イノベーションと医工連携、そしてデザイン思考。
I-LABO - クリエイターのためのイノベーション創出研究会 Vol.8

第8回を迎えた「I-LABO クリエイターのためのイノベーション創出研究会」。各分野の専門家から各領域の現状や課題を聞き、クリエイターが持つ創造力や課題解決力を活かし、イノベーションの可能性を探る本企画。今回のゲストスピーカーは、明治42年創業の老舗圧力計メーカーにして、医療機器開発や既存計器のIoT化などに取り組む株式会社木幡計器製作所代表取締役の木幡巌氏。新規事業への挑戦を支えた「デザイン思考」や医療業界の状況について話題提供をいただくとともに、クリエイターの果たすべき役割や参入可能性について意見交換を行いました。

医療業界で注目を集める「デザイン思考」

超高齢化社会へ進む日本において、成長産業とされる医療機器分野。異分野からの新規参入が活発に行われ、それを後押しする産学連携・産学官連携なども推進されています。しかし、思ったような成果がなかなか上がらないという現実も。一方で、アメリカでは、医療機器開発にデザイン思考を取り入れたイノベーションのための人材育成プログラムの手法である「バイオ・デザイン」が提唱され注目されています。研究会では、医療機器産業への新規参入を実現した木幡氏が自身の経験を紹介。イノベーションがいかにして起こり、そのときデザイン思考はどんな役割を果たしているかをひも解いていきました。

木幡氏による話題提供

創業100年を超える“老舗ベンチャー”

当社の創業は明治42年。金物屋であった私の曽祖父が、機械式圧力計の製造に乗り出したことが現在に至る出発点です。当社の所在地である大正区はものづくりの町であると同時に、船が行き交う海上交通の拠点地でもあります。そんなことから、当初は取引先の大半が船舶関係の会社でした。比率こそ下がったものの、現在も船舶関係が大きな取引先業界であることは変わりません。
一方で、近年取り組んでいるのは医療機器の開発と製造です。その中心は「呼吸筋力計」という、呼吸リハビリテーションで使用される計測器です。一般的に人の呼吸機能測定は、呼吸時の流量が基準になっていますが、流量は圧力から計算して求めることができます。圧力の測定は当社の得意分野。経験が活かせるのではないかと考え、それまでにはまったく接点のなかった医療業界に参入しました。現在、開発した製品は医療機器としての製品認証を受けることもでき、これから本格的に販売に乗り出そうというところです。
医療機器の開発に取り組む過程ではたくさんの気づきや学びを得ることができました。医療業界、新規事業、イノベーションといったキーワードにまつわる、いくぶんかのノウハウも蓄積することができました。それらを次の世代に還元していきたいという思いから、当社の2階に「Garage Taisho(ガレージ大正)」を設立。IoT・ライフサイエンス系のものづくり分野におけるベンチャー支援活動を行っています。

