『経営の成果=売上げ』に貢献することが、デザイナーの仕事。
クリエイティブサロン Vol.48 芦谷正人氏

『クリエイティブサロン』の特徴のひとつは、ゲストスピーカーの活動が多岐にわたり、そのフィールドがクロスオーバーする点にある。今回のゲスト、株式会社ドライブ代表の芦谷正人氏もデザイナーの枠を優に飛び越え、さらにその可能性を拡げようとしている。現在は、商品開発プロデュースを中心とした“デザイン・コンサルティング”、セミナー、専門学校講師などの“デザイン教育”、そしてHP、広告などの“デザイン制作”を柱に様々なデザインワークにたずさわっている。芦谷氏は、なぜデザインの領域を拡げてきたのか、なぜ『berryB』というペーパーバックのブランドまで立ち上げることになったのか、じっくり語っていただいた。

芦谷正人氏

「デザインやったら、なんでもできるんちゃうん?」という経営者のことば

芦谷氏は26年のデザイナー経験のなかで、クライアントの経営者と直接仕事をすることを中心にしてきたという。代理店経由の仕事は、ある程度、最初からカタチが見えている場合が多いが、クライアント直の仕事では、ビジネスモデル自体をどのように世の中に広めていくか、といった案件がほとんどで、その要求はかなりシビアだ。「デザインの役割がリアルで生々しい。それはデザインが売上げにどれだけ貢献できるかということを意味するんです」。芦谷氏の専門はグラフィックデザインだが、経営者は「デザインやったら、なんでもできるんちゃうん?」というスタンスなので、あらゆる要望に応えてきた。インテリア、Web、映像など、他の専門家とコラボしながら試行錯誤するなかでそれらの技術も習得していったそうだ。いまは大きく成長したクライアント企業も、関わった当時は、創業間もない会社が多かった。命がけで1億円借金するなどという姿を間近で観ていた。だからデザインに支払われるお金の重みが違う。クライアント企業同様、芦谷氏も絶対に成果を出さなければならないというミッションを背負い緊張した日々を送ったという。

デザイナーの仕事は、企業と顧客をつなぐこと

デザインワークの通常のフローは、『社内会議 → プロモーション提案 → レスポンスの測定 → 改善のための社内会議』というのが一般的だ。芦谷氏にとって、デザインの検証作業がもっとも重要な作業のひとつだった。デザインが、メッセージしたい人にちゃんと届いているか、もし、思った通りに届けられていないということがわかれば、その原因を探りしかるべき事後策を練る。いわゆるPDCAを回す作業だ。そのなかで企業と顧客のコミュニケーションを促進することがデザイナーにとって重要な役割だと芦谷氏は語る。

しかし、ある時期これまで自身デザイナーとして果たしてきた役割を見直す必要に迫られることになる。これまでの仕事が、クライアント企業の成長とともに減少しはじめたのだ。「いま思え返せば、仕方のない『流れ』だったとは思うのですが、当時、仕事を切られると、捨てられてたような気分になることもありました。『一緒にここまでがんばってきたのに』といった恨み言のひとつも言いたくなるような(笑)」。クライアントの事業が成長したということは、芦谷氏の仕事も着実に成果を出してきたということで、よろこばしい話ではある。しかしその結果、仕事が減少していくというのは何とも歯がゆい。もうひとつ新しい道を模索しなければならない要因があった。デザインコンサルティングにたずさわっているときに、自分の提案が「いいアイデアをありがとう」といった程度にしか扱われなかったことにある。「請け負仕事の限界ですね」。今後の自社の発展のためにも、そこから脱出しなければならないと痛感した芦谷氏は『顧客になる』という決断をした。

イベント風景

デザイナーとしての可能性を拡げたい

『顧客になる』とはどういう意味だろう?それは、とある紙加工会社でデザインコンサルタントをしていたときのこと。その会社は社歴40年程の老舗で、上海の工場で紙袋や結婚式の引き出物袋、芳名帳などをつくっていた。「紙袋はネット販売と相性がいいと強く提案していました。しかし、経営者がテクノロジーに詳しくないということもあり、あまり積極的には考えてもらえなかった」と芦谷氏。「企業というものは、当たり前のことなんですが、顧客の言うことにはよく耳を傾けるものです。だから、自分が顧客になり発注する側になれば、こちらの提案も聞いてくれるに違いない、と思ったんです」

現状を打破するために芦谷氏がとった行動は、自社でネット販売をするというものだった。これには大きな学びがあったという。「いまは、商材をつくって自分で販売するのがとても簡単な時代。でもデザイナーは、販売のお手伝いをするのが仕事で、通常、自分で何かを販売することはありません。だから見えないことが多々あるのです。もちろんクライアントから受注する仕事でも精一杯の努力をするのは当然です。でも、自社販売だと、顧客分析も視点が違ってくるというか、仕入れや商品開発のことなどを熟考するなかでいろいろ見えてくるものです。クライアントワークだけをしていたら決してわからなかったことでしょうね」。とはいえ、自社サイトで販売することが、そんなに簡単なことではないとすぐにわかった。モノが売れないのだ。必死の試行錯誤の末、3年目でやっとある程度の売上げを達成することができ、4年目に、そのウハウの結晶として、オリジナル紙袋のブランド「berryB ShopBag Collection」を立ち上げた。

