未来に生きる子どもたちのために、ビジネスに「社会性」の実現を
クリエイティブサロン Vol.119 神崎英徳氏

「広報活動」と「社会性」。この二つの言葉に橋を架ける。それは「誰もが安心して暮らせる世の中をつくるため」。株式会社PRリンク代表・神崎英徳氏が会社を設立して以来、一貫して持ち続けてきた信念だ。

「広報とはPublic(公共) Relations(関係)と言われるように、企業や団体が社会とよい関係を築き、それを持続することです。社会と対話することによって価値を高め、結果として世の中の信頼を得ていくことだと考えています」と語る神崎氏。社内では来たる創業10周年に向け、多くの事業が同時進行している。一方で、勤務時間を16:30までと定め、子育て中・介護中などであっても働き続けやすい職場環境づくりにも取り組む。

今回のクリエイティブサロンではそんな神崎氏に、現在にいたるまでの道のりと、これからの展望を熱く語っていただいた。

神崎英徳氏

「伝えること」が仕事になるまでの道のり

「文章を書くことを仕事にしたい」。そう思い始めたのは高校生の頃。好きな女の子にラブレターを書いて文章力を磨き、夏休みの宿題には読書感想文の代わりに短編小説を書いた。

「ラブレターって実は奥が深いんです。相手の性格や好みに合わせて文章のタッチや内容を考えなければ、自分の想いは伝わりません。広報の世界では“プレスリリースはラブレター”という言い方をすることがありますが、メディアの持つさまざまな要素に合わせて、内容や切り口を考えなければ取り上げてもらえない。たしかに似ていますね」。

大学時代にはエッセイやコラム、論文などのコンテストを見つけては応募し、さらに文章力を磨いた。身近な話題から時事問題まで、どんなテーマでも書いた。その頃から、将来は文章力を生かして新聞記者や企業の広報職に就きたいと考えるようになったという。卒業後は住宅設備メーカーに就職。広報職を希望したが、配属されたのは営業部だった。

「入社してしばらくした頃に、阪神大震災がありました。被災した住宅の設備修理や建て替えのために、普段の何倍もの仕事をこなしました。今考えるとハードな毎日でしたが、この経験は独立した今も活きていると思います」

6年間の営業職を経た後、ようやく希望が通り念願の広報室に異動。社内報の編集長を務めた。社内のさまざまな部署の社員と横断的に人間関係を築き、地道に努力している人を見つけて取材をする。過去に社内で起きたできごとを掘り起こし問題提起する。独自の視点で取材・編集された社内報は、社員の間でも共感度が高かったという。さらに業界紙・雑誌・テレビ番組などのメディアを担当。各社の担当者を定期的に訪問し、顔の見える関係を築いた。

「情報のやりとりだけではなく、顔を合わせて話をすることでよい関係が持続します。当時、広報担当者がメディアを定期的に訪問することは珍しかったと思うのですが、これは営業職を経験したからこそできたことだと思います」

パーティー会場の神崎氏
2008年 創業パーティー

突然のできごと、そして起業への決意

広報室としての仕事は多忙を極めながらも充実した日々。しかしこの頃、神崎氏の人生を変える大きなできごとが起こった。最愛の娘が二歳で急逝。その12日後に次女が産まれた。新たな命の誕生と急な別れ。現実を受け止めることができず、生きる意味、働く意味を自らに問い直した。

「いろいろな想いが交錯しました。けれど悩み考え抜いたあげく、自分がすべきこと、できることは、今を生きる子どもたちが安心して暮らせる世の中をつくることだという考えにたどり着いたのです。微力ながらも一人の人間として、よりよい社会を目ざして努力することだと。私が今でも“社会性”という言葉にこだわる原点はそこなのです」。

2005年に三女が誕生。さらに想いは強くなり、2008年、その理念を胸に退職。株式会社PRリンクを設立した。

「社会性のある企業からの質の高い情報をメディアに届けると、周囲の意識も変化していく。そんな企業が少しでも増えれば、世の中がよくなっていくだろう。これは今でも広報に対する私の基本的な考え方です」と語る神崎氏。

しかし会社の経営は苦戦を強いられた。理念にこだわるがゆえに顧客を選んでしまう。ついボランティア案件を引き受けてしまう。子どもたちのために独立したのに、娘たちとの時間をとることが難しいという矛盾。それでも学生の長期インターンを受け入れるなど、次世代育成のための努力は惜しまなかった。それは現在でも会社の取り組みの一つとして、形を変えながら続いているという。

創業3年目頃から、業務はプレスリリースを書くだけでなく、そのことによって見えてくる企業のあり方や社会的価値を問い直す“広報という手法を使ったコンサルティング”に少しずつ変化していった。

「メディアは企業の宣伝をするために記事を書くのではなく、読者の知りたい情報を伝えるために記事にするのです。商品やサービスの新規性、独自性、トレンドや季節性、さらに社会性などの要素を加味し、記事にするかどうかを見極めます。発信側の企業は、それらの要素が商品やサービスに内包されているのかを考えなければなりません。それは企業の理念や方向性を問い直すことにつながってくるのです」