デザイン思考とは、ユーザー視点で考えること

実は私は、ウェブ制作会社を経営していた時期があります。まだまだインターネットの黎明期で、ホームページを持っている会社が少なかった時代のことです。木幡計器製作所の仕事にも携わりながらのウェブ制作会社経営だったので、強みは「製造業を深く理解していること」でした。実際、同業者しか通じないような専門用語で難なく会話できたことが、お客様からの信頼につながりました。
この頃、お客様から相談や依頼を受けたときに必ず最初に行ったのが、同業他社のホームページを横断検索で調べつくすことです。見た目の美しさはもちろんのこと、ほしい情報にたどり着きやすく設計されているかなど、ホームページを訪れる人、すなわち「ユーザー視点」で分析する習慣が身につきました。また横断検索をすることで、その業界の素人である私にも業界動向が感じとれたり、依頼を受けた会社の強みをどう表現すべきかの戦略立案が出来るようになりました。今になって振り返ると、このことが医療機器の開発に大いに役立ったように思います。そして、デザイン思考とはすなわち、ユーザー視点で考えることだいうのが、私なりの「デザイン思考」に対する解釈です。
それを物語る例をいくつか紹介します。まず、私自身が経験した、連携する医療現場の医師の方からのリクエストです。測定器の開発にあたって助言を求めに行った私に対してその方は、「とにかく使いやすくしてください」とおっしゃられました。
医療機器は、必ずしも機械の使い方に精通した専門家が使用するわけではありません。医師や看護師は、医療の専門家ではあっても機械の専門家ではないからです。ですから医療機器は、むしろ「機械は苦手」という人を想定しておかなければいけない。例えば出産や育児から復帰したてで、新しい機器に初めて触れるという看護師さんもいるでしょう。また普段大変忙しい看護師さんが、暫く使っていなかった機器を久しぶりに触るという機会も日常です。そういう臨床現場で医療に従事する人たちが機械の操作に戸惑ってしまうと、その様子を見た患者さんは「この人は信頼できない」となってしまい、患者さんと医療従者の方との間の信頼関係が崩れると、その後の治療に重大な影響を与えることがあるのです。ボタン操作ひとつに関しても、迷いや戸惑いが生まれないような作りが求められる。そのことが、治療そのものを左右する。だからこそ、ユーザー、この場合は医療従事者の視点に立った直感的な「使いやすさとわかりやすさ」が求められる。それが医療機器なのです。
医師とものづくり企業はどこか似ていているところがあります。それは、どちらもスペシャリストであるという点です。「いいもの」を貪欲に追い求めていくのです。ただ、そのときに視野が狭くなりがちで、利用者のニーズや採算性などを見落としてしまうことも少なからずあります。例えば、在宅酸素療法という日常生活の中で酸素吸入が必要な患者さんに対して、ロボットやセンサーの技術を活用して酸素ボンベが人の動きに自動追随する機器が考案されたことがあります。メーカーは、自分たちの得意の先進技術を活かすことで「これで患者さんは両手が解放され、とても便利になるぞ」と考えたのです。私自身も“ものづくり企業”の観点から、この話を聞いたときは、正直なところ一瞬、企業が保有する技術応用例として「すごい!」と感じてしまいました。ところが患者からすると、「そんなものは使いたくない」となってしまった。というのも、酸素ボンベを手で引いて歩いているだけで周囲からの視線を感じるのに、自動追随のボンベともなると、さらに好奇の目にさらされることは間違いないからです。これは、ユーザー視点が欠けてしまった例と言えます。
逆に、ユーザー視点が問題を解決した例もあります。MRIです。狭い空洞に頭から入っていくMRIは恐怖感を伴います。子どもは怖くてじっとしていられず、検査前に麻酔をかけなければいけないこともあります。そこでメーカーが考えたのが、MRI内部にジャングルのような絵を描くこと。「MRIの検査に行こう」ではなく、「ジャングルの洞窟を冒険しに行こう」と演出してしまったのです。これが功を奏し、麻酔なしで検査できる子どもが増えました。技術的には何も変えていないのに、ユーザーの気持ちに寄り添った変化を少し加えるだけで、大きな効果を生み出すことができるのです。

イノベーションを生み出すQPMI

医療機器は人の生命にかかわる機械ですので、法律による規制や品質の検査など、非常に高いハードルが設けられています。当社も、やろうと決めてから製品の開発と実用化に至るまで、何年も要しました。それを乗り越えるには、いくつかの要素が必要です。それこそが、「イノベーションのQPMI」です。
イノベーションのQPMIとは、ベンチャー支援などを行っている株式会社リバネスが提唱している概念です。よく知られるPDCAが「いまあるものをより良くしていく」サイクルであることに対して、QPMIはゼロから1を生み出すためのサイクルです。QはQuestion(疑問)、PはPassion(情熱)、MはMission(使命)、IはInnovation(革新)を意味しており、QPMと進んできた先にIがあることを示しています。
私の場合、ホームページを見た医療関係者からの問い合わせが出発点でした。それ以前に呼吸圧を測る機器をオーダーメイドで作っていたことがあり、たまたまホームページに事例として掲載していたのです。それを見た医療関係者が問い合わせてきたのです。ここで、「圧力計測器に対するニーズが医療分野にあるのかな?」というQuestionが浮かびました。
疑問は、「調べてみよう」という行動につながります。問い合わせてきた医療関係者に「どうやって使うのですか?」「なぜ当社に問い合わせたのですか?」などを聞くことで、類似の機器はあるにはあるが、非常に高価だということを知りました。また、呼吸の訓練機器はあっても測定機器はないことを知りました。さらに、例えば誤嚥性(ごえんせい)肺炎という呼吸器分野の疾患などは様々な病気の合併症として発症する患者が非常に多いこと、また呼吸器の病気は初期の自覚症状が殆どなく潜在患者数が多いこと、それなのに専門にする医師数が足りていないこと、治療だけでなくリハビリも大切であることなどを知りました。ここで、「社会的に意義のあることだ。やりたい!」というPassionが生まれました。
そのとき、まったくの偶然なのですが、先代社長である私の母が肺がんであることがわかりました。自覚症状はまったくなかったのに、診断されたときにはすでに余命を宣告されるほど。あまりの偶然に運命めいたものを感じ、「これはもしや、自分に課せられた使命なのでは?」と思いました。そこから本格的に開発へと突き進んでいったのです。
Qに付随する「調べる」というプロセスは、先ほどお話ししたユーザー視点に立って考える、すなわちデザイン思考と通じるものがあると思います。当社のケースでは、医療関係者に話を聞いたり学会に参加したりして、業界の動向や課題をしっかりとリサーチしました。類似の計器についても調査し、「安価で手軽に使える機器が求められている」というニーズをあぶりだしました。医師の声を聞くことはもちろん大切ですが、その医師が抱えている課題や抱いている希望が、他の多くの医師にも通じるかどうかは別の話です。つまり、市場性も調査したのです。医療行為には保険が適用されるかどうかも重要なポイントです。どんなに優れた機器も、保険適用外ではコストがかさみ、普及が進みません。それを考慮したうえで、「どのような医療行為を対象とした機器にするか。そのためにはどんな技術を搭載するか」を考えました。これらはすべて、「技術ありき」とは異なる考え方です。いま振り返ると、このプロセスこそが「デザイン思考」だったように思います。

