クリエイティブサロン Vol.112 橋本健二氏

観て、読んで、触って、感じて。
そんな膨大な記憶から滲み出るのが、自分だけの個性であり、テイストなんです。

住宅設計をはじめ、高麗橋吉兆の内装デザインや、熟成肉専門店の老舗「中勢以(なかせい)」京都・伏見本店のリニューアルなど店舗設計や舞台美術など幅広く手掛ける、「橋本健二建築設計事務所」橋本健二氏。「移動式バー」と称し、多様なロケーションで展開するモバイルバーの設計や、ライブパフォーマンスなども積極的におこない、建築家だけでなくさまざまな顔を持つ橋本氏が、『個性と味』をテーマに現在のデザインについて思うこと、自身のデザイン観、そのインスピレーションの源泉をたぐるトークを披露した。

橋本健二氏

影響を受けたものはジャンルを超えて。
膨大な記憶のなかから選りすぐられた数々。

「30年以上やってきて、ここ2、3年でようやく自分の個性を出せるようになってきた気がします」と語る橋本健二氏。その反面「最近、20代や30代のデザイナーや建築家の方々の作品に、個性的なものをあまり感じなくなりました。とても器用で発表のトークも上手いが、均一的で自分のなかではピンとこないんです」とも。今回のテーマ『個性と味』については、そんな問題提起から始められた。
「ぼくは個性のある建築・音楽・美術・映画を、観て感じて消化して何かを表現してきました」。中学生であった70年代に音楽やファッションに興味を覚え、一人でライブや映画を楽しみ、休日は小説を読み、自分の世界をつくりあげてきた。まずは自身が影響を受けたものを、スライドショーのように次々と見せていく。
最初に紹介されたのは、アールヌーボーをはじめとするウィーンのグラフィック。そこから「自分のカラーにない作品のプロセスに圧倒されて、刺激を受けた」という障がい者施設の子どもが描いた絵。今のデザインに多大な影響を与える1970年前後のアメリカのカーデザインやグラフィック。自分も趣味で手がける写真表現では、夢想と少年時代の記憶が入り交じった魅力的な世界をつくり上げるベルナール・フォコンや、女性写真家のパイオニアであり、関西を拠点に活躍した山沢栄子の作品を紹介した。
ロシア・バレエ団の創設者であり、数多くのバレエダンサーや振付家を育成するとともに、名だたる作曲家に歴史に残るバレエ音楽の傑作を依嘱したディアギレフ。「舞台美術がすごく好きで、機会があればモダンバレエなども見に行きます。陰影のコントラストなどは、住宅や飲食店のイメージのなかに取り入れています」


高麗橋 吉兆 なんばダイニングメゾン店(2010年) Photo:Nacasa & Partners Inc.

次に「とにかく好きで、あらゆる作品を見まくっています」という映画。映像のなかに絵画的なモチーフを持ち込むピーター・グリーナウェイの『コックと泥棒、その妻と愛人』。その作品は「詩」と表現される、ギリシャのテオ・アンゲロプロス監督、カフカの不条理な世界観を映像化した『KAFKA/迷宮の悪夢』などなど。もっとも好きな作品としてヘレナ・ボナム=カータ主演の『ラ・マスケラ』をあげた。さらには自身の専門分野である建築についても言及。その先達として、曲面や曲線を用いたモダニズム建築を数多く残し、病院建築のパイオニアでもある山田守や、吉阪隆正の荒々しく無骨な壁の表現には影響を受けているとも。また本を読むのが好きで、小学生の時点でマンガを300冊ほど集めていたという橋本氏。4~5年前から不定期に蔵書のつまった書庫を公開する「図書室」も開催している。ここでは山上たつひこの名著『光る風』とともに、夢路いとし・喜味こいしの著書をあげ、話の運び方から空間をイメージするという興味深い話も。
建築やアート、グラフィックデザインといったビジュアルだけでなく、書物から刺激を受けることの重要性。今回は軽く触れるにとどまったが、音楽への造詣の深さでも知られている。「さまざまなものを凝縮していって絞りだし、テイストとして出すのが自分の仕事に役立つと思っています。形だけを取り入れるのは違う。えらそうですけど(笑)。ただ絞りだすためには、その何倍、何十倍も吸収していかないと、薄っペらなものになると思います」


