正しく時代の波を捉え、正しく変わり続けること。
クリエイティブサロン Vol.147 田渕健一氏

100年を超える歴史を持つ昌栄印刷は、金融機関の通帳に端を発し、一貫してセキュリティ印刷に取り組んできた、高度なセキュリティ印刷技術を有する老舗企業だ。こちらのクリエイティブセンターでデザインに携わる田渕健一氏が、同社の歴史から、多様な進化をとげるメディアの発達に対する印刷の可能性、そしてチームから生まれる創造性とはいかなるものかを語った。

田渕健一氏

「SHOEIの歴史は金融とともに」。受け継がれる社是がDNAとなる。

大正7年創業、今年で111年を迎える昌栄印刷。関東大震災のあった大正12年には、民間会社として初となる200円紙幣を製造。これによって一部の業界では「西に昌栄印刷有り」と言われるようになる。以降も有価証券・通帳類などのセキュリティ印刷に取り組んできた。まず最初に「誠実」「社会貢献」「開拓者精神」という、社是の三項目について語った、クリエイティブセンター センター長の田渕氏。同社のDNAとなるこの社是は、繰り返し語られる重要なキーワードだ。さらに「私たちは黒子なのか?」というテーマを掲げ、その答えを探るため会社の歴史を4つの世代に分類。精密印刷・磁気化・カード媒体・IC化と技術の発展に合わせて紐解いていった。


昭和中期の作業風景

まずは「精密印刷世代」。この時代に生まれたデザイン、彩紋彫刻は歯車を組み合わせ数学的に曲線を描くもので、株券や証書などによく使われている。社内にはこういった技法を独自開発する部署があったという。次の「磁気印刷世代」では磁気インキ印刷(MICR印刷)を開発。国内で初めて磁気ストライプ付き通帳を手がけ、現在のバンキングシステムの礎づくりに貢献。国内金融機関全体の7割が取引先となっている。1983年からはクレジットカードを手がけ、Mastercard、VISA(現在はJCBも加わり)の製造ライセンスを所得した「カード媒体世代」。カード表面の磁気を印刷によって隠し、デザイン領域を優先確保させる画期的な磁気隠蔽カード。さらに会員証発行時の転記ミスを防ぎ作業効率もアップさせた、カード付き台紙システムの開発など私たちの暮らしに身近なものが紹介されていく。そして接点型IC、FeliCa、Edy、ETCなどチップが搭載されたカードの「IC化世代」。交通系のETCカード、電子マネーの楽天Edyカードなど、ICで実現する相互認証の仕組みによるマッチングはあらゆる場面で利用され、今後ますます需要は増えていく。メディアの発展とともに社内の技術も革新され、デザインの可能性も広がっているという。


ローラーぼかしで制作した孔雀絵

ビジュアル化支援を核にフィールドを拡大していく。

時代の流れを的確につかみチャレンジしてきた昌栄印刷は、顧客の期待に応えることでデザインフィールドをさらに拡大していく。この取組みを「ビジュアル化支援」という言葉で表現し、社是に基づく現在の仕事の広がりをこう語った。「ビジュアル化支援という考え方で誠実な対応していくことを核に、デザインの基本能力を向上しつつ、ECO、UD、CSR活動で社会貢献活動を。またアーカイヴとプロモーションで実績という信頼感を伝え、そして時代を見据えた開拓者精神でウェブや映像制作に取り組んでいく。さらに高揚感をもたせるキャラクタービジネスで、異業種デザインへと領域も広げていきます」

今では多くの金融機関が採用するUD通帳も、2007年に業界で初めて手がけた。「UD通帳」とは、メディアが昌栄印刷のユニバーサルデザインへの取り組みを記事にした際の表現。これは同社にとってもエポックであり、現在まで大きくの金融機関の採用され300件を超えるUD通帳をデザイン。規制の多い通帳に対して、少しでも見やすく使いやすいものになるように、紙面設計・書体・色彩に至るまで工夫が凝らされている。CSRとしては2004年から、大阪信用金庫と大阪芸術大学の産業連携コーディネーターとして参画。ここでは通帳デザインやキャラクターやノベルティ制作にも学生が挑戦した。昨年からは大阪府も参加し、産学官連携が実現。2012年からは、同社オリジナル製品の通帳型スケジュール帳を定番化しリリースしている。

さらに力を入れている分野として、キャラクタービジネスを紹介。「自分自身、絵本が好きで。絵本が世界の扉を開いてくれた」と田渕氏。原作絵本の主人公『ペンギンピート』が、百五銀行のキャラクターに採用されて以来のつきあいとなるスイスの絵本作家マーカス・フィスター氏をはじめ、国内はもとより世界中のさまざまな絵本作家と交流を持つ。キャラクターを用いた販促物のグッズ展開は取り上げるときりがない。またオリジナルキャラクター制作では、一貫して顧客の要望をカタチにしていく姿勢を貫いている。そのなかでキャラクターをエンターテインメントなものにしたいと派生したのが、着ぐるみの制作だ。二頭身、三頭身のイラストから三次元に起こすのは難しいが、それも経験を重ねてノウハウを蓄積していった。


