今日より明日を良くしたいから、“時代の半歩先”を行く
武田 正浩氏:(株)ジークス 大阪事務所

武田氏

大阪・靭公園の近くに大阪オフィスを構える株式会社ジークス。Webサイトの構築や、iPhone /iPad、スマートフォン向けのデジタルコンテンツの制作・開発を中心に、インターネットに関わる幅広い事業を展開している。東京、北陸を含む3拠点で社員が60名弱。そう大きくはない会社だが、時代の荒波に揉まれることなく、波を味方につけて事業をぐんぐんと拡大してきた。
その飛躍に人一倍力を注いできたのが、武田正浩さんだ。「いやいや、僕一人の力ではないですよ」。そう言って武田さんは、やわらかな、でも少しいたずらっ子のような笑みを浮かべた。現在、全制作チームのリーダーを務め、3拠点を飛びまわって事業の舵を取っている武田さんの“敏腕ディレクター物語”のはじまりは、11年前に遡る。

学生時代からまとめ役に抜擢される星回り

大学を卒業した頃、ちょうど世間は就職氷河期に突入。自分に合った職業を模索するなかで、コンピュータの仕事に就きたいという夢を見つけ、コンピュータの学校へ入学した。その縁から、システムエンジニアとして働くこととなる。「最初の会社では、HTMLの作成に始まり、WEBサイトのプログラムを構築するのが仕事でした。技術はもちろんですが、それ以上に、上司から佇まいや礼儀など、社会人としてあるべき姿を学びました」。そこから別の会社へ移り、今度は小さな組織のためディレクションまで任されることも増えていった。
「その後は、知人のデザイナーと一緒に個人事業を立ち上げて活動しました。とはいえ、営業対応やスケジュール調整、経理的な処理など、デザイン以外の分野は一通り僕の担当になっていました」と、武田さんは振り返る。「学生時代から、学級委員などのまとめ役を任されることが多かったです。自分ではやるつもりはないんですが、みんなから推薦を受けたり、まさかのじゃんけんで負けて決まってしまったり。クラスメイトからは『そういう星回りなんだよ』と言われました(笑)」。この星回りは、どうやら仕事でも健在だったようだ。
奮闘していた武田さんだったが、二人の小さな組織の限界、仕事の方向性の違いから転職を考えた。「これまでは企業から仕事をもらって働く立場だったので、これをいい機会に一度、仕事を発注する立場で働いてみたいと思ったんです」。深い追求心から決意した転職だったが、そこで見えたのは冷酷な現実だった。「仕事を発注する側の考えることはあまりにも現実的で、僕がやってきた“モノを作る”という仕事とのギャップを痛感しました。僕は仕事で妥協はしたくない。より便利にするため、より幸せになってもらうために、できる限りのことをしたいんです。大企業だし給料も良かったけれど、お金やネームバリューが欲しくて仕事をしているわけじゃない、と強く思いました」。そう言ってまっすぐ前を見据える武田さんから、仕事に対する揺るぎないプライドと溢れる情熱が伝わってくる。そうして、仕事を受ける側の職場へ戻ることを決め、株式会社ジークスに入社。武田さんは31歳になっていた。

入社から4年かけて会社の体制を再建

武田氏

株式会社ジークスでは、エンジニアの経験を買われ、ディレクターにシステム上のアドバイスをする補佐役に抜擢された……はずだった。しかし、肝心のディレクターは近いうちに退職が決まっていて、内部のデザイナーはたった一人。先の見えない状態に愕然とした。「引き継ぎをしようにも、あるのは卓上に積み上げられた紙の資料だけ。唯一のデザイナーは紙媒体出身の人で、HTMLやフラッシュがまったくわからない。委託しようにも、外注企業はたった一社。これはマズい。どうにかしないと!と思いました」。入社してから1カ月、本来の担当ではなかったが武田さんは一人でひたすらHTMLタグを書き続けた。そして、曖昧になっていたドキュメント管理の徹底と、外注企業の新規取り入れ、スタッフの人材確保などに走り回り、会社の体制の建て直しをはかる。「とにかく一所懸命で、あっという間に月日が経っていました。安定した環境になるまで2〜3年はかかりましたよ」。


