何事も“人とのつながり”が助けてくれた。
平井 浩志氏:(株)マウス

平井氏

テレビ番組が完成するまでには、収録した内容を決められた時間枠の中に収めるために、編集という作業が必要になる。そのため、業界内では“ポストプロダクション(=ポスプロ)”と呼ばれる編集を専門に行う会社が存在する。(株)マウスは関西を中心に多くのテレビ番組の編集を行うポスプロだ。今回は代表の平井氏に、番組編集の仕事を始めたきっかけやその面白さ、さらには将来についてお話をうかがった。

ネクタイをしなくていいからテレビ業界へ。

大学では電子工学を学んでいた平井氏。テレビ業界に興味はなかったが、ひょんなきっかけでテレビ局でアルバイトをすることに。
「音楽が好きでバンドをやっていたのでシンセサイザーなどの電子楽器開発をやりたかった。なのに、テレビ局でバイトをしている先輩から人手が足りないと誘われて、カメラアシスタントのバイトをすることになったんです」

大学4年になり、就職を考えはじめてもテレビ業界に入ることは考えていなかった。
「すると、バイト先の番組制作会社が声をかけてくれました。冷静に考えてみると、スーツを着て決まった時間に会社に行く生活は、私には絶対無理だなぁと。テレビの仕事ならスーツも必要ないし、なんとか続けられるかと思ってテレビ業界に就職することにしました」
200人以上の応募に対して採用枠は2人という狭き門だったが、無事に番組制作会社に入社。希望部署を聞かれた平井氏は、バイト時代に未経験だった編集の仕事を希望し、編集マンとしてのキャリアがスタートした。

独立のきっかけは、阪神大震災。

編集室

編集はとてもやりがいのある仕事だという平井氏。
「入社当時はテロップや合成もすべて自分たちで考えて、膨大な撮影データをきっちり番組時間枠内に収めるのが仕事でした。これがプラモデルと同じで達成感がすごくあるんですよ。それに、テレビという媒体で多くの人に自分の技術や成果を見てもらえるので、毎回が発表会みたいなものです」

12年勤めた制作会社から独立するきっかけは、あの阪神大震災だったという。
「阪神大震災当時は、公私ともに充実していました。そこにあの地震です。独立することにした理由は二つあって、ひとつは地震当時の会社の対応に疑問を感じたこと、もう一つは『いつ死ぬかわからんから、楽しんで生きたい』と思ったことです。それで地震から約1年後に退職しました」
退職後、今の会社を立ち上げたのだが、ポスプロを立ち上げるには膨大な費用がかかる。
「スタジオを2部屋作る予定でしたから、機材や会社設立費用を含め約1億5000万円が必要で、元サラリーマンには到底無理な金額でした。当時、サイドビジネスで出資しようと申し出てくれる人もいたのですが、所詮は雇われですから、辞めた意味がないと断りました」

自己資産の担保では足りないため資金集めに奔走する中、先に独立していた会社の先輩二人が、自らの家を担保に入れてくれたことで、資金面では会社設立への道が一気に開けた。
「父親の遺言が『他人の保証人にはなるな』だったのに、赤の他人に保証人になってもらって(笑)。本当に良い仲間に恵まれていると実感しました。最後に助けてくれるのは“人”なんだと」
資金のメドがついた平井氏は、その後もさまざまな圧力を受けるが、なんとか会社を立ち上げた。
「社員時代に担当していた番組は、ご指名いただいてもすべてお断りして、新規番組だけを受注しました。すべて人からご紹介いただいて営業活動を行っていました。ここでも色々な人に助けてもらいましたね。もちろん、立ち上げ資金はすべて返済してずっと黒字でやってこれました。周囲の人すべてに感謝です」

テレビ業界に横のつながりを生み出す、“大人の文化祭”。

「大人の文化祭」

近年の平井氏の楽しみのひとつが、2年前から始まった『大人の文化祭』なるイベントだ。
「ナレーターの畑中ふう氏を筆頭にテレビ業界で仕事をしているメンバーが集まって始まりました。テレビ局や制作会社、フリーランスでテレビの仕事に携わる人にとって、業界横断的な交流が深まるイベントになればと考えていました。私も最近は実行委員としてお手伝いしています」

また、ナレーター・畑中ふう氏と『サーチライツ』というバンドを結成し紅白歌合戦の出場を目指している。
「畑中ふうさんが『ハゲを明るく元気にしたらどうやろう?そや、ハゲを100人集めて紅白に出よう』と言い出しはったんです。そこで、ハゲ同士で“世の中を明るくするバンドを作ろう”と『サーチライツ』というバンドを作りました。そして『ハゲの力』というオリジナルソングをライブで発表し、この曲で紅白を目指します。これからも、ハゲに元気を与えれば世の中全体が元気になるという信念のもとで活動していきますよ!(笑)」

本物のエキスパートだけが生き残る時代に。

事務所風景

テレビ業界の変化とともに、編集という仕事が担う仕事も変化しているという。
「ビデオカメラが普及して素人に編集作業ができる時代だからこそ、本物のエキスパートを育てなければなりません」
エキスパートであるための要素のひとつがコミュニケーション力だという。
「スタッフには、編集の仕事でも“しゃべり半分、技術半分”と言っています。技術があっても、その良さや自信を相手に伝える力が必須です。完成した映像の評価なんて、話し方ひとつで変わるものですから」

マウスのオフィスにはゲームやオモチャがズラリと並んでいる。ここにも平井氏の思いが込められている。
「会社を設立した時、仕事はマジメに、仕事以外は存分に遊ぶ人が集まる会社にしたかったんです。それで会社にゲームやフィギュア、遊び道具を置いています。仕事終わりのディレクターさんが、朝までずっと遊んでいることもあります(笑)。面白いものを作る原動力は遊び心ですよ」

また、窓が大きくとられた開放的なオフィスもポスプロとしては画期的なのだという。
「普通の編集スタジオは映り込みがないように窓がありません。弊社のスタジオには大きな窓がありますが、不具合もゼロ。明るく楽しく仕事ができる会社であり続けたいんですね」

公開日:2011年08月22日(月)
取材・文:株式会社ショートカプチーノ 中 直照氏
取材班:情熱の学校 エサキ ヨシノリ氏