何ものにも縛られず空想世界を手描きで表現する吟遊詩人
クリエイティブサロン Vol.156 松野和貴氏

今回のクリエイティブサロンは、“スーパーファンタジー絵描き”の松野和貴氏が登壇。デジタルが主流となった昨今において、ペンと透明水彩の二刀流で、その肩書きのとおり温かみあふれるファンタジーな世界を表現してきた。クリエイティブサロン当日の会場は、あちこちに松野氏の作品が展示され、まるでギャラリーのような雰囲気に。そんな松野氏の、スーパーファンタジーたる所以とは? そして、「絵」を愛する者として、これからの「絵」のあり方も赤裸々に語ってもらった。

中禰兼治氏

人生の分岐点でいつも顔をのぞかせた「絵を描くこと」

高校時代は、いい大学に行き、いいところに就職して……と将来を漠然と思い描いていたという松野氏。しかし、いかんせん「勉強が苦手」で、一方で大好きなことは「落書き」。小さい頃から絵を描くのが好きで、親からの影響もあり、ディズニーなどのファンタジー作品に夢中になった。授業中もつい空想にふけり、ノートはスケッチした絵でいっぱいに。「ほとんど文字のないノートもあった」と笑う。高校3年生の夏に、「絵を描こう」と芸大に進学することを決意した。学んだのはCGデザインだが、好きなのはあくまでもアナログの手描き。大学院卒業後は教員として勤めたが、あるときの展覧会で手描きの絵を出展すると、周りから「なぜアナログでやらないの?」と褒められ、それがきっかけで透明水彩の絵を描き始めた。

35歳のときに教員を退職。「僕に何ができるだろうと考えたとき、『絵を描く、ということが一番続けられているな』と改めて気づいたんです」。絵を描き続けて35年。「これまでの人生で、転機が訪れるたびに『絵を描く』ということが必ず顔をのぞかせる。『それなら絵描きになろう』と腹をくくって今に至ります」。
実は、教員を辞める前に絵本の仕事を手がけたことも、絵描きを志すきっかけになった。「いちおう自分のホームページを持っていたので、そこからお仕事をいただいて、初めて手がけたのが迷路の絵本でした。絵を描いてお金をもらうというのはこれが初めて。それで、絵描きへの思いを強めたところもあります」。松野氏の絵の原動力は、「あったらいいなぁ」という空想がすべてだ。

「あったらいいな」と思いを巡らすことは、松野氏が絵を描く上で欠かせないルーティン。「絵を描くことも好きですが、空想する時間がとても好き」だと話す松野氏。現実社会だといろんなルールや責任、自分の力量があるので制限があるが、空想の世界はそれがゼロ。常識に縛られることなく、想像の翼をめいいっぱい広げられるのが魅力だと話す。

作例

自分が思う「あったらいいなぁ」を鑑賞する人に伝染させる

松野氏の空想は、「あったらいいなぁ」という言葉通り、現実に起こっているある事象に対して、現実では起こり得ない世界へ想像を広げることが入り口となる。

たとえば松野氏の作品『何て素敵な香りだ!』。
なにか不思議な生き物が、森のキャンプ場のコーヒーの香りに誘われて姿を現した1枚。この作品の入り口は、「コーヒーの香り」だったとか。
「コーヒーって、封を切ったときに一番いい香りがすると思っていて、それを入り口にしてコーヒーについて調べたんです。すると、山の中で自分で焙煎したコーヒーを飲む『山コーヒー』というのが流行っていて、『山でコーヒーを淹れて、いい香りが周囲に広がると、どういうことが起こるだろう?』と考えました」

そこでたどり着いたのは、きっと淹れたてのコーヒーの香りを嗅いだことがない山の神が、この香りに驚くのでは? という空想。山のことならなんでも知る山の神でもコーヒーは知らず、初めて嗅ぐコーヒーのいい香りに驚いて姿を表した! ……そんなストーリーを絵に表現した。
「空想を始めると、次第に『なぜ?』や『どうやって?』という疑問が浮かびます。それを消化して辻褄を合わせる作業が、僕にとって一番のクリエイティブな場所だと考えています」