山の頂の家(2016年) Photo:笹の倉舎 / 笹倉洋平 

建築を構成する要素は無数にあり
だからこそ可能性がある。

次に橋本氏の興味・趣味が多岐にわたりすぎ、多くの人が感じたであろう疑問、「なぜ建築家になったか?」について。工務店の社長である父には建築の道に進むように言われ続けていたが、ずっと反発していたという。大阪工業技術専門学校建築科を卒業したものの、もっと大きな枠組で「デザインってなんだろう?」と考え、インテリアデザインの合田デザイン事務所に在籍することになる。合田氏からは文化的なものだけでなく、仕事についても大きく影響を受けた。「“味のある、人に伝わる図面を描け”と言われた合田さんの図面は詳細図に匹敵する。工務店からの質疑を受け付けないほどの、密度の濃さ、美しさには感動を覚えました」。その「現場の人にどう伝えるか」という想いは、しっかりと受け継がれている。
1993年に独立し、「橋本健二建築設計事務所」を設立。インテリアだけではなく建物の骨格まで気になり、そこから建築に関わるようになる。「建築というのはジャンルのひとつにすぎないけれど、それを構成する要素は無数にある。いろんなものに触れてきたことからこそ、建築に可能性を見いだしていけたのだと思います」
最近の作品として2軒の住宅設計を紹介。傾斜地に建つ「山の頂の家」は楕円形のベランダ、アールのサッシを入れたリビングダイニングなど、屋根の形状や室内もアールを多用しながら有機的につながっていく構成。天井は梁の下場と少しだけ色を変えることで、日光や照明を反映して美しく変化する。さきほどの話でも「構成」と並んで「色づかい」に影響を受けたものが多かった。「建築で色づかい? と思われるかもしれませんが、ぼくはけっこう色を使う方なんです。自然光や照明によって、なんとなく感じられる色づかいをいつも心がけていますね」
もう1軒の「豊中の家」はRCの建物をガレージだけ残して木造で建て替えたもの。ここでも曲線が多く見られ、アールの接点が背中合わせになった階段室には、モンドリアンの絵画を思わせるステンドグラスを配して楽しめる空間に。吹き抜けの空間にはヨーロッパの意匠器具のスポットを採用している。「照明計画で難しいのは、今の日本製のプロダクトが形だけ海外のデザインを踏襲しており、味がないものが多い点です」。本日のテーマにも通じる話だ。「豊中の家」のダイニングの椅子には、イタリアに生まれた北欧家具やイタリア家具を扱うデ・パドヴァを採用しているが、6年前なんば高島屋の『高麗橋吉兆』を手掛けた時にも北欧の椅子を提案している。「時間が経ってから社長にあの椅子はいいね、と言ってもらえました。質感や手触り、座り心地といったものは言葉では伝えにくいのですが、長く使うなかで良さを感じてもらえるものです」。ここでは叩いたアルミの柱で店内に林をつくったり、これまで純然たる数寄屋造りばかりだった高麗橋吉兆を、モダンさのなかに温かみがあって和める空間に仕上げている。「数寄屋造りというのは、もともとある素材を品よく自由に組んでいくものだと思うんです」。工法とスタイルといった表面だけをなぞっても、本来の良さは伝わらない。本質を理解したうえで考えだされた、「現代の数寄屋造り」の姿がここにはある。


