クリエイターの視点を生かしたコーディネーターでありたい
藤井 保氏:つくり図案屋

藤井氏

「つくり図案屋」の屋号を掲げ、2007年にメビック扇町のインキュベーションオフィスに入所した藤井保氏。「この街のクリエイター博覧会2007」の第5クール「A! FACE展」のコーディネーターを務めるなど、メビック扇町が主催する事業に積極的に参加し「濃い3年間を過ごした」という。入所に至る波瀾万丈な道のりから、メビック扇町での経験、卒業してからのことなどを率直に語っていただいた。

“個”の強さを信じてグラフィックデザイナーとして独立

自らを「そもそもは純然たるグラフィックデザイナー」だという藤井氏。この道を志したのには、大手新聞社に勤務していた父と職人であった祖父の背中を見て育った影響があるという。
「大学生のころに、華々しい業界でエリート社員として昼夜を問わず働いていた父親が急死しまして。このことで、祖父のように地味ではあるが、素材や品質にこだわりコツコツと仕事をする “個”の強さを持ったデザイナーという職業に就くことを決めました」
20歳で大学を中退し、昼間はシルクスクリーン工房や広告代理店で働きながら夜間のデザイン学校に通い始める。卒業後グラフィックデザインのプロダクション数社に勤務して経験を積み26歳で独立、数年後に法人化を果たす。

しかし、ここからが波瀾万丈。人脈と営業に強い年長者を代表に据え、藤井氏は制作分野の統括を行っていたのだが、会社の経営方針に対して意見が合わなくなり藤井氏は放逐。その後、印刷会社の新たな企画部門の立ち上げ担当として再出発し10年以上在籍することとなる。この間に、WEB制作、映像制作、展示会企画など新たな分野に関わり仕事の幅が広がったという。しかし、もう一度制作者として自分の原点に立ち返りたいとの思いが強まり、再度の独立を決意。2度目のスタート地点として選んだのがメビック扇町だった。

メビック扇町はホームタウンのような場所

作業風景

メビック扇町のインキュベーションオフィスにいたのは2007年から約3年間。
「僕にとってメビック扇町はホームタウンのような場所です。当時、同業者や自分に近い状況の人がたくさん入所していて、“仲間と一緒に進んでいってる”という感覚がありました。それがすごく心強かったですね。人間ですから、仕事をしていると、どこにも持っていけない思いって抱くじゃないですか。そんな時、まわりを見るとすぐ近くに仲間がいて、気軽に声をかけあって話ができるというのが大きかった。50歳近くなって一気に友達が増えることは他ではありえなかったと思います」

当時をふり返り懐かしそうに目を細める藤井氏。メビック扇町に入所してから、もう一つ大きな変化があったという。
「知り合う人の数が飛躍的に増えましたね。いろんな人が集まって来て、出会いの輪が広がって行く。そうするうちに、情報をお互いに交換するだけでなく、発展・活用させていくことの大切さを感じ始めました。人とのつながり、共有した情報や経験を元にプロジェクトを立ち上げ、クリエイティブな切り口で周辺企業を元気にしていくことができないだろうか、そんな思いを共にする仲間たちと、合同会社デザイン・マネジメント・ファーム(DMF)も設立しました。最近では、クリエイティブに近い特殊な加工系の企業の広報・窓口を広げる目的でサンプルモデリング・ドットコムの立ち上げにも関わっています」

クリエイターと企業をつなぐコーディネーター


藤井氏ディレクションによる
「井岡ボクシングジム」のWebサイト

メビック扇町での経験から、クリエイターと企業をつなぐコーディネーターとしての役割に開眼していった藤井氏。卒業してからも、グラフィック&WEBデザインをメインワークとしながら、さまざまなジャンルでコーディネーターとしての活動も続けているという。その一つがサンプルモデリング・ドットコムというプロジェクトだそう。
「簡単に言うと、クリエイターの試作品制作をサポートする仕組みです。たまたま僕のまわりに、3Dのモデリングマシンとか特殊印刷機とか、すごい技術の高額機械を持っていながら、あまり稼働させていない会社がたくさんあるんですよ。ほんまに、宝の持ち腐れでもったいない。一方、デザイナーって基本的に機械は持ってないですから、試作品を作るのに苦労するという悩みをよく聞く。だったら、その機械をクリエイターに安価で解放してもらって、試作品づくりに利用させてもらえないかと思ったのがこのアイデアの出発点です。機械を持っている会社にとっては、安価といえども休眠させておくよりは収益になり、クリエイターにとっては外注に出すよりコストを抑えることができ、双方にメリットがあります。で、立体系や平面系など、さまざまなタイプの機械を一つの窓口で紹介するのが、 サンプルモデリング・ドットコムのサイト(現在制作中)です」

ちなみにこのプロジェクト、双方の金銭的なメリット以外にも狙いがあるという。
「今までクリエイターと関わったことがないような一般の企業さんと、クリエイターが出会う接点になるでしょ。クリエイターの仕事がどんなものなのかというのをリアルに見てもらえる。そこから、またなにか新しい流れが生まれればいいなと思ってます。クリエイターの価値って、口でどんなに説明するより、仕事を通して関わるのが一番わかりますからね」

最後に、藤井氏の今後についてお聞きした。
「水がきれいに流れてない業界ってあるんですよ。その流れのどこを変えれば、もっとスムーズになるのかっていうのを考えたりするのが向いてるような気がしますね。それに、クリエイティブという視点とまだ出会っていない企業の意識を変えていくこと。そういうことをやっていきたいですね」

公開日:2012年07月20日(金)
取材・文:C.W.S 清家 麻衣子氏