楽しい仕事は、楽しい現場から生まれると思う
鈴木 信輔氏:ボールド

大阪・南港で開催されたクリエイターイベント「デザインマルシェ」のビジュアルや、九州・別府にある「ビジネスホテル日生」のリニューアルなど、街や施設、人が集まる場づくりなど、あらゆる領域をデザインする鈴木氏。無駄な装飾を排した骨太でシンプルななかに、見る人を思わずなごませる、可愛らしさやユーモアを感じさせるアイデアが散りばめられている。氏がこだわる“楽しさ”とは? これまでの軌跡と、デザイナーとしての信念やこだわりに迫った。

デザインを通じて社会と関わる

鈴木 信輔氏

芸大卒業後、杉崎真之助氏率いる「真之助事務所」に入社。14年におよぶ勤務を経て独立し、今年で2年半になるという鈴木氏。学生時代はサイトウマコトさんのポスターや、松本弦人さんに憧れ、3Dのクマを毎日動かしてCGのムービー作品に取り組むなどしていたという。

縁あって入社することになった「真之助事務所」ではポスターやロゴマーク、社内報などの冊子物、施設や商品イベントのブランディングにいたるまで幅広い仕事を経験することになる。

「当時の仕事は本当に幅が広くて、デザインを理解していなかったアシスタント時代から、一人前のデザイナーになるまでにとても時間がかかりました。だからデザインのことを少しずつ理解しはじめた頃から、デザインでできることの幅広さや可能性を実感しました。だから僕、仕事って今でもそういうイメージなんです。ものづくりに特化するというよりは、デザインを使って社会と関わる感じ。何の媒体が得意とか、そういうのじゃなくて。デザインを通じてならなんでもできると信じて、ずっとやってるようなところがあります(笑)」

デザインの「楽しさ」と「苦しさ」は同一線上にある

デザイナーとしてのキャリアを少しずつ積むなかで、鈴木氏が強く抱くようになったのは「現場は楽しくあるべき」という信念にも似た思いだった。「真之助事務所は、とても厳しい事務所でした。僕は元々のんびりしていて甘いところが多々ありましたが、そこでプロのデザイナーとして厳しさを身につけ、成長していったと思います。そして独立する際に、デザインを生活の中心に据えることを決めました。その時に重要に考えたことが、“楽しさ”でした。僕の生活はプライベートと仕事の境界線が曖昧で、ずっとデザインのことを考えています。そうすると、楽しくないと続かなくなる。だから、いま打ち合わせや撮影などの現場を楽しくするということにかけてはけっこう、意地になってるところがありますね。楽しい現場から、いい仕事は生まれると思いますし。それに楽しい仕事って、楽しそうな人に絶対まわっていくと思ってるから」

一方、デザインスキルを上げるためには、現場の楽しさとは裏腹に、一定の負荷がかかることが重要とも考えているとか。
「デザインがうまくなるタイミングって、じりじりは絶対上がらないと思うんです。負荷がかかることによって、ポンと上がるイメージ。ルーティンの仕事で、なんとなく惰性で上手くなるってないんじゃないかな。負荷というのは、考えるということですね。たとえば、あるお題に対して解決方法がないように思っても、結局は何か見つけるじゃないですか。できあがったものは普通に収まっていたりするけど、そこにいたるまでがものすごく、苦しかったりする。そういうのを何回か繰り返していくうちに、あ、俺うまくなった!みたいな瞬間がある。負荷には精神的なことだけじゃなく、肉体的なものもあります。徹夜しまくってとか、そういう経験がないと、ちょっと厳しいんじゃないかと」

ハグルマ封筒
独立後に手掛けている、ハグルマ封筒株式会社の印刷サンプル。活版、箔押し、ろう引き、ダイカットなど同社が持っている印刷技術を、実際に使える封筒やカードにデザインすることでわかりやすく示す。罫線やドットの再現を、トラやチータなど動物の特徴をテストパターンとして表現した。

めざすのは装飾でごまかさない、骨太なデザイン

ちなみに、「ボールド」という屋号は、表面的な装飾でごまかさない、芯の通った骨太な仕事をしたいという思いからつけたとのこと。さらに、言葉の持つ大らかなニュアンスが自らのセルフイメージに合うのでは、という発想から決めたそう。

「僕の仕事は基本的に手数が少ないんですけど、それは表面だけキレイにする、表現処理というか、装飾を施すのが嫌いなんですよ。たとえば、自分ではやらないですけど、なんか寂しいからバックにグラデーションを入れることでちょっと華々しくなったりとか……でもそれって本質的な問題解決じゃない、みたいなことってあるじゃないですか。アイデアさえしっかりしてたら、それで充分と思ってるから。手数が少ないのは、そのほうが理にかなっているからなんです。
僕は今40歳なんですが、30代の終わり頃、50歳くらいの人に『40代ってどうでした?』ってよく聞いてたんです。そうしたら、40代は楽しいっていう人がほとんどだったんですよ。発言したことが、かたちになりやすいっていうか、認めてもらいやすくなる年代じゃないですか。今までだったら、思っていてもなかなかできなかったことが40代でできるようになるとするなら、それは楽しそうだなあ、って」
気さくな人柄と親しみやすい語り口調のなかに、ぶれないデザインへの思いを感じさせる鈴木氏。今後も「太く短く」ではなく「太く長く」、記憶に残る仕事で私たちを楽しませてくれるに違いない。

ホテル日生や
今年スタートした、別府の鉄輪地区にあるホテルのCI。湯治や観光で宿泊する近 県の人々がおもな顧客にもかかわらず「ビジネホテル日生」という施 設名だったことから、まずは「ホテル日生や」にネーミング変更。手はじめに看板や館内のサイン表示を一新し、その後、パンフレットやウェブサイト、館内のインテリアにいたるまで長期的かつトータルに関わり、新たな顧客獲得をめざす。

公開日:2014年11月27日(木)
取材・文:underson 野崎 泉氏
取材班:江竜 陽子氏