の手間はかかるものの、大量生産が可能で利点が大きいんですね」(吉水さん)

また、細い木を縦格子状に組んだ縁側のようなデザインや、座面のカーブなどにも細やかな工夫が施されている。

「できるだけゆったり座っていただきたいという想いから、座面のカーブは、名作とされる椅子や人間工学に基づいた根拠からR1000として設計。現場の職人さんたちと、実際に座ってみた感覚を確かめながら、細かな調整を重ねました。完成するまでの苦労はありましたが、再現すること自体は難しくないので、多様な施設で使っていただけるのではと思っています」(バンバさん)

「木材を使っていただかないと山の整備もできないですし、樹齢が60年を超えるとCO2を吸わなくなってきますので、緑があっても元気がなくなっていきます。仲間に入れていただいたことには、感謝しかないですね」(南本さん)

【左】リニューアル前の同施設。黒川紀章設計による丸柱、12角形の記載台など、特徴的な意匠を生かしつつ木質化することが課題に。【右】12角形の記載台は木質化しただけでなく、照明器具も新たにリング状のものに変更、LEDライトで環境や目にもやさしくなった。(撮影:髙橋菜生氏)

省施工でスピーディ
木質化の理想的モデルケースに

さらに、もうひとつの重要な課題は、今後、大阪府内の市町村や民間企業にも木材利用を広げていくため、類似施設で同様の施工ができること。すなわちモデルケースとなる、汎用性の高い提案である必要があった。そのため、徹底した省施工化をめざし、マグネットパネル式のモジュールを作成し、現場で貼り付ける工事にすることでスピーディに木質化できるよう工夫。

また、パスポートセンターの業務に支障をきたさないよう、現場作業を最小限にする必要も。結果、土曜日の9時から15時までの作業で、なんと10日間(約60時間)という早技で施工が完了。もちろん、現場外での作業時間は含まれていないのだが、工事の期間中、仮の場所に移動したり、休業しなくてよいというのは施設側にとって大きな利点といえる。

作業風景
幕板やサインは実際に使う木材を紙に印刷したものを用意し、事前に色味や幅を検討。

「幕板やサインは、実際に使う木材を紙にプリントしたものを用意し、木材の色味や幅が実際にどう見えるのかを現地でテープで貼って確認しつつ決定しました。事前に納得がいくまで検討しているので、確信を持ってスピーディに進めていけましたね。什器や椅子もひとつひとつを運べる大きさにして、つくったものを持って行く、という形にして現場での作業を極力減らすよう配慮しました。椅子の職人さんたちが、自分ごととして、熱意を持って取り組んでくださったのも嬉しかったですね」(池田さん)

「雰囲気がかなり明るくなりましたので、以前の空間から考えると、利用者には快適にお過ごしいただけていると感じます。カウンターなど木材を面で使用して木の質感や存在感を際立たせているところや、元の空間と調和するよう、椅子や什器も丸みのあるものを多くデザインしていただいているところも好印象でした」(柴崎さん・西岡さん)

今後も公共の空間をはじめとする多様な施設を、木が内包するポテンシャルで心地よく過ごしやすいものにすることをめざし、活動していくというWAKKA。こうして、メビックでつながった縁が、WAKKAという四者をつなぐ小さな輪となり、さらにパスポートセンターの木質化という大きく美しい輪となって結実した。彼らが生み出した特徴的なカウンターやベンチは、大阪府下の豊かな森林の象徴として、今後も多くの施設を変えていくに違いない。

集合写真
左より、柴崎高宏氏、西岡悠馬氏、吉水恭司氏、南本智子氏、バンバタカユキ氏、池田久司氏

大阪府環境農林水産部 みどり推進室森づくり課 森林支援グループ

課長補佐
柴崎高宏氏

技師
西岡悠馬氏

https://www.pref.osaka.lg.jp/midori/
https://www.pref.osaka.lg.jp/midorikikaku/shinrinkankyozei/r4model.html

丸紅木材株式会社

営業部課長
吉水恭司氏

https://www.marubenilumber.co.jp/

池田久司建築設計事務所

代表 / 一級建築士
池田久司氏

https://ikd-a.com/

takayuki.bamba+associates

代表
バンバタカユキ氏

https://takayukibambaaa.wixsite.com/home

株式会社千早銘木

代表取締役
南本智子氏

http://chihaya-meimoku.com/

公開:2023年6月5日(月)
取材・文:野崎泉氏(underson

*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。