制作過程のダイアローグ(対話)を大切に
松井 孝至氏:(株)ダイアローグ

松井氏

大阪市淀川区。西中島南方駅にほど近い株式会社ダイアローグのオフィスは、広々とした空間にデザイン書の数々が並べられているデザイン事務所らしい空間だ。そのあちらこちらに不思議なフィギュアが飾られている。驚いて眺めているところに顔を出した代表・松井孝至さん。「これですか?おもしろいでしょう?ぼく基本的に“いちびり”なんですよ。単純にオモロイものやオモロイことが好きなんです」と松井さんは、はにかみながら穏やかに話し始める。会社を訪れてくれる人を楽しませたいという遊び心いっぱいの松井さん。そんな松井さんに、起業から今までの経緯や現状、これからの展望などを伺った。

制作するプロセスにやりがいを感じる

勤務していたデザイン制作会社の社長の病気という不意なできごとをきっかけに、独立・起業に踏み切ったという松井さん。それまでやってきた仕事をとにかくきちんと終わらせなければならないという一心で自ら起業したという責任感の持ち主だ。メビック扇町のインキュベーションオフィスには、独立後まもない2006年に入居。すぐに法人化を果たした。
「その時は、中途半端に仕事を辞めてしまってはいけないと必死でした。メビック扇町でもクライアントの情報などの守秘義務のため、ブースの一区画ではなく一部屋をオフィスとして借りたいと申し出ました。それまでのクライアントに迷惑をかけるわけにはいきませんから」
メビック扇町を卒業したのは2年後の2008年。現在は、2名のスタッフとともに仕事を続けている。

広告代理店経由の仕事と、クライアントからダイレクトに受ける仕事の、両方を軸に制作をしているという松井さん。制作物は住宅会社、鉄道会社、高速道路会社、大学などと幅広い。
「クライアントが何を伝えようとして、どんなものを欲しがっているのか。広告代理店の人も含め、いろいろな立場の人たちと一緒になって話し合いながら道筋を立てていく過程がおもしろいですね」
一つ一つの質問に丁寧に答える松井さん。その姿は仕事におけるクライアントへの姿勢でもあるのだろう。

クライアントとエンドユーザーとの間にかかる橋でありたい

自分の役割はクライアントとエンドユーザーとの間に立つ橋渡しだと語る松井さん。案件には企画の段階から深く関わることも多いという。
「例えばこのJA京都農畜産物直売所『ファーマーズマーケット・たわわ朝霧』(京都府亀岡市)の仕事は深く関わった事例です。お店のネーミングからロゴ制作、店内のサインや買い物バッグなどのグッズも手がけました。それから1年後、店内にパンの販売コーナーを作るということで再度声をかけていただきました。話を伺うと、地元でとれた米を使って作る米粉パンを販売するということ。さらによく聞いてみるとお米の生産農家から米を買い、製粉装置を直売所に導入し、パンの製造から販売まで一貫して直売所で行なうとおっしゃるではないですか。減反政策の功罪も言われる中、輸入小麦に頼らない米由来のパン生産を、大きなシステムとして取り組むというのです。それが画期的な取り組みであることに、米の歴史を調べて気付きました。そこで単なるパン販売コーナーではなく、パン工房として店頭に並ぶまでの過程を知ってもらった上で購入していただけるようなパン売場にすることをご提案しました」
提案は好評。店内グラフィックは、生産農家が米を刈り取り、米粉からパンを作る工程をイラストで表現した。その『たわわパン工房』は現在も人気のコーナーだという。

「こうしてクライアントの想いをどうアウトプットするか、いろいろな方向から提案するのが私の仕事だと考えています。相手の要求に対して、こちらがどう応えられるか。ともに模索しながら焦点を合わせてゆくプロセスが好きですし、それがデザインだと思うのです。社名のダイアローグにもそんな想いが込められています」


「たわわ朝霧」パン工房 グラフィック

こんな時代だからこそ広告文化を育てなければ


大阪市音楽団 東京・埼玉公演告知ポスター

「オモロイことが好き」と語る松井さん。そんな松井さんらしい成果物はありますかとの質問をすると、照れながら一つのグラフィックを持ち出してきてくれた。大阪市音楽団の東京・埼玉公演告知ポスターだ。大阪市音楽団は大正時代から続く、日本では行政が保有する唯一のプロ吹奏楽団。ポスターはインパクトのあるコピーとヴィジュアルで構成されている。
「大正時代から多くの人が乗り継いできた大阪市音楽団という“乗り物”の重さ、それが関東にまた乗り出していくというワクワク感を表現してみました。こういう仕事はいちびりがいがありますねぇ」
と目を細める松井さん。このポスターを制作するのは昨年に引き続き2度目だそうだ。いくつかアイデアを出したうち、一番尖ったアイデアが採用されてきたという。「劇場ロビーに同じような演奏会告知ポスターが並んでたら、けったいなポスターのほうが印象に残りますよね。大勢の中で埋もれたら無いことと同じだという話を聞いたんです。その実践なんですけどね」。

そして話は大阪市音楽団の話から、広告の話へ。
「いちびっているなんて言っていますが、広告としてこのような表現が受け入れられることは嬉しいですね。不景気が続く時代ですから、物事を合理的に処理していこうという風潮は理解できます。しかし合理性を追い求めるだけでは、私たちの生活はつまらないものになってしまう。広告の世界も同じことが言えると思います。かつて広告は“広告芸術”という言葉もあったように文化の一部でした。今の広告は、その成果がすぐに現れるよう“販促物”の役割を求められがちです。でもそれでは豊かな広告文化が育たない。それでいいのかなと思うのです」。

最後に写真撮影をお願いすると、Mr.ビーンのフィギュアを前におどけた表情を見せる松井さん。言葉にせずともこちらの意図を汲み取ってパフォーマンスしてくれるサービス精神には脱帽。それが松井さん流ダイアローグ(対話)なのだ。いつの間にか取材の場は和やかな雰囲気につつまれていた。


スタッフのみなさんとMr.ビーンのフィギュア

公開日:2012年07月27日(金)
取材・文:株式会社ランデザイン 岩村 彩氏