おもしろくて、変なことを真面目にやる
花岡洋一氏・山根シボル氏:(株)人間

鼻毛がでていることを相手に知らせる鼻毛通知代理サービス「チョロリ」や「アドテック東京」での壮大にふざけたイベント「アホテック東京」など“なんだか変なことをしている会社”としてじわじわと知名度を上げている株式会社人間。事業内容は自社サービス運営、Webサイト・アプリの企画制作とのことだが、同社のサイトには“妖怪タクシー”“妖怪ごみあし”などよくわからない破壊的なビジュアルの実積が並ぶ。もともと花岡氏と山根氏の2人でチームとしてスタートしたという人間。取材ではまず、チーム誕生から16年、法人化から5年を記念して制作された作品集を見ながら、これまでの歩みを振り返ってもらった。

花岡洋一氏・山根シボル氏

すべての基準は“おもしろい”かどうか。

作品集の冒頭のページには学生時代に制作したという病名が書かれた缶バッチや、肉・野菜以外のいろんなモノを挟んだハンバーガー……と意味なんて考えること自体がナンセンスと言わんばかりのカオスな作品が並ぶ。「今見たら全然おもんないっていうか、最悪ですよ」。そう、2人にとって“おもしろいかどうか”がすべて。専門学校で出会ってからこれまで16年間“おもしろいこと”に情熱を傾けてきたのである。


作品集「人間 2000-2015」

時間を惜しんで
作品づくりに打ち込む日々

学生時代は毎日交代でネタを出し合ってホームページで発表し、就職してからは土日を使って作品づくりに打ち込んだ。誰に頼まれたわけでも儲かるわけでもない。それでも作り続けるモチベーションはどこから生まれるのだろう。「趣味ってそんなもんじゃないですか。やりたいからやってるだけ。当時はこれを仕事にしようなんて気、全然なかったんですよ」

誰もやったことのない表現を求めて

2人の作品は徐々に自己満足なものから観る者を巻き込んだインタラクティブなものに変化していく。その1つが寝室をライブカメラで公開されている人物に誰でもモーニングコールができるWebサイト「めざますテレビ」。閲覧者が画面上の「めざますボタン」をクリックすると、寝ている人の携帯がなるという仕組みだ。モーニングコールができるのは1人一回限り。希望の起床時間は表示されており、親切心で時間通りにクリックすることも、いたずらで深夜に起こすこともでき、楽しみ方はユーザー次第。この頃からイベントも多く手がけ、人を巻き込むコンテンツを発信するようになっていく。
「とにかく人がやっていないこと、誰もやらない表現がしたいんです。それは今も変わっていません」


めざますテレビ

「チーム人間」から「株式会社人間」へ。

会社員をしながら休日に作品づくりをする生活は5年ほど続いたが、30歳という年齢を前にしたとき「そろそろ独立」という想いが芽生える。1-click Aword最優秀賞、優秀賞などといった数々の賞も「人間」の法人化を加速させた。「自分たちがやっていることが正しいかどうかわからないので、評価してもらえると嬉しいし、“もっとやれるんちゃうか”って気になったんです」
そして2009年、チーム人間は「株式会社人間」に。しかし最初の半年はほぼ仕事がなく、名刺代わりとなる作品を次々とつくった。その1つが冒頭で挙げた鼻毛通知代理サービス「チョロリ」だ。「儲けるためではなく、おもしろいことが最優先の会社なので、とくに営業とかしなかったんですよ。チョロリも“こんなんあったら面白いかな〜”と軽い気持ちでつくったので、あんなにバズってびっくり」。チョロリをきっかけに、人間の活動は徐々にスケールアップしていく。数年後には大企業とのコラボやアドテック東京の公式セッションへの登壇も果たした。


おおさかカンヴァス2015 たたかう芸術祭

おもしろいことをする覚悟、ありますか?

しかし、仕事が増えるのは会社として喜ばしいが、自分たちがやりたい「作品づくり」とどのようにバランスをとっているのだろうか。「できるだけ作品をつくりたいとは思いますが、最近では自分たち主体でやらせてもらえる仕事も増えてきているんです。依頼された仕事でもやっぱり面白いことがやりたいので、まず最初に“おもしろいことやる覚悟ありますか”って聞くんですよ。まあ、それ以降連絡が途絶えることもありますが、やっぱりクライアントや広告代理店と僕らの熱量が同じじゃないといいものはつくれないんです」。知名度が向上するにつれて、“なにか面白いことがしたい”というオファーも増えた。最近では大学の入試情報サイト(いくぞ!近大)や企業サイト(a-works株式会社)など堅くなりがちな案件でも彼ららしいユーモアとセンスを発揮。自分たちがやりたいことをやりながらも、企業として成立している株式会社人間は、非常に稀有な例であり、クリエイターの理想形ではないだろうか。「昔からやってることは変わらないのに、今はそれでお金貰えていい仕事やなあと思います」


近畿大学入試情報サイト「いくぞ!近大」

モノづくりの起爆剤は劣等感

チーム結成から16年。19歳だった2人も今年35歳になる。作品づくりや仕事に対する姿勢に変化はあったのだろうか。「年齢というより生活の変化が大きいです。結婚して子どもができたり、人生が充実してきてハングリーさが欠けた気がします。若いときは劣等感を起爆剤にしてモノをつくりまくってましたから」。劣等感というと?「コンペとかで芸大生と一緒になると絶対勝てないんです。そういう劣等感も強いですし、山根さんなんて30歳まで実家暮らしで、独身、貯金なし。“リア充には負けられない”っていう負のエネルギーでモノづくりをしてましたね。でも作品に対するスタンスは全然変わってないと思います」。とはいえ、今では社員を抱える立派な組織。多少は“好きなことばかりやっていられない”という思いもあるのでは?「会社として成り立たせることは大前提ですが、好きなことをしていて仕事が無くなったら、それは僕らの存在意義がないってことなのでやめるんじゃないかな。もちろん、そうならないようにしますけど」
人間では、デザイナーで入社した社員がWebライターとして記事を書いたり、イベントを任されたりと枠にとらわれず、幅広く活躍している。2人に他の要素がプラスされることで思いもよらないモノが生まれることもあり、チームからモノづくり集団となった“人間”の可能性を本人たちが一番感じているのかもしれない。

目指すのは“笑い”の価値向上

「おもしろいもの」という正解のないゴールに向かってひたすらストイックに取り組む2人。最終的なアウトプットは笑えるものであったとしても、そのプロセスはいたって真面目で冷静だ。殴って人を泣かせることは簡単でも、笑わせるには緻密な計算と情熱、そしてセンスがいる。それを、まるで思いつきのようにひょうひょうとやってのける彼らに憧れるクリエイターは多いだろう。
今後は軽んじられがちな「笑い」や「おもしろいこと」の価値をあげていきたいという2人。次はどんな奇想天外なアイデアで私たちを驚かせてくれるのか、楽しみである。

花岡洋一氏・山根シボル氏

公開日:2016年02月29日(月)
取材・文:N.Plus 和谷尚美氏
取材班:design rubato 宮窪翔一氏