作例
何て素敵な香りだ 2017 透明水彩

続けて、「旅先で写真を撮るのと、空想を絵に落とし込む作業は感覚的に似ている」とも。「旅先で見た景色を写真で見てもらうのと同じように、思い描いた空想を絵に落とし込んで人に見てもらう。キザなんですが、吟遊詩人のような感覚に似ているのかなと思います」と説明する。
一方で「見てくれる人がいないと意味がない」とも。「ファンタジーは、共感を持ってもらうことがすごく大事。たとえばドラえもんのひみつ道具は、みんなが『ほしいな』と思うから楽しいわけで、僕の空想の世界も、『こんなのがあったらいいな』と共感してもらえるのが一番うれしいですね」。その感覚をどんどん伝染させるのが、作品を生み出す醍醐味だと笑顔で話す。

日本でも「絵」に気軽に触れられる文化を広めたい

これまで、自分の「あったらいいな」という空想を、手描きの絵で表現してきた松野氏。「絵描きとしてようやく4年足らず。まだまだですが、絵がもっと世の中に広まればいいな、という想いはずっと抱いています」と力を込める。
日本では、欧米ほど「お気に入りの絵を購入して部屋に飾る」という文化が根付いていない。松野氏曰く、「絵を描く=美術、という感覚が原因のひとつではないか」という。「中高生になると、美術が選択科目になることが多いですよね。どうせ絵が描けないから美術はやめておこう、という発想が、絵がなかなか身近にならない原因のひとつだと思います」
もうひとつは、日本の住宅事情。絵賃貸住宅は壁に穴を開けることを禁止されているところが多く、自分の部屋に額をかけて絵を楽しむという習慣に結び付きづらいのだ。
「どういう状況であれ、絵を広めるというのは絵描きの使命。何かをどんどんやっていかないといけないと思っています」

そこで、今後やりたいことのひとつは、絵に「役割」を持たせること。
「決して、額装されている絵を眺めるだけが絵の楽しみじゃない。たとえば以前、飲食店の看板を描かせてもらったとき、『絵に役割を持たせるのは重要だな』と感じました」。松野氏の描く絵は手描きのため、すべてが一点モノ。世界にひとつしかない原画の利用価値を広め、役割を持たせていくことで、もっと社会に絵が溶け込むのではと考えている。

「本気で考えているのは、ひとつの商店街の看板を描くこと。日常に絵が溶け込んでいるというのは重要で、とくに小さい子どもたちの目に触れるというのはこれから絵を社会に馴染ませる上でとても大切なんじゃないかと思っています。日本では、自宅で絵を眺めて楽しむという習慣がなく、ギャラリーや美術展で観るもの、みたいな感覚があると思うんですが、それなら絵をこそっと日常にしのばせていきたい」と目を輝かせる。
実際に、現在、原画を病院の待合室に飾る「リース」を始めているところだ。

そしてもうひとつは、絵本の制作。
すでに数冊の絵本を手がけているが、ストーリーの構成も含め、さらに力を入れていきたいと話す。
「空想が広がっていくと、だんだん1枚ではとても収まらなくなってきて。どうしても時間軸も取り入れたくなるので、そうなるとやはり読み物にするのがいいのかなと。これからも絵本には力を入れていきたいですね」

自分の思い描くファンタジーの世界の楽しさを人々に伝え、大人から子どもまで、さまざまな場所で絵の魅力も伝承していこうと奮起する松野氏。まさに、吟遊詩人さながらのこれからの活躍に目が離せない。

イベント風景

公開日:2018月12月20日(木)
取材・文:中野純子氏

松野和貴氏(まつの かずき)

松野和貴氏

イラストレーター

1980年、兵庫県生まれ。大学院卒業後教員として10年間勤め退職。2014年よりイラストレーターとしてフリーランスに転身。透明水彩とペンを使って、ファンタジーな世界を描きます。書籍、広告、イベント用イラストを中心に、絵本や壁画も手がけます。個展、グループ展の活動もしています。
http://k-m-wonderland.com/