クリエイターは医工連携の橋渡し役になる可能性を持つ

先ほども少し触れましたが、医師をはじめとした医療従事者はスペシャリストです。「患者のために」という一点にフォーカスし、技術を磨いています。これはものづくり企業に非常に似ています。ですから、この両者がタッグを組むと、技術的には素晴らしいものが生まれる可能性はあります。ただし、そのことによってイノベーションが生まれたとは必ずしも言えません。なぜなら、イノベーションには「ビジネスとして成り立つ」という要素も含まれているから。ビジネスとしてやっていけるだけの市場があり、適正な利益を出しながら供給できることで製品の普及が進み継続的で安定的な供給ができるのです。医工連携が思い通りに進んでいない背景には、この点への配慮が行き届いていないという事情があるかもしれません。
そこで期待できるのがクリエイターです。クリエイターはアーティストとは違います。クリエイターはまず、情報の受け取り手のことを考えています。クライアントの要望はあるにしても、それを伝えるべき相手に合わせて加工することが得意です。この特性を活かすことで、私は、クリエイターが医療業界とものづくり業界を橋渡しできると考えています。「技術ありき」の医師や町工場の社長とうまくコミュニケーションを取り、ユーザーにとって最適な形に落とし込むことができると思うのです。

木幡氏との質疑応答

A氏(グラフィックデザイナー):
開発した製品の販売は始まっているのですか?

木幡氏:
7月に機器認証が下り、11月からいよいよ販売が始まります。一方で今回開発した測定器は、測定方法は欧米の学会の推奨法に準じています。また参考となる日本人の基準値は約20年前に報告された値です。弊社と連携頂いている医療機関では日本人の新たな基準値を再構築していこうという動きもあります。そこに当社機器が貢献できたら、と考えています。また、今回の測定機をきっかけにして呼吸筋力の測定が一般化すれば、疾患との関連性を調べる研究も進むはずです。そうなると、現在は呼吸リハビリ分野の呼吸機能測定器という扱いですが、より幅広い診察行為に用いる機器という扱いに変えることもできるかもしれません。結果、さらに普及が進むということも期待できます。

B氏(ウェブ制作):
医療関係者から「わかりやすくしてほい」という要望があったとのことですが、具体的にはどのような部分にその要望は反映されたのでしょうか。

木幡氏:
開発した呼吸筋力測定器には患者のプロフィールを入力する機能があります。その操作をするときの操作ボタン表示にピクトグラムを用いました。
今回は当社にとっての初めての医療機器ということで、できることならコストを抑えたいという事情もありました。そこで、機器のケース外観は、金型を起こさず既製品を用いました。今後の改良機ではプロダクトデザイナーの協力も得ながら、一層の使いやすさにこだわったオリジナルの外観を開発していきたいです。

C氏(編集・ウェブ・グラフィックデザイン):
今後はどのような展開を考えておられますか?

木幡氏:
歯科領域へもアプローチしたいと考えています。また、在宅での酸素療法との連携も検討しています。いずれも、簡単に呼吸筋力等の呼吸機能を測定できることが強みとして活かせる分野です。
機能面での次の展開としては、IoT化を考えています。家庭で呼吸機能を測ると、そのデータが病院へ送られ、家に居ながらにして診察してもらえたり、医師などからのアドバイスをもらえるという仕組みです。

D氏(企画・編集・取材・ライティング):
海外への展開は考えておられないのですか?

木幡氏:
もちろん考えています。医療機器に関する法律は国ごとに異なります。同じ機器でも、国によっては医療機器として扱われたり、健康器具として扱われたりすることがあるのです。そのことを見越して、我々は敢えてまずはハードルが高い方の医療機器の製品認証をめざしました。今後、国ごとの基準やニーズを見極めながら、それぞれの国での売り方を探っていきたいです。

公開日:2018月11月07日(水)
取材・文:松本守永氏(ウィルベリーズ

木幡巌氏(こばた いわお)

木幡巌氏

株式会社木幡計器製作所 代表取締役

昭和43年1月生まれ。関西大学社会学部卒業後、大手空圧機器メーカーの営業職を経て、明治42年創業の老舗圧力計メーカーである家業に就く、平成8年取締役、平成25年代表取締役に就任。創業時より主力製品である機械式圧力計の他、現在は医療機器開発や、既存計器のIoT化など、産学連携で新たな開発に挑戦するとともに、地元大阪市大正区の「ものづくり事業実行委員会」の委員長として地域ブランド化に官民一体で取り組んでいる。