アートディレクターと“駄美術”作家。ふたつの顔があるから、バランスがとれる。
クリエイティブサロン Vol.70 籠谷シェーン氏

籠谷シェーン氏

2015年最初のクリエイティブサロンのゲストは、アート界の異端児・現代美術二等兵の籠谷シェーン氏。既成のものを少しだけずらすことで、笑いを生じさせるユーモラスな作品にファンも多い。大手印刷会社のアートディレクターという仕事と並行して、“現代美術二等兵”としての活動を20年以上続ける籠谷氏に、仕事と創作活動を両立させる秘訣や、長い歳月の中で鮮度の高いアイデアを生み出し続ける発想法について語っていただいた。

美大生から作家になる道ではなく選んだのは「趣味と仕事の両立」

天使の背中の羽がむしられて手羽先になった「手羽先天使」、厳しい修行に嫌気が差してリーゼントヘアの不良少年化した「ぐれダルマ」、頭が天井にぶつかるため普段以上に首を曲げているミロのヴィーナスのつぶやき「狭い…」などなど。その秀逸なネーミングセンス、「これが芸術?」と私たちの常識を一瞬揺さぶり、笑いを引き起こす。これらの作品をつくるのは、籠谷シェーン氏とふじわらかつひと氏による現代美術二等兵。緩くも先鋭的な作品を発表し続け、今年で活動22年になる。「現代美術二等兵は、大学時代の友人とやっているアートユニットで、毎年京都で作品を発表しながら、最近はグッズ制作も手がけたり。ぼくは大阪、ふじわらは東京で、それぞれ仕事をしながら制作活動をしています」。

学生時代は京都市立芸術大学で彫刻を専攻。「美大生が作家になるパターンがあって。大学院に進んでアルバイトをしながら作品をつくり、先生にでもなれれば良し、という感じ。自分は先生という柄でもないし、就職して趣味でものづくりできればいいかと」。そう決めてからは就職活動。OBのいる現在の会社でこれからはパッケージデザインも、彫刻で学んだ立体的な感覚が必要なので、よかったら来ないか、と声をかけられた。「それで好きなことができて楽しそうだなと思って入社しました。でも考えてみれば、世の中に出回っているすべての商品にはなんらかのパッケージがあり、カッコいいデザインがよしとされる世界もあれば、一方コテコテでベタなデザインが求められることがある。むしろ後者のほうが多い。そういう状況を知らずに入ったので、そんな考えはすぐに、へし折られました(笑)」

作品「ぐれダルマ」
「ぐれダルマ」(現代美術二等兵 月刊駄美術図鑑)

アートディレクターとしての「ものづくり論」

籠谷氏は大手印刷会社の包装事業部に所属し、現在はアートディレクターとして、パッケージデザインから商品企画まで手がけている。「ぼくの仕事は、クライアントからオリエンを受けたものを外部に発注し、それをプレゼンする。最初の段階でクライアントと話し、共通認識を持った上で、デザイナーとの打ち合わせで、さらに広げていくことが理想」。

ここで清酒や薬品など、これまでの仕事が紹介された。「お酒のパッケージはどちらかというと情緒的な世界。中身が同じでも紙パック、ガラス瓶、ペットボトルとパッケージによって伝わるイメージが大きく変わるので、面白い仕事です」。その一例としてあげた広島賀茂鶴酒造の“蔵生”は、高級酒を製造するメーカーが、初めて展開する千円以下のリーズナブルな商品。「初代の蔵生ラベルは氷温蔵貯蔵から霜のついたイメージを出すため、真ん中に白い刷毛目を入れ、エンボスのかかった特殊な紙に白のつや消しのホットスタンプをしながら、商品名も黒のホットスタンプを押してあります。印刷会社の技術をどれだけ盛り込めるかに挑戦した商品です」

普段の仕事では与えられたテーマと制約の中で、どのようにして最適な答えを出すかが、重要になってくる。「それぞれの商品の本質的な部分を、クライアントの意向に則しつつ、いかに魅力的にするか。それを念頭において仕事をしているのですが、自分の思いだけでは何ともならない、とはいえ、自分自身の主張がないとダメなわけで、そこはいつも考えています」

笑いや楽しさが創作の源
脱力エンターテインメントを極める

現代美術二等兵としての活動は入社1年目、社会人生活と並行してスタートする。当初は名前もなかったが、3度目の個展『現代美術二等兵』を機に現在の名称に落ち着いた。現代美術の最前線で、竹槍を持って孤軍奮闘する彼らのイメージにぴったりだ。さらに1998年の展覧会「現代美術二等兵の駄美術宣言」では、「自分たちのやってることは美術ではない、駄美術だ!」と開き直った。そして菓子に対して駄菓子があるように、現代美術に対する“駄美術”を追求する。

ユニットだが共同制作は行わず、それぞれが作品を持ち寄る。表現ジャンルは彫刻、絵画、写真など何でもあり。「これは美術ではない」と言う批判には、展覧会名を『やいやい言うな娯楽じゃボケ!』として切り返す洒落っ気。面白いと思うことを極め、美術の権威を笑い飛ばす姿勢が実にすがすがしい。そして既存の価値観に対して20年以上、飄々と歩んできた結果、彼らの作品は駄美術という新境地を開拓した。「単純に展覧会の後に、来年の展示のことを考えるのが楽しくて続けてこられた。それと2人でやっているのも大きいですね」

