未踏の領域を求めて冒険を続ける開発者という生き方
有山圭二氏:(有)シーリス

大学卒業後の2004年、大阪産業創造館で開催された起業者のためのワークショップに参加。その年の11月にはソフトウェアの開発を行う有限会社シーリスを立ち上げた、有山圭二氏。Androidアプリの開発は、2007年11月にAndroidが発表された当時から手がける、パイオニアだ。最近では、東京の拠点としてシェアオフィスに入居して、月の半分は東京に滞在しているという。そんな有山氏に変化の激しい世界で生き抜くためのスキル、開発者の使命などについて語っていただいた。

有山氏

激しいスピードで常識が
変化する時代を生き抜くために。

テクノロジーが進化することで、私たちの生活は洗練されている。それを支える開発の現場のスピードは驚異的なものがある。情報が増え、インターフェースが増え、そして要求も増えてくる。この世界で生き抜くには、常にアンテナを張り、広く知識をキャッチアップする必要がある。「Android Studioという開発環境を使ってアプリをつくるのですが、とにかくこれがすぐにアップデートするんですよ。キャナリー版という開発版だと、二週に一度、へたすると一週間に一度。週刊アップデートです(笑)」と有山氏。初心者向けの入門書を出版したその日に、バージョンアップが出たこともあった。情報の賞味期限も短い。「それを少しでも伸ばすのが腕の見せどころ」。この更新を常に監視し、いち早く察知するために開発されたのが、『Update Checker』というアプリ。「夜中に携帯がブルブル震えたら、アップデートがきたなと、心臓に悪いアプリです」
自分がつくりたい、必要に迫られて制作したといえば、有山さんは以前、『僕が死んだら…』というPC向けのソフトも製作している。これは突然この世を去らなければならなくなった時、遺族が自分のデスクトップに残された遺言メッセージを開いている間に、PCに保存された他人に見られたくない情報が、密かに完全削除されるという画期的ツールである。


Update Checker

「プログラマー35歳定年説」を
くつがえす方法論とは。

現在、Androidのシェアは世界のスマートフォン市場の80%を占めるまでに成長した。有山氏の仕事の内容も、業界の成長とともに変化してきたという。「シェアが増えることで、専用アプリをつくるプレイヤーや、ぼくと同じように受託のプレイヤーも増え、価格競争が生まれます。それには付き合わず、受託の開発者に対して手を貸すという、開発技術のコンサルに軸足がシフトしてきました」
会社を回すために仕事を取ってくるのは、本末転倒だという。「経営者としてサービスをつくって、収益とするやり方もあるのでしょうが、それは自分のポジションスタンスではない」。そう語る有山氏は、今年で36歳。めまぐるしく移り変わるこの業界には、「プログラマー35歳定年説」という、まことしやかな都市伝説もある。それについては、「自分の持っている経験や技術、ほかの人にないバリューを活かし、きちんと仕事をこなしていくクリエイターであれば、いくつになってもできる。役割が変わるだけじゃないですかね」と答えた。実際、創業当初はアプリ開発が中心であったのが、今は技術コンサルやスタートアップでのプロトタイプ開発へと内容が変わってきている。現在、有山氏が直接アプリをつくるのは、大きなプロジェクトであったり、難易度が高いもの、スピードが求められるものに特化されてきたという。
またAndroidの世界が広がるにつれて、一人がすべての領域をフォローしようとすることが、困難になっているという。「同時にプレイヤーも増えたため、ほかの開発者や経営者との連携はとても重要になっている。守秘義務に差支えのない範囲で技術共有したり、技術発信をすることが非常に重要になっています。Androidを軸に得意分野を細分化して、掘り下げるという流れになっていますね」


著書『Android Studioではじめる 簡単Androidアプリ開発』(技術評論社)。セットアップ方法からエミュレータや実機での実行手順を説明し、実際に動かせるプログラムを改良しながらつくれる内容になっている。

