豊かなアイデアを言葉に紡ぎ出す
藤本哲司氏:言葉空港フライング

取材を受ける藤本さん
コピーライターの藤本哲司さん

ずっと、コピーライターとして働いてきた。規模の異なるいくつかの広告制作会社勤務を経て、2011年に独立。言葉がここから飛び立っていくように、と「言葉空港フライング」を屋号にした。今、藤本哲司さんは、コンセプトワークとコピーライティングをベースに、広告・販促、webなどの企画制作を主に行っている。ポスターや新聞広告、雑誌広告などでの受賞歴も多い。堅い事案を分かりやすく親しみやすく表現するコピーワークに定評がある。

咀嚼力こそがクリエイティブの力

取材を受ける藤本さん
「日常が少し違って見える、楽しくなる、そんなアイデアこそがクリエイティブ」と話す。

京都府の高校を卒業し、法政大学社会学部に進学した藤本さん。当時、糸井重里さんや仲畑貴志さんなど著名なコピーライターの活躍に触発され、宣伝会議のコピーライター養成講座で1年間学んだ後、コピーライターの個人事務所に入社した。
アシスタントとして1年ほど濃密なときを過ごした後、もう少し社会人として視野を広げたいと、たまたま縁があった大阪の広告制作会社に転職。マイカルグループの実験的商業店舗だったサティを担当する仕事に取り組んだ。
その後1年半ほどを経て、別の広告制作会社に転職。「歴史のある会社で、居心地がよかったのですが、このままだと“ぬるま湯”から出られなくなると思って6年で退職しました」。自分の“今と未来”を厳しく分析できる人だ。
フリーの立場で2年間を過ごした後、松下電器グループ(現パナソニックグループ)の広告を手がける広告制作会社に入社した。ここで13年間、電子部品などの広告を手始めとして、マス広告を舞台にコピーライターとして飛躍することに。
入社して1年目、初めて新聞の15段広告を手がけた。まっ暗なバックに平面ブラウン管を置いた斬新なデザインの広告だ。「新聞の15段広告やポスターの仕事がしたいと思ってコピーライターになったので、うれしかったですね」。
デバイス、LSI(大規模集積回路)、電子部品をつくる機械など、“お堅い産業技術”をわかりやすく広告しなくてはならない。資料を読み込み、集中して勉強してからコピーを考える。新しい依頼があるたびに、勉強・理解・コピー制作の繰り返しだった。
堅い事案を、噛み砕いてターゲットに伝えていく。より伝わりやすいように、より親しみやすいように。BtoBであれ、BtoCであれ、この咀嚼力こそがコピーライターとしての腕の見せ所であり、クリエイティブの力だと藤本さんは考えている。
例えば、工場の省エネ支援システムの広告を制作した時には、膨大な電力を消費する工場を恐竜に見立てた。非常灯のバッテリー寿命を訴える広告では、非常灯をスーパーなどでよく見かける生鮮パックに置き換えた。

ポスターや新聞広告などで多数受賞

さまざまな企業の思いや商品開発にこめられた情熱を読みとり、コピーライターは1行のフレーズにおさめる。常日頃から世の中の動きや流行、広告に目をこらすようにしてきた。
そんな藤本さんには、もうひとつの大きな仕事があった。年に2回ほど、日本産業広告賞や広告電通賞などに応募するための広告制作のオファーがある。応募するからには受賞を狙わなくてはならない。自分でどんなに出来がよいと思えても、実際に受賞できなければ評価されない。おもしろい反面、厳しい仕事だ。
代理店同士、代理店から依頼を受けたプロダクション同士、そこで働くクリエイター同士、いくつものアイデアを出し、絞り込んでいく。
藤本さんは、1997年(平成9年)に「松下電工の“水と環境”広告」で初めて、日本産業広告賞新聞部門シリーズ第2部第1席を受賞以来、99年(同11年)には「松下電器の“工場省エネ支援システム”広告」で同賞記事下広告部門金賞など、毎年、確実に1、2本のペースで受賞を果たしてきた。同時に、個人でも広告賞に応募し、2001年(同13年)には読売広告大賞読者が創る広告の部で協賛社賞を受けている。
「ここでの13年間の仕事で最も鍛えられましたし、自分自身とてもおもしろかった」と藤本さんは振り返る。リーマンショック以降、経営環境が厳しくなってきたのを機に退社。昨年から「言葉空港フライング」を屋号に据え、フリーのコピーライターとして新たな道を歩き始めた。

作品
最近、大阪建築物震災対策推進協議会が実施した「木造住宅耐震診断啓発ポスターコンテスト2013」にデザイナーを誘って応募した。

コワーキングスペースも仕事場の一つ

今、藤本さんは、コンセプトワークとコピーライティングを中心に、広告の企画制作をメインに、販促・webの企画制作や展示会で流すビデオのシナリオ監修、インフォマーシャル(インフォメーションとコマーシャルの中間的存在)のシナリオ制作、ターゲティングメール広告など仕事の幅を広げている。
独立当初は、自宅を仕事場としていたが、昨年3月大阪に、オフィス機能をメンバーでシェアするコワーキングスペースができたと聞き、5月にメンバーになった。今は、午前中は家でメールチェックや仕事をこなし、午後から中央区にある「オオサカンスペース」に出向いて働くというサイクルができあがっている。
ここのメンバーにはIT関係の若いクリエイターが多い。藤本さんはたいてい集中エリアで仕事をしているが、時々、会話や意見交換ができるコワーキングエリアに移ってメンバーたちと交流する。午後3時には「30秒PR」という時間があり、自己紹介したり、最近の出来事を話したり、今求めている仕事をPRできる。
「コピーライターの仕事をひと言でいえばアイデアを考えることですが、そのためにはいかに頭を柔らかくするかが大切。若いから感性豊かなのではなく、経験を積んでいるからこそ、引き出しが豊富だと思う。今の自分は若い時より確実にレベルアップしていると思います」と藤本さんは自信を見せる。

クリエイティブのコンサルティングを手がけたい

これまでは広告物を制作することに徹してきたが、これからは中小企業に対して、クリエイティブでのコンサルティングができれば…と藤本さんは考えている。
売り上げが伸びない、もっと商品のイメージを上げたい、どう手を打てばいいかわからない…。企業はいろいろな悩みや課題をかかえている。そんな企業に対して、クリエイティブをどう生かせば、売り上げが上昇し、企業や商品のイメージが上がるのかを提案したい。ブランディング、コンセプトメーキングまでふみこんで、キャッチフレーズやロゴ、webでの展開などクリエイティブワーク全体を手がけていければと考えている。そのためには、企業とクリエイターが出会う場が重要だ。
「うちはこうしたい、うちはこんな会社なんだ、とたくさんおっしゃいます。その中から何を取捨選択するのか。最も強い点はこれ、最も効果的な広告はこれ、こうすればもっとよく思いが伝わる…とクリエイティブ面でのコンサルティングをしながら、クライアントに貢献していきたいと考えています」
オフの時には映画館や落語の寄席に出かけたり、社会人チームでソフトボールを楽しんだり、スポーツ観戦をしているという藤本さん。「落語には基本的に悪い人が出てこないでしょ、登場人物が間抜けなことをしても救われる。ネガティブなことを言わない、人生を肯定するという点で、落語と広告は似ていると思いますね」と話す。

スパワールド「世界で汗をかきませんか」の広告
世界の温泉や岩盤浴を集めたスパワールド(大阪市)の駅貼りポスターはインパクトがある。

公開日:2013年07月22日(月)
取材・文:鶴見佳子 鶴見 佳子氏
取材班:株式会社モグ 藤田 朋氏