印刷は「する」ものではなく、「つくる」もの
上瀬 正洋氏:(株)アドフェッション

印刷プロデューサーとして、創造性に溢れた制作物を提案

上瀬さん
上瀬 正洋さん

上瀬正洋さんが設立したアドフェッションは、いわば工場を持たない印刷業。自分で仕事を受注し、デザイナーにデザインを発注、工場に印刷を外注して納品する、いわば“印刷プロデューサー”的な仕事を行っている。「まあ、営業&コーディネーター&ディレクターといった感じでしょうか。クライアントが漠然と持っている制作物のイメージを形にし、印刷紙のセレクトからデザイン提案、モノとして納品するまで、すべてを担当します。時々は自分でデザインをすることもあるんですよ(笑)」。担当するクライアントは、飲食店から介護ケア会社、役所関係などさまざま。しかも、チラシやポスター、冊子パンフレット、パッケージなど、制作物も多岐に渡る。しかし、基本それらのクライアントは、作りたいモノはあっても、それらを作るノウハウはない。そこで同社が介在することで、より効果的で、オリジナリティ溢れる“高付加価値のある”印刷物にするのが、上瀬さんの腕の見せ所になる。「予算内で費用対効果に応えるにはどうすればいいか? どんな紙ならクオリティが高められるのか? どんな紙にしてどんなインクを選ぶのがベストなのか? など、たんに依頼されたものを刷るのではなく、その前工程にこだわることで、当社ならではの仕事ができていると思います。どうせ作るなら、お客さんに『さすがやな』と言われるものを作りたい。その一言がほしいがために、毎日頭をひねって仕事をしている感はあります」

頼られたら何でもしたい。だから起業に踏み切った

adfession 事務所入口

印刷業界に入ったきっかけは、友人のある一言だった。「印刷会社の営業をやっていた友人に、『形のないモノを売る仕事はおもしろいぞ』って誘われたんです。その言葉が妙にひっかかって、中堅印刷会社の営業マンとして働き始めたんです」。営業担当ではあったものの、もともと自動車整備工として働いていた経験があったことから、現場の仕事に興味があった。営業の合間に足繁く印刷現場に通い、職人さんたちにいろいろ聞きまくっては、印刷工程や紙などの専門知識もつけていったという。「それでいて営業の仕事では、印刷の仕事以外にもいろいろ頼まれるようになってきていました。例えば、“イベントをするからタレントを探してほしい”とか“新店を出店するから、どこかいい場所ない?”とか、まるで代理店みたい(笑)。でも、頼まれたら何でもやったろ! と思うのが私の性分。それがサラリーマンでは思うようにこなせないため、“それなら、独立しよ”うと決めたんです」。上瀬さんいはく、「言われた仕事だけやっていても何も面白くない。そこに自分ならではのオリジナリティや遊び心が加味されてこそ、おもしろくなる」と話す。ただの営業ではなく“人的営業”。仕事を通して、それに関わる人たちの意識を向上させ、広がりのある仕事へ。起業前に抱いていたそんなビジョンを、アドフェッションで形にしたのだ。

印刷の仕事とは、ノウハウと才能のコラボ

制作物

しかし、いくら上瀬さんの仕事が従来の印刷業とは違うと言っても、「印刷の仕事って、ディレクター&デザイナーが作った制作物を、たんに印刷・納品する仕事では?」と思う人も多いだろう。でも、上瀬さんの場合は、デザインがスタートする前からその工程に関わるのだ。「例えば最近の仕事でメビック扇町のフライヤーに関わったんですが、新しい号を作る時、デザイナーが『今までと違うことがしたい』と言ってきたんです。デザインを変えれば簡単にイメージは変えられるけれど、それだけじゃ面白くない。そこで、前号までは片面がツルンとした“片ツヤさらしクラフト”を使っていたので、それを手触りの面白い“包装紙”に変えることを提案し、さらにシルバーを使って変化をつけることを提案したんです」。その案が功を奏し、でき上がったフライヤーは、従来の制作物とは一新した面白さがプラスされた。「紙の選び方、製版の仕方を変えれば、いくらでも変化が付けられ、クオリティを高められるんです。最近のデザイナーはPCの画面上で仕事が完結してしまうことが多く、実際の仕上がりまで考えて仕事をする人が少ない。そこで、紙質・色・サイズなどを提案したりして、現場の人の意識を高めて、印刷物への可能性を広げていきたいんです」。いわば印刷の仕事とは、デザイナーの才能と印刷業者のノウハウのコラボであり、そうすることで可能性に溢れた制作物がいくらでも作れると上瀬さんは話す。

一緒にモノを作るという気持ちが一番大切

紙見本

サラリーマン時代を含めれば、すでに印刷に関わり13年が過ぎた。「好きなんですよね、モノを作ることが。デザイナーや印刷現場の人たちを巻き込んで、みんなで一緒にモノを作るっていう感覚がものすごく好きなんです。ずっと野球をやっていたからかな、みんなで何か一つのことをするのが好きなのは」。そう話ながらも、「本当はこんなに長く印刷の仕事をするつもりはなかったんだけどねえ」と笑う上瀬さん。でも、仕事のことを話す言葉や表情からは、この仕事を心から楽しんでいるのが、ひしひしと伝わってくる。「今後やっていきたいことは、自社媒体を作ること。広告と印刷がプラスされたら雑誌ができますからね。自分から面白い情報を発信していきたいんですよ」。印刷の可能性を広げ、さらにはそれを通して、さまざまな仕事へと広げていきたいという上瀬さん。「自分が作ったものを誰かが手に取り、たった1人でも心が動けばそれで十分。印刷は“刷る”ものではなく、“つくる”ものですから」

野上 知子さん

公開日:2006年10月24日(火)
取材・文:野上 知子氏