Androidの自由さに導かれ
新しい領域を求めて、冒険は続く。

「開発者として、未踏の領域を攻め続けなければならない」と有山氏は言う。手間も時間もかかるけれど、それが使命だと。2007年に発表されたばかりのAndroidを選んだのも、そんな冒険心からだ。創業当時、まだi-mode全盛の時代は、携帯通信事業者がコンテンツを握っており、開発者にとっては息苦しい時代だった。そんな時にAndroidが出た。そこでは自由ということが高らかに謳われていた。「画面制作のすべてが公開されている状態で、GPSもネットワークも使えて、どんなアプリでもつくれる。よし、まだ誰も手を付けていない、こちらへ行こうと決めました」。携帯電話アプリで売上を確保していたところは、スマホへの移行が遅れてしまった例もある。「逆にAndroid環境で信頼を得ているので、そこに甘んじてしまうと、今度はうちが将来危ういことになりうる」
そのためには、注目されているジャンルを先に攻め、みんなが追いついてきた時に、アドバンテージを保てるようにしている。未踏の島を求めて海を進む。その船のマストの上に立てる数少ない存在である、有山氏。新しい領域はどのように広げるか?との問いに対する答えもしごく明確だ。「まずお金を使います。そして“投資したんだから、取り戻そう”と頑張る(笑)」
そのロジックにもとづき、最近導入されたのは、アプリ開発には直接必要がないGPUを積んだマシン。「Androidの2ホップくらい先の領域にある、VR(ヴァーチャル・リアリティ)が流行っていて。オキュラス・リフトというVRゴーグルが最近発売され、それを駆動させるのにいいGPUが必要となりまして」。大量の画像や音声を入れることで、特徴を捉えて認識モデルを導きだす「ディープラーニング(深層学習)」も注目されており、そのフレームワークをGoogleがオープンソース化して公開した。こういった機械学習系は、GPUで計算するのが一般的。オキュラス用に購入したマシンがここでも活躍する。「さらにVR界隈で話題になっているのが、Live2Dという技術。アニメの顔をテクスチャー化して、表情を変えたり自由に動かせるものがトレンドになっている」。それを動かすにも、またGPUが必要と。「そういったことを脳内会議して。3つに使えるのなら、行けるいける。買える買える、となるわけです(笑)」

「わかりやすく伝える」ということ。
開発能力プラスαの能力が人を惹きつける。

プログラミングに興味をもったのは、小学校の頃で、実際に始めたのは大学に入ってからだという。ただ家にコンピュータはあった。Windows3.1のシンプルな時代。「ひとつずつファイルを消したり戻したりして、こういう壊れ方をしている時は、このファイルが壊れているんだと原因を探求していった」。仮設を立てて、ひとつずつ検証していく。小学生にして、才能の萌芽を物語るエピソードだ。
有山氏は、技術者として優れているだけでなく、コミュニケーションスキルが高い。専門的な言葉を噛み砕き、ユーモアを交えてわかりやすく伝え、話が横道にそれてもスマートに軌道修正して、質問に答えてくれる。本人も「わかりやすく伝えることを意識している」という。だからか雑誌や書籍の執筆をはじめ、講演など開発以外の仕事も多い。「コードや知識は書籍で展開して、講演では直接来て話を聞けてよかったと、言ってもらえるように心がけています」。ほかのプログラマーにない強みがあるとすれば、それは下支えする能力だという。それは会社の運営から事務処理まで、一人でやることで培われてきた。
ITの最先端の部分と関わっている有山氏に、どんな未来を描いているのか聞いた。「ITには、コミュニケーションを円滑にするとか、距離と時間をほぼゼロにしていく良さはあります。それゆえに負のコミュニケーションも、容易に成立してしまう。倫理観がまだ育っていない子たちが、それを通じてトラブルに巻き込まれることは、どうにかしたいですね」
自分の子どもには、こちらからプログラミングや技術を教えることは考えていない。それよりはたくさん本を読んで、いっぱい話をして興味のあることを見つけ、深めていって欲しいとも。「もし、自分の子どもが携帯電話を持ちたいと言ったら、僕が改造したAndroidを載せた端末を渡すことも考えています。最初のうちは、決められたサイトにしかアクセスできないようなものを(笑)」。最後は、手間ひまかけてくだらないことをするのが大好き、という有山さんらしい話で締めくくってくれた。


毎年夏と冬の2回、東京ビッグサイトで行われる「コミックマーケット」には、「TechBooster」というサークルの一員として参加し、技術系同人誌を執筆している。どれも見た目は趣味性を全開させた同人誌風だが、ページをめくると教科書のように文字がびっしり。

公開日:2016年02月29日(月)
取材・文:町田佳子 町田佳子氏