お客さんを喜ばせるしかけ作りが自慢の、スペシャルなデザイン会社
田中 耕太郎氏:たまやスペシャル(株)

田中氏

オフィスではプロレスラーのポスターが出迎えてくれる

大阪市北区。静かなオフィス街にある雑居ビルの一室が、たまやスペシャル株式会社のオフィスだ。部屋に入ると等身大以上もあるプロレスラーのポスターが目に飛び込んでくる。棚の上には趣味で購入したという大きなチャンピオンベルト。
「格闘技が好きなんですよ。メビック扇町にいた頃は、社内にチャンピオンベルト事業部を立ち上げて、作って売ろうかと考えていたくらいで。実現しませんでしたが…」と笑う、代表・田中耕太郎さん。ユニークな話が聞けそうな予感がする。そんな田中さんに、起業から今までの経緯や現状、これからの展望などを伺った。

メビック扇町で人とつながることの大切さを学んだ

社会人としてのスタートは、大手旅行会社の営業職だったという田中さん。その後、ブランクを経てデザイン制作会社に入社。配属されたのは偶然にも、元勤務していた旅行会社向けの制作部門だった。デザイン制作に関しては知識も経験もほとんどなかったが、仕事をする中で制作の流れやDTPの技術を身につけていったという。
「休みもままならない激務でしたが、今考えれば入社できたことも幸運でしたし、仕事の流れも教えてもらいました。まだ世の中に若手を育てていくという余裕があったのかもしれませんね。その会社での勤務経験があってこその今の自分ですから」

2008年、独立・起業を考え始めた頃、メビック扇町のインキュベーションオフィスの存在を知り、仲間とともに退社。入所と同時に法人化を果たした。入所中は、メビック扇町が主催するクリエイターの映像作品のイベントOAV.E(オーブ)に出品するなど、人との関わりの中でモノ作りをすることを学んだという。
「私自身には映像制作の知識もノウハウも全くありませんでした。でも人と関わり、助けてもらいながら映像作品を作ることができました。人が集まればエネルギーが生まれ、そこからまた何かが生まれるという感覚を学びましたね」
卒業後もメビック扇町の仲間たちとは意識的に交流。今ではお互いの繁忙期に助け合うほどの信頼関係にあるという。

本気でやればどんなスケジュールも乗り切れる


旅行パンフレット(団体客向け)

そんな田中さんが独立後も関わっているという旅行パンフレット。ページをめくると宿泊カレンダーや料金表など、細かな情報がびっしりと紙面を埋め尽くす。制作するとなると、その作業量たるや大変なものだろう。
「おそらくデザイン制作の中でも特殊なものだと思います。旅行会社にとってパンフレットは広告ではなく、商品そのものですから、デザインの捉え方がそもそも違うのです」と語る田中さん。厳しい制作のスケジュールを、勤務時代に鍛えた体力と精神力で毎回乗り切っているのだという。
「時々外注に出したりアルバイトを雇ったりするのですが、根気が続かずに辞めていく人も少なくありません。その中でどうして私が続けられているのかと聞かれると、根性と言うしかないですね。2、3日眠らなくても平気なんですよ」とさらりと語る田中さん。
仕事を受けた時、納期を考えるといつも無理だと思う。でも気がついたら乗り切っている。そんな達成感とお客さんの喜ぶ顔を見るのが快感で、また同じように仕事を引き受けるという。
「本気になってやれば、人ってたいていのことは乗り切っていけると思うんです」
そんな言葉を聞くと、体育会系クリエイターとも言えそうな田中さん。しかし話しぶりは穏やか。仕事ぶりも細やかで生真面目に違いない。そんな田中さんだからこそ、顧客から安心して仕事を任せられるのだろう。

世界で唯一の“スペシャル株式会社”であるために


趣味の昆虫標本作り
昆虫のディテールの精巧さや豊富な色などからインスパイアされることも多いという

繁忙期に手伝ってもらうアルバイトを除くと、普段は一人で仕事をしているという田中さん。今後は人材を徐々に増やしていきたいと話す。
「会社を大きくしたいというよりは、人を育てたいのです。私自身がほぼ未経験でこの世界に入り、周りの人に助けられながら経験を積んできました。だから経験を積む機会がないと嘆くデザイナー志望の若者を救いたいという気持ちがあるんです。そんな若者を受け入れる器を作りたいというのも、独立した動機の一つですから」

「たまやスペシャル株式会社っておもしろい名前でしょう」とおもむろに社名について話し始める田中さん。
「たまや・スペシャル株式会社なんです。世界で唯一の“スペシャル株式会社”なんですよ…って勝手に言ってるだけですが」と笑う田中さん。どんなところがスペシャルなんですかという問いに、
「例えば制作物にちょっとした喜びや驚きがしかけてあるとか、オチがついているとか、そんなスペシャルをお客さんに返したいんです。そんなもの必要ないと言われたらそれでいい。そこでお客さんと会話ができたら、それでいいんです。それが我が社の“スペシャル株式会社”たる所以です」と言いながら、メビック扇町から依頼されたセミナー告知リーフレットを見せてくれる田中さん。イラストが得意という田中さんらしいインパクトのある構成だ。
「本当はこの中にキャラクターを潜ませていたんです。でもメビック扇町の方から、キャラクターは必要ないと言われてはずしました。でも全然気にしていませんよ。それでコミュニケーションがとれればいいのですから」と苦笑する。今後は旅行関係以外の制作物も増やしていきたいそうだ。

その後、田中さんがメビック扇町入所時代に制作したというOAV.E出品作品を拝見した。やっぱりユニークだ。独特の世界観と思わぬオチ。世界唯一の“スペシャル株式会社”が見せてくれるショートストーリーに思わず顔がゆるんだ。


第95回二科展(2010年)デザイン部C部門出品作品
環境大臣賞を受賞した


クリエイティブエキスポ 2011 autumn に出品した屏風


メビック扇町でのセミナー告知リーフレット

公開日:2012年07月30日(月)
取材・文:株式会社ランデザイン 岩村 彩氏