ものづくりの先にいるのは「人」。人の笑顔が見たいから、感動させたいから、動く。
クリエイティブサロン Vol.109 小川貴一郎氏

積水ハウス株式会社の社員として22年間、住宅や店舗を手がけ、そのかたわら大阪最大のデザイン見本市「LIVING & DESIGN」を経て、現在は「MACHI DECOR」の実行委員をつとめる小川貴一郎氏。「不良品から富良品へ」「SALT VALLEY RENOVATION PROJECT」など数々の企画を成功させた。2012年にはサラリーマンだけのデザインユニット「barracks」を立ち上げ、さまざまな展示会にも出展。昨年、積水ハウスを退職し、「barracks* anonymous design gang」として本格的に活動をはじめた小川氏が自身のバックグラウンドから、モノづくりからコトづくりに変わった背景、今までに起こしてきた“奇跡”などについて語った。

小川貴一郎氏

クリエイティブで一番重要なこと、それは「既成概念を捨てること」。

最近なんとなくデザインが面白くない。洒落ているし、センスもいいんだけど、何だか同じような感じ。見た瞬間に心ときめく、というものではない。「今やカッコいいものは世の中にいくらでもあります。ぼくはどこにもない変なものの方が価値があると思うんです。既成の価値観を崩壊させ、新しい価値観を生み出すことがクリエイティブで大切なこと。これでいいのか?という問いかけは、常に心がけています」。そう語る「barracks* anonymous design gang」の小川貴一郎氏は会社員時代から現在まで、枠にはまることなく縦横無尽に活躍する存在。「好きな言葉は颯爽と、信条はチャーミングに、手段はダサく」。今回のサロンもそんな小川氏らしいエビソードが炸裂した内容で、会場をおおいに沸かせた。

現在の活動の前身となる「barracks」は、会社員時代にサラリーマンが会社の枠を超え、想いをデザインにぶつけたいと始まった。2013年には海を渡り『NEWYORK BROOKLYN DESIGN SHOWCASE』に出展、高い評価を得た。「出品作品はどれも未完成で面白いものばかり。売るためや話題性のためではなく、“これがいい”と信じてエネルギーを注いでつくるから、どれも魂が込もっていました」

「barracks」として出品したのは「MANGA CHAIR」。工事現場は休み明けの月曜にゴミとして多くの端材が出る。その端材で椅子の形をつくり、一年分60冊の『週刊少年ジャンプ』をクッションにするという冗談みたいなアイデア。ちなみに『少年ジャンプ』も毎週月曜発売。だからサブタイトルは「Looking forward to Monday」(月曜日が待ち遠しい)。読み捨てられる漫画や工事現場のゴミを組み合わせたアップサイクル。これが話題となり、地元誌の『BROOKLYN PAPER』やWebマガジン『inhabitat』でも絶賛された。「最近デザインは、何と何を組み合わせるかという編集に変わってきているが、これはゼロから新しい発想でつくられたと評価してもらえました」

小川氏と「MANGA CHAIR」
「MANGA CHAIR」

無意識から生まれる美しさ。“視点”を変えて、価値観を転換する。

たとえば塗料の一斗缶。使い終わった後は塗料が飛び散り垂れ落ちたりしている。これは無意識の行為から生まれた美しさであり、それを人為的につくろうとすると「うしろめたさ」がでる。味を出すことを意図してつくる、あざとさ。そうやってできたものは結局「~風」。つまり模倣でしかない。無意識の美しさに惹かれる小川氏としては「安物でもいいから、本来の素材の味を出したい。そこには本当の色気がある」。この一斗缶も工事現場の人間からすれば見慣れたゴミだが、自分から見るとお宝。「そんな風に同じものを宝の山と感じる人と、ゴミ溜めと思う人を結びつけると面白いものができる」と生まれたのが、『不良品から富良品へ展』という企画。工場などで価値を失った端材にデザインの力で新たな価値を生み出し、社会的な課題に取り組むプロジェクトだ。この展示会で披露された「Picture Steel」という作品は、黒い酸化鉄に覆われた鉄工所であればどこにでも転がっている黒皮鉄が主役。青みがかって絵画のような美しさを持つ黒皮鉄を、高級なステンレスで額装するという逆転の発想。