小松川信用金庫の職員と話し合い具現化したキャラクター“こまちゃん”

さまざまな個性が集い、切磋琢磨することで実現する、団体戦での創造性。

田渕氏は幼少の頃、テレビで見る演劇、歌番組の舞台装置の面白さに目覚める。親から「これはデザイナーという職業の人がやってるんだよ」との助言があり、この頃からすでに将来デザイナーになるとを決めていた。昌栄印刷は1983年にデザインセンター(現クリエイティブセンター)が発足。大阪芸術大学を経て田渕氏が入社した1990年は、印刷業界にデジタル化の波が訪れた時期でもある。大阪には印刷会社でデザイン制作部署を配置する会社は決して多くはなかった。現在、同社の年間デザイン制作件数は約2800点を超えており、その採用は約700点。5名の在籍メンバーが相当な量をこなしていることになる。デザインコンペが主戦場であるため、デザインスタッフが総動員で取り組む団体戦で制作数を補い、叡智を集結して採用数を確保しているのだ。

今回のテーマである「団体戦での創造性」について、田渕氏はルネッサンス期の理想にたとえた。「さまざまな個性がぶつかり合うなかで切磋琢磨され、より良いものが創造されていくのです」。毎日新しく入ってくる案件に対して、その日にミーティングはおこなわれる。一人で抱えると偏りがちになるものも客観的に見ることができ、誰かがふと漏らしたワンフレーズがきっかけでアイデアが一気に広がることもある。また持ち寄ったアイデアを壁に貼りだし、みんなで拡散集約しながら修正を入れながら精度を高めている。「これがチームプレイでは必要不可欠なこと。原石をみんなで磨き、それを紡ぎとってカタチにしていくんです」

デジタルとアナログの橋渡しで印刷業界という垣根を超える。

昨年からはフィールドを海外のフィリピンにも拡大し、SHOEI HIGH-TECH PHILIPPINS INC. の取締役として、月に一度は現地を訪れる田渕氏。現地の最大手金融機関 BDO UNIBANK 主催のイベント参加をきっかけに、同社の新商品デザインコンペに日本人として初めて参加。「Junior Savers」という若年層向け商品のATMカードと通帳のデザインが採用となった、今年1月の発売からクライアントの予想を超えるヒット商品となった。現在はフィリピンでの次なる一手を進めている。


フィリピン最大手金融機関BDO Unibankの「Junior Savers」若年層向け商品の通帳とATMカードのデザインを制作

また主力のセキュリティ印刷に関しても、最先端分野での技術開発に注力している。そのひとつがカレンシーポートと共同開発した多要素相互認証技術。QRコードに昌栄印刷が開発したデジタルSAIMONを組み合わせることで、本人確認をおこなうソリューションを提供している。「オンデマンド、バリアブル印刷で複雑な処理ができるようになり、画像解析の技術が進んだことで実現できることになりました。私が入社間もない頃から構想はあったのですが、突然時代が追いついてきて実現できた感じです」。自分たちはあくまでリアルなものしかつくれないが、デジタルへの橋渡しになるものをつくることはできる。そこに着手することが重要だ。「着ぐるみ制作もそれに近い。キャラクターをつくることで印刷業界という垣根を超え、異分野だと思っていた領域にも進出することができます」

冒頭に掲げた命題に対して、「私たちは “良い意味で”プロフェッショナルとして黒子であり続けなければならない」と答えを出した。「世の中に名が知れる必要はない。ただ必要とされれば時に黒子と言いながら表現者になることも必要で(笑)。だからこそデザインは面白い、デザインには底知れない魅力がある。」。そして過去の栄光を誇りとは考えず、自らが正しく時代の波を捉え、正しく変わり続ける。顧客の期待に応えるこの姿勢を持ち続けることを「誇り」としたいという。「時代に対して変化は絶対に必要。とはいえ本来あるべき姿を変える必要はない。どの仕事に対しても誠実に対応できているか、社会貢献、開拓者精神を持って取り組んでいるか。そういうことをつねに意識していれば、きっと活路は見いだせると考えています」

イベントの様子

公開日:2018月09月18日(火)
取材・文:町田佳子

田渕健一氏(たぶち けんいち)

田渕健一氏

昌栄印刷株式会社 営業企画部 部長・クリエイティブセンター センター長
SHOEI HIGH-TECH PHILIPPINS INC. 取締役

金融機関のグラフィックデザイン全般を着手。コミュニケーションアイテムである通帳、カードのデザインから、VI、看板施工、ディスプレイ、映像制作、記念誌などのエディトリアル、さらにはキャラクターライセンスからオリジナル制作までビジュアル支援というポジショニングでお客さまと接する。さらに、昨年からはフィールドをフィリピンにも拡大し、デザインを軸とした制作にも取り組んでいる。
その他、本年は月刊印刷雑誌で「印刷会社の匿名係」といった題目で連載コラムを執筆中。