野村ほっとダイレクト

ジークスの過去の実績から、直接指名でWEBサイト構築依頼をいただいた野村證券株式会社とはその頃からの付き合いで、今もコンテンツ運用の会議のために武田さん自ら毎週東京へ出向いている。1時間程度で打ち合わせが終わることも少なくないが、短い時間のためにも労を惜しまないのが武田さんの仕事の流儀。その気合いが会社に新しい風を吹き込んだのだ。仕事ぶりと手腕を見込まれ、制作チームのリーダーを経て、昨年から全拠点の制作・企画全体の統括を任されるまでになった。

電子書籍の良さは、物流にとらわれない所

Webサイトの構築やソフトのプログラミングから始まり、Webアプリの開発やモバイルコンテンツの企画、デジタルサイネージの提案など、時代に合ったインターネットコンテンツに対応できるように事業を拡大していった株式会社ジークス。昨年にはiPhone、スマートフォンのアプリやiPadの電子書籍の事業も本格的に動き出し、精力的に開発に取り組んでいる。中でも電子書籍は、ブリキのおもちゃを指で360度回して楽しめる「立体図鑑 ブリキのおもちゃシリーズ〜北原照久コレクション〜」や、学校の教科書をすべてデータ化し、手書きメモ機能やマーカー機能を可能にしたアプリなど、ハードの特徴を大いに生かしたコンテンツを続々と開発中だ。
「低コストで電子書籍の導入を試みていただけるよう、基盤になるシステム作りに力を入れています。時代を先取りしすぎるとリスクが高いので、半歩先を行きながら確実に時代に適応したいというのが我々の考えです。物流にとらわれず、在庫を抱えずに済むのが電子書籍のいい所。売れる機会がなかったモノも、電子書籍化すれば日の目を見ることができるかもしれないんです」と言いながら、iPadを触る武田さんはどこか楽しそうに見える。「それだけ可能性のある媒体ですから、お客さまに提案できることのバリエーションを増やすために、デザイナーやライター、イラストレーターといった多くのクリエイターの方々とコネクションを持ち、その人の最も得意な分野で協力を仰げたら、と思っています」。

立体図鑑表紙

立体図鑑

仕事がつまらないと思ったことが一度もない

武田氏

これだけガッツリと仕事に噛り付いている武田さんに、休日はあるのだろうか? 訊ねてみると、「休みはありますよ。家族で犬の散歩をしたり、ホームセンター巡りをしたりするのが好きです」と、意外な答えが返ってきた。「あとは会社で自転車部を作っていて、年に一度、鈴鹿サーキットの耐久レースにチャレンジしています。まぁ、練習はせずに行き当りばったりなんですけどね(笑)。仕事の息抜きに、ダーツやゲームなどで対戦することも。この業界が日々変化のある世界なので、新しいことには興味津々です」。次々と飛び出す趣味の話から、公私ともに充実させるために精力的に行動しているのがよくわかった。
仕事においては、何でも自分でできてしまう武田さんだからこそ打ち破らなければいけない壁もあるのだという。「このままのワークスタイルでは後輩が育ちません。僕自身は話術やコミュニケーション力を誰かに習ったことはなく、我流で突き通してきたのですが、後輩には『あぁなりたいな』と思ってもらえるようにならないといけないんですよね。最近は、できるだけメンバーにも会議に同行してもらい、その後をバトンタッチして任せるようにしています」。武田さんのようになりたいと情熱を燃やしている人が、既に近くにいるに違いない。彼の大きな背中を見てさらなる敏腕ディレクターが育っていくことだろう。
「僕は、仕事がつまらないと思ったことが一度もありません。昨日より今日、今日より明日が良い方が嬉しいじゃないですか。そのためには、満足できない部分を変えていく必要があります。全力で力添えができるように、これからも“時代の半歩先”をスローガンに頑張っていきます!」。話し相手を優しく包みこみ、共に前進へと導いてくれる“ポジティブオーラ”。それは、人一倍勉強と努力を重ね、行動を起こしてきた経験が発するものだろう。

公開日:2011年07月20日(水)
取材・文:大久保 由紀氏
取材班:株式会社キョウツウデザイン 堀 智久氏