代表作である籠谷氏による『こけしアレー』は、2000年頃の作品。地下飲食街のウィンド−に作品展示の依頼があり、その時のテーマが「21世紀」だった。21世紀のプロダクトについて考えると、増え続ける付加価値、行き過ぎた多機能化が浮かび、それはグロテスクに思えた。「どうせなら単品で中途半端なもの同志を組み合わせて、より中途半端で、グロテスクなものにしようと」。鉄アレイを買ってきて塗装を剥がし、こけしの顔を描いた。「できあがった時に達成感ではなく、エラいものをつくってしまったなという抜け感があって(笑)。自分の中では革新的というか。今も引っ張られている作品です」

2000年以降は京都での定例の展覧会に加えて、村上隆主催の「GEISAI」、「デザインタイド」などに積極的に参加し、作品集も出版。こけしアレーや、スカンクが放屁をする瞬間をデザインしたブックエンドなどの商品化、最近ではカプセルトイの企画にLINEスタンプまで活躍の場は広がっている。

作品「こけしアレー」
「こけしアレー」(現代美術二等兵 月刊駄美術図鑑)

こんなアホなものは他にない、と思うとワクワクする
本気で“いちびる”ための、生活基盤とスキル

仕事外の時間に創作活動するのは、口で言うほど簡単ではない。「こういう作品なので(笑)、仕事をして生活の糧とか基盤がないと、アホなことができないんですよ」と籠谷氏は言う。製作時間は基本的に子どもが寝ついた夜の10時、11時から数時間。それも毎日ではなく、展覧会前の数ヶ月だけ集中してつくる。作品のアイデアは、いつ考えるのだろう。「展覧会の方向性が決まると、ひとつふたつは浮かぶので、それを相談しながら勢いをつけたり、テレビとか人の作品を見て、突っ込みを入れたくなった時にも浮かびます。あと作品タイトルが先に決まることも。どうしようもなさを楽しむというか、こんなアホなものは世の中に二つとない、そうと思うとワクワクしてくる」

仕事では最短でロスがない方法を探すが、作品づくりではその逆。素材、制作の道具や工程までイチから考え、あれこれチャレンジしてみる。その試行錯誤すら楽しい。またすべて手づくりするのではなく、一部の工程を外部に発注することも多い。「発注物の完成度が高いと気持ちいい。この感覚は、アートディレクターぽい」と自己分析。仕事で培われたスキルも創作を支える。「追い込まれた時にひねり出す感じは、通常の仕事で鍛えられましたね。とりあえずこれで走って、ディテールは後から構築しようとか。思いついて搬入まで3日しかない場合でも、段取りに関しては反射的に対応できますから」。一見するとどれも駄洒落を形にした荒唐無稽に見える作品は、細部までガチガチにつくり込まれているものもあれば、逆にあえてユルユルに仕上げたものも。この絶妙なるバランス感覚。「仕事の時もそうですが、ものをつくる時、より相手に伝わるように工夫はしていますね」

仕事とは違う顔で創作活動をすることで、自分の中で均衡がとれているし、作品づくりは決して“仕事の鬱憤晴らし”ではないという。「駄洒落とか冗談とか思いついたら反応が見たい、そういう衝動から創作が始まっている。大阪で言うところの“いちびり”です。展示活動は、そういうものを晒けだす所。自分はギャラリーという場で、ずっといちびっているのかな、と最近よく思うんです」。

イベント概要

仕事でつくること。好き勝手につくること。
クリエイティブサロン Vol.70 籠谷シェーン氏

大手印刷会社にてパッケージのデザイン、ディレクション、商品開発を担当してきました。
又、それらと並行しつつ大学時代の友人とアートユニット「現代美術二等兵」として「駄美術」なる作品の制作、発表を続け今年で22年になります。
毛色の違うふたつのモノづくりを両立させてきた活動の振り返りと今後の展望等を中心にお話させて頂きます。

開催日:2015年1月8日(木)

籠谷シェーン(籠谷隆)氏(かごたにしぇーん)

駄美術作家 / パッケージアートディレクター

1967年大阪市生まれ。京都市立芸術大学彫刻専攻卒業後、大手印刷会社入社。
清酒、菓子、薬品等のパッケージデザイン、商品企画に携わる。又入社1年後より、大学時代の友人とアートユニットを結成、「現代美術二等兵」として活動開始。敷居の低い駄菓子のような作品「駄美術」を作り続けている。展示活動以外にも、作品の商品化、カプセル玩具の企画デザイン等、活動領域を拡大中。
2004年GEISAI#6 / 審査員特別賞(Fantastic Plastic Machine 田中知之賞)
及びスカウト審査員賞(ROCKET賞)2013年 六甲ミーツ・アート大賞 / 奨励賞

籠谷シェーン氏

公開:
取材・文:町田佳子氏

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