どこまでも個人に寄り添ったオリジナルデザインを提供し続けたい。
石野 直人氏:DENIMMADNESS

石野氏

土佐堀川のほとり、レトロな建物にあるデニムマッドネスのアトリエ。ここから世界に1本しかない、オリジナルのジーンズが生みだされている。30種類以上もの国産デニム生地が覆う壁、数台のミシンにカラフルな糸と一緒に、棚にはお気に入りのCDや書籍も並ぶ。つくり手の顔が見えるプライベートな空間で、デザイナーの石野直人さんにジーンズへの想いを語ってもらった。

自分でつくってジーンズの面白さに目覚めた。

作品

大学を卒業後、大手小売店で販売に携わっていたという石野さん。そのとき「売れ残ったから半額にするやり方に違和感を覚えて。自分が本当にいいと思うものだけを売りたいと考えるようになりました」。そのためにまずは、洋服の構造から学ぼうと大阪モード学園へ入学。入学して1年で、はじめてジーンズをつくった。「専用のミシンも持ってなくて、分厚い生地と格闘して何度も針を折りながら。1本縫い上げた時は、やっぱり感動しました。そこから友人のジーンズもつくりはじめたんです」。昼間はアルバイトしながら夜、学校へ通う。課題も多い中で、それこそ寝る間も惜しんでの制作となるが、つくるたびに新しい発見があり、まったく苦ではなかったという。

卒業が近づき、岡山のデニムメーカーに面接に行った際、社長に言われたひとことが大きな転機となった。「自分で制作したジーンズの写真を何点か見せたんです。そしたら社長が不思議そうに“君、どうして自分でつくらないの?”って」。頭の中でおぼろげに描いていた未来図。そこに向かって強く背中を押された気がした。「いつかは自分でとは思っていましたが、資金や自信もなくって。でもそこで迷いが消えた。自分が好きなものだけをつくろうと」。結局就職はせず、アルバイトをしながら制作に励む日々。友人の紹介や口コミでオーダーも増えていった。

ジャムセッションのような「会話」から生まれるジーンズ。

石野氏

デニムは、誰しも一度は穿いたことがある定番アイテム。多くのオーダージーンズは、既製品では満足できない「サイズをジャストフィット」させることに重点がおかれ、ベースとなるサンプルに対してサイズやディテールを微調整していくスタイルをとる。ある意味、定番だからこそ、オーダーといっても新しいカタチをイメージしにくいのかもしれない。しかしデニムマッドネスでは、一人ひとりのイメージに合わせて、まったくイチからデザインをつくりあげていく。本当の意味でのオーダーメイドを実現させている。

「お客さんの思う通りにつくるのはプロとして当たり前。次に繋げるためには、想像を超えるものや感動できるものを提供し、半歩先を行かないと」。だから観客とは徹底的に話をする。デザインやシルエットといったジーンズの話はもちろんだが、そのジーンズを穿くシチュエーション、趣味、好きな音楽や食べ物といったライフスタイルまで掘り下げていく。「夜中に来られて、徹夜で語り明かしたお客様もいます」。この何気ない会話のキャッチボールから顧客の心を開き、感性をぶつけ合いながらイメージをたぐりよせていく。これぞ石野さん曰く「マッドネスカウンセリング」。石野さんのストイックなまでの職人気質と表現者としての両面が巧みに融合したスタイルだ。

マニアを超える存在、としてのデニムマッドネス。

事務所風景

ところで、なぜジーンズなのだろう? 「まずなによりもデニムが好きだから。ブランド名もマニアの上をいく、という意味で付けました。デニムを触っているとテンションも高まるし、アイデアも浮かぶんです」。CANTONやビッグストーンといった、国産のオールドジーンズが好きだったという。63年にデビューしたこれらのブランドは、国産デニムの道を切り開いた先駆者。いまだに根強いファンを持つ。「生地や縫製の美しさが格段にいいんですよね」。デニムだけが持つ個性についても「デニムだけじゃないでしようか、色落ちや経年変化も楽しめて、古くても破れてもカッコいいものって。老若男女が着られるし。他の生地より自由が許されている奇跡の生地です。あのイヴ・サンローランでさえ、“唯一後悔しているのが、デニムを発見しなかったこと”と語っているほどですから」。
そしてファッションとしてのジーンズの可能性にも言及した。ファッション業界における流行は、常に上位から下位に対するトップダウン型の提案。しかし石野さんはもっと自由であるべきだという。「自由な発想を落とし込めるスタイリングの中で、軸となるのがボトムのライン。だからこそ自分を表現できる思い入れのあるジーンズをつくりたいんです」。

オリジナル、店舗オープン、その先には海外進出も。

ファッションショーの様子

5月にはアトリエ1周年記念イベントとして、ファッションショーも開いた。ショーでは、モデルとして顧客が50人以上も集まり、会場を多種多様なデニムで埋め尽くした。「ショーはお客さんへの感謝祭だと思っているので、今後も続けていきたいですね」。これまで制作したジーンズは300本ほど。さまざまなデザインを手掛けてきたことで作品の幅が広がり、自身の引出しも増えた。

「今自分の中に蓄えているいろんなエッセンスを消化して、オリジナルもつくりたい。いずれはオリジナルとオーダーの両方で展開できる店舗を構えて、海外にも進出したいです」。
その夢がかなっても、現場は離れたくないという。「やっぱりものづくりが好きだから。どこまでも個人に寄り添ったオリジナルデザインを提供し続けたいんですよね」。

公開日:2011年09月02日(金)
取材・文:町田佳子 町田 佳子氏
取材班:株式会社ショートカプチーノ 中 直照氏