「全身ドルチェ&ガッバーナでキメるより、油まみれの作業着のほうがカッコイイ」。そう語る小川氏は、自分で絵を描いたスーツを纏っている。「スーツは会社員時代に毎日着ていましたが、とにかく嫌いで。でもそこに自分で絵を描くことで、大嫌いだったスーツがお気に入りの戦闘服に変わったんです」。「嫌い / 好き」を自分の手を加えて変換させたというわけだ。

今、デザインに欠けているのは人間のエモーショナルな部分への訴求。

「奇跡が起こった話をしましょう」と語りはじめたのは、2014年の「MACHI DECOR」でのエピソード。芦原橋にある築34年のビルのリノベーションを依頼された小川氏。ここを人が集まるコミュニティスペースへと変革させるプロジェクトだが、予算はない。材料費は協賛を集め、人件費はワークショップ形式のボランティアでまかなった。とはいえ当初は参加する人も少なく、前途多難な状態。そこで奇跡が起こる。「ある時、通りがかりの女の子が手伝いにきてくれ、彼女がこの体験を発信してくれた。自分たちの発信力では限界があるが、参加した人が発信することで、今まですれ違うことのなかった人にまで届きはじめたんです」。SNSのタイムラインを飾る写真は日ごと、にぎやかに。結果的に700人が参加し、「SALT VALLEY」が誕生した。

小川氏曰く「奇跡は自分で起こすもの、むしろ奇跡は毎日そこらじゅうで起きている」という。「それに気づくアンテナの感度を研ぎ澄ますことが大事。そのためには動いて人に接すること。一つひとつのご縁を大切にして、丁寧に接していれば、誰にでも奇跡は起こせるものなのです」

「SALT VALLEY」のペイントパーティーには100人ほどが訪れ、みんなで壁を塗った。服が汚れるのもいとわず、ペンキ塗りを楽しむ姿を見ていた時に、ふと思った。労働と時間を提供してもらい、帰りにはお礼の言葉までもらえて、これってなんだろうと。「今は数字ばかりが求められる時代。仕事のなかで心が満たされていないのではないか。ということはモチベーションを高めるためには、人間のエモーショナルな部分に訴えかけないとダメだと実感しました」

何ごともやってみないとわからない、そんな現場の「肌感覚」を大切にする人らしい言葉だ。

パーティーでの集合写真
100人近くが集まった「SALT VALLEY」のペイントパーティー

まず「課題」があり「目的」があって、そこまでのプロセスを考えることがデザイン。

昨年夏、20年以上勤めた会社を辞めた。「年収は減りましたが、今は楽しくて仕方ない。ものづくりの先には人がいる。人の笑顔が見たいから、感動させたいから、そのために動く。それが自分にとっての幸せであり、仕事の基本」。そんなスタンスで設立された「DIY工務店」では、「空き家問題」にも挑んでいる。現在は老朽化し、半分が空き部屋となった滋賀にある分譲マンション。ここの案件では関西初のDIY型賃貸マンションを提案。これは「入居したら、好きな間取りや内装にしてあげます。それをぼくらと一緒につくりましょう」というスタイル。衣食住の“住”は自分の手が及ばないので、なかなかテンションが上がらないが、DIYをすることで暮らしに興味も湧いてくるという。「全部をプロに委ねたら気になる部分も、自分がつくったものだと気にならないものなんです。それどころか歪んだ棚さえ愛おしい。高級なソファを置くより、自分で壁を塗り、棚をつけることのほうが暮らしは豊かになります」

小川氏にとってデザインとは「問題解決」をするもの。何をつくるかよりも、それをつくって何をおこそうかという方が大切。「これがカッコイイと押し付けるのでなく、好みの間取りにすることで住む人のモチベーションが上がる。また画一化された部屋ではないので、隣人のスタイルも気になるでしょ。するとマンションのなかに、新しい形のコミュニケーションが生まれるかもしれない。それが集積されればひとつの文化になる。そういう仕組を考えることがデザインだと思います」。クリエイティブとは、実はそういうところにあるという。「さらにいえば子育てママさんや会社経営者、行政の職員であっても、常に自分で見て、感じ、考え、行動できる人のほうがクリエイティブだといえます」

人・もの・ことを結びつけて日本の暮らしを豊かにしたい。

もともと営業職だった小川氏は、話の引き出しが多い。「行動量×信頼=結果」という方程式を例に、興味深い話も披露した。この方程式だと一万回行動しても、信頼がゼロであれば結果もゼロ。逆に信頼が2あれば行動に対して倍の結果が得られる。つまりいかに人に信頼されるかのほうが大事だというお話。

