私が書いたものが化学反応を起こしてくれることを願って。
鶴見 佳子氏:ことばのしごと 文筆家

鶴見氏

繊維・ファッション業界紙の新聞記者からフリーランスのジャーナリストとなり、今年1月に文筆家として「リニューアル」した鶴見佳子さん。記者時代には業界初の『こども服白書』を手がけ、独立後は住宅・不動産関連の取材・執筆や生活情報誌の企画・編集を精力的に行ってきた。書くことを生業にして28年。文章のプロとして歩んできた道程と、モットーである「真面目に遊ぶ、きちんと遊ぶ」についてお話を伺った。

記者時代に業界初の『こども服白書』を出版

さすがに文章を書くプロだけあって、こどもの頃から作文のコンクールにはよく入選したという。
「私の場合、音楽や運動はあまり得意ではなく、自分を表現するのに文章だとうまくいく、といったところはありましたね。でも、まさか書くことを仕事にするとは思ってもみませんでした。実際、大学に入学する頃は法律に関わる仕事に就きたくて、法学部に進学しました」
しかし、卒業後は書くこと一筋だ。日刊業界紙の新聞社に入社し、記者として婦人服・こども服を担当。レギュラー記事のほか、特集や連載も多く手がけ、業界初の『こども服白書』の出版にも携わった。はじめはホッチキス留めの簡易な装丁だった冊子を、背表紙がつく書籍になるまでに育て上げた。当時3、4社あったライバル社の記者たちとはスクープ合戦を繰り広げていたが、記者時代に芽生えた競争心と、締め切りに追われながら身につけた早く的確に書く術は、その後の鶴見さんにとって大きな財産となった。

独立後、仕事は《衣》から《住》に

鶴見氏

記者として5年間仕事をした後、新たなフィールドを求めて1989年に独立。以来、フリーランス・ジャーナリストとして住宅・不動産・開発問題、教育・採用に関する取材・執筆を行ってきた。高齢化社会や心の病など、現代社会が抱える諸問題のルポや生活情報誌などの企画立案・編集も担当し、インタビュー記事も書いてきた。執筆以外の活動も精力的だ。住まいやコミュニティビジネスの講演を行い、女性職員研修・新規採用職員研修の講師やシンポジウムのコーディネーターも務めてきた。働く女性のネットワーク「よこの会」では、2年間会長を務めた。

「独立後は、たまたま住宅関連の方からのお声がけが多く、仕事は一気に衣食住の《衣》から《住》にシフトしました。業界紙の記者をしているときは、読者が業界の人なので専門用語を普通に使用して記事を書いていましたが、住宅情報誌の読者は一般の方。だから、いかにわかりやすく文章を書くかに心を砕きました。また、会社員の時と独立してからでは、仕事の範囲が違ってきたことも大きな変化でしたね。記者時代は仕事が分業制で進んでいたので、私は取材をしたり記事を書いたりするのがメインでした。でも、フリーのライターとして週刊誌や月刊誌の仕事をするようになってからは、どのようなテーマで書くか、どのようにインパクトのある誌面づくりをするかも自分で考えなければいけなくなりました」

独立した時と同じくらい、自分の仕事について深く考える機会は、1995年にやって来た。阪神淡路大震災である。たくさんの住宅が倒れ、多くの人が生活の場を失った。全壊の認定を受けたマンションの上のグラグラした場所で取材したこともあった鶴見さんは、当時大いに悩んだという。マンションの建て替えは、所有者や不動産の事情すべてがケースバイケースなので、自分の書いた記事があるマンションの復興には役立つが、別のマンションでは全然参考にならないことも少なくないからだ。
「そこを生活の場としている人に、何とかして役立つ情報を届けたい。悩みながらもそんな思いで書き続けたことは、自分の仕事を見つめ直すいいきっかけになりました」

