切り拓く「アジアの建築ロード」。
クリエイティブサロン Vol.68 李暎一氏

毎回、さまざまなジャンルのクリエイターをゲストスピーカーにお迎えし、その人となりや活動内容をお聞きし、ゲストと参加者、また参加者同士のコミュニケーションを深める「クリエイティブサロン」。今回のゲストは、atelier Because Lee代表の李暎一(リー・ヨンイル)氏。弘益大学校建築学科(韓国)卒業後、神戸大学大学院で修士課程・博士課程を修了し、学術博士号を取得した建築家だ。多様性の集合体であるアジアを建築で繋ぐ仕掛け人として各国各地を飛び回り、精力的に活動している。そんな李氏が切り拓く「アジアの建築ロード」とは?

李暎一氏

アジアを建築で繋ぎたい。

「いま“アジアの時代”と言われていますね。実際、世界のゼネコン売上ランキングを見ると、アジアの比率がとても高くなっています。“アジアはいつも工事中”というわけですが、まだまだ経済が先行していて文化と一致していません。日本は世界と対等に戦える現代建築を創(造)っているので、アジアの中では模範的な解答を示しているわけですが、他のアジア諸国においては大学で教えている先生でさえ近代建築について知らないということがあるんです」と李氏は語る。
「西洋から始まったモダニズムの受け入れ方は、アジアの国々によってさまざまです。アジアにはすばらしい伝統建築がたくさんあります。でも、近代建築の方はどうでしょう? そのギャップを考えないといけない、と私は思っているんです」
自国固有の伝統文化との葛藤や悩みは、すべてのアジアの国々が持つ共通点。アジアはそのような共通の問題を共に悩み、解決していく賢明な交流を行うべきである、と李氏は話す。
「アジアは、現在においても文化・歴史・伝統などのアイデンティティに対する思考と現代建築との関係性について、みんなが深い関心を持っています。多様性の集合体であるアジアを“建築で繋ぐ”仕掛けを考えて、アジアが抱える課題の解決に貢献したい。これが建築ロードの始まりでした」


「アジア建築新人戦」各国で開催される国内大会

いでよ、アジア人の世界的スター。

李氏が唱える「アジアの建築ロード」は次の三つの柱から成り立っている。一本目の柱は「アジアの建築教育を考える」というもの。二本目の柱は「アジアの現代建築を求める」というもの。そして三本目の柱は「アジアのスタンダードをつくる」というものだ。一本目の柱「アジアの建築教育を考える」に沿って実施しているのが“アジア建築新人戦”(Asian Contest of the Architectural Rookie's Award)。
「私が実行委員長を務める“アジア建築新人戦”は、アジアの大学で建築設計を学ぶ学生の作品を審査し、評価する大会です。大学3回生までの参加資格と、所属する大学の設計課題を提出作品とする条件をベースとしています。この新人戦をただアジアNO.1を選ぶだけの大会とするのではなく、学生の作品を基にアジアの建築教育についてみんなが議論する場にしたいと考えています。そして、この大会を通じて成長したアジアの学生たちがこれからアジアの建築文化を活性化させ、アジアの現代建築を担っていき、ひいては世界の建築を牽引していく大事な人材になることを期待しています」
日本、韓国、中国、ベトナムの4か国が参加した第1回アジア大会は、2012年に韓国・ソウルで開催された。第2回大会は大阪で開催され、インドやミャンマー、タイ、カンボジア、マレーシア、インドネシアも参加。今年2014年、中国・大連で開かれた第3回アジア大会には、モンゴルや台湾、ラオスも加わり、着実な広がりを見せている。次回はベトナムで開催が予定されている。アジアを順に回って、建築界におけるアジア人の世界的スターを発掘するこの活動と合わせて、李氏はアジアの大学のネットワーク構築にも汗を流している。
一本目の柱「アジアの建築教育を考える」に沿い、李氏が行っている活動がもうひとつある。それが“3A SCHOOL構想”。“3A”はArchitects Academy Asiaを指す。アジアの現代建築文化の成熟を図り、アジアのスター建築家を育成する私立建築大学院が“3A SCHOOL”。西洋の先進教育とアジアの理念(精神)を合わせた、世界唯一の建築大学院で、建築のアイデア、構造、施工を総合的かつ一体的に学ぶことができる。開学予定は2016年9月、初代学長は建築家の安藤忠雄氏を迎える予定だ。“3A SCHOOL構想”委員会の委員長も務める李氏は、アジアを巡回して学生を募集するとともに、国際的なスタッフを募り、日本とアジアの建築家や教員、事務局によるアジアのネットワークの構成にいま力を注いでいるという。

