どんなムチャぶりでも、喜ばれるモノを作りたい。
衣巻 茂子氏:旬芸

衣巻氏

店内のレイアウトやメニュー開発、販促、Webサイトの作成など“食”に関するデザインをトータルに行う旬芸。代表の衣巻茂子(きぬまきもこ)氏は、フードコーディネーター&デザイナーという経験を活かし、独自のアプローチで提案を行っている。じつは銀行員だったという意外な経歴を持つ衣巻氏が、いかにして現在にいたったのか。そのプロセスと仕事内容、そして目標を語ってもらった。

銀行で働くなんて大丈夫?

大学では、認知心理学を学んでいたという衣巻氏。就職するつもりは特になく、院に進んで勉強を続けようと考えていた。しかし、周囲が就職活動をしているのを見て、なんとなく受けた地方銀行に内定してしまう。「じつは、通っていた大学からその銀行に受かった学生は私が初めてだったんです。そのため、就職課の人からは『内定辞退はしないでくれ』とのプレッシャーが……。結局、就職することに決めたんですが、ゼミの教授は私がおおざっぱな性格なのを知っていたので『銀行で働くなんて大丈夫?』とずっと心配していましたね(笑)」
銀行に入行後は、窓口業務などを経て個人・企業を対象にした貸付融資をメインに担当。融資が成功し、倒産を免れた会社から感謝されたこともあったが、仕事で達成感は得られなかったという。「指先1本で何十億円のお金を動かしても、どうしても実感がわかないんです。それに、大量の札束から発せられるにおいが私にはつらくて。そんな日々が苦痛に感じるようになり、結局3年で退職しました」

モノづくりをしている実感がやりがいに!

次の仕事は決まっていなかったが、社会人になってから趣味で習っていたテーブルコーディネートのレッスンで講師を任されるように。さらに、マーケティング会社、デザイン事務所のアルバイトを通じて、デザインの基礎を身につけた。その後、別のデザイン会社に転職し、グラフィックデザインや冊子づくり、ホームページの作成などのスキルを磨いた。「当時はインターネットが一般的になる前で、ホームページという言葉が出始めた頃。『ホームページを作ってくれないか』と依頼があっても、誰も知識がない手探り状態でした。でも、会社の方針は“依頼があれば何でもやる”こと。結局私が担当し、独学で作成してわからないことは学校に通って勉強しました」
自分なりに考えたものが形になり、納得のいくものができれば先方にも喜んでもらえる。何より、自分がモノづくりをしているという実感がある。衣巻氏は、デザインの仕事を通じて、働く楽しさを得られるようになっていった。

食に関するデザインワークで独立。


撮影のためにコーディネート

その後、新たな転機が訪れたのは2008年のこと。約11年勤めたデザイン会社が、不況の影響もあって解散することになったのである。年齢的に転職は厳しいが、デザインの仕事は続けていきたい……。そこで、選択したのが独立という道だった。
「もともと前職時代から、フラッシュムービー、Webデザイン、チラシ、ロゴマークの作成など、個人的に頼まれた仕事を社長の許可を得て自宅でやってたんです。それで、会社を立ち上げても仕事がゼロになることはないんじゃないか、と。また、社長が活動を再開したとき、サポートできるようにフリーの立場でいたいと考えたんです」
独立するにあたり、自分が好きな分野であること、さらに自分ができることを新たに考えた。その結果、到達したのが“食”をデザインすることだった。
「料理の撮影のとき、このシーズンだったらこの献立でこんな盛り付け、飾りつけをと提案するシチュエーションが発生し、それが次の仕事につながったことがありました。フードコーディネートの経験が活きたんです。そこで、食に関するデザインワークを業務の柱にしようと決めました」
約1年の準備期間を経て、大阪市中央区北久宝寺町で事務所を開設。屋号は、以前から個人業務で使っていた「旬芸」とした。食事や仕事でも、いつでも旬なものを提案したいという気持ちが込められている。

できないとは言いません。


食器にあわせたレシピ

クライアントは飲食店、食品メーカーなど。ケーキ屋さんのリニューアルオープンにともない、ロゴタイプ、パッケージ、パンフレット、包装紙やファサードなどのデザインをトータルに提案するなどの業務を行っている。モットーは、前職時代から変わらず“依頼があれば何でもやる”こと。「以前、ウエディングのテーブルコーディネートを依頼されたとき、バロック調のディスプレイをという注文が。それではコストも時間も厳しいので、改めてヒアリングするとバロック調が重要なのではなく、要はオリジナリティがほしいとのこと。それで、こちらから別のレイアウトを提案し、受け入れていただきました」
たとえどんなムチャぶりでも、あきらめずに取り組んで、先方に喜ばれるものを作り上げるのが楽しいのだと笑う。できないとは言えない性格。さらに、新しいことにもどんどんチャレンジしたいため“食”以外のジャンルも扱うが、最近は狙い通り、食に関係する仕事のほうが増えてきているそうだ。

『たべごろ。』ブランドを展開したい。


オリジナルの食器

営業は、自称苦手。人に助けられて、事業が行えているのだと周囲への感謝を忘れない。
「今後は事務所以外にキッチンスタジオを作り、商品開発やテストマーケティングの場に活用したいですね。実際に商品を作って、こんなターゲットに反響があるという実証をこちらから提案すれば事業の幅も広がるはずですから」
またゆくゆくは、『たべごろ。』というブランドを展開し、オリジナルの食器などの物品を作っていきたいと意気込む。さらには、デザインワークの一貫として自分の飲食店も持ちたいという。衣巻氏の、飽くなき食の仕事への探究心は高まる一方だ。

公開日:2011年08月30日(火)
取材・文:内藤高文 内藤 高文氏
取材班:情熱の学校 エサキ ヨシノリ氏