「小川さんは何をしている人?」。これはよく聞かれる質問。自分でも分からないし、ピッタリの言葉も出ないという。「ぼくはアーティストでもデザイナーでもない。あえていえば、いち労働者。スーパーの夜間工事を手伝っていたかと思えば、数日後には日本を代表するプロダクトデザイナーの喜多俊之さんと仕事をしていたり」。そういう混沌とした状況を面白がり、楽しんでいる。そのように幸せなバイブスを発する人のまわりには、自然と人が集まってくる。「今につながる活動は会社員時代からやっていて、常に遊びながら、友だちのネットワークができた感じ。それが自分の財産ですね」。そんな気の合う仲間との雑談の中から面白いアイデアは生まれる。「これは会議のテーブルでは絶対に生まれないものです」。良いものを作るためには互いに“空気”を感じて言語化していくことが必要。コミュニケーションありき、だ。

「嫌いな言葉は大義名分とコンプライアンス」という小川氏。今世の中は、ユニバーサルデザインの方向に傾いている。使いやすいものが広がり、世の中に安全・安心なデザインが蔓延した結果、人間はみんな考えないようになったとも。「人間としての野性的感覚が失われつつある気がします。豊か過ぎて満足を忘れてしまった。そんななか、喜びを噛みしめる人が少しでも増えて欲しい」。最後に自分の存在意義についてこう語った。「雲をつかむような話かもしれませんが、日本の暮らしを豊かにしたい。自分がやっていることをつなげていくと、結果的にそういうことになるのかなと思います」

会場風景

イベント概要

なんとなくでいいと思うし、ダサくたっていいと思う。
クリエイティブサロン Vol.109 小川貴一郎氏

僕は専門の教育を受けたデザイナーでもアーティストでもなく、ただの労働者ですが、なぜか皆さん、僕にデザインの相談を持ってこられます。それは僕が作るものがかっこいい……なんて誰も思ってなくて、この人に聞いたらなんらかのヒントが貰えるから……って思ってもらってるからだと思います。デザインというものが色や形ではなく、問題解決の手段であると常に感じていて、何を作るかよりも、それを作って何をおこそうか……の方が僕には大切です。
かっこいいものは世の中にいくらでもあります。むしろどこにも無いものの方が僕は価値があると思います。かっこよく作ろうとした物よりも、身の回りにある物でササッと間に合わせで作った物が、結果的にかっこいい……というのが、僕の理想です。
今回は、モノづくりからコトづくりに変わった背景や、これまでにてがけたプロジェクト、いままで起こしてきた奇跡、自分の存在意義などをお話しできればと思っています。

開催日:2016年8月30日(火)

小川貴一郎氏(おがわ きいちろう)

barracks* anonymous design gang

1970年大阪生まれ。京都外国語大学卒業後、積水ハウス株式会社に入社し、22年間で約160棟(約70億円)の住宅・店舗・クリニックを手がける。本業の傍ら、「LIVING & DESIGN」「MACHI DECOR」の実行委員をつとめ「不良品から富良品へ」「SALT VALLEY RENOVATION PROJECT」「幸せの黄色い椅子展」など数々の企画を成功させる。なかでも「不良品から富良品へ」は、大阪大学の授業にもなり、現在、同大学大学院で講師も務める。また、企業との商品開発にも積極的に関わり、広い交流関係を駆使して今までにない物作りをサポート。2012年にサラリーマンばかりのモノづくり仲間とデザインユニット“barracks”を立ち上げ、様々な展示会等に出展。2014年には、NEW YORKの「BROOKLYN DESIGNS SHOWCASE」に日本人として初めて作品を出展し、地元の新聞に取り上げられる。2015年に積水ハウスを退職後、「barracks* anonymous design gang」として本格的に活動をはじめる。

barracks* anonymous design gang
barracks*(バラック・ほったて小屋)が大好き / anonymous(匿名の)=誰がデザインしたかという事が重要なのではなく、その佇まいが大切 / design gang=デザイン猛者たちの中に、あえてデザインの固定概念を持たずに乗り込もうという意気込み(笑)が、名前の由来。

http://barracks.ooo/

公開:
取材・文:町田佳子氏

*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。