〜やってきたこととやりたかったこと〜 2つの柱で情報発信
久保 のり代氏:(株)ビルダーブーフ


久保さん

オフィスに入るとまず目に入る社名の入ったかわいらしい紙粘土製のオブジェや、オリジナルキャラクターのTシャツ。「ビルダーブーフ(Bildert buch)」とは、ドイツ語で「絵本」という意味だという。ビジネス書の企画編集・広告制作とともに、子ども向け絵本も手掛けていると聞き、目指しているのは絵本編集かと思いきや

「ちがうんです。子どもたちの可能性を広げたい、子どもたちに生きること・働くことのすばらしさを伝えたいというのが根本にあって。だから媒体を絵本に限定しているわけじゃないんですよ。」

という株式会社ビルダーブーフの社長、久保さん。真剣な眼差しの合間に時折見せる笑顔は、子どものようにキラキラした魅力的な笑顔だ。企画・編集業と絵本。どんなつながりがあるのか、じっくり話を聞いてみた。

世の中にはたくさんの仕事があり、選択肢がある。それを子どもたちに伝えたい。

久保さんがビルダーブーフを立ち上げたのは1998年。銀行員を経てリクルートでコピーライター、制作ディレクター、編集とポジションを変えながら10年間「人と仕事」に関わる仕事をしてきた後だ。

「昔、仕事の適性で悩んだことがあったんです。視野がせまかったので、職種名や企業名で働くことをしばっていたのが原因だったのですが、当時はあまりにも仕事の出来ない自分にはげしく落ち込んでいました。それが、何かを表現することに関わりたいと考えて選択の幅を広げたら、急に見つかったんですよ。やりたいことが。もっと早く発想を変えていたらと思いました。」

その経験から、中途採用や新卒採用の媒体編集をしながら、子どもたちに「はたらく」ということについて伝えたいと思うようになったという。

「勉強ができない。スポーツができない。だったらこの先、何も選択肢がない?そんなことはないですよね。可能性を秘めた子どもたちが、そんな価値観で縛られてほしくない。世の中には何百もの仕事があって、自分のいいところを生かせる仕事は必ずあります。でも子どものうちにそれを知る機会ってなかなかないですよね。」

そんな思いから、子どもたちが仕事について知る機会を提供する事業を会社に提案。しかしビジネスモデルを提案しきれなかったため、結局実現できなかった。

「だったら自分でやるしかないっていう、ある種の使命感のようなものがあって、独立を考えるようになったんです。」

妊娠、そして震災。人間の原点に触れ、ずっとこの仕事を続けたいと決意しました。

もう一つ、久保さんが独立に際して大きく影響したことがある。1997年に起きた阪神淡路大震災だ。当時リクルートで週刊誌の編集をしていた久保さんは、「過酷な状況の中で人々がたくましく立ち上がり生きるさまを伝えたい」という思いで、自ら震災現場での取材に入っていった。

「もちろん厳しい現場だったので、初めは取材というだけで嫌がられ、罵倒されました。でも私がこの仕事の中で伝えたいと思っていることの原点だ、という強い思いがあったので、現場に通い詰めて交渉し、神戸の地場産業復興の様子を6ヶ月かけて取材しました。そこでの人々との出会いは本当にすばらしかったし、今でも交流があります。」

震災現場で取材をしていた頃、久保さん自身にも大きな変化があった。久保さんのお腹にもう一つの小さな命が育っていたのだ。

「崩壊した神戸の街を歩きながら、お腹の中で育っていく命と神戸の街で人々が立ち上がっていく様子、この二つが自分の中で重なり合い、命の重さ、人のたくましさや生きていく強さ、人のつながりの大切さを身をもって感じました。まさに人間の原点を見たという感じでした。そんな中で『生きる』とは何かと考えたときに『生きること=働くこと』じゃないかと思ったのです。どんな状況の下でも人が生きていくのを支えているのは、自分のやっていることが誰かの役に立っているという『誇り』なのではないかと気づきました。」

この震災現場の取材を通して編集の仕事のすばらしさを改めて感じ、この仕事を続けていくことを決意したという。


災害時無人飛行機という社会への役割にひかれ、商品開発、広告展開、展示会への出展などに関わった作品。
グッドデザイン賞を受賞した。

会社のテーマは仕事・子ども。いつも初心を忘れずにいたい。

事務所風景
久保さん

現在ビルダーブーフは、ビジネス系や雑誌の記事企画・編集をはじめ、実用書の出版、マーケティングから広告企画・制作と、メッセージ性の強い仕事を幅広く手掛けている。誰に何を伝えるのか、誰を幸せにする情報なのか。ひとつの企業と深くつながり、今だけでなく先を見据えてメッセージを発信するよう提案することも多いという。子ども向け実用書ともいえる「しごと絵本」の企画や、子どもたちに仕事について伝える活動も同じ意味をもっているのだろう。
「WEBで環境について動く絵本を制作したり、40年、50年と積み重ねる職人の技とこだわりを取材するなど、テーマは今でも『子ども』と『仕事』。この2つを通して何かを発信し、人と人とをつないでいけたらと思っています。いつまでもこのテーマを意識していられるように、ビルダーブーフ…つまり絵本という社名には、この初心をわすれちゃいけないという思いがこもっているんです。」
と、子どものように無邪気な目でそう語る久保さん。ビルダーブーフの活動は、久保さんが積み重ねてきた「現実のキャリア」と、社会にメッセージを送り続けたいという「理想の仕事」を融合させる舞台なのだろう。

公開日:2008年05月01日(木)
取材・文:株式会社ランデザイン 浪本 浩一氏