「真面目に遊ぶ、きちんと遊ぶ」がモットー


スペインの巡礼道をともに歩いた相棒と


四国八十八か所のお遍路の旅

フリーランサーとして多忙な日々を送ってきた鶴見さんだが、趣味は実に多彩だ。旅行の企画立案と実施、映画、スペイン語、料理、ビアテイスティング、文楽や落語などの古典芸能鑑賞、現代川柳、お遍路と巡礼の実践的比較考察など。モットーは、「真面目に遊ぶ、きちんと遊ぶ」だ。
「ある頃から年間テーマをもって遊ぶようになったんです。厳密には年に1つのテーマではなく、2、3年、興味のあることを追求するという感じです」
「発酵」をテーマに挙げた数年間は、「発酵」にかかわる書籍をよく読み、出張や旅行の際にも時間をつくって、現地の味噌や醤油、地ビール、地酒、寿司、漬物を探り、お中元やプレゼントにも用いたという。日本地ビール協会の「ビアテイスター」の資格を取得したのも、この時期だ。
「メソポタミアの昔からあるビールの歴史を、頭に叩き込みましたね。感応試験では、目の前にある25種類のビールを飲み分け、人工的に傷んだビールをつくり、そこに含まれている物質がイソバレリアン酸だとつきとめて合格したんです」
テーマを掲げて遊ぶと、いくつかの利点があるという。まず、あまり無理をしなくても、そのテーマについて詳しくなること。次に、そのテーマに詳しい人と出会えること。そして、そのテーマが世界を見るときの小さな窓となり、視野が広がることだという。こうしたテーマを前もって人に言ったり、宣言したりすることにより、友人や知人が関連情報を教えてくれたり、クライアントからそのテーマに関する仕事を依頼されることもあるそうだ。
「インプットした知識は、アウトプットしてこそ知恵になると考えています。だから、得た情報を報告したり、伝えたり、書いて発表したりして、できるだけアウトプットするよう努めています。現在のテーマは《What is 宗教》です。親の介護・死と向き合い、悩みつつも死生観に興味を持ったので、死生観に関わる書籍を読み、講演を聞き、親族を失った人々にもヒアリングさせてもらいました。高野山大学大学院では科目履修をし、遍路学のレポートを書き、スペインのキリスト教の巡礼道を186キロ歩きました。四国八十八か所のお遍路の旅は、休暇を利用しながら今も続けています」

プロとしての思いを「文筆家」の肩書きに込めて

鶴見さんは今年1月、自身の肩書きを「ことばのしごと 文筆家」にリニューアルした。
「ここ2〜3年、悩んでいたんです。SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)やブログ、ホームページが普及して、一般の人が写真を撮って、メッセージを発信することが普通になってきましたが、そこには原稿料は発生しません。でも、それによって誰かが消費行動を起こすことがごく当たり前になっています。そのような状況の中で、私は原稿料をいただいて文章を書いています。その違いは、何なんだろう、と考えるようになったんです」
「一般の人がしていることに対して、プロとして自分がしていることを差別化していくことに悩んだ結果、『相手が話しやすい雰囲気をつくる』『的確に答えられるように質問する』『話した言葉の裏や行間にひそむ思いを聴き取る』『単に言い放すのではなく、読者に響く表現やきちんと届くことばで書く』などにプロとしての存在価値がある、ということに思い至りました。そこで今年から文筆家と名乗っています」
「『自分の言いたいことをよくわかってくれた』『とてもわかりやすく書いている』と、読者や取材した人、クライアントの方々から言われることは大変うれしい。また、私が書いたものが何らかの化学反応を起こし、読み手が他の人とつながったり、新しい視点をもったりするのに役立てば、書き手冥利に尽きます。だから、これからもそこを目指していきたいと思っています」
最終的には文章を書くことで報酬を得るが、自身の仕事の本質は知恵の集積に寄与したり、人と人をつないだり、新しい刺激を発信したりすることにある、と考えているという。一生活者としての感覚を常に大切にする鶴見さんが真面目にきちんと遊び続ける限り、文筆家としての活躍の場はますます広がっていくことだろう。

公開日:2011年12月06日(火)
取材・文:有限会社中島事務所 中島 公次氏
取材班:株式会社キョウツウデザイン 堀 智久氏