メビック発のコラボレーション事例の紹介

壁紙から描く軽やかな未来。100年の、その先へ
打ち合わせ&実験室の壁紙デザインと改修

分析・実験室の壁紙
打合せ室の壁紙は、爽やかな青色のベースに機械のシルエットを配置。

新事業のための事務所改修
オリジナル壁紙でPRの空間に

大阪市大正区に拠点を構える太洋マシナリー株式会社。金属加工の一種である「鋳造」用の産業機械を主に手がけるメーカーで、一般消費者には見えない縁の下の力持ち企業だ。「2021年5月に事業再構築補助金を申請。新しいビジネスをはじめる計画も動き出していました」と語るのは、同社社長の渡辺兼三さん。翌2022年4月は創業95周年を迎える節目でもあり、新たな展開をめざしていた。

新事業の立ち上げと同時に、泉尾工場の事務所を改装する話も持ち上がる。「元々、この泉尾工場は鋼材屋から引継いだ建物。元からあった事務所の2階を改装して、お客様と打合せをしていましたが、複数組となると話が漏れる心配もある。そこで、新事業用に未改装だった1階を打合せ室と分析・実験室へ改装することにしたんです」

その工事を依頼されたのが、大阪市生野区で地元企業の工場や事務所の建築を多く手掛ける荻田建築事務所。「渡辺さんとは、大阪産業創造館の若手経営者・後継者の育成プログラム『なにわあきんど塾』の先輩後輩。その繋がりで数年前に2階の改修をやらせてもらいました」と、代表の荻田晃久さん。改装プランを練るなかで、壁紙をオリジナルでデザインするアイデアが挙がった。というのも、本社の設計室を改修する際、白い壁紙で全面を貼るのではなく、一面だけ茶色の壁紙にすることで、設計室の印象ががらりと変化。イマドキで、社員が少し働きやすい空間へ変化した経験があったからだ。

壁紙をデザインしてくれるデザイナーが必要になった渡辺さんは、8月25日、クリエイターがスキルやサービスを発表するメビックの「クリエイティブシーズ発表会」へ。「産創館のメールマガジンで見かけて、行ってみようかなと(笑)」と、軽い気持ちだったが、そこでTURBO DESIGNの多田卓也さんのプレゼンを目にする。「パターン柄のデザインが得意。パターン柄を活用した商品化やブランディングを提案していました」と言い、活用事例として過去に手掛けたオリジナル壁紙のデザインを紹介していた。

それを見て「こんなのあるんや!」と驚いた渡辺さん。後日、多田さんにコンタクト。「機械のシルエットを取り入れた壁紙で、お客様へPRできる部屋にしたいと相談しました」。コラボレーションが動き出す。

改修前の事務所
改修前の事務所1階は、渡辺さん曰く「入りたくない部屋(笑)」。元の鋼材屋が従業員詰所として使っていたままの状態だった

全社員の意見をフィードバック
つながれたクリエイティブのバトン

9月27日。工場見学と現地視察を兼ねて初打ち合わせ。この席からプロジェクトに参加したのが、太洋マシナリーで機械設計に携わる井上晃利さん。「新事業と創業95周年の記念事業として壁紙のデザインにも取組んでみると聞き、打ち合わせに同席しました」。井上さんは、前述した設計室の改装の壁紙プランを提案した張本人でもある。

「大きな機械ばかりですごい迫力! 男心がくすぐられました」と、工場を見た感想を振り返る多田さん。現地で多くのインスピレーションを得て、早速デザインの検討へ。約一ヶ月半後の11月10日、オンライン会議にて壁紙案を提案した。「要望いただいた機械シルエット案の他に、太洋マシナリーのブランド名である『OMCO』のロゴを使った案、現地が海から近いので波を取り入れた案の3プランを提案しました」。企画書には部屋に壁紙を貼ったイメージパースも加えられ、完成時の様子を分かりやすく伝える工夫も盛り込んだ。

提案を見た渡辺さんは「斬新にいったね~! 多田さんのアイデアはこうなんだ」と、自分たちにはない発想に感嘆。井上さんも「もうこれで良いんじゃないかと、しっくりきました」と語る。プランは社内で検討後、意見をフィードバック。翌2022年1月、多田さんはカラー展開やデザインを調整したプランを再提案。今度は全社員による最終投票を行った結果、3つの中から機械シルエットのプランが採用されることになった。

