人と人との、つながりから生まれるデザイン。コミュニケーションの場としてのギャラリー。
クリエイティブサロン Vol.80 池田敦氏

時代が大きく変化するなかで、社会や生活をより良くするためのデザインが求められている。池田敦氏も「デザインで、社会を良くしたい」という想いを持って、デザイン事務所「G_GRAPHICS INC.」を立ち上げ、さらに併設するギャラリー「ondo」を運営する。昨年末には東京「かもめブックス」内に「ondo kagurazaka」も誕生。活動への想い、東京、大阪を行き来する中で見えてきた東西の違い、そしてデザイン会社がギャラリーを運営する意味などについて語っていただいた。

池田敦氏

発信力や伝達力というスキルから発想したデザイナーによる、ギャラリーの育て方。

ここ数年でカフェや本屋に、ギャラリーを併設したスタイルが増えてきた。とはいえデザイン会社がギャラリーを運営するのは、まだまだ希少だ。
池田敦氏率いる「G_GRAPHICS INC.」に併設されたギャラリー「ondo」は2013年1月にスタート。「約2年半で46人の作家・イラストレーターさんと34回の展示をおこなってきました。展示期間は基本的に約3週間で、月に1組のペースでの開催です」。また作品や作家の魅力を展覧会だけで終わらせずに、本やプロダクトとして発信している。たとえば作品集なら、作家の個性に合わせたデザイン的な仕掛けを試みるだけでなく、必要と感じればISBNの書籍コードを取り、書店販売など流通にのせるまでを手がける。「一緒に制作した本やプロダクトが、新しい世界へとつながるきっかけになれば嬉しい。そのために自分たちの基盤たるデザインを使って、チャンネルを広げるように動いています」。これは通常のギャラリーにはない考え方。「自分たちはあくまでデザイナー。世の中にどう発信し、伝えていくか、またどう広げていくかというスキルは持っているので、自然とそういう発想になりました」
昨年11月からは、東京の「かもめブックス」のロゴマークやウェブサイト、オープニングツールを手がけ、さらに店内に「ondo kagurazaka」を共同運営する形で創設。活動の場を大阪と東京の2拠点に広げた。ここでは大阪での展示の巡回に加えて、東京独自の企画も。「東京に場所があることで、関西の作家さん・イラストレーターさんを、広く紹介しやすくなったのはもちろん、在京の作家さんとの出会いも増えましたし、具体的なお話しもしやすくなっています」

土佐堀のギャラリー
ondo tosabori

エンドユーザーのことが見えていないと、人の心に届くデザインはできない。

そんな池田氏が、自身の原点として紹介したのは、フリーペーパー『hanauta』。会社員時代に現在ギャラリーを担当する松木氏と制作したものだ。この時に、ダイレクトに人とつながる面白さを知ったという。「街中に置いてるだけだとほぼ何も起こらないのですが、飲みに行ったりして、“こんなものをつくってるんです”と渡すと、思いもよらない仕事が入ってきたり、そこでつながったお客さんと一緒になって心から喜べたり」。会社の中にいては得がたい体験を経て、自分が本当にしたいのはこういう仕事だと確信した。
「G_GRAPHICS」のGは、重力というGでもある。重力となって人を惹き付け、人をつなげたいという想いで名付けられた。居心地のよい場所には人が集まり、そこにはコミュニケーションが生まれる。「デザイン事務所って特有の閉塞感があって、フラっと立ち寄れない感じ」。それに対する違和感がずっとあったという。「クライアントと消費者をつなぐことが、デザインの仕事だと思うんです。エンドユーザーのことが見えていないと、人の心に届くデザインはできない。だから消費者になりうる一般の人との接点を大切にしたい」。
移転前の事務所では一角を開放し、知り合いのイラストレーターの企画で絵画教室をスタートさせた。これは現在も継続しているが、仕事をしている横で、楽しげな子どもの嬌声、さらに迎えに来たお母さんの声がまじりあう。制作に集中するあまり、閉鎖的になりがちだった、これまでのデザイン事務所のイメージを覆す、のどかな風景だ「外の空気を感じられるのっていいなと、実感しました」。そこから、より開かれた場所=ギャラリー創設へ。「ondo」はオフィスと同じフロアにあって、ギャラリーからは一枚の布を挟み、仕事風景も見えるようになっている。「世の中の空気感みたいなものを肌で感じることで、出てくるアウトプットの質も高くなる。ギャラリーというオープンな場を持つことで、それができるんじゃないかと考えたんです」

