世話焼きおばさんの視点で、売れるものづくりを発想。
長鳥 園子氏:office 803

長鳥氏

一般的な大手アパレル企業では、マーケティングをもとに商品を企画し、デザイナーがデザインしてパタンナーがパターンを引き、それをグレーダーがサイズ展開して、工場での生産に至る。社内にはそれぞれの専門セクションがあり、各部門ごとのプロフェッショナルが業務をこなして服づくりが行われる。それらすべてをまとめ取り仕切るのが「モデリスト」の仕事。長鳥園子さんは日本ではまだなじみの薄いモデリストとして、売れる商品づくりにこだわって活動する第一人者だ。一方で、イタリアで学んだパタンナーとしての技術を後進に伝授。さらに最近は、長年アパレル業界に従事した人脈を駆使して、人と人とをつなぐコーディネーターとしても東奔西走する。そんなパワフルな日々を送る長鳥さんに、仕事への取り組みについて伺った。

スタートは人形の服づくり。 ブランド立ち上げもゼロから。

子どものころは喘息を患っていたこともあり、家にこもって遊ぶことが多かったという長鳥さん。遊びの相手はお気に入りの人形。その大切な人形のためにハギレを縫い合わせたことが、長鳥さんの服づくりの原点だ。
「服づくりのイロハも知らずに、着せ替えの洋服をつくるのが楽しくて。たまたま知り合った方から、“将来ファッション関係の仕事につくといいよ”と言われたこともあって、幼いころから自分の進む道を決めていました」と言う。成長して進路を決めるにあたり、迷わずファッション業界を選んだ。専門学校で学んだ後に就職したアパレルメーカーでは、デザインとパターンを担当。その後、いくつかの会社を経て、大阪のアパレル商社に入社。そこではじめて、ブランド立ち上げを経験する。
「何もない状態から、オフィスの机を調達するところからのスタート。予算も限られているなかで、セクションごとの分業なんて言ってる場合じゃありませんでした。商品を企画して、デザインをおこしてパターンを引いて、グレーディング(サイズ展開)して生地の手配から縫製工場との折衝まで。まったくコネクションのないところから、あちこちに直談判して、とにかく全力疾走してました(笑)」と振り返る。しかし、そのときの経験が肥やしとなり、オンリーワンのスキルを身につける結果につながった。

売れるものづくりにこだわる、 アパレル業界の世話焼きおばさん。

長鳥氏

「すべてを詳細に把握している人間がひとりいるだけで、細かなストレスが解消されて、物事がスムーズに流れるんです」と言う長鳥さんのスタンスは、「ひとつのセクションにとらわれず、小回りのきく“何でも屋さん”に徹すること」と一貫している。たとえば縫製工場で作業中にトラブルが起こる。大手メーカーなら、各部門に問い合わせて対応しなければならない。ときには問題が解決するまでに数日を要することもある。ところが、モデリストがすべてを集約していれば、窓口は一ヶ所。トラブルは一発解決する。「縫製工場のみなさんには、重宝してもらえるんですよ」。サラリと言うが、各所への調整能力が問われるところだ。

「難しいことじゃないんです。今までの経験からいろんなことに口出ししちゃう、世話焼きおばさんが原点(笑)。おせっかいだから、転ばぬ先の杖を出してあげたくなるんです。それがみなさんのビジネスのお役に立っているだけ」。
しかし、長鳥さんの役目は、ただの便利屋にとどまらない。全体を俯瞰的に見られるポジションだからこそ、できることがあると言う。それが“売れるものづくり”への取り組みだ。

売れるものづくりには、 目に見えない人の力が必要。

オルガ先生

長鳥さんがかつて、アパレル商社に勤めていたときのこと。海外ブランドから流行のデザインを仕入れ、それを日本人向けに展開するという仕事をしていた。
「私の役目は、ターゲット層の日本人の体型に合わせて、パターンを修正すること。大げさでなく、山のようにパターン修正をこなしました。そのときの経験があるから、ニーズに合わせてアレンジすることは、誰にも負けないと自信を持って言えます。そして、いくら流行のおしゃれなデザインでも、着る人の体型にフィットしなければ欲しいと思ってもらえない。売れるものを買ってもらえるものにすることの大切さを学びました」。

“売れるものづくりとは何か”を肌感覚で身につけたと言える。それはつまり、お客さまにジャストフィットするものをつくること。またその後、フロー全体を見る立場になったことで、さまざまな問題点や改善点を発見。それらを解決することで、より良い製品=お客に求められる商品づくりへと結実してきた。長鳥さんの使命はそこにあったのだ。
「当たり前ですが、需要と供給にギャップのあるものは売れません。両者のギャップを埋めるにはハードやデータだけでなく、目に見えない人の力が必要。売れるものをつくるためには、メーカーとユーザーそれぞれの思いをつなぐこと大切ですよね。ファッション業界において、その役割を担うのが私たちモデリストだと考えています」。

大切なのは、ひとりひとりの人生。 仕事とは生き方だから、人と人をつなぐ。

補習風景

長鳥さんは現在、ファッションデザイン専門学校や大学で教鞭を執り、学生に向けて自身が蓄えたノウハウを伝授する。また、イタリアで学んだパターンの技術を広めるために、プロ向けの技術スクール「セリコジャパンスクール」でも講師を務めている。
「学生にはものづくりの大切さを伝えたいんです。難しいと思うことでも学び、問題を解決して、形づくることは楽しいことあと実感してもらいたい。“おもろい!”と思えることにチャレンジし続け、おもろい人生を歩んでもらう足がかりにしてもらえれば、と取り組んでいます」。

一方のプロ向け講座では、より高度な技術を習得するべく集まってきたベテランを相手に講習を行う。
「それぞれに違う立場だけど、学ぼうとする姿勢は同じ。みなさん、ときには壁に当たったり、迷ったりする人もいるんです。そんな人の背中を押して、おもろい人生を歩んでいくお手伝いをしてるんです」と、ここでも世話焼きおばさんの本領を発揮している。
そんな長鳥さんの周りにはいつも、たくさんの人=人材、物、情報が集まってくる。最近ではそれらをつなぐ、コーディネーターとしても活躍している。
「それぞれに点で存在しているものを線でつないで、より有効な結果を生み出す。モデリストの仕事と同じですよ。人と人をつなげて、さらにおもろいことが生まれたら、人生もっとおもろくなるでしょ。私の仕事の基準はその“おもろさ”。すべてのビジネスをおもろくするには、目に見えない人の力が必要。おもしろい仕事なら、人も活きいきと取り組めるんです。私がそうだったように、すべての人にその楽しさを感じて欲しい」と語る。
そんな長鳥さんの夢は、ファッションのシルバー人材センターを設立すること。長いキャリアのなかで培われた先輩たちの専門技術を活かし、後輩に伝えることを目指している。
長鳥さんのチャレンジは、まだまだ続く。

公開日:2011年09月20日(火)
取材・文:植田 唯起子氏
取材班:株式会社マチック・デザイン 松村 裕史氏