壁紙のデザインは確定。クリエイティブのバトンは荻田建築事務所へ。同社のインテリアコーディネーターでもある荻田直美さんが内装を担当した。「デザインを見た時、あんなに大きな機械がスタイリッシュな壁紙に変わるって驚き! 壁紙を邪魔しない空間づくりを心掛けました」。床には濃いグレーの床材を採用。壁紙との相性だけではなく、仕事の性質上、鉄や土が室内に入りやすいため、汚れが目立ちにくいものを選んだ。実験室の壁には3つの窓が並んでいたが、真ん中の窓を撤去。これも壁面を大きくして壁紙をより良く見せる工夫だ。

工事が完了し、各種備品を搬入し終えたのが8月6日。足かけ1年がかりの改装プロジェクトが完成した。

改装後の設計室
分析・実験室は、同デザインで落ち着いた茶色をベースに。

「逸脱」することで変化を見据えるのは未来のイメージ

「営業スタッフはこの部屋で打合せしたがっています。お客様からも『壁紙がすごいね』や『この機械はうちにある』などの声をもらっていて、話しのネタになっています」と井上さん。自社の機械をPRできる部屋にしたい狙いは、十二分に達成できたようだ。

「私たちの機械は機能面を重視していて、デザイン性は低い。今回の件で勉強になりました。全社員の意見を聞いてデザインを選ぶ試みも初めてだったので、社員も新鮮だったはずです」と井上さん。「普段の仕事では、一般的な工場や事務所を作る範疇をなかなか抜け出せない。デザイナーが入るとこんなやり方があるんだと刺激になりました」と荻田晃久さん。多田さんも「みなさんの刺激になって良かったです。僕自身もおもしろい試みに挑めました」と振り返る。

創業95周年のプレゼント
クリアファイルは、たくさんの機械のシルエットの上に95周年の記念ロゴ。夏用ポロシャツは袖口にロゴをあしらった。

実は今回のプロジェクト、さまざまなものに派生している。壁紙デザインと並行して、創業95周年のプレゼントとして多田さんが記念ロゴを自主提案。そこから話が盛り上がり、2022年5月の展示会用にクリアファイル、記念ロゴをプリントした夏用ポロシャツを制作した。次なるプロジェクトも進行中で、本社のトイレ改装で採用できなかった波パターンを使う予定だとか。「やるのは簡単なんです。頼めばいいだけなので。ただ、どうやって自分たちを巻き込んでもらえるかが重要。自ら積極的に動くとおもしろくなる」と渡辺さん。内側から少しずつクリエイティブな化学反応が起こり出している。

5年後に創業100周年を控え、本社の建て替えも予定する太洋マシナリー。「デザインが経営にどう役立つのか興味がありました。今回でクリエイティブの力に触れられたのは大きな転機。今後、会社をより良く継続させていくためには、ブランディングの必要性もあるのかなと。今回のメンバーの力を借りて、鉄工所が持つ“ねずみ色”のイメージを変えていければ」。縁の下の力持ち企業ゆえに消費者からは見えず、重厚長大な製品につられて企業イメージも重く捉えられがち。そのイメージを変えるには、従来と違うことをするしかない。それすなわち「逸脱」であり、クリエイティブの真価はポジティブな逸脱。軽やかに弾む未来へのイメージは、もう、描かれ始めている。

集合写真
左より、井上晃利氏、渡辺兼三氏、多田卓也氏、荻田晃久氏、荻田直美氏

株式会社荻田建築事務所

代表取締役 / 一級建築士
荻田晃久氏

一級建築士 / インテリアコーディネーター
荻田直美氏

https://o-ken-design.co.jp/

太洋マシナリー株式会社

代表取締役
渡辺兼三氏

技術企画グループ 部長
井上晃利氏

http://omco-taiyo.co.jp/

TURBO DESIGN

デザイナー / ディレクター / パターンデザイナー
多田卓也氏

https://turbopd.com/

公開:2023年5月22日(月)
取材・文:眞田健吾氏(STUDIO amu

*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。