ondo発行の作品集など

新しいつながりが生まれるカタチを求め、ギャラリーから、さらに開かれた場所へ。

ギャラリーの存在というもの自体が、「開かれているようで、まだまだどこか浮世離れしている場所でもある」と池田氏。今後は、さらにユーザーに近づいていきたいという。10、11月には、商業施設の1階全体を使い、15日間にわたる「ondo」主催のイベントを展開予定。作家には直接店頭に立ってもらうことも考えている。「必要以上に売ることを重視するのではないのですが、作家自身もエンドユーザーがどういう感覚で、何を望んでいるのかを直接見ていくべきかなと」。そこをリアルに想像することが、本当にユーザーの気持ちに寄り添ったクリエイティブにつながっていく。
一般の施設でのイベントは、その後も徳島や広島など西日本をまわっていきたいと構想中。「各地の作家にも参加してもらったり、こちらから作家も出向いて、人が移動することで、新しいつながりやコミュニケーションが生まれるのが楽しみ」。こんな風に考えるようになったのは、頻繁に東京に行くようになってからだという。「東京はメディアの力が発達しており、新しい動きやインパクトのある展開をすると一気に注目されます。その反面、シビアでマーケティングが重視されて、消費されていく感じもある」。逆に関西は東京のような瞬発力はないが、丁寧に育てていこうとする土壌があるという。双方のいいところを併せ持ったやり方ができないか模索中だ。「やっている内容は関西の作家も負けていない。商業施設でのイベントをきっかけに、西日本をまわって、西の人の価値観をつなげてみたい。そのエネルギーを蓄積して、東京、またその先にある海外にぶつけてみるのも、面白いんじゃないかと思います」

神楽坂のギャラリー
ondo kagurazaka

本当の意味でのクリエイティブはデータではなく、「体感」から生まれる。

「ギャラリー運営のノウハウは持っていなかったから、逆にフラットに見られた気がする。それとデザインをやってきたからこそ、どうやったら伝わるだろうかという発想ができた」。そんな言葉で、この2年半を振り返る池田氏。局面ごとに知恵を絞り、時には意見をぶつけあい、道を切り拓いてきた。それは今も現在進行形。「最近は東京でも自分がいいと思う人に声をかけたり、若い人にもチャンスを与えたいと考えていて。いずれにせよ“想いを共有できる人”であることが絶対条件。一緒に成長していきたい人には、こだわってお声掛けしています」
企画も丁寧にやりたい。単にスペースを貸して「好きにやってください」ではなく、一緒に未来を描いていく姿勢を大切にしている。「それができなくなったら、自分たちの存在価値はないに等しいですから」。その根底には、自社のフィロソフィーである「デザインで社会を良くする」という想いがある。デザイナーや編集者は、既存の価値観の中から共鳴できるものをピックアップして世の中に紹介する。それを繰り返すことで、社会は良くなっていく。そう信じている。戦略やマーケティングとは無縁の、シンプルな思考だ。
さらにいうなら、「感性」という感じる力を大切にしている。ギャラリー名の由来でもある「温度」もそうだ。人と人がきちんと向き合って、互いの温度感を感じ、一緒に発信していくことで、社会の中にも伝えていける。どんなプロジェクトでも「人と人」の関係を深め、蓄積させることなしに実現することはできない。「人のことを大切にする、一生懸命やる、正しいことを正しいと言える。そういう人を応援したいし、そういう人とだけ一緒にやっていきたい。マーケティングではなく、体感していくことで、本当のクリエイティブは生まれてくると考えていています」

会場風景

イベント概要

デザイン会社G_GRAPHICSが、ギャラリーondoを始めた理由。
クリエイティブサロン Vol.80 池田敦氏

「デザインで、社会を良くしたい。」という思いで、デザイン事務所をスタートして早6年。2013年より、デザイン会社に併設する形でスタートしたギャラリーondoでは、オープンより約2年半で、46人の作家・イラストレーターさんと34回の展示を行ってきました。昨年末より東京・神楽坂 かもめブックス内にondo kagurazakaをスタート。
東京、大阪を行き来する中で見えてきた東西の違い、デザイナー&編集者からなるチーム構成への想い、ポイントになったデザイン案件等、今後の展望も踏まえ、お話できたらと思います。

開催日:2015年07月07日(火)

池田敦氏(いけだ あつし)

G_GRAPHICS INC. 代表
クリエイティブディレクター / ondo 代表

滋賀県生まれ。デザイン専門学校卒業後、印刷会社、デザイン会社、広告代理店を経て2009年7月、デザイン事務所G_graphics設立。様々な案件のクリエイティブディレクションを手掛ける。同時に、ギャラリー&プロダクトレーベル ondoの企画も行う。

https://www.g-graphics.net/
https://ondo-info.net/

池田敦氏

公開:
取材・文:町田佳子氏

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