アジア建築新人戦 第1回アジア大会 2012ソウル 審査会場

〈KANSAI 6〉のメンバーのひとりとして、
またプロデューサーとして。

二本目の柱「アジアの現代建築を求める」に沿ったアクションは、〈KANSAI 6〉のプロデュ−スによって実行されている。〈KANSAI 6〉は、関西を拠点として活動している建築家6人がアジアの時代を迎えて〈アジアの建築〉について真摯に考え、その議論の場を広げるために結成されたグループ。メンバーは、竹山聖氏、李暎一氏、遠藤秀平氏、長坂大氏、米田明氏、宮本佳明氏。この6人によって、メビック扇町 交流スペースで、2011年にシンポジウムが開催された。タイトルは『〈KANSAI 6〉シンポジウム-オノマトペと建築』。オノマトペはギリシャ語で状態や様子を表す言葉(擬態語・擬音語)だ。オノマトペをテーマとして自身の建築作品について語ったわけだが、そのときの李氏のオノマトペはなんと“マゼマゼ”。
「“マゼマゼMAZEMAZE”は、二つ以上のモノや概念、形式をマゼることで表れる状況を指すオノマトペです。“マゼるMAZERU”には混ぜる、交ぜる、一緒にする、配合する、織り込むなど多様な意味があります。世の中は“マゼる”ことで得る可能性で溢れています。“マゼる”の中には一つ以上が前提となります。一つではマゼることが出来ません。また、何でもマゼれば良いものでもありません。混ざり具合は状況に応じて異なります。マゼるにもルールや相性や美学が存在します。私は建築の中に概念や時間、モノをそれぞれマゼるようにしています」

また、2013年にASJ UMEDA CELLで開催された[脈脈都市/アジア建築の未来像]では、メンバーの5人で建築を“脈”で表現し、語った。この企画展は、日本が道州制を大阪が大阪州を導入して、伊丹空港を州都とする行政都市を計画することを想定したものだ。


「脈脈都市/アジア建築の未来像」

三つのスタンダードづくりを一体的に。

三本目の柱は「アジアのスタンダードをつくる」というもの。これは“アジアの建築教育のスタンダード”づくり、“アジアの建築基準法のスタンダード”づくり、“アジアの建築概念のスタンダード”づくりという三つのアクションから成り立っている。
「一つ目のアクション“アジアの建築教育のスタンダード”づくりは、教育をすべて一緒にするというのではありません。共通のものと、その国固有のものを同時に持つということです。共通のカリキュラムづくりや共通の課題づくりを指します。
二つ目のアクション“アジアの建築基準法のスタンダード”づくりは、建築設計が自由にできるような共通の基準法づくりです。国交省の補助金により、モンゴルやインドネシア、ミャンマーの建築基準法の調査をしています。
三つ目のアクション“アジアの建築概念のスタンダード”づくりは、都市の未来やAnother Modernなどをテーマとしたシンポジウムの企画です。“もし、アジアに西洋のモダニズムが入ってこなかったらどうなっていたか?”や“アジアならではのもうひとつのモダニズムがあったのでは?”などを話し合いたい。いまお話しした三つのスタンダードづくりをそれぞれ個別のものとしてではなく、一体的に考えていくことが重要だと思っています」

アジア各地に赴き、人と出会い、建築と向き合う李氏の“マゼマゼ”により、程よく混ざり合った理念や概念は、これからのアジアの建築文化というフィールドにおいて、国境を超え、世代を超えて、さまざまな人たちに脈々と受け継がれていくことだろう。李氏の行く先々には新しい道ができる。かつて東西の交易や文化の交流で貴重な役割を果たしたシルクロードのように。

イベント風景

イベント概要

クリエイティブサロン Vol.68 李暎一氏
アジアの建築ロード

アジアの時代に建築は何が出来るのか?真のアジアの時代は、経済より文化の力によるものでなければならない。
アジアは西洋から始まったモダニズムを受け入れたことで、自国の固有な文化や伝統との間に様々な矛盾を抱えて来た。
本来、アジアには素晴らしい伝統建築がたくさんあるが、近代建築はどうなのか?アジアには現在においても文化、伝統、歴史などアイデンティティに対する思考と現代建築との関係性に深い関心が持たれている。
今のアジアにはそのようなアジア共通の葛藤と悩みを解決するための賢明な交流が求められている。それは建築教育から建築設計の全般において行われるべきである。
多様性の集合体であるアジアを建築で繋ぐ仕掛けを、「建築ロード」と称してアジアを巡っている。

開催日時

2014年12月08日(月)19:30〜21:00

会場

メビック扇町 ロビー

李暎一氏(リー・ヨンイル)

韓国ソウル生まれ。弘益大学校建築学科(韓国)卒業。
神戸大学大学院修士課程修了。同大学院博士課程修了、学術博士(Ph.D)。
現在、atelier Because Lee代表。都市ブランドデザイン研究所 所長。
元宝塚造形芸術大学教授、神戸大学非常勤講師、ホーチミン市建築大学客員教授、西ヤンゴン工科大学客員教授。日本建築設計学会副会長、アジア建築新人戦実行委員長。3A SCHOOL構想委員会委員長。

公開日:2015年01月21日(水)
取材・文:有限会社中島事務所 中島 公次氏