豊中の家(2016年) Photo:高嶋清俊

感性を磨くためには、まわり道も必要。
経験してきたものが「今」をつくる。

「本能やインスピレーションを大事に創作してきた」とこれまでを振り返る橋本氏。その根底となるのは、膨大な記憶のなかから浮かび上がってくるイメージ。情報社会である現代においては、ネットで調べればあらゆる情報を入手することが可能だ。しかし検索して得た知識は自分が体験していない以上、たんなる知識にすぎない。「最近は映画もネットで予告編も観られるけど昔は前情報も少なく、ハズレもいっぱいあって(笑)」。仕事がない頃はギャラリー巡りもよくやった。そこでアーティストと知り合い、仲良くなってのちにアトリエを設計したこともある。「ぼくはアナログな人間なんです。目的もなく何かを求めて街へ出かけて行ったり、買い物に行ってもいろんなコミュニケーションを持ちながらという感じで」。現場の肌感覚や偶然の出会いを大切にし、興味のあるものを手当たり次第に観て、読んで、触って、感じる。それが自分にとってどのような影響をあたえるかは、時間に委ねてみる。そんな橋本氏のまわり道とも言えるやり方こそ、人間としての本能や感性を磨いていくのではないだろうか。

「テキサス州ヒューストンにあるサイ・トゥオンブリーの美術館にどうしても行きたくて。空港からレンタカーですごい距離を走ったんです」。こんな具合に影響を受けたものの一つひとつについて、何時どこの美術館の展覧覧会かも、きちんと覚えている。最近ではライフログとして記録したり、メモをとる人も多いが、記憶と記録は違う。ノイズとされるようなものまで同時に取り込んで記憶する。そうやっていったん記憶の中に沈め、咀嚼して体内に染み込ませたものが、時としてイメージやアイデアとして湧き上がる。そこから世界観を想像して造形へと持っていく。「デザインを志した頃、上の世代の方たちからはデザインとか建築だけじゃなく、映画とか、お茶とかさまざまなことを教えていただいて影響を受けて、その凝縮されたものがぼくのデザインのテイストとして滲み出ているような気がします。そこから醸し出されるものが個性だと思うんです」。若い世代とは生きてきた時代が違うし、クライアントを納得させるためには、感覚だけでなくロジックも必要なのも分かる。それでも、多くのものを観ることの大切さを伝えてなければと感じている。
若手から見れば橋本氏はすでに「完成された大御所」のように見られているが、自分自身は「勉強不足。まだまだです」と謙遜する。だから今も貪欲に吸収する。「自分がいろんなものを観にいくのは不安だからです。村野藤吾さんのように70代になっても、すごいものをつくり続けている人もいるし。その年齢に至って、はじめて見えてくるものもいっぱいあると思う。そういうのを目指したいですね」

イベント概要

クリエイティブサロン Vol.112 橋本健二氏
個性と味

僕は、個性のある建築・音楽・美術・映画を観て感じて消化して何かを表現してきましたが最近、デザイナーや建築家の方々の人と作品に個性的なものをあまり感じなくなりました。みなさん器用なのですが、なんなんでしょうね。サラーとできてサラーと見られサラーと消えていく。なんなんでしょうね。そんなことを語りたいです。

開催日時

2016年9月26日(月)19:30〜21:00

会場

メビック扇町 ロビー

橋本健二氏(はしもと けんじ)

僕は70年代に音楽やファッションに興味を示し中学生でしたが一人でライブや映画を楽しみ、当時は初来日のミュージシャンの音楽にガーーンと刺激を受け、休日は小説を読み、自分の世界を造りました。
80年代後半に合田デザイン事務所に入りインテリアデザインを手がけ、そこで建築・お茶・映画・音楽を教えていただきました。
1993年に独立。父が経営する工務店の所有する明治時代の小学校を移築した倉庫の一部屋を事務所に改装。一部を拡張し展覧会・ライブを企画。スタンディングバーもこっそりオープンしたりしました。
しかし2014年にマンション計画の為、この事務所は解体されました。
現在、近所の橋本工務店の2階をアグレッシブにリノベーションして事務所として活動中。
橋本健二 建築設計事務所

公開

2016年10月21日(金)

取材・文

町田佳子 町田佳子氏

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