メビック発のコラボレーション事例の紹介

奈良の橘が結んだ多様なネットワークで日本を代表するブランドへ
なら橘プロジェクト

菊岡洋之氏、城健治氏、橘勝彦氏
左から菊岡洋之氏、城健治氏、橘勝彦氏

住民の手を借りて橘を休耕田や街道沿いに植樹。

古くから奈良に自生してきた柑橘系の樹木「橘(タチバナ)」。この橘に着目して地域を活性化し、交流を促し、文化・芸術・産業に寄与しながら日本を元気にしよう、世界にアピールしていこう……。壮大でロマンチックな着眼点が人から人への輪を広げています。橘は香りのよい常緑樹で、外来種ではなく、わが国の固有種。そもそもは約2000年前、第11代垂仁(すいにん)天皇の命をうけた臣下、田道間守(たじまもり)が持ち帰った不老長寿の妙薬とされ、今ではお菓子の祖とも言われています。不老長寿の妙薬と聞くと古代の伝説のようですが、現代の科学で成分分析をしてみると、タンゲリチンやヘスペリジンなどフラボノイド類が含まれ、健康やアンチエイジングに関心の高い現代にアピールできそうです。
4年ほど前、奈良県大和郡山市の商工会で街の活性化策を検討する際に、橘の歴史や独自性が話題となりました。当時、地元の金融機関に勤めていた城健治さんは橘の存在を知り、菜の花プロジェクトというNPO団体に頼んで橘を植えてもらうことに。奈良の橘はヤマトタチバナという種で、9つの神社で神木として育っていますが、一般的には衰退していた樹木だったからです。苗を分けてもらい、2011年11月から休耕田に100本、200本……と植え始め、これまでに800本の橘が植えられました。
橘はお菓子の祖とされているものの、実が酸っぱく、加工しないと食べられません。大和郡山で菓子屋「本家菊屋」を営む26代目の当主、菊岡洋之社長は、地元の公民館でお菓子の講義をしながら奈良の歴史を紐解き、菓子の原形としての橘に注目しました。菊屋は、天正13年(1585年)、豊臣秀吉の弟、秀長公に連れてこられて城の近くに店を出し、名物「御城之口餅」(おしろのくちもち)で有名な老舗。橘を使ったお菓子の試作はできるとしても、奈良の橘で商品化するには、実を収穫できるだけのまとまった樹木が必要です。橘の植樹は必須条件でした。
橘をめぐる試みはさらに広がっていきます。平城京と藤原京を結ぶ「中ツ道」の街道沿いに橘を植え、香りあふれる道にしていこうという「橘街道プロジェクト」の動きが民間ベースで活溌になってきたのです。県、市、小学校、地域住民を巻き込んで橘が植樹され、今では橘街道沿いの5か所に約200本の橘が植えられています。2013年度には、奈良県からプロジェクトへの補助金も出ました。

「円事橘」パッケージ
本家菊屋が発売する「円事橘」(まるごとたちばな)。橘の実を皮ごと砂糖だけで煮た無添加の甘露煮。パッケージは橘をイメージした丸みのあるものに。

特産品開発にとどまらずもっと視線を高く広く。

商工会の広域連合などを通して橘に関心を寄せる人が増え、次第に農産振興や街の活性化への新たな芽が生まれてきました。樹を植えてから実が収穫できるまで3年以上かかりますが、和菓子以外に洋菓子、お茶、化粧品、漢方薬……と商品化の可能性を探る人の輪が広がってきました。このプロジェクトのユニークな点は、素材の生産・採集の道づくりと、商品開発が同時に並行して進んでいること。自然発生的な町おこしが大きな渦となって、経済や人の流れを作り出しています。
そんな中、メビック扇町から紹介された株式会社タチバナデザインの橘勝彦社長がプロジェクトに参画することに。橘社長も「ちょうど大阪から奈良に自宅を住み替えていたし、私の名前がまさに橘で、なんという出会いなのだ」と強く魅かれていきます。
城さん、菊岡さんに、橘さんが加わり、「単に地元の特産品づくりで終わるプロジェクトではいけない」と確認しあいます。橘の長い歴史やストーリー性を生かして関西一円、関東圏へアピールしていく。橘にロマンを感じる観光客に、世界から奈良に集まってもらう。そんなプロジェクトにしたい、そのためにブランディングが重要だと思い至りました。

「たちばな美人」パッケージ

その後、「なら橘プロジェクト推進協議会」を設立。1年間かけてコンセプトを練り、2013年にホームページを開設しました。プロジェクトに賛同してくれる会員を募り、橘の木の育成研究、木の育成者の養成、果実の収穫・加工研究、橘の食品や香りにまつわる商品開発、他の団体との交流、橘街道にまつわる講座やイベントの実施など、「橘に第六感を感じるヒトの輪を広げ、さまざまなモノ・コトをおこしていきたい」と、協議会の3人は橘が結んでくれた縁を楽しんでいます。
ホームページには、協賛企業、団体、市町村などを募って掲載し、双方リンクで橘の輪を広げていきます。橘のロゴマークをつくり、協議会が独自の認定基準に照らし合わせて審査した上でロゴマークを付与する仕組みをつくりました。菊岡さんは、橘の実を甘露煮にした「円事橘」、橘の無添加ジュース「たちばな美人」、実を使ったお菓子「神の実橘」や「橘ほの香」、せんべい菓子「神代の橘」などを開発し、近々ホームページで発表します。3年後の2017年に三重県で行われる「全国菓子大博覧会」にも出品する予定です。

お菓子

橘に関するイベントの第一弾として企画しているのは「橘街道フェスティバル2015」。近畿経済産業局や奈良県、自治体、なら橘プロジェクト推進協議会などが実行委員会を結成し、2015年11月に明日香村の各所で「たちばなサミット」や「橘まつり」「パフォーマンス公演」「物産展」などを行う予定です。
金融機関を定年退職した後、同協議会の会長として専任している城さんは言います。
「商売に走りすぎるのを避け、時間をかけてゆっくり浸透させることで質の高いブランディングを維持していきたい。日本を代表する共同ブランドにして世界にアピールしたい。2000年も前からプログラムされてきたと考えるならば、実にロマンのある事業です」

橘のロゴマークを使用した名刺
橘のロゴマークを制作し、なら橘プロジェクト推進協議会が独自の認定基準に照らして審査した上で
使用申請者にロゴマークを付与し、プロジェクトを広げていく考えだ。

株式会社本家菊屋

代表取締役社長
菊岡洋之氏

https://kikuya.co.jp/

なら橘プロジェクト推進協議会

推進協議会会長
城健治氏

https://futo-kobo.com/

株式会社タチバナデザイン

代表取締役
橘勝彦氏

https://www.tachibana-88.com/

公開:2014年5月12日(月)
取材・文:鶴見佳子氏

*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。