顧客が『わくわくする仕組み』をつくること、それがデザイナーの新しい役割

芦谷氏が『顧客』として紙袋の制作を発注する立場になって実感するのは、顧客のニーズとメーカーのシーズの距離を縮めることが、より大きな顧客満足を生むということ。顧客のこんなのが欲しいというリクエストは、往々にして技術的問題のため工場側から却下されるもの。「お客様の要望を徹底して訊いていくと意外と異なった方法論やソリューションが見つかったりするんです。工場ができないという言葉をそのまま伝えるのではなく、お客様が、なぜ、そういうことをしたいのか、どういうイメージをつくりたいのか、ということを深堀りしていくと、可能性はどんどん拡げていくことができる。あれはできないけど、これはできるというようにオルタナティブな選択肢が見えてくるんです」。デザイナーのDNA には、かっこよくしたい、キレイにしたい、楽しくしたいという思考が刷り込まれているという。デザイナーが作り手の目線で、『わくわく』する仕組みをつくることが、顧客の新たなベネフィットを生み出し、結果、新たなマーケットが生まれるのだ。

メーカーはこれまで顧客のニーズを十分にすくい取れておらずネット販売への注力も不十分だったため市場を開拓できずにいた。そこで芦谷氏は、自社プロジェクト『berryB』のサイトに自動見積もりのページを付け加えた。ここで顧客は自分の好みに合った色、形、サイズなどを選ぶと簡単なイメージと見積もり結果が得られる。さらに、より高度なシミュレーションを可能にするため、テンプレートを元に自由にレイアウトができるシステムを開発中だという。このシステムが完成すれば、より精度の高い仕上がりイメージを得られる。同時にユーザー自身が楽しみながら発注できるというUX(顧客体験)が実現できる。また、ペーパーバック数千点という他に類を見ないデザイン画像が掲載されているデザインアーカイブス(ブログ)を展開、ユーザーのわくわく感を刺激している。芦谷氏の実践は、メーカーが古い体質であっても、デザイナーの感性プラス新しいテクノロジーを掛け合わせることでイノベーションが生まれる好事例といえるだろう。今回のお話は、デザイナーが『投資する』という覚悟と顧客がわくわくできる仕組みを作るということにとどまらず、自らその仕組みを『動かす』という実践がより重要だということを示唆している。「ボクは、デザイナーが、お客様との繊細なコミュニケーションに踏み込んでいく必要があると思っています。お客様のニーズをしっかり捉え、単なる作業ではない『わくわくする楽しい体験』を提供することで、新しいビジネスのスキームが生起すると考えています。そうやってお客様と一緒に楽しみながらビジネスを生むことで社会を活性化させる。それがいまデザイナーに求められている役割だと思います」

「berryB ShopBag Collection」オリジナル紙袋

イベント概要

今、社会で必要とされるデザイナーの役割とは?
クリエイティブサロン Vol.48 芦谷正人氏

一般的にデザイナーは“キレイなカタチ”を作る職業と考えられています。
しかし、完成度の高いデザインを作るためには“カタチ”にいたる前に“技術的な事”、“人間関係”、“金銭的な問題”など、様々な「課題の整理」が必要となってきます。
この「課題整理能力」は経験の長いデザイナーなら誰でも身につけている能力です。

近年、社会では、デザイナーが持つ「課題整理能力」が社会の新しい“仕組み作り”に役立つのではないかと考えられています。つまり、“仕組み作り”がデザイナーの役割だと考えられるようになっています。

今回、私はデザイナーの新しい役割としての“カタチ”を越えた“仕組み作り”とは何か?ということをクライアントの事例や自社プロジェクトを通して、お話しできればと考えています。

開催日:2014年7月9日(水)

芦谷正人氏(あしたに まさと)

株式会社DRIVE 代表取締役

1965年大阪府堺市生まれ。大学卒業後、広告制作会社を経て、フリーのデザイナーとして独立。2004年に「DRIVE, Inc.」設立。製造業を中心にブライダル業界、リゾート業界などのブランドコンサルティングを手がける。デザインワークで培ったプロセスを活かし、企業の問題を視覚化させ改善方法を発見することにより企業のブランド価値を高めるコンサルティングを行っている。その他、大学・専門学校講師、現代美術作家として活躍。2007年関西中小企業が世界的ブランドを目指すことをサポートする関西ブランディングデザイン協会を発足。
2010年よりパッケージオーダーのための自社通販サイトを運営。受託作業としてのデザイナーの立場からデザイナーによる独自のマーケットを形成中。

芦谷正人氏

公開:
取材・文:赤瀬章氏(Lua Pono Communications)

*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。