さらに自社メディアの立ち上げ、在京ニュースサイトの関西支局の立ち上げなど、「自分たちが伝えたいと思う情報を発信するしくみ」を生み出すことにも挑んだ。

「中小企業の中には、素晴らしい理念をもって活動をしている企業がたくさんあります。しかしその情報をいくら発信しても、社会への影響力が小さいという理由で、なかなかメディアに取り上げてもらえない。それならば自分たちがメディアになって伝えようという考えです」

スタッフ集合写真
事務所ビル前で初めてのインターン生と

ビジネスに“社会性”を追究する取り組み

現在までPRリンクは「そだてる・つながる・つたえる」をキーワードに、活動の幅を広げてきた。ビジネス手法で社会問題に取り組む有志のコミュニティや組織の主催やサポート、関西から発信する震災復興支援など、活動はどれも培ってきた広報の手法を生かしながら、ビジネスに社会性を追究するという一貫性を持つ。そんな中、学生の長期インターン受け入れから始まった『学生通信社』が、2012年「地域仕事づくりチャレンジ大賞」の関西代表に入選。信念が一つの実を結んだ。

「学生通信社は学生の自主運営によって成り立つ組織で、主に関西の企業を取材し、記事を制作します。取材から記事制作を経てメディアに掲載されるまでの作業には、社会で働くために必要な多くの要素が入っています。それを経験することで働くことの楽しさや厳しさを実感してほしい。また、そこで懸命に働く人々を目のあたりにすることで、人生の目標となる人を見つけてほしい、人生の選択肢を広げてほしいというのも願いです」

学生が執筆した記事はビジネス紙の学生記者コーナーに、定期的に掲載されているという。

また2014年より力を入れて取り組んでいるのが『ミライ企業図鑑』の活動だ。知名度や規模だけではない、事業や取り組みに「ミライを創造する力」がある中小企業を「ミライ企業」と位置づけ、冊子やウェブサイトで紹介。「共通の価値観を持った経営者」と「若者たち」が属するプラットフォームのような存在だという。

「“ミライ企業”という魅力的な中小企業がゆるやかなグループをつくることで、企業のブランド価値や発信力が高まり、そこに人が集まるという考えです。学生の働くことへの価値観を変え、中小企業に志の高い学生を送りたい。この活動は今後さらに発展させていきたいと考えています」

陽のあたりにくい場所に陽をあてる。そこに本質を見出す。それは、社内報編集長時代から神崎氏が貫いてきた「伝えること」への姿勢だ。

パーティー集合写真
創業5周年パーティー

まずは身近な人たちを幸せにすることからはじめたい

「PRリンクはソーシャルな会社」という認識が、顧客の間にも広がってきたと語る神崎氏。現在の従業員は、全員が子育て中の女性。「子育て中だからできない」のではなく、「子育て中だからわかる・できる」ことを強みにしたい。だからこそ依頼される案件を増やしたい。そんな想いで、定時にはきちんと退社ができ、子どもの突発的なできごとや学校行事などの際には、遠慮なく休むことができる風土を社内に育ててきた。普段から社員は家族ぐるみのつきあいをしているという。

「みんなが安心して働ける会社であるために、働くことをもっと柔軟に捉え、子育てや介護、趣味などと両立しながら、その時々にちょうどいい働き方ができる会社でありたいと考えています。誰もが安心して暮らせる世の中をつくることは、まず身近な人たちを大切に幸せにすることから始まると思うのです」

神崎氏がこだわりつづける「社会性」。それは誰もが不安で先の見えない世の中に、小さく灯る明かりのようなものだ。小さくても、そんな明かりを灯す企業や団体が増えてほしい。その明かりはやがて大きく育ち、行く道を明るく照らすはず。そんな神崎氏の信念に基づいた取り組みは、まさに未来に生きる若者たちや子どもたちへの「ラブレター」なのだ。

会場風景

イベント概要

なぜ社会性? 社会性で会社は本当に成長するの?
クリエイティブサロン Vol.119 神崎英徳氏

「PRリンクは何をやっている会社?」「どうやって儲けているの?」などの質問をよく受けます。広報、キャリア教育、メディア、CSR、子育てとの両立。一見、PRリンクのやってることはバラバラで、どれも儲からなさそうに思います。でも実は、やっている活動は一つのストーリーになっていて、創業から10年後の2018年には、めざしていた会社にかなり近づけそうです。ただその10年間の道のりは、順風満帆ではなく、失敗の連続でした。サロンでは、失敗経験や今、悩んでいることなどを本音で語りたいと思います。

開催日:2016年11月9日(水)

神崎英徳氏(かんざき ひでのり)

株式会社PRリンク

1971年9月1日大阪生まれ。大手住宅設備メーカーの広報を経て、2008年1月、子どもたちが安心して暮らせる社会の実現を目指して、社会性のある中小企業の広報活動を支援するPRリンクを設立。現在中小企業を中心に約50社の広報活動を支援。学生通信社を立ち上げ、新聞社やニュースサイトに学生視点の記事を配信。オルタナS関西支局、CSR検定大阪事務局などを運営。若者の働く価値観を変える「ミライ企業プロジェクト」では編集長とブランドマネージャーを務める。社内スタッフは全員女性で、子育てと仕事の両立ができる会社にするため模索中。

http://www.prlink.co.jp/

神崎英徳氏

公開:
取材・文:岩村彩氏(株式会社ランデザイン

*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。